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不登校のいま(上)―子どもたちへの支援の歴史と考え方

伊藤 美奈子神戸女子大学教授

2026年5月12日

私はもともと高校の教員をしており、担任をしていたクラスに不登校の生徒がいたことがきっかけで、教育相談やカウンセリングなど、不登校に関する勉強を始めました。不登校の子どもたちの支援における考え方は、時代とともに変化してきています。ここでは、私が不登校の子どもたちの支援に関わってきた経緯から、現在の支援の中心的考え方についてご紹介します。

最初に、表をお見せしたいと思います。この数字はよく登場するものなのですが、平成26年から令和5年までの不登校のデータです。これを見て最近の傾向を考えてみたいと思います。

これを見ていただきますと、中学生の不登校数が一番多いですね。また、小学生は、以前は少なかったのですが、最近顕著に増えてきています。高校生はそんなに大きな変化がないですが、ここ数年、不登校数が増えています。どの学校段階を見ても増加していると言われるところです。

この表をぱっと見ますと、やはりコロナ禍の影響が大きいのではないかといわれることが多いです。私も学校現場で経験しましたが、コロナ禍で行事がなくなったり、ソーシャルディスタンスをとらなければいけなかったり、あるいはマスクをしなければいけないということで、学校がつまらなくなり、生徒が来なくなってしまうこともありました。また、今までと異なる状況の中で、不適応になってしまう子もいました。そのような事情が、ここ2,3年の不登校数の増加に影響していると思われます。

出所:筆者作成

出所:EN-ICHI 編集部作成

ただ、不登校数は、コロナ禍が始まる前の10年間、ずっと増え続けています。確かにコロナ禍の影響で一気に増加しましたが、そうであればコロナ禍の影響が薄れた今、もっと減少してもいいはずなのです。ところが、不登校数はいまだ減少に転じていません。そう考えると、不登校数の増加は、コロナ禍の影響だけによるものではないと考えられます。

先ほどの不登校数の表に令和6年のデータを足してみます。すると、少しだけ雰囲気が変わってきます。今までと違い、不登校数の伸びが少し緩んでいます。つまり、新しく不登校になる子が少し減っているということです。ただ、このまま減少に向かうという感じでもなく、横ばいか、何らかの要因があればまた増加率が上がるのか、見通しが立ちにくいというのが現状です。

もう一つデータをお示しします。これは令和元年度と令和5年度の数字を並べ、小1から中3まで比較したものです。まず、中1ギャップと言われるように、小学校6年までのところから、中1になるところでグンと不登校数が増加しています。

出所:筆者作成

中学校になると勉強も難しくなりますし、生徒への接し方や教育の方針も変わります。また、定期テストや部活動があるなど、色々環境が変わります。そうしたことを背景にして、不登校数は中1で大きく増加します。

また、いずれの学年でも、令和5年度のほうが令和元年度よりずっと増えていますね。中学生などは2倍近くになっています。さらに、小学校1,2年生では2倍では済まなくなっています。もともと小学校低学年の不登校数は少なかったのですが、ここ3,4年の間に一気に増加しています。増加率でいえば、中学生よりも小学生の方が急増しているのです。これは最近の新しい傾向です。

ここで不登校の歴史を振り返ってみたいと思います。不登校が日本社会で話題になるようになったのは、1950年代の後半と言われています。この時代は高度経済成長期に入る頃で、日本の社会が戦後復興してきて、どんどん発展していこうとしていた時代です。それまで学校に行かなかった子どもも多かったところから、皆頑張って学校に行って、社会で成功しようという機運が高まっていたころでした。

そのため、学校に行けるのに行かない子どもは、今と比べると本当に少なく、周りも理解できないという状況でした。不登校になる説明がつかないので、きっと心の病気だろうということで、「学校恐怖症」というのが1960年頃に不登校につけられた最初の名称でした。

その後、70年代、80年代にかけて、どんどん不登校数は増えていきます。この頃は神経症的に不登校になる子どもたちが中心でした。朝になるとお腹が痛い、頭が痛いと、身体に症状が出る。苦しみが見えやすい子どもたちです。呼び方は、「登校拒否」というものが一般的になっていました。

当時、国の不登校に対する考え方では「待つ」ということがとても重視されていました。1992年、文部省は「学校不適応対策調査研究協力者会議」を発足させますが、この会議が出した報告書では、その姿勢が明確です。

神経症的不登校の子どもたちは、内省する力はありますので、勉強が遅れるとか、進路が難しくなるというようなことを言われると落ち込んでしまいます。だから、「そっと見守り、待ちましょう」という方法を国は重視したのです。この頃、私も教員をしていましたが、先輩から「登校拒否の子らには、あんまり学校、学校と言わないほうがいいよ」といわれた記憶があります。

ところが、90年代から2000年代にかけて、不登校数はどんどん増えていきました。それと同時に、中身も多様化していきます。いじめによるもの、家庭における虐待、発達的なしんどさを背景にしたものなど、様々なタイプの不登校が出てくるようになりました。その頃、92年に国から出された報告書にある、「待つ」というだけの方針でよいのかという疑問が起こってきたのです。

そこで、2002年から2003年にかけて、「不登校問題に関する調査研究協力者会議」が発足し、「待つ」という方針についてかなりの議論が行われました。私もこの会議に参加していました。

待つだけでは、もしいじめが背景にあったとしたら、その子は自殺してしまうかもしれない。虐待も同様ですね。だから、どうするかということで、会議が出した最初の結果が「ただ待つだけではなく、適切な働きかけや関わりをしましょう」ということでした。しかし、これだけだと、また闇雲に登校刺激をしてしまうことになりかねない。だから、「アセスメントに基づく」という言葉が後から付け加えられるようになりました。

アセスメントとは、日本語に訳すと、心理査定という言葉になります。この子はどうして不登校になっているのか、背景は何なのか、家庭の状況はどうか、友達はいるのかなど、様々な情報を集めて、見立てるということをします。もう少しやさしい言葉でいうと、「理解」でもよいかもしれません。不登校の状態を正しく理解し、その子に合った働きかけを考えましょう、という方向に軌道修正されたのです。

この報告を出した後、不登校数は、しばらくは増えませんでした。しかし、冒頭で確認したように、近年はまた増え続けています。そういった状況で、再び調査研究協力者会議が開催されます。今度は、名称から「問題」が取れて「不登校に関する調査協力者会議」となりました。

2012年頃から会議をし、その結果を受けて国が2016年に制定した法律が「教育機会確保法」です。正式名称は、「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」です。

この法律に書かれていることで重要なのは、不登校というだけで問題行動と見なしてはいけない、ということです。それまで、不登校は問題行動の一つで、毎年、いじめや暴力行為の件数、中退者数などと同じ扱いで、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸課題に関する調査」で公表されていました。しかし、不登校は問題ではないとなってからは、調査名も「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」となり、不登校を問題行動と分ける姿勢が示されています。国が不登校を問題行動と見ない。そういうことをはっきりと法律に明記し、様々な形で発信している。これはものすごく画期的なことだと私は思っています。

出所:EN-ICHI編集部作成

先ほど、不登校の多様化ということを申し上げました。今度はその中身に触れたいと思います。ここでは、友達や先生との関係、いじめ、発達的な偏り、学業、部活動の悩み、精神病理、性的マイノリティ、ゲーム依存、虐待・貧困・ヤングケアラー等の要因について説明します。

①友達や先生との関係
不登校の背景にある要因として、友達関係や先生との関係というのは、今も昔も変わらずあります。ただ、先生との関係については、以前と異なる形で増加しています。先生に叱られたとか、体罰をされたなど従来想像された要因ではありません。例えば、先生がクラスの誰かを叱るとき、その声が大きくて、聞くのがとてもつらい。だから、もう学校はいやだ。このようなタイプの訴えが増えているという印象です。自分が叱られて学校がいやになるわけではありません。友達が叱られているのだけれど、それを聞くのがつらいというのです。これには、聴覚過敏が関わっている場合もあります。教室の椅子を引く音や、甲高い声がつらいという子もいます。他には、HSP(Highly Sensitive Person)的な要素を持っている子が増えている印象もありますので、それも関係しているかも知れません。

②いじめ
それから、いじめは、やはり大きな問題です。いじめで不登校が発生したと保護者から申し出があった場合、学校は重大事態として調査をする必要があります。

③発達的な偏り
また、学習障害(LD)や、ASD、ADHDなどの発達的な偏り、しんどさが背景になる場合もあります。ただ、こういう発達の偏りがある子どもたちのことをしっかり理解して、適切に対応してもらえれば、学校が大好きになる子どもたちも多いです。したがって、発達の偏りがある子ども全員が不登校になるわけではありません。

その子たちを理解できなくて、「うるさい!」と叱ったり、注意力が足りないと怒ってみたりしてしまう。あるいはそのような子どもたちは人間関係が苦手ですから、いじめられて不登校になるという形で、発達障害の結果、二次的に不登校になるというパターンが結構あります。発達の偏りがある子どもたちのことを周りが適切に理解し、その子たちに合った関わりをしてあげれば不登校になることを防げるのですが、そうでない状況も起こっているということです。

④学業
学業についても一筋縄ではありません。勉強が分からなくて授業が辛い。それで不登校になるというパターンも確かにあります。一方で、勉強や授業は分かるけれども、授業のペースが遅すぎて面白くない。それで不登校になるというパターンもあります。いわゆるギフテッドの子どもたちにあるパターンです。集団で授業することの難しさが垣間見えます。

⑤部活動の悩み
部活については、部活で成長する子も本当に多くいます。反面、先輩後輩関係で悩んだり、レギュラー争いに負けた結果学校までつまらなくなったりして、不登校になるというパターンもあります。

⑥精神病理
精神病理は決して多くはありませんが、不登校の背景に潜んでいる場合があります。例えば、うつ病、対人不安、摂食障害、統合失調症などですね。その症状の一つとして不登校状態になる子がいます。そういう子どもたちには、不登校対応だけではなく、病気の治療も同時にする必要があります。その場合には、学校と病院の連携が必要ですね。

⑦性的マイノリティ
次に、性的マイノリティも、ここ10年ほどで出会うことが増えたという印象があります。制服や更衣室、トイレなどがしんどくて学校に来なくなることがあります。性的マイノリティの子たちは、そうでない子たちに比べると不登校になる可能性も高いですが、自傷や自殺を試みる可能性も高いです。だから、すごく生きづらさを抱えているということが分かります。

⑧ゲーム依存
不登校の親御さんと面接していると、大抵はゲームの話が出てきます。朝方までゲームをして寝るのが遅くなるから不登校が治らない。だから、ゲームを取り上げれば治るかもしれないという考えから、ゲームを取り上げようとされる親御さんは結構おられます。でも、私が聞いた限りでは、うまくいったケースはあまりありません。ゲームを取り上げたら子どもがパニックになり、親子喧嘩が勃発し、親子関係がずたずたになってしまったというパターンのほうが多いと思います。

ゲームを取り上げたら不登校が治ると考えている場合は、ゲームが原因だと想定していることになります。でも、ゲーム依存は結果である場合も多いです。不登校になった結果、時間がたくさんでき、その分いやなこともたくさん考えてしまう。そうしたら何かで暇を埋めてしまいたくなる。この場合、ゲームを取り上げられると逃げ場がなくなってしまうのです。

私も親御さんの相談を受けながら、ゲームの扱いは難しいなと感じています。

⑨虐待・貧困・ヤングケアラー等
虐待や貧困、ヤングケアラーなどは、福祉的な領域のテーマです。どちらかと言うと、スクールカウンセラーよりはスクールソーシャルワーカーの分野で、学校と児童相談所などの福祉機関との連携が必要となります。だから、担任の先生の目だけでなく、色々な職種の人の目で見立てて、一緒に支援していく必要があります。

このようにみると、教育、心理、福祉、医療などを全部総動員して支援していく必要があるのが不登校なのだと分かると思います。

先ほども述べましたが、教育機会確保法のポイントは、不登校というだけでは問題行動と見なさないということです。ただ、これは問題行動ではないから何もしないということとは違います。「問題ではない」というのは、不登校状態にある子ども本人について、問題児だとか問題行動をしていると見ることはやめようということです。でも、その子が学校に行きづらい、いじめがある、勉強が分からないなど、悩んでいることがあれば、そこに対しては適切な支援が必要だというところは変わらないのです。

もう一つ誤解されやすい点について説明します。確保法では、学校復帰がすべてではない旨にも言及があります。学校現場からは、今までは学校復帰を目指してきたのに、これからどうしたらいいかわからないという声が聞かれることがあります。でも、確保法には、学校復帰を目指してはいけないとは書いていないのです。学校復帰を求める子に復帰を促したり、促すことのハードルが高い子には長い目で学校復帰に向けてサポートしたりすることは、もちろんやっていいのです。

ただ、子どもによっては学校ですごいいじめを受けたり、学校にとてもしんどいことがある。そういう子には学校ではない居場所や、進路も従来一般的とされたもの以外の道も考える必要があるということです。子どもが学校復帰を望んでいて、周りから見てもその方がよいと思えるのであれば、従来通り復帰を支援することは全く間違いではありません。

学校以外に多様な学びの場を作ろうということで、フリースクールや公立の教育支援センターが増えてきています。また、夜間中学や学びの多様化学校などもたくさん作られています。ただ、大切なのは、学校や学級が安心で安全な場であったなら、外部にそういった施設は必要ないわけです。ですので、学校外に居場所や学びの場を増やすことは必要なのですが、同時に学校や学級をしっかり安全で安心な場にしていく必要があるということは押さえておきたいです。

出所:EN-ICHI編集部作成

学校復帰だけを目指すわけではないということとセットでいわれるのが、支援のゴールは社会的自立だということです。私は、社会的自立というのは、すごく難しい概念だとしみじみ感じています。

というのも、不登校の子にとって、自立という言葉は、結構厳しい響きを持っています。私はもともと国語の教員だったので、「自立」の反対語は「依存」だと教えていました。でも、今、自立とは本当に依存しないことなのかと考えると、それは違うなと思います。学校でも社会でも、生きていく上で思い通りにいかないことはたくさんあります。そういう時、誰にも頼らずに生きていくことができるならそれでもいいですが、そうできない時は、やはり頼るべき人に頼ったり、支援を求めてSOSを出すことが必要です。それが不登校の子どもにとっても必要であることの方が多いのです。

また、小学校、中学校、高校と過ごす中で、その間に社会的自立を果たせる子が何人いるでしょうか。私の歳になっても本当に自立しているかと言われれば難しいものがあります。だから、子どもが学校を卒業するときまでに、自分に自信のなかった子がちょっと自分を好きになったり、人とのコミュニケーションが取れなかった子がちょっととれるようになったりする。それも自立への一歩と考えていいのだと思います。

最終ゴールの自立に向けて、今、過ごしている学校ではどこまでできたらよいのかという見方も大切だと思います。この子にとっての必要な自立の一歩は何かなと考えていただくことも必要ですね。

生徒指導提要の中には、社会的自立とは、依存しないことや支援を受けないということではなく、困った時には適切に他者に依存したり、自らが必要な支援を求めたりしながら、最終的に社会の中で自己実現していくという意味だとまとめられています。

これでも難しいので、もう一つ例をお出しします。寝たきりだけれども、パソコンで分身ロボットを操り、仕事をしている方が話された言葉です。この方は、自立とは「応援してくれる仲間を増やし、居場所をつくっていくこと」だとおっしゃられました。孤独に孤立することが自立ではない。応援してくれるあたたかい仲間を増やし、自分が自分らしくいられる場所を作っていくことだというのです。

これは不登校の子どもにとっても自立に繋がるすごくいい概念だと感じました。そういうイメージで、周りとうまく関係づくりをしながら、助けてもらえるような居場所を作る。そういうものが、不登校の子どもたちへの支援が目指している自立なのだろうと思います。

(本稿は、2026年2月14日に開催された勉強会の講演を整理してまとめたものです。)

>>「不登校のいま(下)―子ども、親、教師それぞれの心理と支援」はこちらから

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