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【理系母(リケハハ)の観察レポート】我が子たちの「性別の認識」は、こう育っていった
※「EN-ICHIパートナーズ」は、各専門分野からEN-ICHIに寄稿いただいている協力執筆者です。
三児の母であり、理系研究者でもある私にとって、子どもの成長は「日常に溶け込んだ壮大な研究テーマ」のようなものです。身体の発達、認知の形成、心理の動き。これらの高度な機能が、誰から教えてもらうわけでもなく、日々の暮らしや関わりの中で自然と培われていく様子は、何度見ても感動的です。
中でも特に印象的だったのが、子どもたちが「性別」というものを認識していく過程でした。最近は、性教育ブームと言われ、”おうち性教育”などが一気に身近になり、私自身も「親として、子どもに性について伝えるべきことを積極的に伝えていきたい」という意識を持つようになりました。一方で、「性は男性と女性だけではない」、「男らしさ・女らしさはアンコンシャスバイアスだ」という考え方を耳にする機会も増えており、「男性・女性という言葉を子どもたちにどう伝えるべきなのか」、ふと考え込んでしまうこともありました。
そんな問いを頭の片隅に置きつつ、リケハハのまなざしで3人の子どもたちの成長を客観的に見つめてきたところ、「性別」を認識する過程に、ある程度共通するものがあるのではないかと感じるようになりました。あくまで一つの家庭のケースにはなりますが、より良い”性に関する教育”を考えるための一つの材料になればと思い、我が子たちの観察レポートをまとめてみたいと思います。
「性別」に気づいた、あの瞬間
長男が「性別」というものに、はっきりとした関心を示したのは、妹(長女)が生まれたときでした。当時、長男は3歳になる少し前。日常的な会話ができるようになった頃、初めて間近で見る新生児の存在に、興味津々でお世話に参加してくれていました。
何度も一緒におむつ替えをする中で、ある日ふと、こんな質問が飛び出しました。
「〇〇くん(自分)も小さいときは、おちんちんなかったの?」
あまりに予想外で、思わず笑いそうになったのを今でも覚えています。
おそらく彼は、
・妹には自分にあるものがない
・妹は「小さい」
・自分は「大きい」
これらの情報を組み合わせて、「人は生まれたときにはおちんちんがなく、成長するとできる」という仮説を、自分なりに立てたのでしょう。3歳児なりに、自分と他者の違いを観察し、そこから当てはまりそうな法則を帰納的に導こうとしている。その思考のプロセスに、研究者としても驚かされました。
その後、お風呂で私の体を見たときに、
「あれ、お母さんもおちんちんないんだね」
と一言。
自分の仮説を、別の対象に当てはめて検証した結果、見事に破綻した瞬間でした。
そこで私が
「ママにはないけど、パパはどうかな?」
と返すと、
「パパにはあるね!そっか、男の子にはあるのか!」
と、すぐに新しい仮説を構築。
その場で観察可能な事実をすべて説明できる答えにたどり着き、満足そうな表情をしていました。この体験が、「男の子」「女の子」という言葉と、自分の持つ身体的特徴が結びつく最初のきっかけだったように思います。
「確認したい」時期の到来
それ以降、4〜5歳頃にかけて、長男はよくこんなことを口にするようになりました。
「〇〇くん(自分)は男の子、パパは男の人、ママは女の人、妹は女の子」
「〇〇くん(お友達)は男の子?」
「〇〇先生は女の人?」
身近な人の性別を何度も確認し、その区別の基準を確かめる様子は、まるでAIがデータを学習しているようでした。
そして6歳頃。
スマホで誕生日プレゼントを選んでいるときに、ぽつりとこう言いました。
「これは女の子っぽいおもちゃだから、〇〇ちゃん(妹)の誕生日にいいかもね」
それまで私自身は、「男の子っぽい」「女の子っぽい」という表現をほとんど使ってこなかったため、とても意外に感じた瞬間でした。

※写真はイメージです
長女の場合:分類したくてたまらない
長女もまた、5歳前後から「男の子・女の子」という分類が大好きな時期がありました。
長男よりも思考をそのまま言葉にするタイプで、朝の保育園への自転車の後ろで、
「〇〇ちゃん(自分)とママは髪が長いから女の子」
「お兄ちゃんとパパは髪が短いから男の子」
「でも〇〇先生は女の子なのに髪が短いよね〜。〇〇ちゃん(妹)も短いね〜。」
と、一人で延々と考察を続けていたこともあります。
「自分と〇〇ちゃんと〇〇ちゃんは女の子だからピンクが好きなんだよ〜」
そんな“データ学習真っ最中”の思考に、こちらはただ耳を傾けるばかりでした。
気をつけてきた「つもり」だったのに
私としては元々、親が子どもに固定観念的な枠をはめすぎてしまうようなことは避けたいという意識がありました。特に「男らしい」「女らしい」といった表現は、大人が押し付けがちな先入観だ、という昨今の風潮の影響を受け、なるべく使わないようにしてきたつもりでした。
それは、通っている保育園でも同様で、
「女の子らしくて可愛いね」
といった声かけを聞くことは、ほとんどないように思います。
「ひらひらがついてる!」
「ピンクが好きなんだ!」
そんな言葉には、
「ひらひらがお気に入りなんだね」
「ピンクが好きなんだね」
と、性別と結びつけずに、その子の捉え方を受け止めるニュートラルな反応が自然に返ってきます。
それでもなお、子どもたちは自然と「男の子」「女の子」という言葉が意味するものを探求しようとする。その姿を見て、私は次第に、こう感じるようになりました。
”もしかすると子ども自身が、自分や他者を理解するプロセスとして、「性別」という概念を知ろうとする欲求があるのかもしれない。”
子どもに備わる自発的な欲求
この感覚は、モンテッソーリ教育の「自己教育力」という考え方からインスピレーションを受けました。
モンテッソーリ教育は、マリア・モンテッソーリという女医さんが提唱した有名な教育観で、徹底的な観察に基づいて体系化された点が特徴的です。中心的な価値観として、子ども自身の中に自立や発達に向かう「自己教育力」が内在している、という捉え方があります。
例えば、
・「これは何?」「これは?」「これは?」・・・と、物の名前を片っ端から聞いてくる
・食べ物を手で直接触りたがる
・段差があれば登ってジャンプをする
・いつもの順番、いつもの場所などが、ちょっと変わっただけで気がつく
・意味のない文字や数字の羅列を簡単に覚えてしまう
このような姿は、子育てを経験した方であれば、「あるある!」と共感していただけるのではないでしょうか。モンテッソーリ教育では、このような姿は、子ども自身の中にある「今、この力を伸ばしたい」という自発的な「自己教育力」の表れだ、と捉えられています。
さらに、これらの姿が特定の時期に共通して見られることから、「発達の敏感期」というものがあるとされています。「言語、感覚、運動、秩序、小さいもの、数、書くこと、読むこと、文化・礼儀」という9つの力について、子ども自身が自発的にそれぞれの力を伸ばそうとする時期が定義されています。そしてこの敏感期には、大人がそのような行動を制限し過ぎるのではなく、その力を存分に試して伸ばせる安全な環境を整えましょう、という教育方針が提唱されています。
我が家の3人の子どもたちについても、まさしくその通りだなと感じる場面が何度もありました。「今どうしてもこれをやりたい」という時に、親の都合を優先して小手先でごまかすよりも、可能な限り気が済むまでやり尽くすのを待つことができると、こちらが驚くほどあっさりと次に進むというような姿を見て、「発達の敏感期」という時期が何かしらあることをまざまざと感じてきました。

※写真はイメージです
「性別」を捉えようとする欲求
そして、長男長女が2〜6歳ごろに「性別」に強く関心を示した姿についても、非常に似た姿として映りました。ここまで「男の子」と「女の子」の違いを捉えようとするのは、子どもたちが「自分が生まれ持った性別という属性の本質」を捉え、自分自身を一歩深く理解しようとする自発的な自己教育力の表れであり、「性別の敏感期」といっても過言ではないのではないか、と考えるようになりました。
モンテッソーリ教育の「発達の敏感期」には、「性別の敏感期」という定義はありません。ただ、「感覚の敏感期」という時期の中に、周りのものを五感で感じる溜め込み期(0-3歳)とその時期の感覚的印象を元に同一性を比較し分類していく整理・分類期(3~6歳)の2段階があると定義されています。2〜6歳頃の我が子たちの姿は、まさに、「周りで目にする身体や個性の特徴を五感で感じて溜め込み、“性別”というものの同一性を比較し分類・特徴づけをすることに敏感な時期」と捉えるのがしっくりくるものでした。
考えてみれば、
ちんちん、うんち、おなら——
2歳頃から、驚くほど夢中になりますよね。
誰かに積極的に教えられたわけでもないのに、なぜか強烈に惹かれる。フロイトの発達段階で定義されている肛門期(1~3歳ごろ)や男根期(3~5歳ごろ)とも、時期と関心の方向が重なります。
「性別の敏感期」という発達段階
”2~6歳ごろに「性別の敏感期」という発達段階があるかもしれない。”
このような捉え方について、子育て中のお父さんお母さんはどのように思いますか?
この時期にこのような姿が見られるという話は、身近なママ友と話すと共感を得られることが多いので、ひょっとすると似たようなエピソードは少なくないのではないかと感じています。一方で、発達心理学など学術的な領域で、自分の性別を認知する過程について、詳細に言語化されているものはあまり目にしません。
もしかすると、身体の違いを目にする機会や思ったことを率直に言ってみることができるような家庭の日常生活で見られやすい姿であるために、研究対象になりにくかったのではないか、という可能性を推測しています。
読者アンケートの募集
そこで、今回このコラムを読んでくださっている方に、読者アンケートを取らせていただくこととしました。
【EN-ICHI読者アンケート:子育て観察レポートの募集!】
もし、身近なお子さんについて、「性別に関心を持った機会」や「性別について話していたこと」など、記憶にあるエピソードがあれば、上記フォームより教えていただければ幸いです。みなさんご自身が小さい頃の経験について、覚えていることでも構いません。
お寄せいただいた回答を元に、EN-ICHIにて新たな記事を書かせていただきたいと考えています。マリア・モンテッソーリのように、たくさんの観察結果に基づいて、性別の認知の発達段階を一歩深く洞察していけたらと思いますので、ぜひともご協力をお願いいたします。
参考資料
- みんなのおもちゃばこ「モンテッソーリ教育の基本!敏感期を一覧表にしました」https://minna-no-omochabako.com/montessori-sensitive-periods-chart/ (最終閲覧2026年4月13日)
- 国立成育医療センター(2025)『改訂2版乳幼児健康診断身体診察マニュアル』https://www.ncchd.go.jp/center/activity/kokoro_jigyo/shinsatsu_manual.pdf (最終閲覧2026年4月13日)
