EN-ICHI家庭と地域の未来を拓く
死亡事例の検証から見える児童虐待対応の課題と提言

児童相談所における児童虐待相談対応件数は、右肩上がりに増加を続けている。死亡事例の検証からは、専門性の蓄積をはじめ、虐待死をゼロにするために児童相談所が克服すべき課題が見えてくる。
後を絶たない虐待死
虐待による死亡事案が後を絶たない。国の検証報告書*¹によれば、虐待で死亡した子どもたちの数は、国が調査を始めた平成15年から令和4年までの20年間で1680人(心中以外の虐待1045人、心中による虐待635人)にのぼっている。
虐待を疑った場合の通告義務が法定化されているが、上記報告書によれば、個々の死亡事例において通告されていたのは心中以外の虐待で約22%、心中で約13%にとどまっている。虐待死を減らすには、通告義務の徹底が不可欠である。一方、死亡事例について児童相談所や市町村等が関与していたものが心中以外で約22%、心中で約12%もある。虐待を受けている子どもにとって「最後の砦」ともいうべきこれらの機関がなぜ子どもを救えなかったのか。筆者は、国をはじめ多くの自治体における死亡事例の検証に従事してきたが、これらの経験から、虐待死を招く対応には共通した問題点・課題があると感じている。本稿ではこれらを提示し、虐待死を防ぐための方策ついて述べる。
死亡事例に共通して見られる対応上の主な問題点・課題
(1)アセスメント力の不足と危機感の欠如
死亡事例に顕著に見られる問題点は、危機感の欠如とアセスメント力の不足である。虐待対応ではリスクアセスメントが最重要課題の一つとなるが、例えば、リスク判断に資するためのリスクアセスメント・シートが国や自治体から示されているが、活用されていない事例も少なくない。その結果、例えば予定調和的に「おそらく大丈夫」という判断がなされてしまったり、保護者が自らの悩みを相談するようになったという理由で楽観視し、実際には深刻な虐待が起きているのにこれを見逃すなど、危機感に乏しくリスクを低く見積もる事例が目立つ。また、保護者の交際相手の出現により怪我の頻度が増しているにもかかわらず虐待の重症度を見直すことなく、その時々の通告や情報への対応に終始するなど、総合的・時系列的な視点からアセスメントがされていないケースも少なくない。さらに、リスクアセスメントに限らず、保護者の生育歴や気持ちを捉える視点、家族全体をアセスメンする視点が欠落し、このため保護者が援助者に不信感を募らせ子どもにも会わせてもらえなくなり、最悪の事態に至るケースもある。アセスメント力の強化のための組織づくりや職員の資質向上が最重要課題となる。
(2)保護者との関係性を優先する姿勢
子どもの権利擁護よりも保護者との関係性を優先させる結果、子どもの安全確認・安全確保がおろそかになり、死亡につながる事例も顕著である。保護した後の家族再統合支援を考慮すれば、親との関係性を重視するのも理解できるが、このことで子どもの生命や利益が損なわれることがあれば本末転倒である。まずは子どもの福祉を最優先し、その後保護者との信頼回復に向けた取組みを行うのが本筋である。
(3)関係機関による情報共有と連携の不足
虐待は多くの複雑な要素が絡んで構造化している。このため、単一の機関だけで対応するには限界があり、機関間で情報や認識を共有し、役割分担をしながら援助を行うことが重要である。機関連携の基盤となる要保護児童対策地域協議会(要対協)は、登録されている全てのケースの進捗管理を行っているが、限られた時間内で膨大な数のケースを処理するため踏み込んだ検討ができていない。また、要対協の機能の1つに、個々の事例に関わっている者同士が一堂に会し対応を協議する個別ケース検討会議があるが、上記報告書によれば、心中以外の虐待で死亡した子ども52人中、個別ケース検討会議で検討されたのは10人(19.2%)にとどまっている(令和4 年度)。要対協の積極的活用と会議運営の形骸化防止策が課題である。
(4)組織的対応の欠如
虐待死事案では担当者が一人でケースを抱え込んでいたケースが目立つ。組織内部において常に担当者をサポートする体制と組織的対応が不可欠である。担当者の孤立を防止するための組織のあり方が問われる。
通告事案の死亡ゼロをめざして
上に述べた問題点・課題は過去多くの検証報告書で繰り返し指摘されてきたものである。換言すれば、検証結果が対応に活かされず、同じ“過ち” が繰り返されているということである。その背景には、児童相談所や市町村の職員体制の脆弱さと従事する職員の専門性欠如といった構造的な問題があり、これにメスを入れない限り虐待死事案は減らない。
虐待通告が激増する中、職員体制が追いつかず、職員は疲弊しバーンアウト問題が深刻化している。児童相談所児童福祉司については配置基準が法定化されており、国は「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」等により大幅な増員に努めているが、“焼け石に水” の状態である。市町村の相談担当職員に至っては配置基準すら法定化されていない。
また、専門性の確保も喫緊の課題である。虐待対応に精通するには最低10 年の実務経験が必要と言われるが、公務員である児童福祉司は異動サイクルが短く、国の調査では児童福祉司の約半数が経験年数3 年未満となっている*²。先に指摘したアセスメント力の欠如も専門性の問題にほかならない。専門性の向上を図るには、職員が専門性を蓄積できるための方策が喫緊の課題であり、専門職任用を推進し人事異動のサイクルを長くするなど、一般行政職とは異なる人事異動ルールを確立すべきである。また、良質の人材確保・定着を図るには、ハードな仕事に見合った労働条件の整備とスーパービジョンの充実、メンタルヘルスに向けた取組みも欠かせない。
なお、児童相談所や市町村における専門性を確保するための具体的な方策については、本誌(『EN-ICHI FORUM』)2023年11月号の拙稿*³に詳述しているので参照されたい。
虐待死ゼロに近づけるためには、幼くしてこの世を去らざるを得なかった子どもたちの無念さに思いを馳せ、過去の教訓を活かしきることが何よりも重要である。
(初出は『EN-ICHI FORUM』2025年2月号)
(注)
*1 「こども虐待による死亡事例等の検証結果等について」こども家庭審議会児童虐待防止対策部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会第20次報告(令和6年9月).
*2 令和5年4月1日現在(こども家庭庁支援局虐待防止対策課調べ).
*3 才村純「児童虐待予防に向けた提言- 法整備、専門人材育成を中心に」圓一フォーラム、2023.11.