「保育園問題」解決への提案

「保育園問題」解決への提案

2018年4月18日

少子化対策が遅れた日本

 私は関西で育ち、大学入学を機に上京した。大学卒業後は、アメリカの大学院にMBA取得のため夫と子連れで留学した。保育園に子どもを預けながら大学に通った。
 ご存知の方も多いと思うが、アメリカには育児休業制度も公的保育制度も存在しない。良い保育園は費用が非常に高く、費用が安い保育園は質に問題がある。私も留学中、苦労して保育園を見つけた。実際、アメリカ人の母親たちが子育てしながら働くのは簡単ではない。質が高く、なおかつ適当な保育料の保育園がないため、アメリカでは子育て期の女性の就労継続率が低下する。高い保育料やベビーシッター料が支払える高給のエリート女性しか働き続けることができない。
 その後、私は90年代半ばに帰国し、第一生命の研究所に入社した。ちょうどエンゼルプランが導入された頃である。少子化問題を研究していたところ、厚生労働省から、働きながら子育てしている母親の話を聞きたいという要請が会社にあり、私が人口問題審議会で話をすることになった。
 著名な作詞家、ベンチャー企業の役員など、私を含めて30代の女性5人だったと思う。人口問題審議会が30代現役の、子育て期の女性の話を聞いたのはその時が初めてだったという。これが97年の話である。人口問題審議会は非常に歴史のある審議会であった。そのため当時の厚生省の課長が、何かあったら自分が責任を取るとして、ようやく30代女性の声を聴く機会が設けられた。日本が人口減少を問題として認識し、少子化対策に取り組むのがいかに遅かったかが分かる。

将来の世代に投資できない現状

 さて、本日は特に保育園問題についてお話したい。
 今年(2017年)4月に『保育園問題』(中公新書)という新書を出した。新書もターゲットは中高年であるため、若い編集者たちが、次の世代の読者層を開拓するために、若い人に重要なテーマの本を出そうと努力してくれた。
 私は2007年から2009年に横浜市の副市長を務めたが、当時も少子化問題の重要性はあまり社会では認識されていなかった。議会で子育て世代を支援したい、専業で子育てしているお母さんたちを支援したいと申し上げても、議員からは「昔の母親は5人も6人も子どもを育てていた。電子レンジも洗濯機もなかった」「なんで1人か2人の子どもを育てるために、行政がいちいち手助けをしないといけないのか」という反論が必ず出てきた。子どもより高齢者の問題が世の関心事になっていたこともあり、動きは鈍かった。
 議員の方々も頭では分かっている。しかし、パイを切り分ける際、高齢者の分を少し切りとって子どもにまわしてほしいとお願いしても、通らない。子ども政策に財源を回すということは、高齢者や私たちの世代が痛みを受けても、将来の世代に投資するという覚悟が必要である。その同意が取れない。そのため包括的な子育て支援策が実行できない。これが現状である。
 日本の政策は私たちの姿を映す鏡である。圧倒的に高齢者や定年後の生活を気にする人が多いから、そうしたテーマを扱った本がよく売れる。一方、これからの日本を支える、まさに定年後の人たちの生活を支える若い世代の問題は、深刻ではあるけれど、それに関心のある人は少ない。
 少子化問題は非常に深刻である。今、1.9人の現役世代で高齢者1人の年金を支えている。半分は女性である。もし働く女性がいなければ0.95人で1人の高齢者を支えなければならない。
 しかも介護保険が導入されている現在、介護福祉士も医師も看護師も不足している。とにかく一人でも多くの人に働いてもらって、税金と社会保障料を納めてもらわなければ、高齢者の生活を支えられない時代なのである。
 にもかかわらず、将来への投資はなかなか難しいのが現状である。副市長時代、猪口邦子少子化担当相の有識者会議のメンバーとして、よく話をさせていただいた。猪口大臣は歴代大臣の中で少子化問題への関心を高めることに最も貢献された方だと思う。子育て支援新制度が始まってから、子育て支援関係の給付金は内閣府の予算になったが、猪口大臣の時は大臣予算ゼロである。児童手当を増やしましょう、保育園を増やしましょう、といくらPRしても、大臣に決済権がなかったのである。

全国的には定員割れ

 話を保育園に戻す。ご存知の方も多いと思うが、保育所は日本全国で見ると定員割れしている。2015年(平成27年)4月1日に子ども子育て新制度が始まり、地域型保育事業と言われる、保育ママ、19人以下の小規模保育などが保育事業として位置づけられ、公費が投入されるようになった。

 「保育所等利用児童数等の状況」(図1)を見ていただくと分かるように、常に入所児童数が定員を下回っている。平成27年から、保育ママや小規模保育に施設型給付や地域型保育給付といった形で公費が入るようになり、公的保育事業への参入が増えて、一気に供給も増えている。
 しかし待機児童は減っていない。それは何故か。
 一つには地域の偏在がある。過疎地では保育所は定員割れで、閉鎖も進んでいる。ただ、過疎地は子どもがいないから保育所のニーズがないかというと、過疎地は過疎地として別のニーズがある。子どもが減っている地域では、3歳か4歳になって幼稚園に入るまで他の子どもと遊んだことがないという子どもたちが増えているのである。
 これまでは親が働いているなどの理由で家庭での保育が難しい子だけしか保育所に入ることができなかったが、今は保育が必要な子は入れるようになっている。「保育が必要な子」の定義が広くなったのである。それこそ、保育所に入らないと他の子と遊べない子たちも、過疎地では入っている。
 私も以前、岩手県遠野市に調査に行った。集落に子どもが5人しかいないという所で保育所を維持している。保育所がなくなると地域で子どもが育てられなくなるということ、保育所があることによって子どもたちが集団の遊びを覚えられるということもある。小学校は統廃合され、集落の子どもたちはバスで通学している。遠野市は市町村合併して東京23区と同じ程度の面積があるが、保育所は集落ごとに残っている。
 もう一つは年齢の偏在。保育所の定員はアサガオ型と言って、小さい子は手間暇かかるため、0歳児3人に1人の保育士が付く。1歳児は6人に1人、2歳児も6人に1人で、3歳児が20人、4~5歳児は30人に1人の保育士が付く。地域によっては、毎年入所する子ども数が一定という場合がある。つまり定員割れしているということは、1人の保育士につき本当は4、5歳児を30人見ることができるけれども、そこが10人空いているということである。では、その枠に2歳児や3歳児を入れたらいいかというと、それはできない。子どもの発達段階を考えると、危険だからである。そのため定員割れは多くの場合4、5歳の段階で起こっている。
 また、定員割れしているということは、1人の保育士が担当する児童の数が少なく丁寧な保育ができるが、保育所の収入は当然減ることになる。保育所の運営費の8割から9割は人件費である。労働主役型の典型的なサービス産業とも言える。定員割れしているということは、保育所の収入が安定しないということである。
 保育所待機児童が現在、2万6000人いる。就学前児童に占める保育園の利用率は42.4%である。0~5歳児の4割が保育所に通っているというわけである。1、2歳児に限ると利用率は45.7%に達する(2015年4月1日現在)。1、2歳児の半分近くが保育園に行っていることになる。待機児童は、ほぼ0、1、2歳児である。3歳になると幼稚園という選択肢もあるからだ。

同い年と遊んだことがない子たち

 一方、子どもの減少という意味の過疎化は、都会でも始まっている。例えば千葉県浦安市は、ディズニーランドがあって若い世代に人気の街である。公立幼稚園は2年前から3歳児保育を始めた。それは浦安市でも、幼稚園に来るまで同年齢の子と遊んだことがないという子たちが出てきたからである。
 また、0歳児は約15%である。日本の0歳児の7人に1人は保育所に通っているわけである。
 昨年(2016年)生まれた赤ちゃんは約97万6000人。今、0歳から就学前までの児童を全て足しても600万人である。各年代100万人いるかいないかという状態が続いている。この現実を認識する必要がある。
 先ほど紹介した浦安市のように、同じ年の子と遊んだことがないという子どもが増えている。一つの理由は、ライフスタイルの急激な多様化である。かつては大学や短大を卒業してすぐに結婚して、24歳、25歳で第一子を産むのが当たり前だった。しかし、現在は平均初婚年齢が29.4歳(2015年)、平均初産年齢が30.7歳(2016年)である。実際は出産年齢の幅が大きく広がっていて、10代の妊娠から40代の初産、時には50代で初産という人もいる。
 また、かつては公園に行くと同世代の母親、同年齢の子どもが大勢いたが、今は“公園デビュー”という言葉はほぼ死語になった。10代の母親から、40代で初産という母親までいて、街でも自分と同じ年代で同じ年の子どもを抱えた親子に出会う機会が本当に少なくなった。
 私は、二人目の子を40歳で産んだが、病院には40代で初産という妊婦が大勢いた。こんなにたくさんいるから、いくらでも友達はいると思ったが、地域に戻ると全く出会わなかった。
 そこで行政は、駅前のビルなどに子育て中の母親が集える広場を作り、母親同士の出会いの機会を設けようとしている。それほど友人を見つけるのが難しくなっている。

東京への人口集中と保育ニーズの上昇

 さて、待機児童は関西圏の大阪市や西宮市でも大きな問題になっている。大阪府全体の人口は減少しているが、大阪市には人口の流入が続き、特に北区は通勤に便利、お洒落ということで、若い夫婦が移り住んできている。
 そうした若い夫婦向けのタワーマンションも建設されている。タワーマンションを購入するということは、共働きでなければローンの返済も簡単ではない。それで子どもを保育園に入れようとするが入れない。入園希望者が急に増えて、定員を増やしても追いつかないからだ。またこういった人気地域では、保育所用地を買えないために保育所が作れない状態にある。
 日本で唯一と言えるほど人口が増えているのが大阪市北区と東京23区である。人が流入している。東京の埋立地にはタワーマンションが次々に建設されている。東京オリンピックの競技場が見えることも売りになっている。
 東京23区に人口が流入する理由は、大半の企業が東京に集中しているからである。私が勤務する甲南大学は、長く関西のビジネス界に卒業生を就職させていたが、私の学部の今年(2017年)の卒業生は、東京に就職した学生が女子でも2割を超えた。
 大阪本社と言っても、例えば大手銀行でも重要事項は金融庁のある東京で決定する。他の業種でも同様である。結果的に関西に仕事がない。若い人は仕事を求めて、東京に行く。関西の企業に勤めたつもりでも、若い身軽なうちは東京に行ってみないかと言われる。ビジネスを学ぶのは東京だということで、最初から東京に決まっている女子が2割。男子はもっと多い。
 今、東京への流入が増えている要因は2種類ある。若い人と、そして年老いた親が田舎から子どものもとにやってくる。そうした人たちの福祉ニーズを支えるために、介護士も東京が吸収している。保育ニーズも上がり、保育士が東京に集まる。地方から介護士、看護師、保育士が集まることで、さらに人口集中が進むわけである。
 また保育所は毎日の送り迎えが必要であるため、自宅から遠い保育所には通えない。近くであれば、保育所に預けて働く上で便利だ。。そのため駅ビルに保育所を作る。もしフルタイムで年収400万円から500万円の母親であれば、保育所が30分遠くても頑張って働く。しかし、時給1000円のパートの人は往復1時間かかる保育園には行かない。
 しかし、もし駅前だったら、通勤圏に保育所ができれば、預けてすぐ仕事に行くことができる。便利な所にできるほど、保育所に預けるコスト、つまり保育料だけでなく、子どもを連れて行く時間、手間が一気に下がり、そこに預けて働きたいという人が増える。保育所は作れば作るほど、通わせたい母親をさらに掘り起こすことになるわけである。

40代が母親の再就職の壁

 人手不足の大阪で増えているのは、非正規の仕事が大半である。サービス業、観光業等で、時給1000円前後で、ちょうど子育て中の母親が働き手としてのターゲットである。母親たちも働きたい人が増えていく。じつは関西は世帯年収が最も低い地域の一つ。これは女性の就業率がとても低いからである。関西は特に男性の平均賃金が一気に下がって世帯主の賃金が低くなっている。世帯主と配偶者の収入を合わせた世帯収入は、もちろん関東が一番高いが、全国平均や東海などはそれほど低くない。特に低いのが関西である。
 厚生労働省が実施している出生動向基本調査(夫婦調査と独身調査がある)の最新調査(2015年)によると、出産で退職する女性が前回の6割から5割前後に減少している。これはやはり、育児休業の推進や様々な啓蒙活動によって企業体質も変わってきたこと、さらに労働力不足が深刻になってきて女性活用が進んできたことが要因であろう(まだ一部の優良企業に限られているだろうが)。それと、世帯にとってはリスクヘッジのために2人で働くことが欠かせない状況になってきていると思われる。
 また、同調査によると、独身男性のうち結婚相手に専業主婦を求めているのは10.6%である。つまり大半の男性は妻にも働いてほしいと考えている。フルタイムでなくても、妻に少しでも収入を得てほしいというわけである。
 もう一つ、一度仕事を辞めた女性たちの動向である。関西経済連合会のシンクタンク「アジア太平洋研究所」の依頼をいただき、一昨年(2015年)から昨年(2016年)にかけて、仕事をしていない既婚女性、未婚女性にインタビューを行った。これをみると、女性の再就職に関して、晩婚化、晩産化の影響が歴然としている。平均すると31歳で1人目の子どもを出産し、さらに2人目を35歳前後で出産している。そこで、子どもが小学生になってから再就職するということになると、40代になってしまう。40代では再就職は難しいと焦り、とにかく30代のうちに再就職したいという女性が多い。実際には、職歴があって本気で働きたいという母親には40代でも仕事はあるらしいが、多くの母親たちにとって40代は再就職の壁の年齢でもある。そこで、母親たちは30代のうちに働きたい、子どもが小学校に入学するのを待っていられないということである。
 もう一つ、ダブルケアの問題がある。晩婚化、晩産化が進むと、子育ての時期には自分の親も70~80代である。親の介護を始める時期と、自分の子育て、再就職が重なるわけである。
 今は少子化で兄弟の数が非常に少ない。多くの人が夫と妻両方の親を看ないといけない。介護が始まると再就職は難しい。そこで親が元気なうちになんとか再就職したいと、母親たちは言う。夫は一流企業に勤めているが、40代で初婚。その夫から、「二人の子どもの教育費、家のローンを考えると夫婦で働かないとやっていけない、とにかく親が倒れる前に1日でも早く再就職してほしい」と言われている人もいた。それで子どもが小学校に入学する前に再就職したいのだという。
 それから若い世代では夫婦ともども非正規というカップルも少なくない。そのため、育児休業もとれずに妻は離職。家計が苦しいから出産したら一日も早く再就職したいと言う人もいる。こういう夫婦は本当に大変である。保育園は、必要度で入園の優先順位を決めるため、もともと正規で働いていて育児休業を取って、復帰と同時にフルタイムで就職する人が優先される。これから仕事を探すとか、復帰予定があっても非正規という人は後回しになる。そのため、一人産んだらどうしようもなくなった、二人目なんか産めないという。それから、孤独の育児に耐えられないという人たちもいる。

幼稚園に新たな課題も

 先ほども申し上げたように、待機児童は全国で2万6081人である。ただし、保育所に申し込んで入れなかった子どもが全員待機児童になるわけではない。待機児童にはいくつかの定義があって、保育所に入れなかったために親が仕事を辞めなければならなかったとか、何カ所も申し込んだけど入れなかったとか、そういう子が待機児童と言われる。
 その他、保育所に入れなかったから育児休業を延長したとか、求職活動を止めた場合は、「切実なニーズではない」ということで待機児童にはカウントされない。こうしたケースは待機児童2万6000人とは別に6万人以上いる。つまり何らかの理由で保育所に入れない子は9万人以上ということになる。
 平成27年(2015年)4月に始まった「子ども・子育て支援新制度」の新ルールでは、保育所に申し込める条件は自治体によって異なるが、週16時間程度の労働でも申し込むことができる。週16時間ということは、1日4時間のパートタイムが週4日である。地方の保育所はこれで入所できる。しかし都市部では、週40時間勤務の人たちが競争するため、短時間のパートタイムの人では入所は難しい。仕事を辞めている人がいきなり週40時間勤務などできない。最初は週に2日、その次は週に3日というように徐々に就労ペースを上げていきたいという人は、最初から諦めて申し込まないのである。
 それから、認定こども園がある。保育園に入れない子どもを幼稚園で預かることができるよう、認定こども園の制度ができたが、実際には難しい課題がある。
 幼稚園が認定こども園になると、保育園と同じ施設型給付ということになり、規模が大きい園ほど子ども一人あたりの収入が少なくなるようになっている。そのため認定こども園に移らないのである。
 また、保育所の入園は保育の必要度に応じて行政が決定している。民間の幼稚園は、入園者を幼稚園が決めている。幼稚園は園の教育方針にふさわしい子を入れたいと言う。園によっては、英会話やバレー教室など、幼稚園教育以外のことを取り入れて、授業料をとったりしている。午後の預かり保育もやっている。しかし、保育の必要度に応じて入園させると、高い付加サービスの料金を課せなくなったり、フルタイムで働く親が幼稚園の保護者会には出られないとか、バザーには協力できないというように、今までの幼稚園文化とは全く異なる人たちが来る。少子化で過疎が進んでいて幼稚園経営が成り立たないという地域は認定こども園になって、幼稚園の文化を変えてでも生き残ろうとする。一方で、待機児童がいるような地域では、幼稚園の希望者も多い。横浜市でも一部の地域では、幼稚園の入園申し込みをするために何日も前から並んでいる。バイト料を払って学生に並んでもらうことさえある。そういう幼稚園は認定こども園になる必要がないわけである。
 それから幼稚園は学校教育施設ということで、その規定に従って運営されている。だから病気が流行すれば学級閉鎖をする。一方、保育園は、災害時には親が迎えにくるまで子どもの命を守る場所であると、保育士たちは教えられている。東日本大震災でも一人も子どもを死なせることはなかった。しかし幼稚園は教育施設であるため、緊急時は家に返すと考えた。残念ながら東日本大震災では、親に返そうとして園バスが巻き込まれ、園児数名が亡くなっている。このようなお話は幼稚園の先生にとってはつらいことだろうが、保育教育施設の重大事故に関する国の委員会の座長としては、こういう現実があったことも言っておかなければならない。
 ゆえに、幼稚園が認定こども園になった場合は、就労している人の子どもたちを預かっているということと、いざという時に誰が子どもを守るのかという共通認識を関係者全員がしっかり持っていかなければならない。
 ただ、新しい学習指導要領では幼稚園も保育園もやることは同じである。保育所が教育していないというのは間違いである。養護と保育の一体化で、保育所も素晴らしい教育機能がある。日本の保育所は遊びの中で、生活習慣等を身につけるという日本独自のノウハウがある。それこそ、ノーベル賞学者ジェームズ・ヘックマンは、子ども同士で一緒におもちゃを分かち合うとか、ルール作りとか、規則正しい生活習慣といったものが、人間としてのその後の成長と人的資源を形成していると語っている。そういう意味で日本の保育は、非常に優れた点がある。

保育園は社会統合、親の学びの場

 保育所はいつも誰を優先すべきかで議論になる。私も学生に議論させるが、答えはない。保育所は福祉施設である。就労支援なら所得の高いフルタイムの人を優先することになる。社会効率的に考えると、税金と社会保障費を納めてくれる人が最優先であろう。しかし、福祉施設であれば、所得の低い人を優先するべきだということになる。
 所得の高い人は他のサービスも買えるが、所得の低い人は他のサービスを買えないからである。多くの自治体では同じフルタイム週40時間労働である場合、所得の低い人を優先する。横浜市でも、そのルールを適用しているため、「この年まで一生懸命働いて税金と社会保障費を納めたのに、子どもを産んだら保育所にも入れてくれない」と、しばしば高収入の世帯から苦情が来ていた。
 しかし実際には、各自治体は様々な対応をしている。杉並区は、区の在住期間が長い人を優先している。長く住んでいるということは当然、年齢が高い人が入ることになり、所得も比較的高くなる。
 杉並区に住んでいる知人の編集者によると、杉並区の保育園にいる子の両親は40代が多いという。若い人がいない。別の編集者が住んでいる隣の中野区は所得が少ない人を優先していて、年齢が高く所得が高い人は入れない。
 ただ、子どもの側から見ると、保育園に通って最も大きいメリットを受けるのは貧困層の子ども、シングルマザーの子や、虐待のあるような家の子である。児童精神科の専門家にも聞いたが、家族としての機能を果たせない、養育機能の不十分な貧困層や、問題をかかえた家族の子どもほど保育園に来て良い影響を受けることができる。親も同様である。なぜなら、問題を抱えた家庭の親は、親自身がそのような家庭で育っていることも多く、親は子供にどう対応すべきかを学習しないまま親になっている。それで保育所に来ることによって、保育士の適切なアドバイスを受け、他の親の子どもへの関わりを見ることができる。親が適切な援助を受けることで、親の精神が安定し、子育ての知識も得るため、それが子どもの発達に良い影響を与えるというわけである。
 子どもの発達状態も様々で、折り紙が上手な子、歌が上手な子など、いろいろなことができる子と接する。親も子もいろいろな家族がいること、いろいろな人がいることを学ぶわけである。
 今、保育園と義務教育の小学校は、日本で数少ない、子どもにとって社会統合の場であり、かつ親である大人が社会には様々な階層の人がいることを学ぶ数少ない場所だと思う。例えば、保育所の送り迎えの際に母親たちは、片親の人がこんなにいるとか、お父さんが迎えに来ている家があるとか、いろいろなことを学ぶ。だから親にとっても非常に重要な場なのである。
 初めて子どもが生まれ育てる時、親は一人ではどうしようもない、子育てできないという現実に直面する。子どもには同年代の遊び友達が必要である。そういう子どもを見つけるために、親自身が職場を離れた地域での大人の友人を見つける必要がある。それは自分と同じ学歴や同じ収入層とは限らない。しかし子どもにとっては良い友達である。だから親も今まで住んでいた世界を越えて、子どもを通じて地域の人間関係を築いていかなければ、子どもをしっかり育てるのはそれほど簡単なことではない。それを学ぶ数少ないチャンスなのである。
 格差社会と言われる現在、保育園は数少ない社会統合装置としての、大きな意味があると思う。

(本稿は、2017年12月12日に開催した「IPP関西家庭問題研究会」における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
前田 正子 甲南大学マネジメント創造学部教授
著者プロフィール
早稲田大学教育学部卒業。公益財団法人松下政経塾研究員などを経て、1992年~1994年まで米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院留学。1994年~2003年までライフデザイン研究所で保育制度や子育て支援を研究。その間、慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程修了。商学博士。2003年~2007年に横浜市副市長。2007年~2010年に公益財団法人横浜市国際交流協会理事長。2010年から現職。社会保障改革に関する集中検討会議委員、地方版子ども・子育て会議委員などを務める。著書に『福祉が今できること-横浜市副市長の経験から』『子育てしやすい社会-保育・家庭・職場を巡る育児支援』『子育ては、いま-変わる保育園これからの子育て支援』『みんなでつくる子ども・子育て支援新制度』他。

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