ウクライナ戦争とプーチンロシアの苦境(上)

ウクライナ戦争とプーチンロシアの苦境(上)

はじめに

 ロシアでは9月18〜20日にかけて、ウクライナ侵攻開始後で初となる下院(国家院、定数450)議員の選挙や統一地方選(知事選や地方議会選)が行われる。それを前にして、いまプーチン政権に批判的な政治家の逮捕や政党に対する弾圧や活動の制限を強いる当局の圧力が強まっている。
 例えば、ロシアのウクライナ侵攻に反対するナデジディン元下院議員は7月、ロシア法務省によって米欧のスパイを意味する「外国の代理人」に指定されたうえ、「過激派のシンボル」をSNSで宣伝した疑いで拘束された。ナデジディン氏は2024年の大統領選で、無所属で立候補するために必要な10万人超の署名を集めたが、不備があったとして候補者登録が認められなかった経緯がある。ナデジディン氏は容疑を否認したものの、その後、ロシアを出国し、海外に拠点を移した。
 また8月にはロシアで事実上、唯一の「反戦政党」として活動するリベラル系「ヤブロコ」が、政権寄りの民族主義政党「祖国」によって下院選から排除されるべきだとして最高裁に訴えられた。ヤブロコは現在、下院で議席を持たないが、選挙に参加予定の政党で唯一、ウクライナ侵攻開始直後から反対の立場を鮮明にしてきた。 これに対し「祖国」のジュラブリョフ党首は、ヤブロコは英国を拠点にプーチン政権の打倒を目指すロシアの元石油王ホドルコフスキー氏から資金支援を受けていると主張。過激主義に当たる発言など多数の違法行為が確認されているとし「国民の裏切り者だ」と訴え、最高裁もその訴えを認め、下院選挙からヤブコロを排除する判決を下した(図表1参照)。

 下院選と同時に実施される地方議会選でも、ヤブロコは議席を保有するサンクトペテルブルクなどで書類の不備を理由に登録を拒否された。さらにヤブロコのシュロスベルク副代表は、露軍の信用を失墜させたとして禁錮11年1か月の有罪判決を受けた。
 これらはいずれも下院選および統一地方選に向け、政権批判を強める勢力を抑え込むための動きである。選挙が近づくにつれ、反体制派を弾圧するのはプーチン政権では毎度のことであるが、今回はこれまで以上に反プーチンの動きに当局は神経を尖らせている。
 それは長引くウクライナとの戦争に対するロシア国民の不満が高まりを見せていること、しかも最近、ウクライナがロシアに対し優位な戦いを見せ、ロシア市民の生活にも打撃を与えており、プーチン大統領の支持率が徐々に低下しつつある(図表2参照)。そのような世論の傾向を食い止め下院選の行方に影響を及ぼさぬよう、国民のプーチン政権に対する批判を抑え込むことに当局がこれまで以上に必死になっているためだ。

 ではなぜ軍事大国のロシアがウクライナの攻撃に苦戦を強いられるようになったのか、またウクライナ優勢の戦局は今後も継続するのだろうか、さらにプーチン政権はいまどのような状況に置かれているのか?
 いずれもロシアウクライナ戦争の行方や今後のロシアの政治情勢を考えるうえで重要な問題である。そこで長期化する戦争の現状やロシア苦戦の背景、そしてプーチン政権が抱える問題などを順次分析しつつ、このテーマに迫ってみたい。

1 開戦から4年:これまでの戦局の経緯

露軍初戦のキーウ攻略に失敗

 2022年2月24日、ロシアのプーチン政権はウクライナへの全面侵攻に踏み切った。露軍はウクライナの首都キーウ(キエフ)を短期間で制圧し、斬首作戦による政権転覆を狙ったとみられる。しかし、ウクライナ軍が予想以上に激しい抵抗を見せた。またアントノフ国際空港占拠を狙った空挺作戦の失敗や補給線の崩壊、戦車やトラックなど車列の大渋滞、指揮系統の乱れ、さらにウクライナに対し西側諸国から迅速な軍事支援が行われたことなどから、ロシアのキーウ攻略は失敗に終わった。
 2022年春には露軍は早々と北部から撤退、戦線をウクライナの東部・南部へ移した。そして東部ドンバス地域で支配地域を拡大、南部では港湾都市マリウポリを占領した。

ウクライナ軍の大規模反攻失敗と戦線膠着

 ロシアはルハンスク州の大半を掌握するが、22年秋になるとウクライナ軍がハリコフ州の広範な地域を奪還、南部でもロシアは11月には占領していたヘルソン州西部からの撤退を余儀なくされた。戦局を巻き返すためロシアは22年9月に部分的動員令を発動し、数十万人規模の兵力を補充した。そして23年5月には激戦の末、ドネツク州のバフムートを制圧するが、兵士の損耗は激しいものがあった。
 一方、西側諸国からレオパルト2やブラッドレーなどの戦車や各種の装甲車、ミサイルの供与を受けたウクライナが、23年6月から秋にかけて大規模な反攻に出た。しかし、露軍が構築した大規模な地雷原や防御線を突破することが出来ず、攻勢は失敗に終わった。もっとも露軍も決定的な勝利を得られず、戦線は一進一退の様相を強めていった。
 2024年に入ると、戦線の膠着状況を打ち破るため、露軍は東部で攻勢を強化した。大量の兵員と砲弾を投入し、2月にはドネツク州のアウディーイウカを陥落させ、その後も露軍はポクロウシク方面やドネツク州各地、チャシウ・ヤール方面で徐々に前進を続けた。但し、その代償として非常に大きな人的・物的損失を被り、占領地を広げはしたものの、戦略的な勝利と呼ぶには程遠い状況であった。

戦場への無人機(ドローン)投入

 戦線が膠着し攻勢を仕掛けても局面の打開が難しくなったが、戦場への無人機(ドローン)の投入によって、大規模な戦線の突破はさらに困難になった。いま戦場は、前線から40キロから50キロの範囲で、双方の無人機によって監視され可視化されている。
 ロシア、ウクライナ双方とも10人前後の少人数の部隊がオートバイや装甲車など機動力を使って無人機の監視を避けながら防衛ラインの背後を突く攻撃を繰り返すが、お互いが戦場の上空に数百ドル程度の小型無人機を数千機も飛ばし、敵軍の偵察、監視を徹底しているので、兵士の動きが敵に筒抜けになり徒に戦死者を増やすことになった。それでも前に進もうとする兵士には攻撃型の無人機が襲い掛かかってくるため、兵士の犠牲が著しく増大してしまう。
 米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官は、ウクライナの前線に送られた露軍新兵の平均生存時間について「20〜30分」との推定を示した。算出方法や対象部隊は明かされていないが、前線に入った直後から兵士の動きが上空の無人機のカメラに捉えられ、命を狙われるからだ。前線における戦死者の7割から8割が無人機によるものだと言われている。
 この戦場をさらに過酷にしたのが、AIを組み込んだ無人機の登場である。従来のFPV(一人称視点)無人機には弱点があった。敵が強力な妨害電波を出し、操縦者との通信を遮断すれば、機体は標的を見失いやすかったのだ。ところがAI搭載型の無人機は、操縦者がカメラ映像から標的を指定すると、画像を認識して標的を自動追尾する。通信が途切れても、AIが標的を最後まで追い詰めるのだ。それまで有効だった妨害電波だけでは、攻撃を完全に防げなくなりつつある。

2 ウクライナの戦術転換 

 行き詰った事態の打開を図るため、ウクライナ軍は24年頃からロシアの石油施設などを無人機で攻撃する作戦に出た。それまでもウクライナ軍は無人機で23年5月にはクレムリン、7月にはモスクワのビジネス街(モスクワ・シティ)を攻撃、秋にはクリミア橋や黒海艦隊司令部を攻撃している。
 だが無人機の数が少なかったことや飛行距離が短かかったこと、また爆薬量も小さいため、「ロシアの国民に戦争を身近に感じさせる」という心理的ショックを与えることが作戦の主な目的であった。2023年5月に実施したクレムリンへの無人機攻撃はその象徴的な作戦であったが、ロシアに与えた戦略的なダメージはほとんどなかった。
 しかし24年頃になると、無人機の性能が向上するようになった。2023年までの無人機は500km程度しか飛べなかったが、24年になると1000km以上飛行できる長距離ドローンが量産され始める。これによってロシア後方の重要施設まで攻撃できるようになった。さらにGPSだけではなく慣性航法装置(INS)搭載、画像認識や複数ルート飛行技術などの導入で迎撃されにくくなった。また無人機の生産能力も高まった。
 こうした無人機の技術向上や生産体制の強化を踏まえ、ウクライナは戦場でロシアの兵士を攻撃するよりもロシアの戦争遂行能力を壊すことに重点を置くようになった。具体的には、攻撃の目標をモスクワなどの都市だけでなく、ウクライナから数百km〜1000km以上離れた製油所などの重要施設を集中的に攻撃するようになる。
 つまり戦略爆撃を無人機で実現したのだ。これが2024年以降、戦局の大きな転換点になった。無人機作戦の方針転換の背景には、ロシア国家歳入の約3〜4割が石油や天然ガスに依存しているという事情がある。露軍を直接攻撃するよりも、戦争の継続を可能にする資金源を叩くという発想である。
 24年1月にはサンクトペテルブルク近郊の石油施設を攻撃、ドローンが1000km以上飛行したことで世界を驚かせた。3月にはモスクワから約200キロ離れたリャザンにある国営石油大手ロスネフチの製油所やウクライナ国境から約800キロ離れた露中部ニジニノブゴロドの製油所、さらにウクライナとの国境に近い南部ノヴォシャフチンスクの製油所を攻撃、4月にはウクライナとの国境から1100キロ以上離れているタタールスタン共和国にあるニジネカムスク製油所(ロシア国内の五大製油所の一つ)など多数の石油関連施設に相次いで無人機攻撃を加えた。
 さらに24年後半から25年にかけて、攻撃対象を石油製油所だけではなく、燃料備蓄基地や石油パイプライン、軍用飛行場、鉄道、弾薬庫、軍需工場など補給網全体に広げていった。毎月数百機規模の長距離無人機が投入され、より本格的な「戦略爆撃」を実施するようになった。
 それと並行してウクライナは都市部への大規模な無人機攻撃も実施。24年9月、 11月、 25年3月と次々と過去を上回る大規模な無人機攻撃をモスクワに仕掛けた(図表3参照)。ロシアがウクライナの戦略爆撃への対抗策としてキーウはじめウクライナの都市などへの無人機やミサイルでの戦略爆撃を実施するようになったことへの報復措置であると同時に、ロシアの市民生活に動揺と不安を与える目的からである。24年9月には150機程度だったものが25年3月には350機と投入する無人機の数は大幅に増やされた。

3 苦境に立つロシア 

無人機戦略爆撃でウクライナ軍優勢に 

 2026年に入るとウクライナ軍による無人機を用いての戦略爆撃はさらに拡大、クリミア、ロストフ、ボルゴグラード、ノボロシースクなどへの攻撃が常態化するようになった。ここに至り、ガソリンやディーゼルの不足、石油の一部輸出停止措置などロシア国民の生活やロシア経済に深刻な影響が出始めるようになった。
 今春以降、ウクライナによる無人機を用いてのロシア石油施設の攻撃でロシアが混乱状態に陥っているとの報道が相次いでいるが、この作戦は既に24年春から始めていた。当初は無人機の数やその飛行距離に限界があった。しかしその後の2年間でドローンの大量生産体制が整ったことや飛行距離の延伸、爆撃精度の向上など目覚ましい技術進歩によって、遠距離かつ大規模な戦略爆撃が可能となったのだ。
 また一度きりの小規模な攻撃であれば、破壊された施設は直ぐに修復され、深刻な被害は出ないが、大規模な無人機攻撃が波状的に行われるようになり、破壊される都度ロシア側は修復を強いられた。そのようなプロセスを繰り返すうちにロシアの石油精製能力は低下していった。戦略爆撃が大きな効果を上げるまでには、2年の歳月が必要だったということだ。

ロシアの石油精製機能に打撃

 最近における戦略爆撃の効果とロシアに与えた影響について見てみよう。まず26年2月、ウクライナ軍はウクライナとロシアの国境から1700キロ以上離れたロシア極北のコミ共和国の製油所を国産無人機(ドローン)で攻撃した。これは、それまでの無人機の攻撃距離1500キロを上回る新たな記録となった(図表4参照)。

 3月にはモスクワに大規模な無人機攻撃をかけたほか、ロシア西部レニングラード州のプリモルスク港を攻撃したほか、同州のウスチルガ港を5回にわたり無人機で攻撃(図表5参照)。両港は海上輸送で輸出される露産石油の約4割を扱っているとされ、バルト海に面するロシア産原油の輸出拠点を破壊することで、ロシアの石油輸出能力の40%以上を停止に追い込んだ。ロシアのセルゲイ・ショイグ安全保障会議書記は、ウクライナの無人機などの技術的進歩や運用の高度化により「ロシアのどの地域も安全とは言い切れない」と語った。プーチン政権の高官がウクライナの長距離攻撃の脅威を公に認めるのは異例だった。

 ロシアの石油施設への攻撃は4月に入っても続けられ、ロシア西部ニジニ・ノブゴロド州にあるロシアで4番目に大きい石油の精製施設を無人機で攻撃したほか、黒海に面するロシア南部トゥアプセの製油所も3回にわたり攻撃を繰り返し、大規模な火災が起き住民が避難する事態となった。米国のシンクタンク「戦争研究所」によれば、4月の2週間だけで石油や天然ガスの施設に少なくとも10回の攻撃を行ったと分析している。石油施設を破壊し、産油国ロシアの資金源を断つとともに、社会不安を煽る目的。和平に向けた協議が停滞するなかロシアへの圧力を強めるねらいもあるとみられる。

無人機の脅威で戦勝記念日の軍事パレードが中止に

 5月3日夜から4日朝にかけて、ウクライナの無人機多数が首都モスクワや中部リャザン州など各地に飛来し、モスクワの高層アパートでも被害が出た。例年、5月9日の対独戦勝記念日にはモスクワ中心部の赤の広場で戦車をはじめとする軍用車両が登場する大規模な軍事パレードが催されるが、今年は異例なことだが、武器の参加が見合された。
 武器の不足に加え、無人機ドローン攻撃の目標になることを恐れたためだ。また戦勝記念日を前にしてモスクワとサンクトペテルブルクでモバイル・インターネット・サービスが遮断されたのも、安全上の理由からだった。ロシア国内の遠く離れた場所から対空防衛システムが数多く集められ、再配備された。
 モスクワでの戦勝記念日には無人機の攻撃は無かったが、5月17日未明から朝にかけ、モスクワやその周辺でロシアが侵攻を開始した22年以降で最大規模の無人機攻撃がかけられた。ロシアによるキーウの集合住宅への攻撃で24人が死亡したことへの報復であった。
 また翌6月には赤の広場から南東に16キロほどしか離れていないモスクワの石油精製所が攻撃された(図表6参照)。同施設は、ガソリンやディーゼル燃料、航空燃料を供給しており、モスクワ一帯での燃料供給の3分の1以上を占めている。6月16,18日と二度にわたる攻撃で火災が発生,主要設備が稼働を停止し処理能力が半減したため、モスクワでの燃料供給に途絶が生じる事態となった。20日には2千キロ以上離れた西シベリア・チュメニ州の石油施設を攻撃。22日にはロシア西部ボロネジ州にあるミサイル用電子部品の生産工場を攻撃。石油関連施設とともに軍事的なインフラを標的にした攻撃も強化して圧力を強めるねらいである。同じ日にはモスクワ郊外にあるロシア最大規模の情報通信施設「宇宙通信センター」を無人機で、さらに27日にはボルゴグラードにある軍需生産施設を国産の新型巡航ミサイル「フラミンゴ」で攻撃している。

 4月から6月にかけてウクライナ無人機による石油インフラに対する攻撃は80回以上にのぼった。同じ施設が何度も標的になるケースも多く、黒海沿岸の町トゥアプセにある製油所は、わずか2週間強の間に4回も攻撃を受けた。連続するウクライナの無人機攻撃でロシアが6月に燃料へと精製した原油の量は、前年同期比25%減の1日あたり395万バレルに落ち込み、過去20年余で最低の水準となった。世界有数のエネルギー生産国であるロシアにとって前代未聞の事態である。
 石油の生産量が大幅に低下、供給にも重大な支障が生じたことからロシア政府は4月にガソリン、6月に航空機燃料の輸出を禁止したほか、国内50か所以上で燃料販売の制限や停止に追い込まれた。そのためロシア各地のガソリンスタンドでは何時間も給油を待つ車の長い列が伸びており、ガソリン価格も急騰、これに伴いドライバーの不満や不安も高まっている(図表7参照)。

 7月に入っても、ウクライナはロシア第2の都市サンクトペテルブルクの石油施設やウクライナ国境から2500キロ離れた西シベリアのオムスク州にあるロシア最大の製油所など、またモスクワにも過去最大規模の無人機攻撃を仕掛けた。
 さらに7月中旬からは、ロシアの物流施設への攻撃も開始している。ロシアのインターネット通販最大手ワイルドベリーズの倉庫を無人機で繰り返し攻撃し、その被害は推定で少なくとも3400億ルーブル(日本円で6500億円)に上っている(図表8参照)。攻撃の理由についてゼレンスキー大統領は、ワイルドベリーズが露軍の無人機の部品供給に関わるなど露軍の軍事物資の調達に関与しているためだと主張しているが、ロシアの国民の日常生活に打撃を与え厭戦気分を高めることが大きな狙いである。

 またウクライナの無人機部隊は、クリミア半島東側にあるアゾフ海でロシアのタンカーや貨物船、さらにケルチの石油施設などへの攻撃を繰り返し、クリミア半島への物流やエネルギー供給を阻み、その孤立化を進めている。クリミアは、露軍のウクライナ南東部での軍事作戦における重要な兵站拠点であるだけでなく、プーチン大統領にとって、超大国としての地位を取り戻したロシアの象徴でもあるからだ。

4 ウクライナの無人機革命

 ロシアの資金源である石油施設などの重要インフラや市民生活に大きな打撃を与えたことから、ウクライナの無人機(ドローン)に対し世界的な注目が集まっている。
 ウクライナでは、2014年のロシアによるクリミア半島併合やドンバス地域での紛争勃発以降各企業がボランティアで、民生用品向けの無人機を自作したり、クラウドファンディングを使って生産のための資金調達をする動きが広がった。ただ、その性能はまちまちで、軍との連携も不十分だった。その後、2019年にトルコ製の無人戦闘航空機「バイラクタルTB2」をウクライナ軍が導入、21年に実戦配備されたことで無人機を活用した戦闘態勢構築への動きが始動する。
 さらに22年の露軍による全面侵攻開始以降、ウクライナ軍は各民間企業が進める無人機製造の動きを束ね、国を挙げて無人機の生産、供給体制の整備に乗り出す。各企業は民生用部品などを活用し、1機数億円程度とされるバイラクタルよりはるかに廉価な無人機の生産を始めた。高性能な兵器を作るのではなく安価な兵器をめざし、かつ日々実践と改良を加えることによってIT企業のような迅速な開発速度で、次々と高性能の無人機を作り出していった。
 ウクライナ軍の前線部隊は、無人機の戦場におけるパフォーマンスを軍需企業に伝え、企業側はこれを基にシステムを常に改善し続けている。前線からの不具合を受け、直ちに企業はソフトを更新、数週間で新型の無人機を戦場に投入するというサイクルが定着していった。米国を含む世界のほとんどの国々は、兵器のフィードバックと改善という領域でウクライナに大きな後れをとっている。
 戦力や経済力でロシアに劣るウクライナは、その劣勢をカバーするため、官民一体となり無人機という廉価な防衛手法に頼らざるを得なかった。その苦境がこの国を無人機の先進国に押し上げたのである。その基盤となっているのは、民間企業の強い意欲と旧ソ連時代からの高い教育水準だ。高等教育機関などが整備されていたウクライナでは、ソ連崩壊後の混乱で多くの人々がIT関連の知識で新たなビジネスを立ち上げていった。戦時下でもIT産業は国家の中心的な役割を担っており、高性能無人機の生産を支えている。

5 無人機技術をバーゲニングパワーに活かすウクライナ

 ウクライナは、ロシアとの戦いで示した高性能無人機を海外に売り込むようになっている。急速に拡大したウクライナの無人機産業はいまや生産能力過剰の状態にある。海外輸出を進めれば余剰在庫を抱える危険がなくなり、生産コストの低減も期待できるからだ。
 ウクライナが特に力を入れているのが迎撃用の無人機だ。ウクライナは2024年初め頃から、飛来するイラン製無人機への安価な対応策として無人機で無人機を迎撃する方法を研究してきた。もともと防空システムや戦闘機が不足しているウクライナは、当初トラック搭載の機関銃で無人機を撃破しようとしていたが、その効果は限定的であった。
 そこでウクライナはヘリコプターを改良してイラン製のシャヘドを撃墜する迎撃無人機を開発した。イラン製自爆型無人機「シャヘド136」1機の価格は8万〜13万ドルだが、「スティング」と命名されたウクライナの迎撃用無人機は2000〜1万ドル程度の価格で、迎撃対象のシャヘドよりも遙かに安い。ウクライナの迎撃用無人機は高価な防空システムを不要とするもので画期的な技術革新と言える。
 折から中東ではイラン戦争が激化し、イランによる無人機攻撃にさらされている中東諸国は、イラン製無人機に対する実戦経験を積んだウクライナの技術に強い関心を示し、その協力を求めるようになった。湾岸諸国はパトリオットやTHAAD(終末高高度防衛)の迎撃ミサイルを使用してきたが、パトリオットミサイル1発で400万ドル近くする。ウウライナの安価な迎撃用無人機は価格面でも大きな魅力である。
 ゼレンスキー大統領は今年3月、湾岸諸国を訪れ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの3カ国と歴史的な無人機・ミサイル防衛協定の締結に至った。翌4月には、ウクライナ製無人機をノルウェー国内で共同生産する合意に達したほか、ドイツとも様々な無人機やミサイル、最新の防衛システムを含む47億ドル相当の協定を結んだ。
 さらに7月、ウクライナは欧州連合(EU)と無人機技術で協力する「ドローン・ディール」を締結した。ウクライナの防空能力を高め、長期的に欧州全体の防衛強化に繋げる狙いがある。EUの執行機関・欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は「ウクライナの創造力と欧州の産業力を一体とするものだ」と強調した。ウクライナがEU内に無人機の生産拠点を置くことも想定しており、ゼレンスキー大統領は「現在、年間1000万機の無人機生産能力が2000万機になる」と歓迎した。両者は防衛産業協力でも合意した。2026年末までに無人機や無人機迎撃システムの共同生産に乗り出すほか、28年までに弾道ミサイル用の防空システムを共同生産することを目指す。EUは、ウクライナの無人機やミサイル、戦闘機などの購入に100億ユーロ(約1兆8500億円)を拠出することも決めた。
 同じ7月、ゼレンスキー大統領は英国のバーナム首相と会談。ウクライナ軍の無人機運用を支援するため、英国が開発した電子妨害装置の関連技術を共有することで合意した。後述するように、ロシアは伝統的に電波妨害等電子戦の能力に秀でており、ウクライナは苦戦を強いられてきた。そこで英国が開発した電子妨害装置の技術を共有することで、ウクライナの無人機がロシアの防空システムを潜り抜け、標的の攻撃を可能にすることを狙っている。英国の電子妨害装置「ストーン・クローク」はタブレット端末ほどの大きさでドローンに搭載できる。関連技術や知的財産の共有により「ストーン・クローク」のウクライナでの量産も可能になる。
 これまでウクライナと協力してきた国の大半は、ウクライナに支援を提供する側だった。だが、いまやウクライナが支援する側に回るか、技術・生産体制の共有化を図るなど無人機を通して支援国との外交関係も変化しつつある。ウクライナは無人機の力を活かすことで、対露戦の展開ばかりでなく、その外交力をも高めつつあるのだ。

6 反撃に出るロシア

ロシアの無人機攻撃

 イノベーションと生産力に裏打ちされた低コスト・ハイテクの無人機を活用しロシアの軍事的な優位性に対抗する非対称戦略が功を奏し、ウクライナはロシアに対し戦略攻撃の面で優勢に立っている。だがすべての戦局でウクライナが優位にあるわけではない。地上戦では、双方とも決定的勝利を得られないまま長期消耗戦の様相を呈しているが、露軍は莫大な犠牲を出しながらも、24年以降は押し気味な戦いを続けており、少しずつではあるが占領地を拡大させている。ロシアウクライナ戦争の現状は、前線ではロシア優位、後方への戦略攻撃ではウクライナ優位という非対称な構図になっているといえる。
 またロシアの無人機戦力もウクライナに比べて大きく劣っているわけではなく、さほど遜色はない。むしろ2025年以降はウクライナに対抗すべく急速にその能力を強化させている。特に光ファイバーFPVや電子妨害能力、AI航法などの分野で進歩しており、中でもロシアの電子戦能力は世界のトップクラスであり、GPS妨害ではウクライナも苦戦を強いられている。またロシアは無人機量産体制の整備も急ピッチで進めている。それゆえ、無人機戦争で両国の総合力はほぼ拮抗しつつあるが、戦術・運用面でウクライナが一歩先を行っているというのが現在の姿だ。
 ロシアはウクライナに対し、シャヘドなどの無人機や巡航ミサイル、弾道ミサイルを混ぜての数百機同時攻撃を実施している。飽和攻撃によってウクライナの防空ミサイルを使い切らせるという戦法だ。また前線支援に加え、攻撃目標には都市や発電所、インフラ施設を選んでいる。ただウクライナにはロシアのような大規模な製油所や武器工場など戦略攻撃の目標となるものが少ない。ウクライナ側が意図的に軍需工場や無人機製造工場を小規模な施設に分散配置させていることにもよる。報道ではウクライナの無人機攻撃による戦果が目立つが、それは無人機の技術に優れているというよりも、限られた戦力を戦略目標に集中させるなどウクライナの運用面の卓越さが大きな理由である。
 そのためロシアも、キーウなど都市への攻撃に力を置き、ウクライナ市民の生活に影響を与えたり、戦争被害の恐怖を植え付け厭戦ムードを高める戦法で対抗している(図表9参照)。また最近では前線付近のガソリンスタンドへの攻撃も増えている。ウクライナでは民間航空便が利用できず、広大な領土が道路網や鉄道網で結ばれている。ガソリンスタンドは移動途次の燃料補給や兵士、トラック運転手らが休養をとる重要な拠点であるが、今年の6月と7月の2か月だけで200カ所以上のガソリンスタンドが露軍の無人機攻撃を受けた。製油所への長距離攻撃を被ったロシアの報復攻撃であり、威嚇して、恐怖とパニックを植え付けることが狙いだ(図表10参照)。

 

脆弱なウクライナの防空能力

 露軍が無人機やミサイルの飽和攻撃を仕掛けるのは、ウクライナの防空能力の弱さを突くことに狙いがある。今年の7月31日夜から8月1日未明にかけて露軍はウクライナの首都キーウなどを攻撃、住宅18棟、学校1校が破壊され9人が死亡し30人以上が負傷した。ゼレンスキー大統領のX(旧ツイッター)への投稿に拠れば、ウクライナ全土に向け発射された弾道ミサイル「イスカンデル」27発のうち、撃墜することが出来たのは僅か1発だけであった。7月6日のキーウなどへの攻撃でも、ウクライナはロシアが発射した弾道ミサイルと極超音速ミサイル計29発を1発も迎撃できなかった。
 英国の調査機関の分析では、2026年、ウクライナはロシアの長距離無人機のおよそ90%、722発の巡航ミサイルの80%を迎撃したが、522発の弾道ミサイルのうち70%は迎撃できず、ウクライナの防衛網が突破されたと指摘している。
 ロシアは毎週30〜50発程度の弾道ミサイルをウクライナに向け発射しているが、巡航ミサイルや無人機と比べ速度の速い弾道ミサイルを迎撃するためには、米国製の防空システム「パトリオット」が必要となる。しかしウクライナにはパトリオット用の迎撃ミサイルが不足しており、弾道ミサイルの撃墜が非常に困難な状況になっている。
 そのため7月のロシアによる攻撃で死亡した民間人は前月比47%増の437人でロシアによる侵攻開始から間もない2022年5月以来、最多となった。負傷者も2600人を超えた。さらに8月11日の夜間攻撃の際、露軍は無人機に加え北朝鮮の弾道ミサイルも投入し、ウクライナ側に60人近い死傷者が出た。このままの状況では犠牲者の数はさらに増加する恐れがある。ウクライナは8月に入り、それまで公表していた露軍のミサイル飛来数や撃墜数を一切明らかにしなくなった。
 これに遡ること一月前の7月8日。ゼレンスキー大統領はトルコの首都アンカラでトランプ米大統領と会談し、「パトリオット」の製造ライセンスをウクライナ政府に付与するよう求めた。これに対し、これまでウクライナ支援に消極的だったトランプ氏はウクライナが無人機の長距離攻撃で優位な戦いを進めていることを称賛するなどウクライナ寄りに姿勢を転じ、ライセンスの付与について検討すると前向きな姿勢を見せた。
 両者は7月28日にもホワイトハウスで会談、ゼレンスキー大統領は改めてライセンスの付与を求めるとともに、電力インフラを守るため冬が到来する前に必要だとしてパトリオットミサイル300発を供与するよう訴えた。ウクライナでの戦争終結に向けた外交努力の再開についても話し合われた。会談ではウクライナとロシアの仲介を試みてきた米国のウィトコフ特使、トランプ氏の長女の夫クシュナー氏が、初めてキーウを訪問することで合意。トランプ氏は善戦が伝えられるウクライナに対し、支援強化など歩み寄りの姿勢を鮮明にした。
 ところがその直後の7月30日、トランプ大統領はイギリスの有力紙フィナンシャル・タイムズの電話インタビューに対し、ウクライナによる迎撃ミサイルのライセンス生産について「わからない」と述べ、容認する姿勢から一転して慎重な立場を示すようになった。さらに翌31日には、米国製防空システム「パトリオット」迎撃ミサイルのライセンス生産容認について「私は同意していない。協議中だが、こうした技術を譲渡するのは難しい」と述べ、再び方針を転換した。
 そのためパトリオットの生産ライセンス問題がどのような形で決着するのかは、現時点では不透明だ。僅か2日で方針を転じたトランプ氏の意図は定かでないが、トランプ大統領が再びロシア寄りの姿勢を強め、和平交渉を優先し武器支援に慎重な姿勢を示せば、ウクライナが求めている防空能力の強化実現は難しくなり、今後の戦局の行方をも大きく左右しかねない。

7 乱れるウクライナの指揮統率体制

 ゼレンスキー大統領は7月15日、今年1月に就任したばかりのフェドロフ国防相を更迭し、後任にフマラ保安庁長官代行を指名した(図表11参照)。IT業界出身のフェドロフ氏は、無人機や人工知能(AI)を戦闘で活用する旗振り役で、ウクライナの無人機による戦略爆撃作戦を成功に導いた功労者である。また露軍が不法に使用していた米スペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」の通信を遮断させた功績も大きい。兵器の調達に入札を導入し、コスト減や汚職対策も進めた。35歳という若さもあり、軍の古い体質を刷新するイメージが支持されていた。

 しかしフェドロフ氏に関しては、テクノロジーの活用など革新的な手法が評価される一方、伝統的な歩兵中心の地上戦闘を重視するシルスキー軍総司令官はじめ国防組織内の保守主流派と激しく衝突していた。解任された後の記者会見でフェドロフ氏は、シルスキー氏が自身の政策を意図的に妨害し、軍改革を阻止してきたと主張した。60歳のシルスキー氏は旧ソ連時代にモスクワで軍事教育を受けた職業軍人。2022年の首都キーウ防衛や同年のハルキウ州での反攻作戦を指揮した実績を持ち、20年2月に軍総司令官に就任した。
 ゼレンスキー大統領は両者の対立が存在することを認めたが、軍内部の意見の相違や対立を調整、一本化することに失敗、結局、軍で多数を占める主流派の側に与したといわれている。しかしこのゼレンスキー大統領の措置は、国民の抗議や軍内部の不和を引き起こすことになった。ウクライナ軍がロシアの石油関連施設などへの攻撃で成果をあげ、国民からの人気も高い国防相の解任には市民だけでなく現役の軍人や若い兵士らも猛反発、連日のように抗議と解任撤回、さらにシルスキー氏の解任を求める大規模なデモが起き、収拾がつかない状態になった。民衆の怒りが収まらないことから、ゼレンスキー氏は喧嘩両成敗として7月21日、シルスキー軍総司令官の解任に踏み切ったが、混乱は収まっていない。
 ロシアによる侵略が長期化し、しかもミサイル防空能力の低下から市民の犠牲が増えているなか、国防相と軍総司令官という軍のツートップ2人が同時に交代する異例の事態は今後の作戦の在り方や指揮系統、さらには軍の士気などに大きな悪影響を与えることが懸念されている。
 軍内部の対立だけでなく、ゼレンスキー大統領がペトロフ解任に踏み切った背景には、国民の彼に対する高い支持率や人気がある。ゼレンスキー氏は以前にも、国民的英雄で露軍の攻勢を食い止めた功績のあるザルジニー軍総司令官を事実上解任し、英国大使として国外に追い払った経緯がある。
 ロシアがウクライナ侵略を開始した当初は、国民のゼレンスキー大統領に対する支持と信頼は非常に高いものがあった。しかし開戦から間もなく5年目を迎える。未だ停戦の目処が立たないなか、ウクライナ軍だけでなく一般市民の犠牲者も増大の一途をたどっている。ロシアの反撃で、発電所等の生活インフラも脆弱さを増している。そうした厳しい状況故に、ゼレンスキー氏の人気は低落気味である。
 キーウ国際社会学研究所の調査によれば、戦争が始まった当時80%台を維持していたゼレンスキー氏に対する国民の支持率も今年7月には56%に低下、まったく信頼しないと答えた人も24%に上った。また政治家の信頼度ランキングでも、トップはザルジニー氏、2位は国防相を解任させられたフェドロフ氏で、ゼレンスキー氏は4位に留まっている。
 戒厳令下であることを理由に、ウクライナの大統領選挙が常に先延ばしされているが、長期政権を維持する一方、国民の人気が高く自身の大統領の地位を脅かしかねない人物を政権から排除する傾向があるゼレンスキー氏の指導力や、側近ばかりを重視しがちなその政権運営の手法に対し、国民の批判が高まることも考えられる。

総括

 今年に入り、ウクライナは無人機による戦略爆撃でロシアに打撃を与え、優勢な戦いを見せている。しかしロシアも反撃に出ており、ウクライナ内部の混乱も加わり、今後もウクライナ優勢の下で戦局が推移するとは言い切れない。
 一方、ロシアでは今月、ウクライナとの戦争が始まって以来、初となる下院選挙が行われる。強権体制下にあるロシアの選挙は、日本や欧米のような自由選挙ではない。政党・候補者を登録する時点で、体制側の意向が強く働き、政権を脅かすような勢力はそもそも選挙に出ることさえ阻まれる。与党「統一ロシア」の勝利は間違いない。
 とはいえ、戦争の長期化による厭戦意識の高まりやウクライナの無人機攻撃が引き起こした石油不足などの生活不安や物価の上昇で、抑え込まれてはいるもののプーチン政権に対する批判は水面下で確実に高まっている。
 プーチン大統領は独裁体制を強めるなど引き締めを図っているが、意外に庶民の声には敏感に反応する。既に本来は7月に行われるはずの公共料金の引き上げが、今年は10月に先送りにされることが決まっている。これも今回の選挙を意識しての民衆向けの措置である。
 勝利宣言は出しても、果たして与党がどの程度の得票率を確保するか、またそれによってプーチン大統領の指導力や政権基盤、戦争指導の在り方などに変化が起きるのか、今後の戦争の推移と併せ注目する必要がある。

(2026年8月28日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
今年に入り、軍事大国のロシアがウクライナの攻撃に苦戦を強いられるようになったが、ウクライナ優勢の戦局は今後も継続するのだろうか。長期化する戦争の現状やロシア苦戦の背景、プーチン政権が抱える問題などを順次分析する。

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