トランプ大統領の政治手法とパーソナリティ  ―ディールとマチズモ:二つのキーワードから読み解く―

トランプ大統領の政治手法とパーソナリティ ―ディールとマチズモ:二つのキーワードから読み解く―

はじめに

 第二期トランプ政権が発足して1年半が経過した。この間、まさに世界はトランプ氏一人に振り回された感が強い。
 高関税政策やグリーンランドなどに対する露骨な領土要求、北大西洋条約機構(NATO)からの脱退も繰り返し仄めかすなど同盟諸国との関係は著しく悪化した。また対外戦争は避け、自国中心主義に徹するとの公約にも拘わらず、突如ベネズエラへの電撃的な軍事作戦に出てマドゥロ大統領を拘束、さらにイスラエルとともに2年続けてイランとの戦争に踏み切り、しかもいずれの作戦についても国際法との整合性に疑義が呈されている。
 そのうえ対外援助政策を大幅に削減したほか、国連など国際機関を軽視し非協力的な態度で接するなど、トランプ外交は戦後米国が築き上げてきた法の秩序や自由と民主主義の尊重、開放的な貿易体制などの普遍的な価値観を傷つけ、国際秩序に打撃を与えている。
 しかし米国との対立や関係の悪化を恐れる各国は、対米交渉の場で抗議や不満をぶつけることを慎み、トランプ大統領と如何に上手く渡り合うかに腐心、苦慮する日々を重ねている。いまやトランプ対策やトランプシフトが外交交渉における重要なテーマとなっている。
 そこで、これまでの大統領にはなかったタイプのドナルド・トランプ氏の極めて特異なキャラクターや信条、それに政治手法などについて解析を試みたい。

1 ディール

 政治家トランプ氏の最大の特徴は、何といってもディール(取引)を重視する交渉スタイルである。ビジネス(商取引)の如くに国家の外交を展開するトランプ氏は、国家間の案件や課題を処理するにあたって、経済的な利得の獲得を最も重視する。損か得かの視点が交渉を進める際の基準に据えられ、自由や民主主義、法の秩序といった普遍的な価値観や抽象的な政治理念への拘りが薄い。
 そのため、米国にとって経済的に得るものが多いと判断すれば、イデオロギーや政治体制が大きく異なる国とも関係を深めることを躊躇せず、普遍的な価値観に抵触するような取引を行うことも厭わない。
 逆に同じ価値観を共有している同盟国との関係においても、損得勘定だけで処理する傾向が強いのは、第二期政権発足以後の動きから見て取れる。世界秩序の維持や米国の掲げる理念の実現をめざす外交政策や交渉案件であっても、それが米国の経済に利益をもたらさないと判断すればとたんに関心を失ってしまうのだ。
 また交渉の手法として、ディールを有利に進めるうえで必要と考えれば、ハッタリや恫喝、誇大宣伝になるような発言もためらうことなく、さらにその時々で発言を幾度も変えることさえも珍しくない。通常の政治家、中でも国家のトップに立つ指導者であれば、自身の発言を安易に変更したり、前言とは異なる、あるいは前言を翻すような発言を重ねることは政治的な安定を損ない、米国やトランプ氏自身の信頼性を揺るがしかねないため躊躇し、慎むのが通例だが、トランプ氏の場合は発言をころころと猫の目のように変えても頓着しない。
 この癖は、相手を騙してやろうというよりも、その時々でディールを有利に進めるうえで最上と思われる発言を繰り出すもので、ディールを取り巻く状況が変わればまた発言を改めるのである。例えてみれば、商店の主人が「今日仕入れた商品は今年一番の良い品ですよ」と毎日毎日、客の関心を引くための売り言葉を繰り返すのと同じようなものといえよう。店主は、売れれば前後の発言の矛盾など気にも留めないのだ。
 これと似たような意識でいるため、「発言の内容がすぐに変わる」という批判がトランプ氏に向けられても、御本人はディールのやり口だと割り切っており、さほど気にならないものと思われる。
 同様に、「トランプはTACOだ」の批判も、トランプ氏には批判に聞こえないのではないか。「TACO」とは「Trump Always Chickens Out(トランプは、いつもびびって腰くだけになる)」の頭文字で「タコ」と発音する。相手を恫喝しても、いざ実行に移すべき段になると、生じる弊害や犠牲の大きさなどマイナス面の大きさに尻込みし、あっさりと譲歩して妥協に転じるという程の意味だが、前言取り消しの多さと同じように、「状況が変われば、とり得る手段や対応ぶりも変わるのは当然」というのがトランプ氏の発想ゆえ、批判されてもご本人は柳に風の如しではなかろうか。

ディール重視でも商人的外交とは異なるトランプ流

 もっとも、ディールを重視するからと言って、トランプ氏の手法がいわゆる商人的な外交観に即したものということはできない。確かに商人的な外交でもディールは重視するが、そもそも健全な商人は利益の独り占めは追い求めない。
 取引する当事者がともに交渉から一定の利得を得るウィンウィンの関係に持っていくことがビジネスの定石であり、取引の一方だけが利益を得るような偏ったアプローチを続けておれば、長期にわたって安定したビジネスを続けていくことなどできない。
 だがトランプ氏の場合は、米国の利益だけを追求し、相手国への配慮、目配せに乏しい。一人勝ちしか目指さないディールは、一流の商人の交渉スタイルからは程遠い。
 さらに言えば、トランプ氏のディールによって利益を獲得すべきは、本来は米国の利益、つまり国益であるべきだが、実際には対外交渉の過程で、国益ではなく、あるいは国益と並んでトランプ氏個人やトランプファミリーの利益の獲得に動いているとの疑惑が付きまとっている。
 経済政策を進めるうえで、対象となる企業に関し、一部の者や政府関係者しか知り得ない情報を入手し、当該企業の株を大量に購入、保有、売買し、利益を得ているのではとの指摘だ。国の政策や外交を、私益獲得のために利用しているとすれば、倫理的に非常に重大な問題である。
 江戸時代の学者石田梅岩は、商売は正直・勤勉・倹約を旨として、私欲を満たすものでなく、何よりも「天下公」のためだと説いている。スコットランドの経済学者アダム・スミスも石田と似通った指摘をしている。彼は「見えざる手」という有名なフレーズを用い、自由市場のなかでは「自己の利益」の追求が、期せずして「社会全体の利益」に繋がることを説明したことで有名だが、そのアダム・スミスには「道徳感情論」と題する著書もある。
 そこでは市場に参加する人間のあり方が論じられており、他者と「共感」する道徳的な存在たるべしと論じている。市場経済は適者生存や弱肉強食というイメージで語られがちだが、スミスはフェアプレーの精神を身につけたうえで参入するのが前提と説き、商売の前提に道徳を置く点は梅岩と通底するものがある。
 またビジネスは「商(あきな)い」であり、「あきない」は「飽きない」に通じる。つまり、商人はこつこつと根気よく商行為に取り組まねばならず、根気よく気長に仕事を続けることを厭い、短期間に大もうけを目論んだり、一か八かの博打商法に出るようであってはならない。
 然るにトランプ大統領は短気であり、また飽き性の癖がある。少し交渉が行き詰まりの様相を深めたり、交渉の条件を巡って相手との開きが大きいと、すぐに関心を無くしたり、投げやりな態度を露にし、時に激怒することもある。そして別の案件に関心を移してしまう。それではビジネス界での成功は覚束ない。気長に、そして歩み寄りと妥協の積み重ねの上に、合意が達成できるのである。気に入らないからといって直ちに制裁を発動したり、威圧を加えたり、時に軍事力の行使に踏み切るなど力で話を纏めあげようとするその姿勢は、政治家として問題があるばかりでなく、一流のビジネスマンの適格性をも欠くものと言わざるを得ない。

2 力への志向と憧憬 マチズモ

 トランプ氏の人格を貫く中心的動機は「力」である。トランプは自己愛が強く、また権威主義的なパーソナリティの持ち主であるが、そのような特性も含め、トランプ氏の心理や価値観を貫く大きな幹となっているのが「力」、つまり「力への志向」であり、「力に対する憧憬」の強さである。さらに、その「力を身につけている男」への志向、憧憬も非常に強い。ここでは、そのような精神特性を「マチズモ」という言葉で纏めてみたい。
 マチズモ(machismo)とはスペイン語に由来し、男性の強さや勇気、権威、支配などを強調する文化的価値観や態度で、男性優位主義を意味する概念であるが、本稿ではマチズモを単なる男性優位の思想と捉えず、「力への憧憬を中核とする文化的・心理的パーソナリティ」として位置づけてみたい。
 トランプ氏に見られる自己愛、攻撃性、権威主義、ショーマンシップなどの特徴は、この「力」への志向や憧憬を様々な角度からとらえたもので、いずれも「力」を中核とするマチズモの関連特性として把握できる。またトランプ氏は女性の容姿を揶揄したり、女性蔑視のような発言を繰り返しているが、女性をモノ扱いにしたり、女性を貶めることで男性の優位を誇示しようとするマチズモの意識がここでも働いているように思える。
 元来マチズモは、スペインを通じて中南米に入り定着したといわれるが、北米のアングロサクソン世界においてもマチズモの文化は見られる。その典型が、西部劇の主人公や西部開拓時代の勇ましい男たちだ。
 その後裔である現代の米国人や米国社会においても、マチズモが感じられる。男らしさへの拘りであり、強さやタフネスさ、相手の力に屈服しない強靭さを美徳とする社会風土の存在だ。日本人は雨が降り出すと、小雨であってもすぐ傘をさすが、現代でもマチズモの意識が強い米国の男性はめったに傘はささない。雨に濡れることを気にしないのが男らしさを示す所作と思われているからだ。
 トランプは自分を「マッチョで強い男だ」、あるいは「強い男であらねばならない」との自己認識が強い。そして“マッチョで強い自分”を愛する自己愛の傾向も見て取れる。よって人からも強い男として敬われたい、さらには敬うべきだとの思いを抱いている。つまり、トランプ氏は、米国におけるマチズモの体現者のような存在であり、彼の所作や政治活動においてもマチズモの影響が見られる。

格闘技好きのトランプ氏

 トランプ氏がマチズモの意識に染まっていることを示す最もわかりやすい証左が、彼のプロレスなど格闘技に対する距離の近さだ。トランプ氏はプロレスなどの格闘技を好む大統領として米国では有名だ。
 力への志向と憧憬はトランプ政権の外交政策ばかりではなく、もともとはトランプ氏の嗜好や趣味、さらに所作振舞いにも大きな影響を及ぼしているのだ。それがプロレスである。
 去る6月14日、建国250周年を祝う記念行事の一つとして、またトランプ氏の80歳の誕生日を祝い、 ホワイトハウスの敷地内で総合格闘技団体UFCの試合が開かれた(図表1・2参照)。試合はトランプ氏自身の発案によるもので、ホワイトハウスの南庭に巨大なアリーナが設営され、その中央の金網に囲まれた八角形のリング「オクタゴン」でUFCの王者らが激闘を繰り広げた。

 この試合にはトランプ氏の家族や閣僚のほか、共和党議員などのVIPら約4千人が招待され、抽選に当たった一般のファンはホワイトハウス南側の広場に設けられたスクリーンで観戦した。会場の上空には米軍機が飛行し、海兵隊の音楽隊が演奏を奏でた。
 トランプ氏と格闘技の関わりは古く、特にプロレスとは40年近く個人的な関係を保っている。トランプ氏がテレビの番組で司会者を務めていた頃、さらには大統領選挙に出馬してからも、トランプ氏自身何度かリングに上がったことがあり、2024年7月の共和党大会では米国の国民的なヒーローであるプロレスラーのハルク・ホーガンを出場させ、トランプ氏の応援演説を行わせている(図表3参照)。

 トランプ氏とプロレスとの最初の接点は1990年代に遡る。当時、不動産王として名を馳せていたトランプ氏が、米国のプロレス団体WWF(現在のWWE)に自らが保有するホテルなどを興行の場所に貸し出したことがきっかけであった。
 WWFは米国最大のプロレス団体であったが、非常に過激な演出が嫌われるなど異端視され、当時、多くのホテルなどが会場の場所を提供することを拒否していた。そのなかでトランプ氏が会場を提供したことにWWFが恩義を感じ、以後、トランプ氏が政治活動に乗り出すようになると、それを支援するようになる。トランプ氏は2013年にはプロレスの殿堂入りも果たしている。
 そうした関係から、トランプ氏は世界最大のプロレス団体となったWWEの最高経営責任者(CEO)であったリンダ・マクマホン氏と個人的な結びつきが強く、マクマホン氏は第一期トランプ政権では中小企業庁長官、現在の第二期政権では教育長官に任じられている。マクマホン氏はトランプ大統領に近いシンクタンク「米国第一政策研究所」の所長も務めている。トランプ氏はUFCのCEOダナ・ホワイト氏とも親交が深く、UFCの親会社の株約5万ドル(約800万円)相当を保有している。
 トランプ氏が熱烈なファンであるプロレスのような格闘技は、男らしさを誇示し、マチズモにぴったりのスポーツだ。勝ち負けがはっきりとつく競技でもあり、力強さや勝負好きのトランプ氏の信条とも合致する。
 バイデン大統領を「スリーピージョー」と呼ぶなどトランプ氏が政敵に仇名をつけて呼ぶ癖は、プロレスに由来している。トランプ氏の演説の際のポーズやスタイルにもプロレスの影響が見て取れる。トランプ氏が格闘技好きなのは、若く、筋肉質で、強く、暴力もいとわない格闘家の姿を男らしさの理想像と見ているからだが、高齢ゆえ自分自身ではもはや体現することのできない美化された男らしさへの憧憬の表れともいえる。
 そもそもプロレスなどの格闘技は若い世代にファンが多い。またインテリやエリート階層よりも低所得者に熱烈なファンを多く抱えている。個人的に格闘技が好きというだけではなく、トランプ氏は大統領選挙において、ラストベルトで苦しい生活を強いられている低所得の白人労働者に歩み寄り、手を差し伸べたが、それと同様、プロレスを通して若者や非インテリ層に近づき、その支持獲得に繋げたのである。いずれも高学歴高所得者の政党となった民主党が軽視したグループや人たちの気持ちをトランプ氏は見事に掴んだのである。

強い米国への拘り ドンロー主義

 男らしさへの拘り、つまり自らが強い男であり、かつ強くあらねばならないと意識するトランプ氏にとっては、自身だけでなく、政治家としての立場から米国もまた強くあらねばならないと考えている。
 2016年の大統領選でトランプ氏が掲げた「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」のスローガンはトランプ氏の信念や目指すべき目標を明確に物語っている。スローガンの頭文字をとったMAGA(マガ)は、トランプ大統領を熱狂的に支持、支援する人たちの政治運動を意味する言葉となった。
 トランプ氏やMAGA派は、米国は外部の影響により偉大さを失ったという認識の下、保護貿易、移民制限、伝統的価値観の重視を訴える。対外政策に関してMAGA派は、外部勢力への米国の関与を嫌う。強い米国の復活を説くのであれば、米国の覇権が絶頂期にあった冷戦当時のように、世界中の問題に介入し、米国的な世界秩序を打ち建てることを目標に据えるのかと思えるが、そうではない。
 MAGA派に属す人々の多くは、欧州やアジアの同盟国は応分の負担を果たさず、米国にばかり頼り、米国の力にただ乗りすることで自らの繁栄を築き上げてきた、だから米国の屋台骨が揺らいでしまったのだという強い不信感を抱いている。トランプ氏もしきりに同盟国に対する不満や批判を繰り返している。それゆえに、米国は力を取り戻すべきだと考えるが、米国が国際問題に深く介入することには否定的で、米国の伝統である孤立主義に立ち、米一国主義を唱える。その反面、米国の勢力圏への外部勢力の進出には強く反発する。つまりMAGAはモンロー主義の立場に近いといえる。
 モンロー主義とは、1823年、第5代米大統領ジェームズ・モンローが議会演説で示したもので、未だ国力劣勢な米国は「欧州に干渉しない」が、同時に欧州諸国が「西半球(米本土および新大陸)に(帝国主義的)干渉することを許さ」ないという選択的孤立主義の外交方針である。米欧の相互住み分けを提唱した政策といえる。これによって米国は欧州における紛争や植民地争奪戦に巻き込まれることを回避し続ける一方、欧州各国の米大陸への介入を排除し、自らの勢力圏を開拓していくようになった。
 そしてMAGAの支持の下、トランプ大統領はモンロー主義を同政権の西半球政策の基本方針に据えた。2025年12月4日、トランプ政権は外交、軍事政策の指針となる「国家安全保障戦略」(2025NSS)を公表し、米国の政治的伝統であるモンロー主義を継承・発展する方針を打ち出した。トランプ版モンロー主義の宣言と言える。
 2025NSSは「米国がこれまで、同盟国の防衛コストを過度に担い続け、国益に無関係な紛争にまで巻き込まれてきた」として、まずは自国の防衛に立ち返ると指摘したうえで、モンロー主義的な立場から、米本土と並び近隣の西半球の安定を維持する必要があるとして、軍事力の配置見直しや麻薬対策の強化に取り組むなど南北米大陸に対する他国の干渉を許さないとの考えを強調している。即ち、これまでの国家戦略において最も重要な地域としていた「インド太平洋」が2025NSSでは「西半球及び本土」に置き換わったのである。
 ただ、西半球への外部勢力の関与介入を退ける点ではモンロー主義と同じであるが、これまでのモンロー主義とは異なり、トランプ政権が西半球への脅威としてその進出浸透を排除しようとする対象はかっての西欧諸国ではなく中国、そしてロシアという権威主義勢力である。米国の裏庭と呼ばれた中南米や西半球を権威主義勢力に踏み込ませないとの宣言が2025NSSの核心部分をなしている。このトランプ流のモンロー主義を新モンロー主義、あるいはトランプ氏のドナルドの頭文字Dをとり、「ドンロー主義」とも呼ばれるようになった。
 トランプ氏の政治手法を特徴づけるディールとマチズモだが、両者は相矛盾することもある。損得を重視するディールの政治手法を前面に押し出すトランプ氏は、第一期政権の時にはカネのかかる対外戦争を行わなかったことを自慢し、第二期政権でもその方針を踏襲、米一国主義に徹すると公約していた。ところが第二期政権の発足後、ベネズエラの軍事侵攻やグリーンランドの領有権獲得をめざすなど西半球を米国の勢力圏とする動きを強め、さらには2年続けてイランとの戦争に乗り出すなど対外軍事行動を急に活発化させた。
 公約違反であり、ディール重視の政治手法とも矛盾するかに見えるが、介入によって得られる利益や経済権益が戦費を上回るとトランプ氏は判断したのである。確かにベネズエラでは石油権益の確保に繋がった。だがイラン戦争では莫大な戦費を投じたものの、イランの政権転覆や核開発の阻止は果たせず、米国の強さを誇示するには至らず、ディールとしても失敗であった。

「偉大な王」への憧憬と独裁・傲慢さ

 トランプ氏には“マッチョで強い自分”を愛する自己愛の傾向が見て取れる。よって、人からも強い男として敬われたい、さらには敬うべきだとの思いを抱いている。このような自意識や自己愛の強さから、強い男トランプは偉大な指導者であり、人は偉大な私に服従すべきだという強要意識の強さとなって表れる。
 ここから彼の権威主義的な性格が生まれる。「傲慢」「ワンマン」「部下に絶対的な忠誠を求める」「側近をイエスマンばかりで固める」、それに「決めるのは全てトランプだけ」というスタイルだ。本来、強さと傲慢尊大さは異なるものだが、トランプ氏にとってそれは一体的なものなのだ。
 また自らが権力好きであるがゆえに絶対的な権力者を好む。トランプ氏はロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席が好きなのだ。プーチン氏に対する遠慮がちな姿勢や親しく接しようとする姿はその表象である。トランプ氏は26年6月19日公開の米主要ニュースサイト・アクシオスのインタビューで、「世界で最も偉大な指導者」の一人として習近平氏の名前を挙げた。トランプ氏は習氏の指導力を評価し、「彼はストロング・マン(強い男)だ。駆け引きなし。全てが仕事。私は素晴らしいと思う」と語ったほか、「見た目がよく、背が高い。自信がある。頭がいい」と褒めちぎった。
 さらに絶対主義時代の国王や専制君主にも憧れており、そのような存在としての自己像を描き、互いのイメージを重ね合わせたがる傾向も強い。2025年2月15日、トランプ氏は自らが設立した新しい交流サイト(SNS)「トゥルース・ソーシャル」に「国を救う者はいかなる法律も犯さない」と投稿した。この言葉は、1804年にナポレオン法典を制定し、その後、皇帝となったフランスのナポレオン・ボナパルトのものとされる。トランプ氏はSNSにナポレオンの絵を載せ、自身になぞらえてみせた。動機が国を救うことであれば支配者が法律に違反する行為をしても許されると示唆する発言に、民主党議員からは「真の独裁者のようだ」と批判の声が上がった。
 その4日後の2月19日には、「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、自らを指し「王様万歳」と書き込んだ。同日、ホワイトハウスの公式アカウントもX(旧ツイッター)で王冠をかぶるトランプ氏のイラストを投稿している(図表4参照)。

 4月に入ると26日、ローマ教皇の葬儀出席に際しトランプ氏は「最前列じゃないなら行かない」と発言し葬儀での席順を強制。さらに5月2日には、自身をローマ教皇に模したような合成画像をソーシャルメディアに投稿した。カトリックの最高指導者として尊敬を集める教皇を冒涜するものとの批判が出たが、トランプ氏は記者団に「次期教皇になりたいね」と冗談交じりに語っている。
 自身を国王や専制主義者、教皇などの姿に投影したり、イメージと重ね合わせようとするだけでなく、トランプ氏は大統領に与えられている権限を逸脱するような動きも見せている。米国はモンテスキューの理論を忠実に受け入れ、独立後、厳格な三権分立の制度を取り入れたが、トランプ氏は行政のトップであるだけでなく、議会や司法(最高裁)の権限も自らの支配下に置こうとしている。
 トランプ氏は、大統領こそが行政の唯一の統括者であり、議会や司法の制約なく全ての行政機関の活動を決定・管理できるかのような発言や行動を見せており、これは合衆国憲法第2条を根拠に、大統領が行政部門や独立機関に対して単独かつ完全な権限を持つとする米国の保守派学者が主張する「統一統治権理論」(UET)に依拠しているといわれる。
 この理論は、トランプ政権が発動した関税措置の合法性をめぐる論争にも深く関わったが、大統領権限の最大限の拡大を求める憲法解釈であり、三権分立のチェック・アンド・バランスを弱体化させ、「帝王的大統領制」に繋がる危険性が指摘されている(図表5参照)。

 ニューヨーク・タイムズ紙は26年2月4日、ウェルズリー大学のステイシー・ゴダード教授とジョージタウン大学のエイブラハム・ニューマン教授の研究を引用し、トランプの行動原理は「16世紀に遡るネオロイヤリズム(新王政主義)に近い」と評したが、米市民の批判も強い。トランプ米大統領とその政策に反対する大規模な抗議デモ「ノー・キングス(王はいらない)」が6月28日、全米各地で起きた。複数の市民団体やNGOが連携して企画し、昨年6月と10月に続く3回目のデモであった(図表6参照)。

自己呈示

 ナルシストでもあるトランプ氏は、自身を大きな指導者と見せようと自己宣伝も非常に熱心だ。公共の施設に自身の名前を冠したり、紙幣に自らの肖像画を入れようとしているのはその表れである(図表7参照)。

 例えば、首都ワシントンにある総合文化施設「ケネディ・センター」(正式名称はジョン・F・ケネディ舞台芸術センター)の名称をトランプ氏は「トランプ・ケネディ・センター」に改称することを決定した(図表8参照)。ケネディ・センターはジョン・F・ケネディ元大統領を記念して、1971年に開館した半官半民の施設で、国内外から年間200万人以上が訪れる。トランプ氏は第2次政権発足後、側近を理事会に送り込み、自らも理事長に就任した。

 ホワイトハウスのキャロライン・レビット大統領報道官によれば、センターの理事会がトランプ大統領の名前を冠した改称を「満場一致」で決めたと説明、トランプ氏は記者団に「非常に光栄だ」と語っているが、センターの運営を強引に掌握しようとする動きに批判が上がった。トランプ氏の理事長就任以降、センターで開かれたイベントのチケット売り上げは大幅に落ち込んでおり、利用者のボイコットが影響したとみられる。ジョン・F・ケネディ氏の親族も「トランプ氏はケネディ氏が掲げた平等や多様性の価値観に反しており、名前を並べてはならない」とワシントンポスト紙に語っている。
 その後、連邦地裁は26年6月、ケネディ・センターの施設名を「トランプ・ケネディ・センター」に改称したのは違法だとしてトランプ氏の名前の削除を命じ、建物の外壁からトランプの表示が撤去された。
 またトランプ氏は空港にも自身の名前を付けたがっており、フロリダ州にあるトランプ氏の私邸「マールアラーゴ」の最寄り空港であるパームビーチ国際空港が26年7月9日、「ドナルド・J・トランプ大統領国際空港」に正式に改称された。ほかにも首都ワシントン近郊のダレス国際空港やニューヨーク・マンハッタンのペンシルベニア駅の名称も自身の名前に改称するよう求めている。
 さらにフランス・パリよりも高い凱旋門の建設やホワイトハウスにボールルーム(宴会場)を設けるなど相次いで巨大な建築事業にも着手しているが、これもトランプ氏の名を後世に残すレガシーづくりの意図があると思われる。
 自身の名称を誇示したがるのは、中央の政界を牛耳りトランプ氏の存在をことさら軽視するようなベテラン政治家への反発、あるいは彼らに対するコンプレックスの裏返しでもあるが、自らの力や政治の実績を誇大にアピールし、他者にそれを認めさせたいという感情は心理学で言う自己呈示に当たろう。

反社会性のパーソナリティ

 強い指導者でありたい、また社会からそう認められたいとの思いが強いトランプ氏は、大統領再選を果たし強大な権力を手にしたことで、自身が実際に強い男になったとの満足感に浸っている。
 そしてあたかも国王や絶対君主になったかのような意識の下で、自らに批判的なメディアや評論家に圧力を加えその報道や発言を封じ込めようとしたり、自分に傅かない部下、さらには“上から目線で説教を試みる不愉快な輩”とトランプ氏には映る外国の指導者らを激しく罵倒し、暴言を浴びせるような事案がしばしば起きている。
 米国の大統領の地位にある者としてとるべき振舞でないことは言うまでもないが、過度な権力の誇示に留まらず、強いものは何をしても許され、社会的なルールや節度を越えても構わないとトランプ氏が信じているとすれば、反社会性パーソナリティの傾向があるのかもしれない。
 反社会性パーソナリティ障害(ASPD)とは、他者の権利や社会のルールを無視し、無責任かつ衝動的な行動を繰り返す人格障害のことで、人権を無視した暴言や侮辱、ルールの無視、さらに公私の混同といった行動が現れるという。
 トランプ氏やトランプファミリーが一般人が知り得ない情報を基にしての株売買や投機で利益を得ているとすれば、明らかな公私混同行為である。かつてトランプ氏の自伝を書いたライターのトニー・シュワルツは、少年期から形成された歪んだ自意識の強さが彼の特異な行動のルーツであり、今後も重大なリスク要因であると指摘している。

3 MAGA派との相似形

 トランプ氏の心理特性として取り上げた「力への強い嗜好・憧憬」は、実はトランプ氏を支持するMAGA派の多くの人々の中にもみられる特性といえる。MAGA支持者には、経済のグローバル化で雇用を失った人や移民政策に不満を持つ人、宗教保守層、さらに規制緩和を支持する経済保守、ワシントンの既成政治への反発を持つ層など多様な人々が含まれている(図表9参照)。

 また米国が「もう一度取り戻す」べき偉大さとはどの時代の何であるかについても、1950年代の繁栄なのか、あるいは冷戦に勝利し唯一の超大国となった時代なのかなどMAGA派の一人一人が抱いているイメージは様々に異なっている。
 しかし、一人一人が異なった「黄金時代」を描いても、それらが相互に重なり合い、「昔の米国はもっと強かった」という過去に対する漠然としたイメージや記憶が形成され、それが共有されている。ここで重要なのは、「本当に強かったか否か」ではなく「そう記憶されているか」である。政治心理学では、集団の記憶や神話化された過去が現在の政治行動に影響を与えることが知られている。そして、米国史において最も神話化されているのが西部開拓の時代だ。
 西部開拓神話には、自立した個人、武器を持つ自由、困難に屈しないタフな男性、それに政府に頼らず自らの力によって勝利を勝ち取った者が生き残れる世界といったイメージや価値観がある。西部開拓の時代は単なる歴史としてではなく、この国の国民的神話として繰り返し映画や文学で再生産されてきた。そのため、トランプ氏が演じる「強い男」は、この文化的記憶と共鳴しやすかったと考えられる。
 MAGA運動はトランプ氏が提示した『強い米国』への志向や憧憬が中核的な動員資源となっており、トランプ氏個人のマチズモ的パーソナリティとMAGAという政治運動の文化心理は「力への志向や憧憬」という共通の意識で繋がりを持っているのだ。もちろん経済的な不満や移民問題、文化戦争といった要因も大きいが、それだけでは「なぜトランプという人物がこれほど強い象徴性を獲得したのか」を説明するには不十分だ。その象徴性を支えた心理的・文化的基盤となっているのが、西部開拓神話が示す「力への志向・憧憬」であるように思える。
 いまの米国は西部開拓時代と異なり、男性優位主義や白人中心主義が受け入れ難い社会になっている。移民の増大やDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の進展など人種や価値観の多様化が進み、白人が主役であった西部開拓時代との相違はあまりにも大きい。トランプ氏への熱狂的な支持は、こうした現実社会に対する白人男性の不満と絶望感の裏返しであり、MAGA運動は社会の多様化に伴う不安や恐怖心の反映ともいえよう。

4 トランプ対策に苦心する同盟諸国:トランプ操縦法

 歴代の大統領とは異なるトランプ氏のキャラクター、またそこから醸成される厳しいトランプ政権の対外政策に困惑狼狽する各国は、様々な対応策を模索、実践している。そこで打ち出されたいわば“トランプ操縦法”について整理してみたい。

褒めちぎる

 トランプ氏はナルシストで自己愛が強い。このキャラクターを逆手にとってトランプ氏との関係を円滑化しようとする手法だ。トランプは強い自分を愛するがゆえに、その強い自分を褒める人が好きなため、とにかく褒める、偉大さを称える、歯の浮くような御世辞や称賛を繰り出すやり方だ。トランプ氏の和平努力などを褒め称えノーベル賞候補に推薦するのもその一つだ。 
 25年6月、パキスタン政府は、トランプ米大統領を2026年のノーベル平和賞候補に推薦することを決めたと発表した。5月にインドとパキスタンが武力衝突した際、トランプ大統領が停戦の仲介に入り、「卓越した戦略的先見性と輝かしい政治手腕」を示したことを評価し、推薦することを決めたと説明している。しかし、インドのモディ首相は「米国の仲介を受けていない」と否定しており、パキスタンの本音は仲介への感謝というよりも、トランプ政権と良好な関係を築くことでカシミール問題を自国に有利な解決へ導こうとすることに狙いがあると見られる。
 また同年7月には、イスラエルのネタニヤフ首相もトランプ氏をノーベル賞に推薦した。ホワイトハウスでの首脳会談冒頭、ネタニヤフ氏は「多くの地域に平和と安全をもたらしている」と述べ、トランプ氏に推薦状のコピーを手渡した。同じ7月にはホワイトハウスを訪れたガボンの大統領が、アフリカのコンゴ民主共和国とルワンダが6月に締結した和平合意を米国が仲介したことに触れ、「トランプ氏はこれまでの尽力の全てで受賞に値する」と述べ、トランプ氏を喜ばせた。
 8月には、カンボジア政府がトランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦する方針だとメディアが報じた。タイとの国境地帯で続いていた両国の軍事衝突の停戦を仲介したことを理由に挙げている。さらに同月、旧ソ連構成国のアゼルバイジャンとアルメニアの首脳が米国の仲介で、和平に向けた合意文書に署名した。ホワイトハウスを訪れたアゼルバイジャンのアリエフ大統領はトランプ氏にノーベル平和賞を授与するよう共同で嘆願書を出すことを提起し、アルメニアのパシニャン首相もこれに同意した(図表10参照)。

 トランプ氏本人は、①カンボジアとタイ②コソボとセルビア③コンゴ民主共和国とルワンダ④パキスタンとインド⑤イスラエルとイラン⑥エジプトとエチオピア⑦アルメニアとアゼルバイジャンの七つの紛争を未然に防いだとして自身の功績を自慢し、受賞して然るべきだと語っている。かつて安倍元首相にノーベル賞委員会に自身を推薦するよう依頼するなど、トランプ氏は政権一期目からノーベル賞受賞に強い意欲を示しており、25年7月にはノルウェーのイェンス・ストルテンベルグ財務相に突然電話し、ノーベル平和賞を受賞したいとの意向を伝達したと報じられている。ノーベル賞への強い固執は、ノーベル平和賞を受賞したオバマ元大統領への強い対抗心も作用していると思われる。
 より直截にトランプ氏を褒めちぎる首脳も多い。例えば25年6月、NATOのルッテ事務総長はトランプ氏にメッセージを送り、米国のイラン核施設攻撃について「紛れもなく非凡なことで、誰もあえてやろうとしなかったことだ」「断固とした行動にお礼を申し上げる」とし「我々全員をより安全にしてくれた」とトランプ氏を称賛、またルッテ氏は、NATO加盟国の防衛費増額問題についても「加盟各国を説得するのは簡単なことではなかった」と振り返りつつ「あなたの圧力が奏功した」と持ち上げた。トランプ氏はこのメッセージをSNSで紹介し、いたくご満悦であった。
 この時期、オランダのハーグでNATO首脳会議が開催されたが、NATOに対して大幅な軍事費の増加を求めるトランプ大統領は、軍事費増に応じない国は「ロシアの好きなようにさせる」とまで発言し、米国の“NATO離れ”が現実の問題となっていた。他方、NATOもトランプ大統領の強硬な要求に直面し、米国に対する信頼感を失いつつあった。そうした厳しい状況の中で、ルッテ事務総長はトランプ氏が求める防衛費の大幅な増額を加盟国に認めさせる一方、欧州諸国の努力をトランプ氏に理解させ、米欧の軋轢を抑えNATOの結束を維持するための努力を重ねていた。先のメッセージもそうした取り組みの中で、トランプ氏を何とか繋ぎとめるための手段であった。
 ルッテ事務総長の努力もあり、首脳会議では、トランプ大統領の求めに応じる形で、加盟国が国防費などの割合をあわせてGDP(国内総生産)の5%に引き上げることで一致。一方、ウクライナを巡っては、特別な会合を行わないなどロシア寄りの姿勢も示すトランプ氏への配慮も目立った。首脳会議終了後の記者会見で、ルッテ事務総長のトランプ大統領に迎合するような姿勢に、記者から「米大統領とやりとりするときに、ここまでお世辞を言って、ご機嫌を取らなければならないのか? 品がなく、みずからを卑下していると思わないのか?」という質問も飛び出したが、ルッテ氏は「そうは思わない。捉え方の違いだが、私は良い友だちだと思っている。国防費の増額を彼が強く求めていることは、称賛に値するのでは?」と返している。   
 25年8月、アラスカでの米露首脳会談では、ロシアのプーチン大統領もトランプ大統領を大いに持ち上げた。トランプ氏は会談前、ウクライナとの戦争で停戦に応じようとしないロシアの姿勢に不満を募らせており、首脳会談でも進展は得られなかった。 だが、記者会見の席上、プーチン氏は「ロシアの国益を理解している」とトランプ氏を持ち上げたほか、「もし私が大統領だったなら、ウクライナの戦争は起こらなかっただろう」というトランプ氏の過去の発言に触れ、「私はその通りだと確信している」とトランプ氏の自尊心をくすぐった。
 トランプ氏は直後の米FOXニュースのインタビューで「『あなたが大統領だったら起きなかった』とプーチン氏が言うのを聞いてうれしかった」「会談は10点満点だった」などと機嫌よく応じた。当初、トランプ氏はロシアが停戦に応じなければ新たな制裁発動を示唆していたが、結局追加制裁措置も見送られた。プーチン氏の甘言が功を奏した可能性もある。
 やはり同月行われた米韓首脳会談でも、韓国の李在明大統領がトランプ大統領を持ち上げる場面が目立った。李氏はホワイトハウスの大統領執務室「オーバルオフィス」に入るとすぐに「米国の新しい繁栄の象徴だ」と絶賛した。執務室がトランプ氏の肝いりで改装されたばかりだということを意識しての発言だ。会談では、“ピースメーカー(平和の構築者)”を自認し、紛争の調停者としてノーベル平和賞受賞の野心を隠さないトランプ氏に対し、李氏は「トランプ大統領は新たに平和を作るピースメーカーだ。世界のさまざまな戦争が大統領によって休戦し平和が訪れた」と持ち上げ、トランプ氏が力を注ぐ仲介外交を評価し、「トランプ大統領が問題を解決できる唯一の人物だ」と持ち上げ、「世界で唯一の分断国家として残る朝鮮半島を平和にしてほしい」と訴えた。
 また「大統領がピースメーカーの役割を果たすなら、私はペースメーカーとして一生懸命支援する」と語り、トランプ氏の笑いを誘った。さらに米朝対話に向け、「北朝鮮にトランプタワーを建設し、ゴルフをしてほしい。彼(北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記)はあなたを待っている」とも呼びかけた。トランプ氏もまんざらでもない様子で「李大統領は韓国のどの指導者よりも北朝鮮問題を解決する意志がある」と応じた。
 李氏が矢継ぎ早に「おべっか」とも見える称賛を繰り返したのは、トランプ氏から受け入れ難い要求を迫られないようにするための知恵だったが、トランプ氏の李氏に対する印象が良くないとの事前情報に接していたからでもある。トランプ氏の顔は、李氏が持ち上げるにつれて和らいでいった。
 ここで紹介したのはほんの一例に過ぎない。昨年10月、高市首相は訪日したトランプ大統領とともに横須賀に停泊中の米空母を訪れたが、その際、トランプ大統領の横で満面の笑みで飛び跳ねたり、ガッツポーズをしてみせた。今年3月のワシントンでの日米首脳会談では、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ氏)だけだ」と持ち上げた。
 この振る舞いが日本国内では批判の対象となったが、世界各国の首脳らも同様の所作でトランプ氏に接している。「韓信の股くぐり」という格言があるように、国家や国際機関の長たる者、お世辞は国益や政策目的達成のための手段と割り切る必要があろう。そしてトランプ氏に対しては、こうした褒めちぎる戦術が概ね成功している。

懐に飛び込み寄り添う

 トランプ氏は「政治のど素人で、ワシントンの門外漢」という自身の評価に対し強いコンプレックスを抱いている。この点を突いて、トランプ氏との距離を縮める手法も有効だ。ただ無暗に誉めそやしたり、たんに迎合するだけではなく、政治の素人と思われたくないトランプ氏に寄り添い、彼の立ち場に理解を示したり、立派な政治家として接することで、トランプ氏の警戒感を解き、その懐に入り込むことが出来るのだ。「率直であること」「上から目線にならないこと」「趣味を合わせること」が重要だ。
 このアプローチは、第一期トランプ政権当時、安倍元首相が実践して功を奏した。以後、各国指導者の中で最も高い信頼感を安倍氏はトランプ氏から獲得できたのだ。安倍氏はたんなる迎合者ではなく、政策面では日米間で両者の意見が対立することもあったが、それでもトランプ氏と安倍氏の間には人間的な交流と信頼関係が築かれたのである。

意見をしない・議論を挑まない

 逆にトランプ氏との交渉で絶対に避けるべきは、上から目線での発言や、理詰めでトランプ氏を説得しようと試みることだ。英仏独の首脳とトランプ氏の関係がしっくりいかない原因は、利害や国益上の対立だけではない。自らを強く、最高の権力者と自負し、周囲からも最大の敬意を以て遇されて当然と考えるトランプ氏にとって、対等の立場で協議しようとしたり、諭すような話しぶり、さらには公然と反論することは彼のプライドをいたく傷つけ、またコンプレックスを強く刺激するからである。
 実際にはそうでなくとも、歴史の古い欧州諸国は米国を成り上がりの新興国と下に見ている、あるいは事業家出身の自分を本物の政治家と捉えず見下しがちだとの被害者意識をトランプ氏は抱いている。そのため、理路整然と論理づくめでトランプ氏を説得しようとしたり、まして反論することはトランプ氏を刺激するばかりで、怒りを買うだけに終わってしまう。
 第一期政権当時の2018年6月、カナダでのG7サミット(主要7カ国首脳会議)でドイツのメルケル首相とトランプ大統領が激しく対立したのはその例である。また25年2月、ウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスでのトランプ氏との対談で、彼の怒りを買い、交渉が頓挫したのも同じような理由による。
 この時、会談に同席したバンス副大統領がロシアとの戦争について外交的な解決を目指すべきだと述べたことに対しゼレンスキー氏が反発、両者の口論にトランプ氏も割って入り、「あなたは我々に指図する立場にない」「あなたは数百万人の命と第3次世界大戦を賭けたギャンブルをしている。やっていることは米国に対して非常に失礼だ」などとゼレンスキー氏を一方的に批判し、米国との取引に応じなければ「手を引く」とまで語った。記者団を前にしての激しい批判の応酬で会談は頓挫、鉱物資源に関する協定署名や共同記者会見が総て中止となった(図表11参照)。

 先に見た各国のトランプ氏に対するお世辞や追従も、ゼレンスキー大統領がトランプ氏と口論になり、協議がぶち壊しに終わったことを反面教師とし、同様の事態を避けるための必死の努力でもあったのだ。

歴史コンプレックスの利用

 強い権力志向のトランプ氏は、絶対君主や国王のような存在を好み、自身もそのようになりたいと願っているが、歴史の浅い米国には国王や君主は存在していない。そのため、古い歴史を持つ欧州諸国の国王や王室に対し強いあこがれを抱いている。歴史ある国の国王や王室にあこがれを抱くのは米国民全体に見られる傾向で、かって米国南部の農園主が英国貴族の振る舞いや住居に憧れそれを模した生活をしたり、米国民の多くがケネディ大統領に代表されるケネディ一族を“ケネディ王朝”と呼んだのはその表れだが、トランプ氏は特にその憧れが強いといえる。
 こうしたトランプ氏の嗜好を巧みに利用し、英国は対米関係の円滑化に利用している。トランプ大統領は政権1期目の2019年に国賓として英国を訪れたが、25年9月にはチャールズ国王の招待で、再び国賓として英国を訪問した。ホワイトハウスのレビット報道官は「二度の国賓訪問は前例がない」と英国からの招きを歓迎したが、英国のスターマー首相はトランプ氏を二度も国賓として招待するという異例の措置を講じ、英米関係の安定化を狙ったのである(図表12参照)。

 また25年6月、オランダでNATO首脳会議が開かれた際、トランプ氏はオランダ北海沿岸のノールトウェイクにある高級ホテルに宿泊する予定であったが、直前になって急遽変更、オランダ国王の招待を受けて国王の公邸であるハーグの「ハウステンボス宮殿」に宿泊することになった。
 ハウステンボス宮殿はオランダ王室の主要な公邸であり、2019年から国王、アルゼンチン出身の王妃マキシマ、そして3人の王女ら国王の家族の住居になっている。NATO首脳会議では防衛費の増額などを巡りトランプ氏と欧州諸国の対立が懸念されていた。 オランダ出身のルッテNATO事務総長は、トランプ氏の気に入るような接遇で臨み、会議が円滑に進展するよう意を用いたのである。
 ちなみにトランプ氏が王室の居所を訪れるのは、この時が初めてではない。2019年の訪英の際、トランプ氏は故エリザベス二世を訪問し、ウィンザー城でアフタヌーンティーを共にしている。王室を擁する英蘭両国とも、トランプ氏の志向を最大限活用し、外交を成功に導いている。 

米国の利益になる政策であることをアピールする

 日本は、日本製鉄とUSスチールの合併問題やトランプ政権の関税措置をめぐる日米交渉をかろうじて纏め上げることに成功した。難航が続く交渉であったが、何とか妥結に漕ぎつけることができたのは、「日本の提案が如何に米国の利益になる政策であるか」をトランプ氏に強くアピールし、彼の興味と関心を引き出すことに注力したからである。
 ディールを重視し、米一国主義を掲げるトランプ氏を説得するためには、米国に大きな利益をもたらすことをアピールし、納得させることが対トランプ交渉の要諦である。

5 最後に

 これまでの大統領とは大いに異なるトランプ氏の政治手法に困惑を続ける各国は、極力トランプ氏への刺激を避け、良い気分に浸ってもらうことで外交を円滑に進めようと腐心してきた。そうした努力によってトランプ政権との関係改善や対立が緩和されるなど一定の効果を上げてきたことは確かだ。
 しかし、それにもかかわらず、トランプ政権と同盟各国との軋轢は止む気配が無いのもまた事実だ。イラン戦争に際し、イランが始めたホルムズ海峡の封鎖を解除するため、トランプ大統領は欧州諸国の協力を期待したが、欧州側はそれを応じず、「自国の船舶や要員の安全が確保され、作戦実施が可能な環境」が整備されるまでは積極的に関与しない方針を貫いた。欧州の側からすれば、戦争に巻き込まれることへの不安だけでなく、そもそもイラン攻撃の正当性に疑義があるばかりか、開戦に際して米国から何の相談も協議も受けていないのに、なぜ一方的な米国からの軍隊派遣要求に従わねばならないのか、心理的な反発も強かったのだ。
 封鎖解除のため欧州の同盟各国が軍隊を派遣するのは当然と言わんばかりの態度を示していたトランプ氏は、「もう欧州各国の協力は求めない」と怒りを露にした。その後、今年6月にイランとの戦闘終結に向けた合意が成立したことを受け、英仏独伊の首脳は共同声明を発表し、「合意を迅速かつ包括的に実施することが極めて重要だ。我々は、その取り組みを支援する用意がある」とアピール、「海峡を緊急に再開し、無条件かつ制限のない航行の自由を回復する」ために「自らの役割を果たす」と表明した。
 またエビアンで開かれたG7サミットにおいてフランスのマクロン大統領は欧米の対立解消とG7の結束を示すため、トランプ大統領に「合意を支えるために応分の負担を引き受け、国際社会の関与の一翼を担う用意があ」り、戦闘終結後にホルムズ海峡に英仏主導の部隊を展開する用意があると表明した。
 こうした努力によって米欧の抉れた関係は一定程度修復されたが、7月にトルコで行われたNATO首脳会議に出席したトランプ大統領は、イランへの軍事作戦を巡り英仏独伊が支援を断ったなどと主張、「NATOには非常にがっかりさせられた」と再び不満を示した。そのためNATOの結束を維持し不協和を払拭すべく、またもルッテ事務総長がトランプ氏を取りなし、トランプ氏の貢献でNATO加盟国の防衛費増額が実現したなどと持ち上げる場面が目に付いた。
 第二期トランプ政権の任期はまだ2年半残っており、今後も様々な圧力や要求が同盟国に対し繰り出されることが予想される。しかも11月の中間選挙で共和党が敗北すれば、支持率回復のため、トランプ氏がいままで以上に厳しい要求を各国に突き付けてくる可能性さえある。これまでトランプシフトを敷いてきた各国には疲労感が高まっており、トランプ操縦法の限界も指摘され始めている。
 懸念すべきは、その政治手法だけではない。トランプ氏の健康不安問題も指摘されている。NATO首脳会議閉幕後の記者会見で、トランプ氏はイランを日本と、また隣に座るゼレンスキー氏をプーチン氏と呼んで会場を驚かせた。バイデン氏に対し、高齢による認知能力の衰えなどを批判してきたトランプ氏だが、自身も今年80歳を迎えた。第二期政権を終える頃、トランプ氏は史上最高齢でバイデン氏が大統領を退任した時と同じ82歳になる。国際政治や同盟関係は、波乱含みの展開が続くことになろう。

(2026年7月31日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
トランプ氏の政治手法は、これまでの大統領とは大いに異なる。困惑を続ける各国は、極力トランプ氏への刺激を避け、良い気分に浸ってもらうことで外交を円滑に進めようと腐心してきた。にもかかわらず、トランプ政権と同盟各国との亀裂は止む気配がない。

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