はじめに
本稿では、北東アジア地域の地域連携に向けて、どのような政府間対話、市民・企業活動が行われ、どのような国際秩序が形成されようとしているのかについて、その現況に関してEU(欧州連合)やASEAN(東南アジア諸国連合)と比較しながら幅広く考えてみたい。前半で理論的な枠組みについて述べ、後半では筆者の現地調査などの体験を踏まえた展望を述べたい。
筆者はこれまで現地調査に重きを置いた調査・研究に取り組んできた。例えば、ASEAN大陸部にあるメコン河流域の国々や、中国・北朝鮮の国境付近などの地域に直接赴き、現場でどのような動きが進展しているのか、自らの目で確かめながら地域研究をしてきた。そのような経験に基づく内容も一部紹介したい。
1.東アジアの地域協力・連携の現状
図1のオレンジ色の線で囲まれた地域は、東アジア地域を示している。ロシアは、自国を「東アジアの国だ」と主張しているので、ロシア極東は東アジアに含めてもいいかもしれない。ここでは、日中韓を中心とする北東アジア(赤線:NEA)について考察するが、最近はここにモンゴルを含める場合もある。
オレンジ色の線内の地域は、2000年ごろから日本で「東アジア共同体構想」という議論の中で枠組みとして語られてきた。ここでいう東アジアは、ASEAN10カ国+日中韓3カ国を含む地域を指している。
またピンク色の線で囲まれた地域は、ASEAN10カ国を示す。ASEANは経済発展が目覚ましいが、大陸部の5カ国も、メコン川流域を中心に1992年からアジア開発銀行(ADB)が推進役となって開発が進められてきた。なお東チモールが近い将来、ASEANに加盟する予定で、現在その手続きが進められている。
ASEAN地域では、サブ・リージョン(下位地域)が形成され、大メコン河サブ・リージョン(GMS=The Greater Mekong Sub-region)と成長の三角地帯(GT=Growth Triangle)が注目されている。とくにGMSは、「世界で最も急速に変化し、開発が進んでいる地域」と言われ、アジア諸国、オーストラリア、欧米諸国から注目されている。GTは、1990年代以降、注目された地域だ。例えば、シンガポールとインドネシアの間にある島々で開発が進められ、経済開発のサブ・リージョンが形成されている。
これまで筆者は、北東アジア地域がどのような国家間関係を構築し地域連携を試みてきたか、どのような民間協力が行われているのか、今後どうなっていくかについて研究してきたが、他の地域と比較することも重要であると考えてきた。「比較は社会科学の実験にあたる」という言葉があるが、北東アジア地域の地域形成をASEANやEUの地域形成・統合過程と比較することにより、解明するという方法も重要であると考えている。またEUの地域統合は、世界で最も進んだ地域統合の動きであり、ASEANはその後を追うような地域形成をしているように観測できる。これらのことについては後述する。
図2は、日本の『外交青書』に描かれた「アジア太平洋における国際的枠組み一覧」だ。その中心部の楕円がASEAN、その隣の円が日中韓3カ国で、これらASEAN+3を核として(外務省はアジア太平洋の国際的枠組みを)考え、その周縁部にさまざまな地域連携を位置づけている。
このように世界をグルーピングしながら俯瞰し、地域が形成される過程やその思想・政策を分析する研究を国際関係論では、「地域主義(リージョナリズム)」の研究と呼ぶ。ただ、今日では地域の枠組み線があまりにも複雑に混みいっているので、研究者の中には「スパゲティー・ボール」と称する人もいる。
ところで興味深い地域主義を紹介したい。次の図3は、筆者が以前、トルコの外交について興味をおぼえたときに考えて作成したものだ。アジアとヨーロッパとの接合点にある国家で、イスラーム諸国やロシアとの連携も形成しているトルコの位置付けを図示してみた。ギリシアとトルコを中心に描いている。イスラーム国家に分類されるトルコはEU加盟を希望しているが実現していない。トルコはイスラーム諸国との連携(イスラーム諸国会議=OIC)だけではなく、トルコ系民議=BSEC)もあり、そこにはEUに加盟しているルーマニア、ブルガリアなども含まれている。歴代の大統領は、自国トルコを欧州の一員と主張し、EU入りを希望しているが、現実的に厳しい現状である。ところがトルコは、NATO(北大西洋条約機構)に加盟しているという興味深い国でもある。図3をよく見るとトルコは、文明や思想を超えた全方位外交を展開している国であることがわかる。
このように世界の地域連携は、それぞれの国の外交政策によってさまざまに展開するために、今日非常に複雑化している。
2.リージョナリズム(地域主義)の分析枠組み
(1)リージョナリズムとは
「リージョナリズム(Regionalism)」とは、国際的な地域に共通の利益・発展・アイデンティティを見出して、地域秩序を形成しようとする国家間グループの思想・政策・行動である。これは人々の情熱がもとになり推進していこうという一種の思想・運動でもある。
伝統的な観点でいうと、「国家間」の連携であり、その前提として政府があり、その政策を「上から」進めていく動きである。しかし筆者は、そうした国家間の動きだけではなく、ボトムアップの地域主義の動きも注目している。
それぞれの地域の目的や政策によって形態は異なるが、次のようなものがある。
①地域統合(regional integration)
自由貿易・関税同盟・共同市場から外交・安全保障まで、国家主権を超えて、超国家組織を目指そうとするもの。例)EU。
②経済統合(economic integration)
自由貿易から共同市場までの経済分野での統合を目標としたもの。
③自由貿易協定(free trade zoon)
相互に関税をゼロにするか軽減する協定を結び、貿易の利益を実現しようとするもの。
④地域協力(regional cooperation)
国境手続きの簡素化、開発や環境の共通問題の解決のために協力するもの。
⑤地域連携(regional partnership)
ヒトの移動、災害・感染症など特定の分野で連携を目指すもの。
規模の面で分類すると、次のようになる。
①メガ・リージョン;NATO、APEC、ARF、RCEPなど
②リージョン;ASEAN、EU、EAC(東アジア共同体)構想など
③サブ・リージョン;NEA(北東アジア)、GMS(大メコン河市場)、環バルト海地域など
④マイクロ・リージョン;中朝国境地域、中緬国境地域、独仏国境地域など
(2)リージョナリズム研究の意義
冷戦終結後の1990年代以降、国際秩序においてグローバリゼーションという大きな現象と同時に、諸国家が地域で連携を求めるようとする地域化(regionalization)という現象も見られるようになった。例えば、欧州や東南アジアなどにおいて、地域の問題を地域の連携によって解決しようとする動きが出てきて、EUやASEAN形成への動きに加速度がついてきた。
もう一つの現象は、世界共通の自由貿易の枠組みを作ろうと推進してきたWTO(世界貿易機関)が、ドーハ・ラウンドなどの挫折により機能不全に陥り、その結果、地域的自由貿易協定の台頭をもたらした。
早くからグローバル化したヒト・モノ・カネ・情報の国際移動の半数以上は、実際はアジア、欧州、北米の三つの主要な地域の内部で生じていた。ある米国の研究者は、「一般に理解されているグローバル化はほとんど神話であり、実際に起きているのはリージョナル化に限りなく近い」と述べている(オニール・シャノン)。
次に、グローバル化が進展する世界において、同時に進行していたリージョナリズムの動きだが、それを研究する意義(仮説)を考えてみたい。
①リージョナリズム(地域主義)は、地域に共通のアイデンティティと経済的繁栄、政治的安定、そして平和をもたらすという期待。
2012年にEUがノーベル平和賞を受賞した。その受賞理由は、「第二次世界大戦後の60年間にわたり、欧州の平和と和解、民主主義と人権の促進に寄与してきた」ということだった。つまり、EUは、欧州の繁栄と平和をもたらしたという評価である。2003年2月、当時の韓国・盧泰愚大統領は、「北東アジアに『繁栄の共同体』を創り、それをいつかは『平和の共同体』へと発展させなければならない」と述べたことがあった。
②地域形成には、以下のようなさまざまな形がある。
1)政府主導(トップダウン型)
2)国境を超えた交流量が増加することによって生活圏が形成されるボトムアップ型
3)草の根の人々の交流・協力が形成する市民社会ネットワーク型
③リージョナリズムは、リアリズムの海に浮かぶリベラリズムの「島」である(後述)。
(3)リージョナリズムと地域統合の基本的理論
古典的な地域統合の分析枠組みには、下記のようなものがある。
①D. ミトラニーの『実働平和システム』(1943年)
世界は、第一次世界大戦後に大きく変化した。なかでも、郵便・電気通信・貿易・運輸などの分野で相互依存が確立し、国境を横断した機能別国際機関が成立することにより、最終的に世界共同体が創立されるとする(国際機能主義)。
②B. バラッサの『経済統合の理論』(1961年)
国境の殻にこもった国民経済を第1段階とし、第2段階以後に「自由貿易地域」「関税同盟」「共同市場」「経済同盟」「完全経済同盟」の6段階で経済統合の過程が展開することを示した。そしてこのプロセスは、どの地域の発展においても展開されるという(バラッサ・モデル)。このモデルは、EUの統合プロセスを理解するのに役立つ。
③E. ハースの『欧州統合』(1968年)
欧州統合を見ると、まず資源をどう共有するかという基幹的な経済分野で開始され、その後、次第に高い次元(分野)に移動していき、最終的には政治・安全保障などの分野へと波及するという「波及効果(spillover)モデル」を提示する(新国際機能主義=新機能主義)。
(4)東アジア共同体(EAC)構想
東アジア共同体構想は、日本では2000年代に大きなブームになり、東アジア共同体を専門に議論するような学会や研究者の集まりが数多くできた。筆者自身もさまざまな学会や研究会に参加する機会があった。
そもそもこの構想は、2002年1月に小泉純一郎首相(当時)によりシンガポールで提唱されたもので、日本オリジナルの構想だ。2003年12月に日本・ASEAN特別首脳会議で「東京宣言」が採択され、この構想が大々的に謳われた。
09年9月にタイ・ホアヒンで開催されたASEAN関連会議の席上、鳩山由紀夫首相(当時)が改めて提唱し、参加首脳から歓迎された。同じころ、日本はそれまで二国間の援助(線の援助)が中心だった、メコン河流域の5カ国に対して援助(面の援助)をすることを開始した。
このとき筆者もタイに滞在していたので、当時の雰囲気を直接感じることができた。東南アジアの専門家や政治家は、日本が東アジア共同体構想を提唱すると「斜めに構えてしまう」姿勢が垣間見られた。そこには「構想は素晴らしいのだが、日本が中心になって本当にできるだろうか?北東アジアでは隣国同士がいがみ合って何をしているのか?」という疑問があるからである。それに底辺では、かつての大東亜共栄圏への懸念もあるだろう。この構想に対してタイのアピシット首相(当時)は、「ASEANが中心になればうまく機能するだろう」と述べたことを今でも覚えている。この時筆者は、ASEANからの視点を理解したように思った。
それでは「なぜ東アジア共同体なのか」、その意義について考えてみたい。
まず、いわゆる「ASEAN+3」が、東アジア共同体構想の核になることが前提になる。そしてこの域内貿易と直接投資が増大し、現在では域内貿易依存度が55%を超えている(ちなみに、EUは60%超)。域内貿易依存度が高いということは、地域の連携が密になっていることを意味する。
第2に、設計・部品生産・組み立てなどの分業体制システムが、国境を超えてネットワークを形成するようになっている。
第3に、消費生活を活発にする中産階級が台頭し、共通の市民社会化(市民意識の形成)が広がった。実際に、ASEAN諸国に行ってみると、それを肌で感じる。コンビニやファストフードの発展を見ても日本と変わらないような生活スタイルを感じるし、人々の考え方も共通化しつつある。
第4に、アジア通貨危機(1997年)が、共通課題のもとに連携を深める好機となった。2000年には、ASEAN+3の首脳がタイのチェンマイに集まり、アジアの通貨危機脱却のための話し合いが行われ「チェンマイ・イニシアティヴ(CMI)」が宣言され、東アジアが一体という意識が形成された。
第5に、貿易や金融ばかりではなく、エネルギー・環境・災害救済・感染症対策・都市問題・マラッカ海峡海賊対策など、協力することが多くなってきた。
以上のことから、東アジアの地域連携や構想を考える時、重要な点は、先に進んでいるASEANの地域統合過程を参考にする必要があるといえる。
3.ASEANとEUの地域統合
(1)ASEANの地域統合プロセス
ASEAN(東南アジア諸国連合)は、1967年の「バンコク宣言」によって設立され、1992年にはASEAN自由貿易協定を締結して域内経済協力を強化した。2007年には、民主主義・人権・法の支配・紛争の平和的解決・内政不干渉のASEAN諸原則を再確認し、ASEAN共同体の構想へ向けて「ASEAN憲章」を採択した。2015年11月の首脳会議において、「政治・安全保障共同体」「経済共同体」「社会文化共同体」からなる「ASEAN共同体」の構想を宣言した。その時に「ASEAN共同体ビジョン2025」及び、3つの共同体それぞれのブループリント(2016—2025)を採択した。
2015年末には、「経済共同体」を発足させたが、ASEANは欧州のように統合が進展しているわけではない。ASEANの共同体へのプロセスを振り返ってみると、欧州統合と同じような進展をしているように見える。しかし実際には欧州とは異なり、ASEANでは“ASEAN Way”と呼ばれる規範・行動様式がある。これは、①主権尊重、②内政不干渉、③コンセンサス方式、④非公式性、の4点で構成されている。これらが国家間協力で重視・利用されると、協力関係の形成・維持が促進される一方で、協力の目的達成あるいは紛争解決へ向けた取り組みが阻害されることがある。
実際、軍事政権のミャンマーや社会主義体制のカンボジア・ベトナム・ラオスが加盟を許されているのも、後述するEUとは全く異なる規範が適用されていることになる。ASEANは、EUより民主主義や人権に対する基準が緩やかである証拠でもある。主権尊重や内政不干渉はいかにもアジア的な規範であり、多くの国を仲間に引き入れるときには有効ではあるが、各国の問題や域内紛争を解決しようとするときには不都合である。実際に、軍事クーデター後のミャンマーの国内対立を解決する術をもたないことが現状である。加盟国はミャンマーの内政に干渉することはなく、政策のコンセンサスを求めることもできない状況である。
(2)リージョナリズムとしての欧州統合(EU)
EUの統合は、理念が先にあり、その目標に向かってプロセスを明確にして、計画的に進められてきた。その理念は、欧州統合の父といわれるジャン・モネ(Jean Monnet)の『回想録』(1976年)の中に、次のように述べられている。
「欧州統合は善意だけに基づくことは出来ない。規則が必要である。我々が彼ら(将来の担い手 *筆者注)に任せるのは制度である。…制度がよくできていれば知恵を蓄積し、次の世代に伝達することができる」。
EUの基本理念(標語)は、「多様性における一致(In varientate concordia)」で、「連合は人間の尊厳に対する敬意、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティに属する権利を含む人権の尊重という価値に基づいて設置される」(「欧州連合条約」1992年 第2条)。
ここには「キリスト教的価値観」は出てこない。しかし、トルコの加盟申請がなかなか認められないのには、何かその辺にわだかまりがあるのも事実であるといえる。
また1985年ミラノ欧州理事会において、「欧州連合の旗」(青地に星12個)を採択、同時にベートーヴェンの「歓喜の歌」を「欧州連合の歌」にすることにも合意した。
もう一つの基本原理として、「補完性原理(Subsidiarity)」がある。これは、下位の組織で処理できることは、上位組織が干渉しないという原理で、カトリック制度の原理とも言われる。言い換えると、中央政府は、地方政府が引き受けることができない政策・活動のみに管轄権を行使するという原理である。この原理は非常にヨーロッパ的で、ASEANにはない。ASEANには、「ASEAN Way」と呼ばれる規範・行動様式があることはすでに述べた。
4.北東アジアの地域統合の試み
(1)環日本海交流時代の幕開け(1990年代)
EUとASEAN、北東アジアの地域統合を比較したときに、次のように表現できる。「EUの地域統合は21世紀の先端を行き、ASEANの地域統合は21世紀に差し掛かっている。北東アジアは20世紀半ばで足踏みをしている」と。
それでは北東アジアは、どのように地域連携が始まったのだろうか。筆者は、1990年代に秋田県の大学で仕事をしながら、当時の北東アジア情勢を観測していた。そのとき筆者が目撃・経験したことの主なものは、次のようなことだった。
・ロシアの青年がウラジオストクからヨットで秋田港までやってきた。
・友好都市提携の蘭州市から研修生がやって来る。
・製粉会社が吉林省の畑を借りて蕎麦を生産し、中国全土に販路を拡大していた。
・中国東北部の市長レベルの代表が秋田市役所を訪問する。
・ロシアの青少年を受け入れ交流する市民団体ができる。
・県・市・商工会議所・経営者・研究者が経済ミッションを組織して、ウラジオストク、ハバロフスクなどを訪問する。
・経済ミッションが瀋陽、延吉を訪問し、現地に共同事務所を設置。
・秋田—ソウル定期便の就航時にTV中継番組が組まれ、筆者も参加(2001年10月)。
このようなことは、冷戦時には考えられないようなことで、これらが冷戦終結によってもたらされたことを実感した。北東アジア地域でそれまで行けない地域にも行くことが可能になったことは、大きな変化だった。こうした地域での交流は、秋田県のみならず、青森、山形、新潟、富山、石川、福井、京都、島根、福岡などの各県でも見られ、研究者の交流が始まった。1990年代は、日本海側の都市では「環日本海交流時代」の幕開けという熱い思いがあり、中央政府の政策とは無関係の「ボトムアップ型」の国際地域交流を感じさせる運動でもあった。
(2)「ボトムアップ型」地域形成
とくに1990年代の環日本海交流運動については、次のような特徴が見られた。
・住民が持つ辺境意識からの脱却と新しいローカル主体のアイデンティティの確立への動き
(地域活性化=localization、ローカル主義=localism)。
・物流・人流インフラの整備による利便性の増大と新しい生活圏への期待感
(国際地域化=regionalization、地域主義=regionalism)。
・自治体相互間の国境を超えるネットワークの形成 (regionalism)
・地元企業にとっての国際経済活動参加への期待 (globalization)。
それらを図示したものが、図4である。
国内にはlocalと首都(政府)があるが、当時の感覚では諸外国との交流は、成田や羽田空港を通じたものだった。ところが現在の対外意識は、地方の空港から外国の地方に直接つながって行くことができることに大きく変化した。つまりローカルとローカルを直接結びつける地域交流、これを面として捉え「サブ・リージョン(下位地域」と呼んでもいいかもしれない。
図5は、富山県が作成した北東アジアの地図だ。これを見ると、中国東北部や朝鮮半島から太平洋を眺めたときに、日本列島によって(太平洋に出て行くのが)阻まれているという感覚を持つ。戦略的な表現でいうと、日本列島は非常に大きな影響力を周辺国に与えているといえる。韓国から見ると自国が北東アジアのほぼ中心にあり、日本海(東海)と黄海の二つの海に顔を出していることが鮮明となる。
(3)多層的交流のモデル化
筆者は、北東アジア地域の交流・協力に関して、図6のようなモデルを考えた。これは地域交流と地域秩序の構造について可視化を試みたものである。下部の「トラック2」は主として市民レベル・民間の交流で、底辺には留学生の交換、大学間交流などヒトの交流、その上に、経済交流、自治体間交流など、帯状(トラック)を積み上げた。そして「トラック1」には、政府間の公式な関係、外交・安全保障のトラックを積み上げ、高度に政治性のある領域(ハイポリティクス)を示すことにした。そこには進捗中の多国間開発協力の「図們江地域開発計画」、「日中韓FTA」構想、頓挫している「六か国協議」、将来の「北東アジア協調安全保障機構」構想などを積み上げている。北東アジア地域では、政府間関係の構築が困難である。3国間の構想も交渉が進まなかったり、時間がかかることが多い。
私たちは、「トラック2」の下部の交流に関わることが多い。そして時に、その上部にある官僚・経済人・研究者・政治家・外交官などが参加するシンポジウムなど参加する機会もある。これは公と私の関係者が顔を合わせるため「トラック1.5」といわれることもある。
図6については、「トラック2」の活動が上位トラックに影響を与え、やがて「トラック1」に及び、その先の政府間協議や構想に向かうことになれば、EU統合の理論のように、新機能主義のモデルとして意味をなすことになる。しかしながら、北東アジアの「トラック1」のハイポリティックス分野の課題解決がなかなか進展しないために、その観測や分析には忍耐を必要とする。極東ロシアを入れればこの地域には核兵器保有国が3か国あり、世界でも最も危険な地域の一つといえるかもしれない。とくに軍事・安全保障の分野は、その国のリーダーの考え方によって形作られ、国益を徹底的に追求しているからだ。
ハイポリティックスの分野はなかなか変化しにくいわけだが、そこに大きな転換が望める機会もいくつか考えられる。それらは下記の4点である。
①リーダーの交代、②国際環境の大きな変化、③国内の政変、そして④「認知共同体(epistemic community)」がレジームを形成すること、などである。②には冷戦終結のような国際システムの転換が起きる場合である。④の認知共同体とは、専門家集団が提唱する科学的な知識が各国政府の行動を誘導し、共通の価値観を取り込むことである。例えば、環境問題に関するパリ協定のように、地球温暖化について各国の専門家などが集まって議論することによって、世界の大多数の国々が参加する国際レジームが形成され、外交政策に変化をもたらすことである。
このようにハイポリティックス分野は、限られた条件の下でのみ変化がもたらされる。安全保障政策の基本要素は、①外交、②インテリジェンス、③軍事、④経済といわれ、その頭文字をとってDIMEと呼ばれる。軍事だけではなく、経済的側面や外交的手腕、そして情報収集能力も、安全保障政策に影響を与えている。それゆえ安全保障の問題は、複雑で高度な分析が必要となるのである
環日本海交流時代の熱気はその後、ハイポリティックスの厳しい現実から21世紀以降次第に冷めていった。世界的に見ても緊張度が高い「北東アジア」から、世界で一番激しく変化し地域化が進む「メコン河流域」に研究の視点が移りつつある傾向もみられる。それとともに筆者は、国境地域交流圏というマイクロリージョンにも関心が向いてきた。そしてGMSの国境地域の調査や中朝間の国境地帯の現地体験から、越境交流圏(Cross Border Region)、越境地域間協力(Cross Border Cooperation)、国境交差地域(Cross Border Point)、国境経済特区地域(Special Economic Zoon in Border)などのモデル構築にも関心が注がれるようになった。
5.まとめと展望
ジョセフ・S. ナイの言葉を借りて、私たちが取り組むべきことは「すべての先進国は、ホッブス的なリアリズムの海に浮かぶリベラルな平和の島々を形成」することと表現できる(ジョセフ・S. ナイ『国際紛争』2017)。この考え方を北東アジアに適用すると、「北東アジアに、リアリズムの海に浮かぶ『地域連携』の『島』をつくる試み」といえるのではないだろうか。つまり新機能主義的な地域統合に向かって行くとすれば、私たちは多層的な交流ネットワークに参加し、「トラック2」を多岐に広げ、「トラック1」の構想を実現していくことではないか。
ところで、北東アジアの範囲について筆者は、日本、韓国、北朝鮮、中国東北3省、ロシア極東に加えて、モンゴルを含めて考えている。この地域における地域主義の可能性について、いくつか指摘しよう。
①日中韓は、同じ「漢字文化圏」「儒教文化圏」にあり、歴史的かかわりが深い。
②30年以上前に私たちが「環日本海交流」を主唱したころ、中国とロシアには資源が、日本と韓国には技術が、中国・北朝鮮には労働力と資源があるとよく言われた。それゆえこの最後のフロンティアといわれたこの地域の国々が連携すれば、利益になるのではないかとの情熱があった。
③経済の相互依存性が高く、日中韓のFTA構想も提案されている。
④人の相互往来もますます盛んになっている。
もちろん、地域主義形成の阻害要因も数多く存在する。例えば、過去の植民地体験、歴史認識問題、慰安婦問題、靖国神社参拝問題、領有権問題、北朝鮮の核・ミサイル開発、拉致問題などである。
しかし、機能主義の実践を盛んにすることによって、この地域の連携は深化していくと思われる。日中間、日韓間、中韓間には国境を超えた機能別の制度、交流ネットワークがあり、これらを多層的に親密化することが重要である。実際、外交関係、物流・人流の制度、郵便通信の制度、企業間の契約、大学間交流、自治体間交流などが進められ深化しつつある。
また日中韓3カ国は、政府間ネットワークの一環として、ソウルに三国協力事務局(TCS=2010年に協定署名)を設立し、3か国の公務員が常駐している。
人材育成の面でも、「アジア人材育成機構」「アジア連合大学院大学」「キャンパスアジアア」「延辺大学夏季4カ国大学生キャンプ」、東北亜未来構想研究所(INAF)、北東アジア学会など、具体的に動いている。これらを通して「北東アジア市民」という地域アイデンティティを醸成することも不可能ではない。いずれにしても、新機能主義で考えていくことは、この地域の交流を活発化させ、新たな国際秩序を形成していく上でのヒントになるのではないかと考えている。メディアの報道によるイメージではなく、人流/物流・企業・市民団体・自治体・教育機関・シンクタンク・などが展開する「実像の日中韓関係」を追究し、「政暖経熱人知」の新しい地域主義を求めていきたい。
(本稿は、2026年2月12日に開催した政策研究会における発題を整理してまとめたものである。)
<主要参考文献>
①拙稿論文/著書
・Basic Concept for Cooperation in the Japan Sea Rim Region (1992), AKITA HOGAKU
・「環日本海交流圏についての研究動向」(1997)、『紀要』第13巻、秋田経済法科大学法律政治研究所
・「環日本海交流と地域のアイデンティティ」(1997)、別冊・地域研究『秋田の経済と社会』秋田経済法科大学経済研究所
・Inter-local City Network in the Northeast Asia (1997), AKITA HOGAKU
・「北東アジアにおける予防外交の視点」(2000)、『秋田法学』第36号
・「北東アジアにおける新国際秩序への模索」(2003)」、『政経研究』第29巻第4号、日本大学
・「国際関係論におけるローカルの視点」(2008)、『政経研究』第45巻第2号、日本大学
・「東アジアにおける新しい地域主義」(2011)、『政経研究』第47巻第4号、日本大学
・The Twenty Years’ Observations in Northeast Asia: Then and Now from Japan Side Research Perspective (2013), Frontiers of North East Asia Studies, Vol.12, October
・「国境地域から考える北東アジアの地域主義」(2015)、『法学紀要』第56巻、日本大学
・「中朝国境地域から見る中国・北朝鮮関係の現在」(2017)、『法学紀要』日本大学
・The Mekong Region and Changing Borders, H.Taga and S.Igarashi ed., The New International Relations of Sub-Regionalism: Asia and Europe, Routledge, 2019.
・「中朝国境地域におけるサブ・リージョン形成の可能性」、多賀秀敏・五十嵐誠一 編著『東アジアの重層的サブ・リージョンと新たなアーキテクチャ』勁草書房、2020年
②その他の著書
・バラ・バラッサ『経済統合の理論』ダイヤモンド社、1963年
・L.ファウセット/A.ハレル 編『地域主義と国際秩序』九州大学出版会、1999年
・坂井一成 編『ヨーロッパ統合の国際関係』芦書房、2003年
・山本武彦 編『地域主義の国際比較』早稲田大学出版部、2005年
・石田正美 編『メコン地域開発:残された東アジアのフロンティア』アジ研選書、2005年
・東アジア共同体評議会『東アジア共同体白書2010』たちばな出版、2010年
・ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 他著、田中明彦 他訳『国際紛争[原著第10版]』有斐閣、2010年
・羽場久美子『アジアの地域統合を考える』明石書店、2017年
・山本 直『EU共同体のゆくえ』ミネルヴァ書房、2018年
・五十嵐誠一『東アジアの新しい地域主義と市民社会』勁草書房、2018年
・佐渡友・信夫・柑本・山本 編『国際関係論[第4版]』弘文堂、2025年









