21世紀多極化時代におけるユーラシア・ダイナミズム ―EUのグローバル戦略と日本の役割―

21世紀多極化時代におけるユーラシア・ダイナミズム ―EUのグローバル戦略と日本の役割―

2026年6月22日
はじめに

 2017年から始め,日本国際フォーラムが2020年度から実施している研究事業「『多元的グローバリズム』時代の日本の総合外交戦略」の分科会「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」の主査を務め,その後,その内容を『ユーラシア・ダイナミズムと日本』(中央公論新社,2022年)という書籍にまとめたことがあった。そこでいう「ユーラシア」とは,欧州を含む広い意味でのユーラシア大陸をイメージしていた。本稿では,グローバルな視点に立って,欧州から見たときにユーラシアをどう捉えるかについて述べてみたい。
 欧州は,インド太平洋戦略を含めた形で,グローバルに世界戦略を考えている。これをユーラシアを中心に考えてみると,海のシルクロード,陸のシルクロード,氷のシルクロード(北極海航路)のうち,後者2つに対応すると思われる。
 私たちが見慣れているメルカトル図法の世界地図ではなく,例えば,北極海を中心とするような逆さ地図をおいてグローバルに世界を見ることもこれからは必要な視点ではないかと考えている。つまり,日本の立場を考えたときに,日本が世界の東端に位置するのではなく,西と東のはざまに位置すると考えてみる必要がある。それを「はざまの政治学」と主張する人もいるが,私は「はざまという狭い空間」ではなく,むしろ「中間」「境界」に位置していると考えたい。その含意は,行動の自由の範囲はもっと広いはずだということだ。
 ここ最近,欧州選挙やフランスなどで右派勢力(極右)の台頭が話題になっているので,最後にこの問題も取り上げたい。一般に,右派は「(欧州)統合反対」と言われるが,彼らの本質は突き詰めて言うと,ヨーロッパ白人主義といえる。彼らは欧州の統合それ自体に反対しているわけではなく,エリート主導の経済合理主義的な統合に反対するが,欧州人の文化的アイデンティティを強調する立場からの統合は支持するのである。また彼らにとっての欧州とはユーラシアを意味していて,ロシアともつながっていく。
 私は冷戦終結以降の欧州統合をどうみるべきかについて長年考えて来た。その過程で,統合の危機が叫ばれたり,右派勢力の台頭など,統合への疑問が呈された時期もあった。それらは,欧州人の中で合理主義的統合と文化的アイデンティティの間で,あるいはエリートとポピュリズムの間で,葛藤が際立ったことの現れだったのだろうと思う。

1.国際秩序の変遷

(1)多極化時代の特徴

 現代世界は「多極化時代」とも言われるが,その言葉は日本ではあまり使われていない。しかし欧州やインド,ロシア,中国などではよく使用されている用語だ。
 現代の国際秩序を考える上で,冷戦終結をどう評価するかがポイントになる。冷戦終結直後に,米国のSurvivalという雑誌に,「西側世界の盟主はどこか?」というタイトルのもと,西欧中心の時代は終わり,西側の盟主は米国になったという趣旨の論文が掲載された。つまり,冷戦終結とは,米国の価値観が勝利したということであった。
 しかし欧州から見ると,そのように単純に評価することはできない。西欧諸国は1970年代にデタント政策を行い,とくに西ドイツは東側に経済的アプローチを行い,その延長線上にソ連体制が腐敗,瓦解していったと見ているので,米国の力だけでソ連が崩壊した(冷戦終結)とは考えない。
 実際,今日の世界秩序の新たな局面については,G2,G0,Power Shift,Power Transitionなどと表現される。私は現代の国際秩序を「21世紀の重層的多極構造」と表現している。
 ウクライナ戦争で対ロシア経済制裁がうまくいかなかったことからも分かるように,軍事力や経済力など一つの領域だけで国際関係が成り立つわけではない。多極構造ではあるが,何をもって極と見るかとなったときに,古典的な概念ではとらえきれなくなっている。そこでそのことを「重層的(Multi-layered)」と表現している。具体的に例示すれば,つぎのようになる。

・ 多極性:米・中・EU+ロシア+インド+グローバルサウス
・ 重層性:政治・軍事力,経済,テクノロジー,エネルギー資源,交通運輸,環境,DX,サイバー,情報,ほか
・ 接続性(connectivity):相互依存,グローバリゼーション,同時性,一体化
・ 多様性:思考行動様式,価値観,宗教,文化

(2)ポストコロナ時代の不安定な多極世界

 次に,ポストコロナ時代の国際秩序について考えてみる。その主な特徴は,「重層的な多国間相互依存と権力政治の並存」である。少しレトリカルな表現を用いると,「不安定な『非ウェストファリア体制的』多極世界」という言い方もできる。つまり「ウェストファリア体制」というのは,歴史上もっとも安定した大国間の抑制と均衡による安定した権力政治的な西欧の歴史的多極体制だったが,今日の国際秩序はさまざまな要因が重層的に絡む複雑な相互依存的な関係が特徴で,権力政治だけでは理解できない多極体制である。
 多くのアクターが,グローバル・イシューのステークホルダーになっており,いろいろな要素が錯綜しながらパワーを形成している。そのために相互依存,相互の影響関係がどのようなものかを検証することが困難になっている。

2.地政学・多極世界観と多国間主義

 多極世界観と多国間(協力)主義は,よく混同して対概念のように論じられることが多いが,「多極」は秩序(認識)を表し,「多国間主義」はどう秩序を動かしていくかという方法(手法)を表している。
 FEPS(Foundation for EuropeanProgressive Studies,2021)のレポートでは,「地政学的次元」と「共同行動のための制度的・運用能力」に分けて説明しており,前者はグローバルな多極間関係を,後者は域内外の多国間主義を表している。つまりこの二つは,相互補完的アプローチと言えよう。
 以下,それらについてみてみよう。

(1)地政学・多極世界観

 多極化する世界の中にあって,EUとほかの極(大国・極大国の影響圏)との外交関係の基本はどのようなものか。まず多極構造の中のパワー・ポリティックス的なアプローチ(balanceof power)である。もう一つは,21世紀に入り中露の台頭を目前にして,米国との緊密関係(防衛上の依存関係)と大西洋関係におけるEUの「自立志向」(戦略的自立)である。
 ドイツ国際安全保障戦略研究所(SWP)の報告書(2019)は,「戦略的自立」を「自らを無意識裡に他国のルールの下に置かないこと」としており,ボレル(HR/VP 外交安保上級代表,EU外相)はEU公式サイトで(2021年3月末)で,「今日の世界は,<二進法(二項対立,米ソ二極対立。筆者注)>ではなく,<多極>なのだ」と断言し,欧州は防衛上の「対米依存」からも,経済的に過剰な「対中依存」からも脱し,自立すべきだと主張した。
 米vs中露の潜在的対立構造といわれる「新冷戦時代」においてEUは,どちらにも与することもない。2021年にインド太平洋に英仏独蘭の軍隊が同地域で合同演習のために各地に寄港したのは中国包囲網を目的としたものではなく,グローバルな安全保障のステークホルダーとしての文脈からであった。

(2)多国間主義による合意形成を通した「規範力イニシアティブ」の強化

 EUの自立は,単独主義や絶対的な自立を意味するわけではない。EUが国際社会で自立し,プレゼンスを誇示するには,国際社会での合意形成プロセスの中でイニシアティブを発揮することが重要である。そのためにはまず,多国間協調の模索は必須である。そしてその合意形成の手法としてEUは,価値規範を基礎とする説得を重視する。いわゆる「規範パワー」と呼ばれるEUとしての存在感である。これは「規範力(規制力)の強み」をもち,最近の研究では,規制力による「ブリュッセル効果」とも言われる。
 多国間主義外交は,EUのグローバルな自立戦略の手段となっている。ちなみに,ここで私は,「自律」ではなく「自立(autonomy)」という言葉を使っているが,自律は意思のない独り立ちであり,自立は意志をもった独り立ちという意味だからである。

(3)相互依存関係の循環性の効用

 今日のように,多層的・重層的な相互依存と情報化が急速に進歩する複雑な国際社会においてどうやって生き抜いていくか。合理的選択によって交渉可能な世界に移行する可能性に期待しない限り,世界は魑魅魍魎な社会になってしまうだろう。しかし実際には正しい意味での合理的選択が難しいのが現実だ。そこで冷戦時代の核兵器による「抑制と均衡」とは違った,国際世論を意識した,「抑制」と「均衡」に基づく行動を取ることが重要となる。それはまさに国際政治の原点でもある。

(4)多極世界の多様性

 多極世界においては,さまざまな価値観があるが,大きくは次の三つに集約される。

・ 西欧的な国際秩序観:大国(極)中心主義・勢力均衡
・ 米国的な一元的世界観:<リベラル・デモクラシーvs権威主義(独裁)>という単純化
・ 多様性(Diversity):ASEM,ASEAN様式・アジア様式,Asian Way
 
 1996年のASEM(アジア欧州会合)の折,正面対立を回避した合意形式(Asian Way)ということが盛んに言われたが,今日の多極世界の多様性を考えるときにおいても,この点をしっかり考えてみる必要がある。

(5)多極的ユーラシアの重層化するパワー影響圏

 日本では,インド太平洋戦略の話は,主として対中包囲網の文脈で語られることが多い。しかしEUの視点から言えば,シルクロードの行き着く先は,陸と海をあわせたアセアンだ(ASEANCentrality)。その意味でも,日本のアセアン外交は重要な意味を持っていると思う。
 現在のユーラシアをめぐるパワー影響圏は,米国の影響力が低下する中,次のように示されるだろう。

・ 中華的「人類の運命共同体」を目指す中国
・ 威信外交のロシア
・ 「規範パワー」を目指すEU
・ 第三の道と中立外交(グローバルサウス)

 数年前に,インドのジャイシャンカル現外相が,『インド外交の流儀 − 先行き不透明な世界に向けた戦略』(笠井亮平訳,白水社,2022年)という著書を出した。勢力均衡を基本とする全方位外交の主張だが,同氏は英米日に駐在した経験を持つ。同外相の夫人は日本人で,同書は日本外交にも触れており,日本はユーラシアでもっと存在感を示した方がいいと勧めている。

3.多極化世界のEU外交

(1)EUグローバル戦略(2016)

 米国は冷戦終結後,クリントン政権時代にIT革命により大きく成長しブッシュ政権の頃には一極時代と称された時期もあった。しかしイラク戦争,リーマンショックなどを経験しながら米国の影響力低下が顕著になる中,中国は2010年にGDPで日本を追い抜き世界第二位の経済大国になった。さらに海軍力を拡張し,5G情報ハイテク国としてさらに発展した。フランスの中国専門家ゴドマンは,「21世紀に中国が急成長することによって最も影響を受けているのは,EUと日本だ」と述べている。
 トランプ政権時代に,米欧間の摩擦が顕在化し,中露のプレゼンスが相対的に拡大していった。その頃G2時代とも言われ始めたが,米中対立ないし米中二極覇権時代を迎え,EUは新たな戦略を求められるようになった。そこで2016年,EUは戦略的自立をうたった「EUグローバル戦略」を発表した。EUは,イラク戦争のときに初めて安全保障戦略を打ち出した(2003年)。当時のEUは,通貨統合が進むなど統合のプロセスが順調に進展していた。ところが,2008年のリーマンショックやその後のギリシア経済危機などにより統合の動きが一時停滞した。その後,「EUグローバル戦略」を打ち出したわけだが,その特徴は,先述したように,戦略的自立にあった。
 2021年3月末,ボレルEU外相(外交安全保障政策上級代表)は,EU公式サイトにおいて先にも述べたように「今日の世界は<二進法(二項対立,米ソ二極対立。筆者注>ではなく,<多極>なのだ)と断言し,EUは防衛上の「対米依存」からも,経済的に過剰な「対中依存」からも脱し,自立すべきだと主張したのである。
 特にドイツは,戦略的自立にこだわった。ドイツ国際安全保障戦略研究所(SWP)はそれに関する報告書(2016年)を出して,戦略的自立を次のように定義した。「単独ないし共同で外交安全保障政策に優先順位を付けたり,決定を行ったり,制度・政治・物質的要求を満たす能力であり,ルールを維持,発展,あるいは創設すること,並びに自らを無意識裡に他国のルールの下に置かないようにすること」と。
 当初,戦略的自立は,安全保障,防衛上の課題として捉えられていた。
 2013年12月の欧州理事会以降,共通安全保障防衛政策(CSDP)の中心概念として戦略的自立が位置づけられ,2017~19年には地政学的な欧州の利益防衛正当化の根拠とされた。つまり,インド太平洋とユーラシアを含む地理的世界規模での防衛戦略として戦略的自立が位置づけられたのである。
 ところが,2020年のコロナ禍でサプライチェーンの混乱の影響を受けたことから,経済的対外依存の縮小(経済安全保障)を図ることを考え始めた。さらにそれは2021年以降,EUの全政策領域へと拡大していく(貿易,通貨,環境,情報,通信,産業,科学技術など)。そして2022年には,「開かれた戦略的自立(OSA)」として発展している。
 EUの人々は,「統合は(一直線に進むのではなく)行きつ戻りつ進んでいく」という。そういう意味で見ると,欧州統合は着実に進展していると言える。よく統合は終焉したとか,統合崩壊論を唱える人がいるが,それは米英での時流に合わせた見方だと思う。欧州統合とは前人未到の挑戦の過程における試行錯誤を意味すると私は考えている。

(2)ウクライナ戦争で加速化

 2022年2月に始まったウクライナ戦争は,EUの戦略的自立政策にはずみをつけることになった。とくにその出発点であった防衛分野での戦略的自立の発展が最も重要であった。
 マクロン大統領のリーダーシップのもとで,2017年12月の外相会議においてPESCO(常設協力枠組み)の設立が決定され,46の研究開発プロジェクトが発表された。欧州では,1950年代に戦後の欧州統合の動きが出発したときから,「政治統合」「欧州防衛軍」など数々の試みによる紆余曲折を経て設立されたのが,PESCOであったので,大きな成果と言える。ただし,直ぐに欧州防衛軍を作るということよりも,軍需産業のインフラを整備するところから始めた。
 他方,EUの枠組みの外でも危機管理に対応する多国籍軍組織,防衛網が創設された。例えば,英国統合遠征部隊(JEF,統合緊急対応部隊を前身とする),英仏共同統合派遣部隊(CJEF,2010年11月英仏ランカスターハウス条約による)などである。
 もちろんこの常設機構の設置は,EUやNATOからの完全な自立を意味するわけではないが,最大の懸念は予算問題であった。そこで欧州防衛基金を設立し資金調達を図ろうとしているが,今後課題も多い。

(3)戦略的コンパス(SC)

 2021年初めにEUでは,独仏を含む14カ国の合同旅団結成が決定されたこと受けて,2022年3月,5000人規模の緊急介入部隊の創設が提案された(「戦略的コンパス」)。これは1995年から提起され,1999年には英仏独の間で具体的な議論へと発展し,22年6月にドイツのイニシアティブの下で開始されて,その延長線上に実を結んだ成果であった。
 戦略的コンパス(SC)は,NATOとは一線を画し,敵との戦いよりも安全保障体制の擁護に重点を置いている。またSCは,危機に対する迅速で断固とした「行動」,急激な変化に対する市民の「安全」,必要な能力とテクノロジーへの「投資」,共通目標を達成するための域外国との「パートナー(連帯)」などの概念を有する。
 トランプ大統領時に,問題にされた防衛費負担増(GDP2%)の問題であるが,これは最近に始まった問題ではなく,ケネディ大統領のときからの課題でもあった。2023年3月に公表された「戦略的コンパス年次報告書」によると,発足後1年間でSCの財源である「欧州平和ファシリティ(EPF)」は,36億ユーロの支援を行い,EUと加盟諸国による軍事支援全体総額120億ユーロ,10件のロシアに対する制裁とエネルギー輸入削減包括策,3万人のウクライナ兵士の訓練などに貢献した。

(4)欧州の新たな対話フォーラム「欧州政治共同体」

 2022年10月に発足した欧州政治共同体(EPC)も,ウクライナ戦争を契機とする。しかしEPC自体は防衛協力強化を目的するのではない新たな試みだ。同年5月,マクロン仏大統領が欧州議会で提起し,翌6月仏独伊ルーマニア首脳がウクライナ訪問時に,「ウクライナは自分たちの『家族の一員』」と呼び,そのEU加盟を支持した。しかしEU加盟にはまだ時間がかかるので,それまでウクライナを含む別の共同体的な枠組みが必要ではないか,というマクロン大統領の働きかけによって実現したのだった。
 したがってEPCは,EU27加盟国に加え,ウクライナ,英国,モルドバ,ジョージアも参加する。EU加盟国候補国も含む44カ国で構成されている。ロシア,ベラルーシが招集されなかった点では,OSCE(欧州安全保障協力機構)とは異なり,またウクライナ戦争の賜物であることに変わりはないが,英国が入っている点でもEUの枠組みを超えている。
 欧州の「対話システム」が当面のEPCの実態として期待されるところだろう。マクロン大統領は,EPCの主要領域として,①エネルギー,②青年交流,③サイバーセキュリティを挙げた。接続性に関しては,EUは2023年12月に,中国の「一帯一路」に対抗して,新たに「グローバル・ゲートウェイ構想」を提唱した。その意味で,EPCの真意は,広範な領域を含む「政治対話フォーラム」ではあるが,課題も少なくない。英国の論調などでは,EPCが問題解決の具体的決定機関とはならない,と距離を置いた見方もある。
 ウクライナ戦争も2年半以上の歳月が経過し,暫定的な解決案にならざるを得ないだろうが,どこかで妥協して終結させなければならないと思う。そのような考えは,欧州の首脳ももっているようで,マクロン大統領は,2019年8月にフランスでのG7サミット開催を前に,(プーチン大統領を自分の別荘に招待したりしながら,再びロシアを入れて)G8にしようと根回ししたのだが,受け入れられなかった。そこでその直後,マクロン大統領は,(ロシアを含めた)欧州安全保障機構を立ち上げるべく試みた。
 マクロンの考えは,「ロシアを欧州から切り離すことは,得策ではない。なぜなら欧州から離れたロシアは中国との関係を密にすることになるからだ」である。実際,ウクライナ戦争後の情勢は,そのように展開している。この動きは,まさにユーラシアのダイナミズムを表しているといえる。
 2024年7月,英国のオックスフォードでEUと英国の会議(オックスフォード・シャー)が開かれた。英国で労働党政権が誕生する中,英国がBREXITで困難に直面していることもあり,(英国を再びEUに戻そうということではなく)新たなEU− 英国関係を構築していこうという意図で行われた(「新たなBREXIT」政策と英国では呼ぶ)。

(5)EUとインド太平洋戦略

 2021年4月16日,EUは「インド太平洋協力戦略」(以下,「戦略」)を発表した。その背景を見ておこう。
 「戦略」では,インド太平洋地域の重要性について,とくに経済的つながりを強調しながら,次のように説明する。
 この地域は世界人口の60%,世界の経済成長の三分の二,2030年までに世界の中間層34億人のうちその90%がインド太平洋地域の住民で,世界の海上貿易の6割(うち,三分の一は南シナ海を通過)を占めるなど,この地域は欧州諸国にとってもその通商・海運航路の安全は不可欠だ。それゆえこの点で,「自由で開かれたインド太平洋」戦略と符合すると考える。ちなみに,欧州で「自由で開かれたインド太平洋」に最初に反応したのは,フランスだった。
 しかし,この地域は政治的に不安定であり,欧州はその安定に強い関心を持っている。それはあくまでも欧州の自己利益の追求のためであって,対中包囲網を目的としているわけではない。ただし,軍関係者の中にはそれは甘いと考える人たちもいて,若干の温度差がみられる。さかのぼると2019年のEU対中戦略では,中国を「システム・ライバル」と位置づけた(同時に戦略的パートナー,とくに経済的パートナー)。その後,対中制裁を発表するも,2020年末には包括的投資協定(CAI)で合意した(ただし,中国の人権問題を理由に欧州議会はその批准を先送りした)。
 EUの共通防衛政策において対外関係をみると,アジアや中央アジア諸国などユーラシアの国はほとんど含まれていない。この点から言うと,安全保障面では,EUとしての共通のユーラシア戦略はもっていない。その代わり,各国の国情・国益などに応じて個別対応をしており,ユーラシア諸国の立場から見ると,個別対応の当該国を通してEUと関係を持っている。とくに資源やエネルギー面では,カザフスタンやタジキスタン等との関係強化が見られる。

(6)EUのインド太平洋戦略とユーラシア・コネクティヴィティ:パッケージとしての2つの政策

 EUは,米国中心のグローバル化による単一市場依存への警戒感から,インド太平洋地域への連結を図っている。その意味は,多極化,アジアにおける二極(米中)構造の中で後れを取らないように,その存在感・影響力を維持することにある。つまり,米中に対抗したステークホルダーとして,グローバル・エンゲージメント政策を展開しているのである。
 とくに対中政策では,「接近」と「警戒」の両面を見せている。人権よりも経済的利益や航行の自由を優先するが,FOIPについては米国の対中政策に同意する。ただし,対中政治・経済対応では,欧州の大国独仏の姿勢には未確定な要素があり,2013年ごろから,「一帯一路」構想に対しては警戒感も高まっており,各国の意見の反転現象も見られる。
 このように,インド太平洋戦略とユーラシア・コネクティヴィティは,EUにとって別々のものではなく,一つの大きな対ユーラシア政策であり,その中に中露が位置づけられている。その意味では,両者はひとつのパッケージを構成する。

(7)EU「グローバル・ゲートウェイ」

 EUは,こうした観点から,世界各地のインフラ整備に大規模な投資が必要と判断し,「グローバル・ゲートウェイ」戦略を策定した。2021年から27年の間に,EU機関およびEU加盟国が欧州投資銀行(EIB)や欧州復興開発銀行(EBRD)などの金融・開発支援機関と連携した「チーム・ヨーロッパ」が,民間企業とも協力しつつ,以下の分野で最大3000億ユーロの投資を行う予定という。

・ 欧州の価値と標準に沿ったデジタル移行
・ グリーン移行に向けたエネルギーの連結性
・ 接続可能かつスマートで強靭,包括的,安全な運輸ネットワーク
・ 保健
・ 教育および研究

 「グローバル・ゲートウェイ」では,EUがインフラ投資に関するニーズに対して,相手国の事情を配慮して押し付けたり,債務の罠のリスクを放置したりすることはしない。「グローバル・ゲートウェイ」は,投資の主要規範として「民主的価値と高い水準を推進」「グリーンでクリーンなインフラ」「安全重視」「民間部門の投資促進」の6点を定めている。
 他方,ユーラシアから東南アジアを結ぶために,中国を切り離してはいない。EUは2018年9月には,「欧州・アジア連結性戦略」を採択した。交通網の連結,共通の基準やインフラ整備を含むデジタルネットワークの連結,再生可能エネルギーを中心とするエネルギー網の連結,人的交流,二国間協力,多国間協力,国際協力を提唱し,国際機関と連携したインフラ投資を目標としている。

(8)欧州アジア連結性戦略

 米中G2時代の中でEUは,その生き残り戦略として「規範パワー」を考え,2018年9月,「EUとアジアの連結性に関する戦略:欧州とアジアをつなぐ − EU戦略の基礎要素」を採択した。
 EUは「欧州方式(European Way)」として,持続可能,包括的かつ国際的なルールを基礎とする連結性を提唱している。公正で透明な競争,社会・個人の権利,環境保護,安全性というような規範を保証し,連結性の政策分野を,中国が力を入れる交通運輸分野に加えて,デジタル,エネルギー,人的交流という4つの政策分野にまで拡大する方針だ。これはまた,中国の「一帯一路」構想に対するEU側の対応策という面ももっている。
 そのほか,インドに対しては「グリーン・エネルギー回廊」,アセアンに対しては,EU・ASEAN包括的航空輸送協定(CATA)の交渉を始め,安全保障協力としては,ASEAN地域フォーラム(ARF)を重視している。

(9)EUの東方パートナーシップ

 2004年に,地中海・旧ソ連諸国の東欧諸国を含む10カ国の大規模なEUへの加盟が実現し(チェコ,ハンガリー,ポーランド,スロヴァキア,バルト三国,マルタ,キプロス),その後2007年にはブルガリア,ルーマニア,2013年にはクロアチアも加盟した。この第五次拡大に次いで加盟候補国として挙げられたのが,(ウクライナなどの)旧ソ連諸国だった。
 その背景にあるのが,2004年にEUが発表した「欧州近隣諸国政策(ENP)文書」であった。それは,1998年にポーランドが提唱したEU東部地域諸国(ベラルーシ,ウクライナ,モルドバ,ロシア)との関係強化のための枠組みである「イースタン・ダイメンジョン」を出発点とし,これが「ワイダー・ヨーロッパ」と呼ばれるようになり,地中海地域を対象とする「バルセロナ・プロセス」とともに一本化されてできたものだった。このENPの枠組みの中で,2009年にEUは地理的隣接性が高い旧ソ連欧州部3カ国(ベラルーシ,ウクライナ,モルドバ)およびコーカサス3カ国(ジョージア,アゼルバイジャン,アルメニア)と経済協力の枠組みである「東方パートナーシップ(EaP)」を締結した。
 かつてミッテラン仏大統領は冷戦直後に,ドロール欧州議会委員長が「(旧東欧諸国などへの)東方拡大」を言い出したところ,それに待ったをかけた。つまり経済格差が違う国々を統合した場合,むしろ複雑化し混乱するのではないかという懸念を示したのだった。
 そのような動きを見た米国は,NATOの東方拡大を急ぎ出した。もちろん,ポーランドなどがNATOへの加盟を希望していた面もあるが,米国はNATO拡大を急いだ。その理由として,G.W.ブッシュ大統領(当時)は,対露関係が緊張する情勢の下,イラク戦争のまえに欧州がぐずぐずして東欧諸国へのEU拡大が進んでいないことをあげた。
 それに続く形で欧州が2004年以降EUの東方拡大を進めていった。しかし,これは(ロシアに対して)「しこり」を残したと思う。西欧諸国は基本的に自由市場経済を基本とする社会であった。しかし東欧諸国は第二次世界大戦後,社会主義経済体制で運営されてきた国で,統合された場合には,東西経済格差の克服は容易ではないことが予想された。考えてみると,今日の欧州でもまさにそのような動きがみられるわけで,この問題は根が深い。「拡大」という言葉は,きれいな言葉なのだが,廉価な労働市場への投資に期待した西側の諸国と市場経済化を通した経済発展をと期待した東側の諸国では同床異夢なのだ。

(10)EUとロシア

 EUとロシアは,1997年「パートナーシップ協定」を発行させ,99年にEUは「対ロシア共通戦略」を採択した。EUの第五次拡大によって,旧東欧諸国が加盟したことから,EUはロシアとは二国間枠組みでの協力を模索するようになった。2002年になってプーチン大統領がロシアのEU加盟を打診してきた。03年,EUロシア首脳会議で「共通空間」(経済,自由・安全・司法,対外安全保障,研究・教育の4分野)が創設され,05年にはそのためのロードマップも採択された。ただ,「共通空間」戦略で合意したために,欧州委員会文書はENPの対象からロシアを外した(04年5月)。
 NATOの枠組みでは,戦略兵器枠組みや軍縮などで欧州とロシアは妥協していた。それゆえプーチン大統領は,「冷戦が終結してドイツが統一されるに際し,東西陣営間で『NATOは東方に拡大しない』という約束があったが反故にされた」と主張するようになった。この辺に西側とロシア側の見解の差がある。

(11)日本の役割

 まず地政学的な日本の立ち位置を考えてみると,日本外交は,日本を挟むランドパワー(ユーラシアの大国,中露)とシーパワー(海の大国,米英)との関係に強く影響を受けている。つまり「中間・境界の国」だ。
 また既に日本が推進している「自由で開かれたインド太平洋」において,それを拡大した形での「自由で開かれたユーラシア・太平洋安全保障共同体」に向けた道を模索することも,これからは必要になるだろう。それは,日本が,米中露のパワー・ポリティックスの中に埋没しないためでもある。
 以上をまとめて日本外交の役割について簡単に表現すると,「親米自立」を基礎にする「橋渡し役」外交となる(Pro-American butAutonomous Diplomacy and Intermediatoror Bridge)。世界の国々で,本当の意味で米国から完全に独立して米国なしにやっていける国はほぼない。戦略的自立と言っても,その点を否定しているわけではない。ただし,自分の国のことはまず自分でやっていき,その上で独自性を発揮するという,気持ちの上の気概はあった方がいい。自立と言っても,中立ではなく米国との同盟は積極的に行うが,どのように主体性をもってしっかりと話し合っていくかということに尽きると思う。

4.欧州統合とユーラシア主義

(1)議会選挙における右派の台頭

 2024年は,欧州議会選挙(6月)とフランス国民議会選挙(6月,7月)があり,その中で極右の台頭がメディアの大きな話題になった。いずれの場合も,メディアの議論の軸が「極右が過半数を占めて政権を取るのではないか」に置かれ,そのような主張が展開されたが,実際には,極右がもともと過半数を取るだけの基盤は整っていなかった。
 欧州議会選挙の結果を見ると,中心的欧州統合派の欧州人民党(EPP)が前回の選挙より票を伸ばしたことで,極右が予想より伸びず,欧州統合は揺るぎないとの論調がメディアの見出しを飾った。
 しかし詳しく分析してみると,2019年の前回の欧州選挙では議席を持たなかった,極右の「主権国家のヨーロッパ(ESN)」が25席を確保した。欧州議会では20議席を持つと単独会派を作れるので,これは注目すべき動きだ。ESNの主力は,ナチスとも言われる「ドイツのための選択肢(AfD)」だった。そのほか,極右の会派としては,欧州保守改革(ECR)と欧州のための愛国者(PfE)が,それぞれ前回の選挙より議席を増やした。極右の勢力が過半数を超えることはなかったが,全体としては着実に増えている。
 フランスの国民議会選挙も同様の流れだった。第1回の投票(6月30日)で,極右派の国民連合(RN)が得票率29%を獲得し第一位になった。しかしその後,与党などの対応もあって,第2回目の投票(7月7日)の結果,与党中道派「アンサンブル」が163議席(前回選選挙221議席),極右の国民連合(RN)が142議席(同89議席),新しい人民戦線(左派)が183議席をそれぞれ確保した。最終的に極右が過半数に届かなかったことでメディアは安心した。
 マクロン大統領は,極右も極左も嫌いで,とくに「新しい人民戦線」(不服従のフランス,環境派,社会党,共産党)の中心勢力,メランション率いる「不服従のフランス」は大嫌いだ。そこでマクロンは,首相候補選びにおいて,穏健左派,中道,中道右派政党からなる連立政権の形成を求めて複数の候補者を検討したが難航した。その際に,マクロンが最後に相談した相手がルペンだった。ルペンはマクロンの挙げた首相候補者を3回拒否した。
 左派(新しい人民戦線)は,「自分たちが最大勢力なのだからわれわれから首相を出すべきだ」と主張し,それを受け入れない場合には,議会が始まったら即内閣不信任決議案を出すと脅した。そこでルペンは,逆にこの不信任決議案カードを利用した。すなわちルペンは,「自分たちは不信任決議案に賛同しない。政権が始まって様子を見てから判断する」と主張した。
 こうした極右の存在感を,メディアは「キングメーカー」と称したが,実際,彼らの存在感は大きなものになっている。事実,マクロンが2022年に大統領に再選されて以降,ルペンは,ときどきマクロンの議会運営に協力してきた。

(2)極右ポピュリズムの論理

 昨今の欧州における極右ポピュリズムの拡大は,一過性の現象ではない。その背景には,国内構造のグローバル化に伴いエリート層と庶民との間に社会格差が生まれたことがある。それによって,庶民の間には「エリートの欧州」という感情が強くなり,それは反米・親露の感情へと流れていく。
 このような「新しい極右」の動きを,欧州白人主義という人もいるが,私は「欧州ナショナリズム」と呼びたい。
 1970年代から始まる移民・外国人の増加,非行・テロなどに伴う社会不安や失業・生活苦,治安の悪化によって,欧州の人々(白人庶民層)は,自分たちこそが「被害者」だとの思いを持つようになり,「真の人民」のための政治を求めるようになった。その過程で,排外主義の強調,多文化主義の否定,反エリート感情が生まれ,さらにライシテ(政教分離)の偏った解釈への反発(文化アイデンティティ)も生じた。
 フランスなど欧州での政教分離は,これまでキリスト教に対して行ってきた。ところが,公衆の面前でイスラームの人々が集団で礼拝する姿を見ながら,例えば,ルペン(カトリック右派)は,次のように言う。「イスラームは公的な場において歴然と宗教行為を行っている。これはライシテに反している。共和国の原則を破っているのは誰か?自分たちではなくイスラームの人たちだ。自分たちは,ライシテを守ってきた民主主義者,共和主義者なのだ」「このような欧州にしてしまったのは誰か?欧州統合を進めてきたエリートたちだ」などと主張する。こうした主張は,欧州の庶民層にわかりやすく,共感を得やすい。
 彼らの政治主張は,反グローバリズムであり,反EU,反アングロサクソン国際秩序だ。そして大欧州・ユーラシア主義・親露につながっていく。
 デモクラシーの伝統をもつ欧州にとってデモクラシーは,人々の際限なき理想の追求であり,その前提には自由な議論,精神的自由の保証がある。しかしそれはまたコストのかかる対話と議論を伴う。EU統合のための欧州議会やEU各国におけるEU反対派(極右)勢力の拡大は,そうしたデモクラシーに内包するジレンマの現れとも言える。

 

※本稿は、2024年9月27日に開催された「世界平和研究」懇談会における発題内容を整理したものである。
※『世界平和研究』No.239、2025年冬季号より、著者の許可を得て転載した。

政策オピニオン
渡邊 啓貴 帝京大学教授
著者プロフィール
東京外国語大学国際関係研究所長,高等研究大学院(パリ),リヨン高等師範,ジョージ・ワシントン大学客員教授,在仏日本大使館広報文化公使,『外交』創刊編集委員長,等を歴任し,現在,帝京大学法学部教授,東京外国語大学名誉教授。専門は,国際関係論,フランス外交史。主な著書に,『ミッテラン時代のフランス』『フランス現代史』『ポスト帝国』『米欧同盟の協調と対立』『アメリカとヨーロッパ―揺れる同盟の80年』,監修『ユーラシア・ダイナミズムと日本』他多数。
コロナ禍、ウクライナ戦争、ガザ紛争は、世界のパワーバランスを大きく揺さぶった。変容する国際秩序の中で、EUはいかなる重層的な世界戦略を展開しているのか。ユーラシア・ダイナミズムの視点から考察する。

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