一般社団法人平和政策研究所ブログ

関係性を生きる力を育てる

家族問題解決へのヒント
畠中 宗一  関西福祉科学大学教授
畠中 宗一(はたなか・むねかず)関西福祉科学大学教授
1951年鹿児島県生まれ。鹿児島大学教育学部卒。筑波大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。東洋大学助教授、大阪市立大学教授などを経て、現職。大阪市立大学名誉教授。日本IPR研究会代表。公益財団法人ひと・健康・未来研究財団理事。学術博士。専門は家族臨床福祉学。著書に『子ども家族支援の社会学』『チャイルドマインディング』『家族支援論』『富裕化社会に、なぜ対人関係トレイニングが必要か』他。

葛藤への対処能力の後退

現代社会では、利便性・快適性・効率性が追求される。その背景には、生産的・課題達成型の価値観がある。これらの価値観によって富裕化が実現されてきたが、富裕化は同時に私事化を促進させてきた。また私事化の肥大化は、同時に規範を希薄化させてきた。加えて、グローバル資本主義への参入によって、格差が拡大してきた。多様な家族問題群の多発化は、現代社会のあり方と密接に関連している。例えば、子育てや介護をめぐる家族問題は、私事の自由と自己が犠牲的役割を果たさなければならない場面との葛藤を回避することができない。私事化の肥大化という社会的文脈において、自己よりも他者を優先して対処しなければならない場面を含むのが、子育てや介護である。したがって、自己の思いと思い通りにならない他者との折り合いをつける力が必要となる。山極壽一は、霊長類学を準拠枠にして、これまでの家族は、「家族の論理」(ゴリラ型)と「集団の論理」(サル型)を絶妙なバランスで運営してきたが、今日の家族は、サル化していると記述している。これを社会科学に引き寄せて捉えると、葛藤への対処能力の後退、あるいは関係性を生きる力の後退を意味する。

吉川武彦は、引きこもりの臨床研究から規範押し込み型や欲求先取り型の育児が葛藤場面に弱い子どもを生み出すと主張している。これらの育児は、子どもの葛藤する機会を奪っているということである。吉川によると、葛藤に向き合い、それにどのように対処したかが、その人の自分らしさを形成すると言う。葛藤する機会を奪われた子どもは、自分らしさを形成することが難しい。なぜこのような育児になるのか。それは、社会全体からムダやユトリの部分がそぎ落とされ、過剰に効率的な社会が実現されていることと無縁ではない。結果、ストレス社会に過剰適応することになる。生産的・課題達成型の価値観が重視されるということは、成果で評価される。したがって、人びとは、成果に拘る。すべてが、経済的価値に一元化され、それによって評価される。この文脈で評価されないものは、自己評価を下げざるを得ない。このような社会では、他者への配慮より自己主張が優先される。勝ち組・負け組という発想も、この文脈で使用される。

葛藤や依存を肯定的に評価することの意味

もう一つは、自立と依存をめぐる混乱である。今日普及している自立の考え方は、「個としての自立」である。この考え方では、自立と依存は、対照的な概念である。したがって、依存は否定的に評価される。家族社会学や家族心理学において家族発達という考え方がある。これは、家族のライフ・ステージごとに発達課題が存在するというものである。ライフ・ステージごとの発達課題をクリアすることで、次のステージを迎える。家族を形成する初期段階における発達課題は、親密性の獲得である。親密性とは、「関係の中で自分を犠牲にしたり裏切ったりせず、相手を変えたり説得しようという要求を抱かず、相手のその人らしさを承認し合えること」(Lerner, 1990)と定義される。

これに対して、「親密さへの恐怖」(Weeks & Treat, 2001)という考えがある。例えば、「依存への恐怖」は、依存することが人間としての弱さであると考えたり、依存することでパートナーの重荷になることを恐れる。これは、自身がパートナーに依存できないだけでなく、パートナーの依存を自身が受け止めることができないことにより、二者間の心理的距離を縮めることができない。すなわち、親密性を獲得することができない。「個としての自立」が内面化されていることと親密性の獲得が矛盾する。これに対して、「関係性のなかでの自立」という考え方がある。これは、関係性を生きており、他者に飲み込まれる関係でも、他者を飲み込む関係でもない、自分は自分であるというあり方を言う。また関係性を生きるとは、他者を存在として受容し、自己の思いも伝えることができる。これが、相互性のなかで展開される現象を言う。したがって、他者を存在として受容するだけでも、また自己の思いを伝えることができるだけでも、関係性を生きているとは言わない。関係性を生きることを積み重ねることを通して、親密性は獲得されると表現することもできる。

以上の議論から、現代社会では、葛藤を否定的に評価することや自立と依存をめぐる混乱が指摘できる。

ところで、家族政策は、客体としての環境条件の改善にその手法の特徴を読み取ることができる。しかし、今日、家族問題は、多様な家族政策の実行にもかかわらずその効果を見出すまでには至っていない。家族問題の多発化に対しては、客体としての環境条件の改善という手法に加えて、主体の側に着眼することが必要ではないか。すなわち、主体の側の関係性を生きる力を育てることがそれである。そのための前提として、葛藤を肯定的に評価することや依存を肯定的に評価することが重要である。葛藤を肯定的に評価することは、自己の成長に繋がり、他者と誠実に向き合うことや人生を前向きに捉えることにも繋がる。また依存を肯定的に評価することは、親密性の獲得を促すことに繋がる。決して容易な課題ではないが、これらの課題を前向きに捉えることで、家族問題の解決に光が見えてくるのではないか。