家庭と地域の未来を拓く

現代韓国の若者の「生きる力」と「死」の意識(前編)

金居 修省京都文教大学 非常勤講師

2026年3月16日

韓国は1960年代後半からの「漢江の奇跡」と呼ばれた急激な経済成長を経て、1988年にはソウルオリンピックを開催しました。ところがそれから数年後、つまり1990年代後半から、韓国は変わり始めたような印象があります。経済の目覚ましい発展とは裏腹に、精神的な意味においていろいろと問題が出始めたように思われます。これは私だけの感想ではなく、昔から韓国に住んできた外国人の間での共通した感覚でもありました。

本稿では、現代の韓国社会に閉塞感が蔓延しており、そこには「生」を考えるために必要な「死」を意識できない、文化変容が関係していることを前後編で述べたいと思います。

少し自己紹介を含めて韓国の状況の変化をお話しようと思います。私は日本の大学を卒業したあと、世界を少し見てみようと韓国へと渡り、そこで大学教授となり、36年間を過ごしました。

私が韓国へ渡った1987年の頃は、韓国は日本よりも経済的に20年ほど遅れているような社会状況でしたが、人々は夢に向かって頑張っているような熱気がありました。経済的な貧しさの中にも生きる力や希望が持てる充実した幸せなどが感じられ、韓国人は生きる力が強いなという印象を受けました。

初めて韓国に来た時に不思議だったのが、学校で習った挨拶言葉は「アンニョンハセヨ」だったのではなく、「ご飯は食べたか?」だったのです。「食べていない」と答えると、「じゃあ、食べに行こう」と誘われてよく、ご飯を奢ってもらったことがありました。韓国人は割と積極的にご飯を奢る習慣があるのです。今から考えれば誘ってくれた本人がお腹が空いていて、一人で食べるのも変だから一緒に食べようと誘ってくれたのかも知れません。でも、奢ってくれたあとに「韓国人は情が深いだろう」と自慢していたのが印象的でした。食堂のおばちゃんも「たくさん召し上がれ」とおかずをいっぱいだしてくれました。

写真素材:photoAC

それが、目覚ましい経済発展を経た1990年代後半くらいからでしょうか。前に挙げたような挨拶言葉が少なくなったような気がします。食堂のおばちゃんも「たくさん」召し上がれではなく、「おいしく」召し上がれに変わっていきました。

韓国の人は日本人と比べると主観性が強いようで、「他の人も自分と同じように感じたり考えているだろう」と思う傾向が強いように感じます。それに対して日本人は、「自分の感じ方や考え方が周りの人と異なった場合、周りの人のそれに合わせよう」というような傾向が強いと思います。

つまり韓国が経済的に豊かになったからなのでしょう。そんなにお腹が空いている状況ではなくなったので、相手もそうじゃないだろうと考えて、奢ってあげることが少なくなったのではないだろうかと思われます。それか、食べられるようになった途端、今度はいつか食べられなくなるのではないかという不安からでしょうか、人の痛みがわかりにくくなってしまったようでもありました。もちろん今でも食事の時間なら、「食べに行こう」とよく言い合うのですが、今は食事の時間だからという感覚が多いようです。

また、同じような頃から、言葉遣いもタメ口が使われることが多くなっていったような気がします。以前は、例えば日本風に表現するならば。子供が親に対して「お父様、お食事を召し上がられますか」のような表現が多く使われていたのですが、それが「パパ、ご飯、食べる?」というような表現へと変わっていきました。家庭内で両親に対して敬体や敬語で話していたものが、より親近感があるという理由などから常体やタメ口で話すことが増えました。経済や産業・都市の発展とともに、核家族化が一挙に進み、両親が祖父母に対して敬語を使う場面を見かける機会が少なくなったのも原因でしょう。両親が祖父母に対して親孝行をしている姿を見ることが少ないのですから、子供も親に対して孝行することを期待するのは難しいこととなるでしょう。

何よりも悲しいのは、韓国の自殺率がアジア通貨危機(1997年)直後の1998年から急増したことでした。2003年には韓国の人口10万あたりの自殺者数は日本を超え、2017年にリトアニアに抜かれた以外は2003年からOECD加盟国中で最高の自殺率を記録することとなったのです。

韓国では、若年層の死因1位は自殺です。10代(高校生)の自殺率は増加傾向にあり、2023年には人口10万人あたり15〜18歳で11.4人に達しています。10〜20代の救急搬送患者の4割を占めるなど、深刻な社会問題となったのです。  ちょっと古いデータですが、2011年の韓国の報道によると、警察庁の2001年〜2007年の調査では、大学生の自殺者は年平均230人(2003年には268人)に達していました。韓国には大学が300ほどありますので、大雑把に言って、毎年すべての大学で一人ずつ自殺している計算になるのです。幸いなことに私が働いていた大学では、直近30年くらいの間自殺者が出たという話は聞いていませんでしたが、いつ私が教えている学生たちのなかから自殺者が出ないとは限らないと思い、心配になりました。

【表】韓国における10代の自殺率の推移(人/10万人)

学生たちの自殺の原因としてよく挙げられるのが、大学受験の厳しい競争や就職難、SNSによる相対的剥奪感、精神科的問題、新型コロナ禍によるストレス、家庭環境などです。韓国は非常に激しい競争社会であり、それからくるストレスが非常に強いのです。

韓国は歴史的に役人(公務員)の登用に科挙制度が重んじられてきた影響で、今でも学歴信仰や受験が盛んな傾向があります。親は子供を名門大学に入学させようと教育に多額の金を投資し、子供は親の期待を背負い、熾烈な受験戦争に挑まなければなりません。韓国の若者は「成功しなければならない」という強い重圧感を感じ、親は「こんなにお金を掛けているのだから期待に応えろ」と言い聞かせます。そして、ストレスが限界に達した時に、「自分はもうダメだ」と自殺に繋がるというのです。

学歴重視の社会では、日本のようにクラブ活動などに汗を流し、青春を謳歌するというような状況はなかなか生まれてきません。いたるところで完璧主義が追求され、ナンバーワンでなければならず、そうなれなければ、落伍者となるのです。2011年には韓国の超エリート大学で、年初からわずか3ヶ月ほどの間に学生4人と教授が相次いで自殺したという事件さえも起こりました。原因は学業や研究における過度な競争からくるストレスなどによるものでした。

超エリート大学なのですから、他の大学へ行けばトップになれるのですが、そのような考えはできなかったのでしょうか。日本のようにナンバーワンでなくとも、社会の中で自分が役立てられる分野を探してオンリーワンとなれば、それでいいのではないでしょうか。そのような思いから教鞭をとる韓国の大学に申し出て、「死の文化」という教養科目の授業を開設させてもらいました。

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