一般社団法人平和政策研究所ブログ

米露・米中関係の悪化と日EU関係

植田 隆子 元EU日本政府代表部次席大使
植田 隆子(うえた・たかこ)元EU日本政府代表部次席大使
学術博士。国際基督教大学、東京大学大学院、一橋大学大学院、早稲田大学大学院他で教鞭をとり、外務省在ベルギー大使館でNATOなどを担当。EU日本政府代表部次席大使、オーストリア国際問題研究所招聘研究員、ブラッセル自由大学欧州研究所客員教授などを歴任。

はじめに

国際情勢を1年前と比較すると、米中関係及び米露関係が急激に悪化している。米中対立は単なる貿易摩擦ではなく、将来の覇権をかけた争いである。米露関係については、201812月、中満国連事務次長(軍縮担当)も東京での講演で安全保障面での急激な悪化を指摘された。米中関係は日本で使っている平面の世界地図の範囲で理解できようが、米露関係は、地球儀で発想し、ワシントンから大西洋越えの欧州の国々の多くが対露脅威の増大を認識していることに留意する必要があろう。本稿では、日本から見て悪化する国際情勢下で、日本にとって重要である法の支配に基づく国際秩序をいかに維持してゆくのかについて私見を述べたい。

ズラビシビリ・ジョージア新大統領の想い出

ジョージアのズラビシビリ新大統領は、筆者が1990年代に日本のベルギー大使館でNATOなどを担当していた時の交流相手だった。当時、同大統領はフランス外務省NATO代表部の一等書記官だった。EUNATO加盟国の外交官にとり、EUNATOの代表部は日本の外交官のワシントンに匹敵する最重要ポストである。同大統領は駐ジョージア仏大使の後、両親の出身国ジョージアの国籍を取得して同国の外相も務めた。

ジョージアの大統領職は象徴的存在であるが、同大統領は選出後、BBCによるインタビューに答え、ロシアによる脅威を指摘し、ジョージア国民は欧州に近づくことを望んでいるとし、NATO加盟の方向性を示唆した。

異なる対ロ脅威感

日本の世論とEU圏の国々、とくに欧州でロシアの近隣諸国との安全保障上の認識の相違は、対露脅威感である。欧州側の脅威認識の高まりは2014年のロシアのクリミア及びセバストーポリ併合による。この併合の前触れは、20088月のジョージアに対する軍事攻撃だった。私が日本のEU代表部に次席大使で着任した直後、担当官が私の執務室に駆け込み、「ロシアが越境してジョージアを攻撃しています」と報告した。当時、EUの対外関係の代表制は現在とは異なり、EU議長国フランスのサルコジ大統領がモスクワに飛び、メドヴェージェフ大統領と直談判して停戦合意を作った。ブラッセルでの同大統領の記者会見を私は会見場で傍聴した。19918月のソ連のクーデター時にゴルバチョフ大統領が行方不明になったとき、ワシントンから駆けつけたベーカー国務長官のNATO本部での記者会見と比べ、見通しがついていたためか、緊張感が全くなかった。2008年当時、ドイツなど西欧諸国はロシアが民主化するという期待感を持っており、軍事衝突はサーカシビリ大統領の挑発によるところが大きいとの見方で、強固な対露制裁が必要との議論はほとんどなかった。

クリミア問題などで欧州側の対露認識は一変し、201811月のロシアによるウクライナ軍艦の拿捕に対し、米国・EUG7(EUとしても参加)はロシアを強く批判している。クリミア問題以来のEUによる対露制裁により、ロシアは大きな経済的打撃を受けている。

EUによる恩恵と加盟国権限の移譲

日本からは加盟国の内外政におけるEUの役割が見えにくい。EU内部の亀裂が報道されるが、すでに加盟国は「普通の国」ではなくなっている。FTA交渉のような重要権限を全加盟国の合意によって国から統合体に移譲してきた。統合の深化が進み、更なる統合のスピードは鈍っているが、従来の成果は維持されてきた。一部の政治勢力が反EU感情を煽っても、EUG20のような会議体ではなく、法制度と組織に裏打ちされているので屋台骨は揺るがない。

加盟国では極右政党の台頭や二大政党の退潮で小党分立傾向がみられる。しかし、国の権限は一部はEUに上がり、更に連邦制の国は地域に下がった。201011年、連邦制のベルギーで組閣に541日費やしたが、このために「安心して」政争が続けられた。

加盟国政府はEUに属する恩恵を熟知し、英国に続く「ドミノ離脱」は起きていない。英国民の多くは2016年の国民投票時には経済的損失など、離脱のデメリットに関する正確な情報には接していなかった。

英国の離脱をめぐる交渉でもEU加盟国は強く結束し、離脱交渉を有利に運ぶためのEU加盟国に対する英国の分断策は不成功だった。

法の支配に基づく国際秩序の維持におけるEUの役割と日EU協力への期待

欧州の東部や北部の国々にとっての具体的な脅威が歴史的背景からもロシアであるのに対し、日本の世論は中国や北朝鮮からの脅威を第一に挙げている。他方、EUにとって中国は急速に台頭してきた経済上の強い競争相手とみなされ警戒感が強まっているが、軍事安保上の直接的な脅威ではない。とはいえ、中露は、日本やEUが基盤としてきた自由民主主義の価値に基づく国際秩序に対して同調していない。このような状況下での日露の平和条約交渉は、米中露及びEUの各々の相互関係の影響を受けるが、ロシアを孤立させないという意義はあろう。

EUは英国の離脱問題にかかわらず、強大な経済圏である。国際社会におけるルール作りやその遂行にも大きな影響力を持っている。ルール作りに長けているのは、EU自体が様々なルールに基づいて運営されてきたからである。EUと中国の協力やEU圏での中国の活動は、EU諸国がEUのルールに縛られているために中国の行動を国際的なルールに基づくように誘導する力を持っている。

日本とEUとの経済連携協定は201921日に発効する。世界最大の巨大な自由貿易圏の出現(GDPでは日EUは世界の28%、新TPP13%)になる。交渉開始時には予想されなかったが、同協定は反保護主義の象徴になった。多分野での協力を約す日EU戦略パートナーシップ協定はEU全加盟国の批准前に一部、暫定発効する。日本とEUの間では、すでに、開発援助、科学技術、青少年交流など多分野での協力も進んできている。法の支配に基づく国際秩序の維持のためにも日本とEUの協力の一層の発展を期待する。