児童虐待から子どもを守るために必要なこと ―行政、親、地域社会はどうあるべきか―

児童虐待から子どもを守るために必要なこと ―行政、親、地域社会はどうあるべきか―

2019年8月6日

「しつけのつもり」による虐待死

 最近、虐待に関する国の重大事例検証で収集した情報をもとにデータベース分析を行った。どの年齢層で死亡事例が多く発生しているか、事例数が多い層と少ない層では何が異なるかなどを分析した。
 分析によると、死亡事例のうち40から45%が1歳未満で、75%が3歳未満であり、虐待の動機に関しては、3歳未満は泣き声に対する苛立ち、3歳以上は「しつけのつもり」が一番多いことは事前にわかっていた。今回、1歳で区切ってみたところ、1歳未満は泣き声に対する苛立ちが多く、1歳以上は「しつけのつもり」が一番多かった。死亡事例は1歳未満が多いため、これまではその群に焦点を当てて予防が考えられてきた。目黒事件、野田市事件は、その盲点がつかれた事例であった。
 しつけのつもり群とそうではない群とを比較してみると、しつけのつもり群には次の四つの特徴をもつ家庭が有意に多かった。①母親が若年出産していること、②父親が養父・継父・未婚のパートナーであり、途中から養育に参加していること、③DVが行われていること、そして④転居が多いことである。
 千葉県野田市の小4女児虐待事件、東京都目黒区の5歳女児虐待事件などの痛ましい事件もこれらの特徴に合致している。目黒の事件では、母親が19歳で子どもを出産し、虐待者は継父であった。野田市の事件では、父親は実父であるが、子どもが生まれた時から一緒に育てていたわけではなく、7歳頃から養育に参加している。そして双方とも夫婦間にはDVが存在していたとされている。目黒事件では香川から東京に転居しており、野田市の事件では沖縄から千葉へ転居もしている。このように、目黒事件も野田市事件も、1歳以上の死亡事例の典型例だったのである。

途中からの養育参加がリスクに

 野田市の事件では父親が実父である。しかし、重要なのは血縁の有無そのものではない。養育への参加が途中からであるということがリスクをはらんでいるのである。支配欲求の強い男性が途中から養育を行うと、母親へのDV同様、子どもにも自分の思い通りに振る舞わせようとすることがある。
 一方、子どもがそれまである程度良い環境で育っていることから、新しい養育者の虐待を認識することができ、抵抗したり、SOSを出せたと考えられる。事実、目黒区の事件の結愛ちゃんも香川で保護された時には検事に、自分がされていたことを語れたし、転居前には、「お家に帰りたくない」と訴えることもできていたという。また野田市の事件の心愛ちゃんは、学校でのアンケートにSOSを出すことができていた。乳児期からずっと虐待を受けてきた子どもは親の行為がおかしいと認識できず、SOSを出すことが難しい。ただ、虐待の認識を持てることが、かえって虐待者を刺激して虐待の悪化に繋がってしまった可能性もある。

野田市や目黒区の事件で見えた福祉の力不足

 野田市や目黒区の事件で、子どもがSOSを発信していたにも関わらず有効な措置をとることができなかった原因は、福祉の力不足にあると考える。
 野田市の事件では、児童相談所は少なくとも三つの過誤を犯していた。
 一つ目は、子どもの一時保護をした後、適切なアセスメントと論理的な判断ができなかった。アンケートに書かれている内容は、一歩間違えれば命にも関わりかねない危険な暴力である。従って、心愛ちゃんの言葉が嘘でないなら、親が認めて、行動を改めたことを確認しない限り、危険で一時保護を解除できないはずである。親はそれを否定していた。その状況で一時保護を解除するということは、心愛ちゃんが嘘をついていたということになる。そのような判断であったとは思えない。論理的な判断ができていなかったと言っても過言ではない。一時保護中に精神科医はPTSDと診断していたとのことである。アンケートの暴力の危険性と診断名から児童福祉法28条の親の意に反した分離を家庭裁判所に申し立てることはできたはずである。
 二つ目は、一時保護解除後の支援計画ができていたとは言い難いことである。特に、暮れの押し迫った時期に返している。年末年始は虐待の可能性のある家族にとっては危ない時期である。学校も休みであるし、公的機関も休みである。一時保護解除時の約束が守られているかも確認できないし、何かあってもすぐに対応できないからである。また、一般的に支援計画では家庭訪問の頻度、親の治療計画なども明確になっていなければならない。
 そして三つ目は、児相が学校をうまく支援することができなかったと考えられることである。学校は一時保護が解除されていることを子どもの親から知らされ、慌ててその後の対応を親と協議しなければならなかったという。野田市の福祉と児相にも協議への参加を要請したが、どちらも協議に参加しなかったと報じられている。やむなく学校と教育委員会のみで親と協議を行った結果、父親から訴訟を起こすと迫られ、子どもがSOSを発信したアンケートを渡してしまったようである。このような児相の不手際は福祉過誤とも言えるであろう。

司法の関与が必要

 また、現行の制度では学校、医療など、虐待を通告する側への保護が不十分である。諸外国のように、故意に相手を貶めようとしたのでなければ、通告に関する誤りは免責とする必要がある。学校が「訴える」という親に屈してしまった背景には、免責が明確に規定されていないことも影響していると考えられる。
 司法の更なる関与も必要である。例えば、一時保護の正当性を担保するためには、司法関与が必要である。現在は、親の意に反する一時保護が2カ月以上になった時に裁判が行われる。警察が被疑者を逮捕するときは司法が令状を出すように、児相のチェック機能としても一時保護にも令状が必要である。子どもの権利条約も、行政だけで、子どもを親から分離すべきではなく、司法の関与が必要とされているからである。

警察や刑事司法の不用意な関与に不安

 今回の悲劇から、警察や刑事司法に焦点が当てられている。しかし、不用意に警察や検察が関与すると、虐待を疑われている親が追い詰められ、状況が悪化する場合がある。
 例えば、しつけのつもりで虐待に及んでいる親は、警察が関与することで理不尽に責められたと感じてしまう。その結果生じた苛立ちが子どもに向かい、さらなる虐待を誘発してしまう危険性がある。地域での立場が悪化することを恐れた親が転居してしまう場合もある。転居は、家族にとって大きなストレスとなる。目黒事件でも警察が関与し、追い詰められたであろう親は、評判良く勤めていた仕事を辞めて転居し、転居先では仕事が見つからなかった。また、転居は支援の断絶や危機感の伝達の困難さを伴う。目黒事件では香川の医療機関の支援は断たれ、医師の危機感は転居先には伝わらなかった。
 刑事司法の介入により、親を収監することは、親の表面的贖罪にはなったとしても、養育能力の向上には繋がらず、出所した後の問題は増大こそすれ、解決にはならない。子どもを殺害してしまったある母親は刑務所から出所した後、「ずっと夢の中にいた」と話しており、子どもを虐待死させたことと向き合えていなかった。子どもを虐待死させた親の刑務所内での治療を考える時期に来ている。
 現状での、単純に警察の積極的な関与を求める風潮には強い不安を感じる。警察は虐待が疑われる家庭に独断で接触する前に、福祉・医療・教育・司法の各機関とチームをつくり、どのような役割を果たすべきか慎重に検討すべきである。

児相職員のプロ意識を醸成するために

 刑事司法との関わりを含め、効果的な虐待対応を行うためには、児童相談所の専門性を高める必要がある。職員にプロ意識を醸成することと、児相の役割を明確化することが重要である。
 国は児童福祉司を増やそうとしているが、現在総体としての児相の職員には子どもを守るプロのソーシャルワーカーとしての意識が残念ながら希薄である。これはやむを得ないことではある。児相の職員は他の役所の職員と同じように異動によって配属される行政職員である。そのため、警察官や県立病院の医師のように、公務員である以前に専門職であるという意識を持つことが難しい。
 そうしたプロ意識の希薄さは通告受理や親子分離などの場面において自信をもって適切な対応をとれない原因にもなっている。児相職員はソーシャルワーカーとして子どもを守る立場にいることを自覚し、強い覚悟を持つ必要がある。
 児相職員のプロ意識を醸成するためには、国家資格の創設が必要と考えられる。資格の取得は知識を学習させる効果もあるが、虐待対応に対する自信を持たせる効果もある。プロとしての立場を確立するために、名称独占の社会福祉士よりも業務独占の子ども専門資格を創設することが望ましい。そして、有資格者の異動は児相間のみとし、専門性と現場知を蓄積していくべきである。

児相は子どもを守る業務を第1の目的に

 また、人材の育成を図る一方で、児相をChild Protection Center (CPC:児童保護センター)に位置付けて子どもの保護に特化させていくことも重要である。
 現在の法律では、児相は子どもに関する家庭等からの相談のうち専門性が必要なもの全てに応じる機関となっている。つまり、子どもを権利侵害から守る役目ではなく、親からの相談に乗るのが役目なのである。それゆえ児相の業務は過剰気味で、注力すべき方向性が見えづらくなっている。基本的に相談はすべて市区町村で受け、児相はCPCとして子どもを守る業務の専門性を高めることが望ましい。
 平成28年改正で、児童福祉法の理念が子どもの権利擁護となった現在、児童相談所は子どもの権利擁護を中心とすべきなのである。また、子どもの意見表明権の担保という観点から、アメリカやイギリスなどで実施されているアドボケートのシステム(子どもの意見表明権を保障するため、子どもの声を聴き代弁し関係機関に伝える役割を担う人々の制度)を導入することも検討すべきである。

福祉と医療、教育の役割分担・連携を

 児相と児相以外の福祉・医療・教育の間における分担・連携も必要である。各機関は専門性や親との関係が異なり、担うことができる役割に違いがある。児相は親子分離にしろ、在宅支援にしろ、子どもの安全を守る行政処分(措置)を行うことで、支援の枠組みを構築し、実際の支援は市区町村や民間機関等が行うことが望まれる。権限を行使して、子どもを守る児童相談所の強い役割と身近な支援者として寄り添い型の支援や治療を行う人や機関は同一でない方が支援を受けやすくなる。児童福祉法平成29年改正で、家庭裁判所が関与して、試験観察のような仕組みで、実質上の治療命令が出せるようになった。児相にはこのような制度を利用して、支援の枠組みを作ることが求められている。
 医療の現場ではChild Protection Team(CPT)という専門の対応チームを設置することが有効であり、設置している医療機関は増加している。虐待が疑われるケースではCPTが主治医をサポートし、CPTのメンバーであるソーシャルワーカーが通告に結び付ける体制ができてきている。
 一方、学校ではCPTは浸透していない。CPTがないこともあり、学校には虐待対応のノウハウが蓄積しない。
 CPTがあれば児相などの福祉との連携もできるため、通告や情報提供や親への告知を適切に行いやすくなる。福祉と学校の連携は端緒についたばかりだが、既存のスクールカウンセラーに加え、スクールソーシャルワーカーが導入される方向になっており、スクールソーシャルワーカーの導入を機に、福祉との連携も促進されることを期待している。

親子分離の場合は家族復帰計画とその評価が必要

 親子分離が必要になった場合には、初期から、家庭復帰計画が立てられる必要がある。その計画は、児童相談所だけではなく、親やその他の家族が暮らしている地域の市区町村、親の支援者や治療者、子どもの代替養育を担っている里親等が協力して立てることが求められる。子どもを分離されて怒りを持っている親に寄り添う地域の支援、親の治療、親がどのような状態になったら親子の再接触の段階を進めることが出来るかなどの計画が必要になる。
 定期的に集まって、計画の進捗を確認し、状況に応じて計画の変更を行って、支援を進めていく。しかし、一定期間、支援を行った結果、家庭復帰が困難と判断された時には、子どもの権利保障のためには、特別養子縁組、養子縁組を目指すことが必要になる。現在、特別養子縁組に関する民法改正が国会に諮られている。子どもの権利保障のために、新たな制度の活用が求められる。

家庭支援を厚くすることが最も重要

 子ども達の生育にとって家庭環境で養育されることは極めて重要であり、家庭で育つことは子どもの権利である。特に愛着形成期にある低年齢の子どもは家庭で育つ必要がある。国連で採択された児童の権利条約や平成28年に改正された日本の児童福祉法にも「家庭養育優先原則」が示されている。それを保障するためには、子ども達が家庭で適切な養育を受けられるよう、家庭支援を厚くすることが最も重要である。それを行っても困難な場合に、代替養育が必要となるが、それも、特に低年齢の子どもは施設ではなく里親などの家庭で養育されることが必要である。
 つまり、まず親支援、子どもへの直接の支援、家庭支援が行える地域の社会資源の連携構築が欠かせない。共働きの核家族が増加し、祖父母世代も共働きで、実家機能も低下し、智慧や物語の伝承が途絶えつつある現在、社会が親と共に子どもを養育する機能が必要となっている。かつて、我々の研究で、佐藤拓代先生が、東大阪市において、第一子を出産後2カ月以内の人たちを集めて親子講習会を行った。その効果の一つとして、敷居が高かった行政への相談がしやすくなったことがあげられた。また、同じ年の子どもを持つ親の横の繋がりもできた。孤立した子育てにならない工夫の一つである。
 また、東京都世田谷区で始まった産後ケアセンターのように、出産直後から支援を受けられる施設を充実させていくことは社会の要請にかなっている。各地の子育て世代包括支援センターも妊娠期から気軽に相談できる機関になることを目指している。このような取り組みを積み重ね、実家に行くような感覚で困ったことを相談しに行く、雑談をしに行く気持ちを持ってもらえることが孤立を防ぐ手段となる。

社会的養育の充実は喫緊の課題

 妊娠、出産、子ども家庭支援、自立支援と切れ目ない支援の構築が進められているが、リプロダクションサイクルをつなげるためには、自立後に親になる時期の支援も必要である。支援のサイクルが構築されて始めて虐待の世代間連鎖を断ち切ることを確実にすることができるはずである。
 最後に、前述のごとく、社会的養育の充実を急ぐ必要がある。これまでそこに目を向けてこなかったツケが回って来ている。例えば、日本の保育園における保育士一人当たりの子ども数は他国に比べて非常に多い。個々の子どもの個性が強くなり、個人としての発達が求められる現在、養育の個別化が求められている。保育士の数を増やして、一人一人の子どもを丁寧に養育する体制が求められている。
 地域の子ども家庭支援体制整備、児童相談所改革、社会的養護改革を含め、社会的養育全体が一体となった改革が行われなければ、子どもの幸せ、ひいては次世代の幸せはない。子どもの権利条約を批准して25周年に当たる今年、大きな前進が期待される。

政策オピニオン
奥山 眞紀子 前国立成育医療研究センター・こころの診療部統括部長
著者プロフィール
東京都生まれ。東京慈恵会医科大学大学院博士課程修了。ボストンタフツ大学附属ニューイングランド・メディカルセンター小児精神科、埼玉県立小児医療センター保健発達部・精神科などに勤務。阪神淡路大震災後には子どもたちへの心のケアに尽力し、正しいPTSD(心的外傷後ストレス障害)の知識を広めるのに貢献。また虐待の実情を全国で訴え、健全な子育てを支援する活動を行っている。厚生労働省社会保障審議会児童部会専門委員等を務めている。医学博士。著書『虐待を受けた子どものケア・治療』、『子どもの心の診療医になるために』『アタッチメント』他。

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