国際裁判と国際紛争の解決

国際裁判と国際紛争の解決

2019年3月28日
国連唯一の主要司法機関=国際司法裁判所

 国際裁判は、両紛争当事者が、第三者機関の判断に法的拘束力があることを前提に、法的論点を整理した冷静な議論を行えるという点に大きな意義がある。19世紀末からの国際社会では、従来から存在した仲裁裁判の利用促進に加え、常設の司法裁判制度の設立が課題とされた。国際連盟時代の常設国際司法裁判所(PCIJ)の成果を受け、国連憲章は、国際司法裁判所(ICJ)を、国連の唯一の主要司法機関と位置づけている。すべての国連加盟国は当然にICJ規程の当事国となり、ICJの裁判に従う義務を負う(憲章第7条、第92条、第931項、第941項)。ICJは、国際法全般に関する判断を示す権限を持つ唯一の主要司法機関としての権威を認められるとともに、国連の目的の一つである国際社会の平和と安全の維持への貢献が期待される機関である。
 他方、ICJは、紛争当事国に選択される裁判所という性格も持っている。国連加盟国は国際紛争の平和的解決義務(憲章第23項)を負う一方、その手段選択の自由を保障されている(同第361項)。多様な国際紛争の平和的解決手段の中からICJを選択するか否かは、紛争当事国の判断に委ねられている。また、ICJの争訟手続(国家間の紛争に関して判決を出す手続)では、紛争の両当事国の同意が、原則として管轄権行使の条件とされており(ICJ規程第361項)、ICJは国内の裁判所のような一般的な義務的管轄権を有さない。なお、規程第362項に基づく強制管轄受諾宣言を行っている国家の間の紛争の場合、一方の紛争当事国の判断で紛争をICJに付託できる。

義務的管轄権強化の歴史

 多くの主権国家は、国際裁判所が無条件の義務的管轄権を有することに否定的である。国際裁判の発展の歴史は、国際裁判という紛争解決手段の選択の奨励と、その義務的管轄権の強化への努力の歴史である。ICJの場合、強制管轄受諾宣言をする国家の数を増やすことと、義務的管轄権を規定する条約の締結を挙げることができる。強制管轄受諾宣言をしている国は、規程当事国193国中73か国であり(201911日)、少しずつ増加してきている。また、ICJの義務的管轄権を規定する条約は多様化し、数も増加している。
 ICJの義務的管轄権を規定する条約には、紛争解決条約と紛争解決条項を含む条約の2つのタイプがある。前者のタイプの条約には、紛争の平和的解決に関する欧州条約とボゴタ規約があり、条約当事国間の紛争のICJへの付託の根拠とされてきた。後者の条約の紛争解決条項も多くの事例で援用されている。特に、1984年付託のニカラグア事件以降、紛争解決条項に基づいて武力の行使やテロに関する多くの紛争が付託されてきたことは注目に値する。友好通商航海条約等の二国間条約やジェノサイド条約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約の紛争解決条項に基づき、安保理の常任理事国である米国やロシアを相手とする紛争やアフリカの地域紛争等、深刻な紛争が付託されてきているのである。ICJは、武力の行使に関する問題について、安全保障理事会が主要な役割を担うという国連の制度を尊重しつつ、条約の具体的な規定の下での権利、義務関係に関する法的論点が示されていれば、それらの論点についての法的な判断を示す権限を持つという一貫した立場をとり、主要司法機関としての国際社会の平和と安全の維持への貢献のあり方を示してきた。
 国連海洋法条約第15部は、単なる紛争解決条項にとどまらず、この条約の下での特別な紛争解決制度を設け、国際裁判所の義務的管轄権をより強化している。南シナ海仲裁事件(フィリピン対中国)、アークティック・サンライズ号事件(AS号事件)(オランダ対ロシア)、黒海における沿岸国の権利事件(ウクライナ対ロシア)で仲裁裁判ができたことは、義務的管轄権の強化の成果である。南シナ海仲裁事件とAS号事件では、被告国側が仲裁裁判所への出廷を拒否したが、現在手続が進行中の黒海における沿岸国の権利事件(ウクライナ対ロシア)では、ロシアは出廷し、先決的抗弁を提起した。

国際裁判の課題と論点

 1980年代以降の事案の数の増加と内容の多様化は、国際社会における国際裁判への信頼の高まりを反映している。しかし、米国の領事関係条約と外交関係条約の紛争解決に関する選択議定書からの脱退(それぞれ、20053月、201810月)やコロンビアのボゴタ規約からの脱退(20144月)は、国際裁判所の義務的管轄権の強化の潮流への新たな挑戦である。
 国際裁判所の判決や判断の履行の確保も重要な論点である。国連憲章第942項により、ICJの判決の不履行の場合、安全保障理事会に訴えることが可能であるが、これは判決の執行の手続ではない。国際社会には国際裁判所の判決や判断を執行する権限を有する機関が欠如しているのである。
 国家間の信頼関係を重視する国際社会では、多くの事例で国際裁判所の判決や判断が履行されてきた。しかし、ICJの判決が必ずしも紛争の最終的解決をもたらさなかった事例があることは否定できないし、南シナ海仲裁事件やAS号事件の仲裁判断への中国、ロシアの対応は、集権的な執行機関が存在しない国際社会での仲裁判断の履行確保の難しさを端的に示している。
 国際裁判所の判決や判断の履行の拒否は、国際法違反の行為であり、外交において国家の信用を著しく損なう。しかし、国際裁判所の判決や判断は国際紛争の最終的解決を必ずしも意味するのでなく、その内容を活かし、紛争の最終的解決を目指す交渉の出発点となる事例が多いことも認識されねばならない。多くの判決や判断は両当事国の利益のバランスをとる多様な論点を含む内容となっており、それらはその後の交渉で様々な意味を持ちうる。国際組織や第三国による紛争当事国間の交渉への支援が重要な役割を果たす場合もある。国際裁判による法の支配の実現のためには、国際裁判の特性を十分に認識した国際協力が不可欠である。

政策オピニオン
河野 真理子 早稲田大学法学学術院教授
著者プロフィール
東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科修士課程修了。ケンブリッジ大学法学修士課程修了。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中退。筑波大学助教授等を経て、2004年早稲田大学法学学術院教授、現在に至る。2012年から2016年まで総合海洋政策本部参与、2015年から交通政策審議会海事分科会長。専門は紛争の平和的解決、国家責任法、海洋法。

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