変容する米国社会とトランプ政権の行方

変容する米国社会とトランプ政権の行方

2018年3月20日

はじめに

 2017年10月から1カ月余り、中国の北京大学国際関係学院に滞在して、現地の知識人やメディア関係者と交流し意見交換をする機会があった。ちょうどこの時期は、トランプ大統領が日本をはじめとするアジア歴訪に出た期間でもあった。そのとき中国でよく聞かれた論調は次のようなものだった。
「民主主義はうまく機能していないのではないか。政治家は民衆から選ばれなければ意味がないために、次期選挙を意識しながら活動をせざるを得ず、どうしても大衆迎合的なキャッチフレーズに流されがちだ。一方、中国は人権などの面では見劣りするかもしれないが、政策実行力がある。しかも20年、30年先を見通しながら国家運営を考えていける。民主主義国家では、Brexitやトランプ現象のような政治の不安定さがもたらされているが、それはまさに民主主義の災いだ。その点で中国モデルはすぐれている。人権、自由、民主主義を国家理念として掲げていくことは、民度が高まった先進諸国なら可能であろうが、多くの途上国には手に余る。現代のような世界においては、多少荒々しくて強引でも、(民主主義モデルではなく)中国モデルの方が訴求力をもっている」。
 もう一つは、トランプ大統領に対する見方である。
「トランプ大統領の言動や政策については警戒する向きもあるが、その一方で歓迎する雰囲気もある。トランプ大統領の主張に見られるように、国際社会から米国が身を引いていく趨勢の中で生まれつつある力・秩序の空白を埋めていくのは、まさに中国である。そのための一つの方法が一帯一路構想である。つまりわれわれはトランプ大統領のつぶやきに一喜一憂させられているが、より大きな世界的な視点に立ったときに、昨今の米国の動きは歴史的なターニングポイントに差し掛かっているということを知る必要がある」。
 激動する世界情勢の中で、変容する米国社会とトランプ政権登場後の米国の現状について考察しながら、今後の行方を展望して見たい。

1.トランプ現象出現の背景

 トランプ大統領はなぜ世界に波紋を起こすような言動をとっているのか、その背景について米国社会の変化に注目しながら考えて見たい。
 トランプ政権には、これまでの歴代政権と比べて、あるいは共和党政権と比べても異質な特徴が一つある。それは「反エスタブリッシュメント」を支持基盤にしているという点だ。つまり白人労働者たちの、「われわれが苦しんでいるのは、既存のシステムがインチキであるからだ。われわれは既存のシステムの被害者、犠牲者である。そのようなシステムは壊れてしまえばよい(破壊願望)」という主張を、トランプはうまくすくい取り、その「救世主」のような立場に立って大統領選挙に勝利した。
 それに対して「米国の民主主義も終わり」だと批判することは簡単だが、その一方でそのように変容する社会の中で「居場所」を失っていた人々を、(そのやり方が多少荒々しい方法であったとしても)もう一度政治プロセスの中に戻したという点をみると、米国の政治制度が機能していると評価することもできる。つまり「米国民主主義の終わり」を意味するのではなく、むしろ「米国民主主義の健全さ」を示しているということもできよう。
 この問題を考えようとするときに、われわれ米国研究者の間で話題になった本があった。それはスタンフォード大学の哲学者で、プラグマティズムを主唱したリチャード・ローティ(Richard Rorty、1931-2007年)の著書『アメリカ未完のプロジェクト-20世紀アメリカにおける左翼思想』(邦訳2000年、原著Achieving Our Country: Leftist Thought in Twentieth Century America、1998年)である。これを読むと、まさに現在のトランプ現象を予測していたのではないかと思われる内容が書かれてある。その要旨は、次のようなものだ。

――米国の労働者たちは、ある日、以下のようなことに気づくときがくるだろう。政府はやがて、労働者の賃金引上げや、雇用の場が海外に奪われていくことに対して、気を払わず厭わなくなるときがくる。それまで自分たちの福祉を支えてくれていた中産階級の人々自身も、流動化する社会の中で、いつ自分たちがずり落ちるかわからないので、ほかの人々のために税金を負担しようという心の余裕がなくなってしまう。その結果、労働者たちは取り残されてしまうだろう。それによって政治社会システムの中にヒビが入ってくる。そのヒビの裂け目から、次のようなことを主張する政治家が現れてくるだろう。「あなた方(労働者)は被害者だ。あなた方に犠牲を強いているのは、高級官僚であり、裕福なビジネスマンであり、インテリたちが作り上げたシステムのせいだ。だから私はそれを壊す」と。そしてその政治家を人々は熱狂を持って迎え入れる。その政治家が権力を握ったときに、人権擁護や差別撤廃などそれまで築いてきた米国社会のリベラルな社会秩序は、別の方向にもっていかれるだろう。

 これはまさにトランプが選挙期間中から主張していたことと瓜二つのように見える。トランプは、国内的には排外的なトーンの主張を繰り返し、国際的には多国間の枠組みやルールに対する懐疑の念を表明した。そうした一連の既存のシステムによって白人労働者が苦しんでおり、それを破壊することに自分の存在意義を求めた。
 トランプの元参謀であったスティーブン・バノンは、よく「闇の政府(deep state)」という言葉を使って(破壊すべき対象となる既存システムを)表現している。米国を動かしているのは、民主党や共和党ではなく、それらすらも動かしている(ロビイスト、シンクタンク、メディアなどの)組織であり、それを壊さない限り米国政治はよくならない。そして自分は破壊をすることにかけては「レーニン主義者」だ。居場所を失った米労働者たちがもっている怒りと、「闇の政府」に象徴されるバノンの世界観を政治的にうまく利用して権力をつかんだトランプのやり方は、『アメリカ未完のプロジェクト』の内容と重なるところが多い。
 社会学では一般に、中産階級(ミドル・クラス)が没落すると、次のような現象が起きるといわれる。中産階級は現代社会の中心的存在であるので、彼らが没落すると社会全体の余裕がなくなり、社会の寛容の精神が失われ、排外的言説がまかりとおるようになる。一方で、対外的には外国に対する関与が減少していき、孤立主義、自国中心主義的な発想に傾きやすくなる。
 現在の米国社会は中産階級が先細りの傾向にあり、そこには白人労働者の苦しみが重なっている。トランプ大統領が主張する、排外的言動やアメリカ・ファーストといった内容は、中産階級が先細りした社会においては(戦術面は別にして)当然起こるべくして起きた現象であり、その結実がトランプ大統領の誕生であったと見ることができる。もし今回の大統領選挙でトランプが当選しなかったとしても、社会がそのような変化のプロセスにあることを考えれば、第二のトランプ、第三のトランプが再び出てくる素地は十分あるといえる。トランプ大統領の支持率は低迷しているが、だからといって次の大統領選挙年2020年にこの流れがひっくり返るかといえば、それもまた簡単ではないと思う。
 ところで、既存のシステムに主なものとしては、政治的・道徳的タテマエ(PC)、ワシントン(職業政治家、ロビイスト、シンクタンク、メディア)、グローバリゼーション(移民、自由貿易、地球温暖化対策)、多国間枠組みなどがある。それらは米国を豊かにしているというよりは、「足かせ」になっていると見ている。
 この流れの中で、トランプ大統領は、TPP、NAFTA、パリ協定などからの離脱を表明し、近い将来はWTOやUNESCOからの離脱、イランの核合意の見直し、エルサレム首都認定問題なども懸念されている。さらにこれまでの歴代大統領の多くが常に語ってきた民主主義の重要性、報道の自由、人権・法の支配など普遍的な価値について、トランプ大統領はあまり語ることがない。
 こうした言説の背景には、トランプ大統領が、自分をホワイトハウスに送り込んでくれたのは誰か(支持基盤)について、常に目を向けた政策があり、パフォーマンスであると見られる。

2.トランプ大統領の政治スタイル

 「トランプ・ドクトリン」というものが明確にあるかははっきりしないが、それを示唆するような言葉がある。トマス・フリードマン(Thomas Freidman)が、ニューヨーク・タイムズに書いた記事(2017年10月)の見出しは、次のようにあった。

“Obama built it、 I broke it. You fix it.”

 これは、トランプのやり方について言いえて妙な表現だと思う。つまり一種の破壊願望につき動かされているトランプを表している。既存のシステムから抜け出るために、大統領令を出してできることはどんどんやっていく。それはオバマを含めた過去数十年の米国政治に対するアンチテーゼという意味もあるだろう。ただし破壊した後の処方箋については、あまり明確に描かず、一つのやり方としては議会、あるいは役人への丸投げだ。そこから出てきた方策については、自分が納得し世論が歓迎するような内容であれば署名するが、そうでなければ罵る。この傾向はこれまでの政治を見れば確認できる。
 エルサレム首都認定にしても、その後の展開についてしっかりした青写真があるとは思えない。ただこのような言動をすることによって喜ぶコアの支持者がいる限りにおいては、有言実行する。普通は選挙期間を経て実際に大統領に就任すると、現実的な発想をして妥協点を探るようになるものだが、トランプの場合は、選挙キャンペーンでの発言の通りに行動している面が見られる。エルサレム首都認定については、これまでのクリントン、ブッシュ、オバマ大統領も同様に選挙期間中にはそのような発言をしていたが、大統領に当選した後には署名をするのを控えて先延ばしにしていた。その点でトランプ大統領は、後先省みずに支持者が持つ破壊願望をあおるようなやり方を取っている。
 そのようなやり方は、外交の専門家からすると不安視されるところだが、一部の人たちにとっては、トランプ大統領は期待以上のことをやってくれそうだという期待感を持たせる面がある。日本でもネットの世界では、熱烈なトランプ支持者がいて、ネット上にトランプ批判の文章を上げたりすると、彼らから叩かれ「日本社会こそトランプ(のような指導者)が必要だ」などと批判されることが少なくない。

3.リベラルな国際秩序との相克

 トランプ現象を通して多くの人が懸念するところは、リベラルな国際秩序が今後どうなってしまうのかという点であろう。第二次世界大戦後米国は、独裁主義や権威主義ではない<政治的自由>、植民地主義や保護主義をやめるという意味での<経済的自由>に基づく国際秩序の制度設計やルール・枠組み作りを一貫して牽引してきた。もちろんそこには負の側面があったことは否定できないし、米国自身がその主張を体現しているかについても疑問の余地がなくはない。しかしリベラルな国際秩序を是とする方向性に関しては、国際世論の広範囲な支持があった。とくに冷戦時代においては世界の大国である中ソのやり方と比べれば相対的に米国の主張する方向性に多くの支持が集まっていた。
 ところがトランプ政権の登場とその言動を見ると、これまでの秩序が揺らいでいるように思える。いずれにしても今が歴史的なターニングポイントにあることを感じざるを得ない。

(1)米国のパワーは衰退しているのか
 現実の米国の力を見て見ると、相対的にパワーが衰退しているとは言っても、個々の力についてみてみると、依然として強いパワーの国であることは間違いない。例えば、ハード・パワーで言えば、防衛費、軍事技術においては抜きん出ている。また中国の同盟関係が少ないのに比べると、米国は50近い同盟関係を持つ。経済力に関しても、基軸通貨ドルをもち、エネルギー資源も確保されている。そのほか、IMF、世界銀行、ODAなどの国際組織に対する米国の影響力を見ると、決してパックス・アメリカーナが終焉するような状況にはなく、むしろいまだに強い国であることがわかる。
 ソフト・パワーについても同様だ。米国はこれまで毎年70万人ほどの移民を受け入れてきた移民大国である。世界で「移住したい国はどこか?」と聞くと、ダントツで米国が第一位に上がる。それは米国社会がチャレンジしようとする人々に対して開かれた機会が保障され、多様性を容認する社会であるからだ。
 米国では、トランプ大統領のやり方や言動に反対する相当数の人たちがデモを自由に行っており、トランプ一辺倒ではない米国の現実をも見せてくれている。そうした米国社会の一面を見ると、米国の民主主義社会、市民社会というしくみ(institution)はしっかり機能していることがわかる。ここにも米国のソフト・パワーの強さを感じる。
 また、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、CSOなどの多くのボランタリー組織の世界本部は米国に拠点を置かれていて、ここでも米国の存在感は大きい。企業家精神、大学のレベル、シンクタンク、財団、メディアなど、実にさまざまな面で米国は世界でダントツの力を持っている。
 このように米国がハード・パワー、ソフト・パワーの両面において非常に強い国であることは事実であるが、それがそのまま国際的な存在感に直結するわけではない。<他国を自国の望むように動かす力=国際政治における力(パワー)>は、次のように定式化される。

 国際政治における力(パワー)=能力×意思×戦略

 つまり、能力だけではダメで、それに意思と戦略が加わらなければ本当の国力とはならない。
 例えば、ロシアについてみてみよう。ロシアの経済力(GDP比較)は韓国とほぼ同等の値であるが、しかし世界におけるパワーとなるとその差は歴然としたものがある。ロシアの存在感、パワーの背景には、大きな軍事力とプーチン大統領のしたたかな戦略に基づく強い意思がある。それが国際政治におけるプレゼンスの大きさを示しているのだろう。
 米国は、個々の能力については上述したようにすぐれたものが多いが、意思の面で、トランプ大統領は、世界にコミットメントする意思、リベラルな国際秩序を担っていくネットワークや枠組みを牽引していこうという意思は見られない。むしろそれらを「足かせ」のように考えて、むしろそこから身を引いていくことに米国の利益があると考えている。それは国際社会における米国のプレゼンスを低める要因になっている。その趨勢をチャンスと見ている中国は、その空白に入り込もうと狙っている。
 世界的な調査機関の親米度調査を見ても、過去1年で軒並み大きく低下している。オバマ政権末期のころ70%前後あった米国に対する親近感が、今では20%台にまで低下した。その一方で、唯一上昇したのがイスラエルと(ロシアゲートの問題が起こる前の)ロシアだ。トランプ大統領は大統領選挙のころからイスラエルよりの発言をしていたし、中東歴訪ではイスラエルを訪問するなど、オバマ政権のイスラエル政策の裏返し的な側面も含めて、イスラエルからの期待は大きなものがある。

(2)米国のアジア戦略はあるのか
 もう一つの戦略面で言えば、世界の各地域に対する具体的な戦略が見えてこないところがある。
 政権発足当初のトランプ政権の外交担当者には中東の専門家が多かったので、中東重視でいくのではないかとの見方が強かったが、その後、優先順位を北朝鮮におく方向にシフトしてきた。このことが結果として、対中批判をトーンダウンさせる要因となった。つまり、中国の協力なくして北朝鮮問題の解決はないという考え方である。そのため(大統領選挙期間のころ)予想されていたのとは違って、米中通商問題に関しては、(選挙期間中に発言していた、45%の関税をかける、為替操作国指定など)踏み込んだことはやっていない。現時点で米中貿易戦争に発展するような様相は見られない。
 ロシアに関してトランプ大統領が明確にロシア批判をすることはなかったが、共和党はロシアに対する警戒心が強い上、トランプを取り巻く安全保障担当の参謀の中にはロシアを潜在的敵国と認識する人もいるので、トランプ大統領が一方的にロシアに歩み寄ることはなかなかできないでいる。しかしあまりロシアとの関係が悪くなってしまうと、シリア問題、ISとの戦い、北朝鮮問題などでの協調関係の維持が困難になるために、議会のロシアに対する強行発言にそう簡単には応じることもできない。北朝鮮問題は、トランプ政権の外交戦略を大きく拘束しているように思う。
 日本に関しては、大統領選挙期間中に発言していた安保や経済に関するいわれなき批判は大統領就任後トーンダウンしてきている。当初考えていた以上に日米関係が良好なのは、単に首脳同士の馬が合うだけではなく、北朝鮮情勢や中国との関係を見据えたときに、日本の持つ有用性をトランプ大統領が認識したことがあるだろう。トランプ大統領が最も信頼する外国の首脳は安倍首相で、何かあると安倍首相に意見を聞くといわれている。
 2017年11月の訪日の折、横田基地に着いたときに、「日本と共に自由で開かれたインド太平洋地域を構築していく」と演説した。「インド太平洋地域」という戦略的用語は、もともと安倍政権が主唱していた概念で、それに対してトランプ大統領が理解を示して使ったということである。それは安倍首相とトランプ大統領の近さを示している。
 戦後日本が用いた戦略的言葉を米国の大統領が用いることはほとんどなかった。これほど日米関係は大きな安定材料になっている。日米同盟、日米関係は、北朝鮮問題のゆえに今まで以上に強固になった。
 現在、日米関係で大きな懸案事項はほぼないような状況だ。通商上の米国の優先事項はNAFTAであり、次が韓国とのFTA問題、日本はその次のくらいだろう。若干の時間的余裕があるかもしれない。北朝鮮問題を目の前にして、あまり日米関係を揺るがすようなことは控えるかもしれない。
 ところで、2017年11月、米サンフランシスコ市長が、民間団体が現地に建てた慰安婦像の寄贈を受け入れる決議案に署名したことを契機に、慰安婦像の寄贈の受け入れに反対してきた大阪市長は60年にわたる両市の姉妹都市関係を解消する方針を表明した(注:サンフランシスコのエドウィン・リー市長の死去に伴い、同市に姉妹都市提携解消の通知は2018年6月以降になるとの見通し)。そもそも大阪市とサンフランシスコ市は「似た規模の港町」として1957年に姉妹都市提携を結び、2017年10月に提携60周年を迎えたところだった。サンフランシスコにとって最初の姉妹都市が大阪市であり、友好60年周年目にして崩れてしまったわけだ。
 米国社会では中国と韓国のコミュニティーが、場合によっては連携しながら、今後も各地に慰安婦像を建てていく可能性がある。そのたびにもし日本との姉妹都市関係の解消が相次ぐと、米国内での草の根レベルの対日感情の悪化につながる可能性がある。日米関係は政府間レベルではいいとしても、草の根レベルでの少々不安材料でもある。

4.トランプ政権の課題と日本の対応

(1)トランプ政権の抱える諸問題
 トランプ政権は、国内ではきわめて低い支持率だ。もちろん共和党内のコアの支持者の中では80%以上の高い支持があるから、全米で支持率30%台でも共和党内では60~70%の支持があるとなれば、それは次期大統領予備選では勝ち抜くことができるだろう。現時点で、トランプの対抗馬はいないし、民主党にしてもアイデンティティ・クライシスに陥っており、ヒラリー後の有力候補が見つけにくい状況だ。このままいくと次期大統領選ではトランプ再選という見通しもある。
 トランプ大統領は、ロシアゲートなどで追い詰められれば追い詰められるほどコアの支持者固めに向かっていく。窮地に追い込まれたときに、コアの支持者よりも広く米国民一般にアウトリーチして支持を得ていこうという発想ではなく、本当の自分の支持層をもう一度奮い立たせる方向に向かうのが、トランプ流ではないかと思う。批判されればされるほど、メディア批判を行い、フェイク・ニュース発言を繰り返す。
 2017年12月のトランプ大統領によるエルサレム首都認定問題でも、トランプ大統領があえてそのようなことを行った背景には、キリスト教保守派、イスラエル・ロビー、共和党議会に対する求心力を高める狙いがあった。政治的に追い詰められれば追い詰められるほど、トランプ大統領は自分のコアの支持者の中に渦巻く破壊願望に訴えていく傾向が顕著で、これもそうだった。
 このような傾向があるとすれば、近い将来WTOからの離脱も十分あり得る。164カ国の間で何も決まらないよりは、二国間交渉を中心に貿易交渉を有利に進められるのであれば、米国にとってはWTOからの離脱はそれほど大きな害はないと考えるかもしれない。しかし破壊願望を抱くコアの支持者を固めるためにそのような政策をやれば、それに危機感を覚える米国民の側は政権に反対するし、国際社会も反対していく。このような悪循環に陥っていくかもしれない。
 また2017年11月に行われた米バージニア州知事選では、民主党候補のラルフ・ノーサム副知事が共和党候補のエド・ガレスピー氏に勝利した(注:2016年の大統領選では民主のクリントン元国務長官が同州を制していた)。バージニアは大統領選挙でもカギとなる州で、トランプ大統領自ら関与したのに敗れたために、「トランプの神通力もここまでか」というイメージが拡散した。
 続く同年12月の米アラバマ州の上院補欠選挙では、民主党のダグ・ジョーンズ候補が、共和党のロイ・ムーア候補に勝利した。アラバマ州は伝統的に共和党支持が強い地域で、共和党にとっては負けるはずのない選挙での敗北となった。ただムーア候補は、過去に少女に対してわいせつ行為を行った疑惑が浮上したために、選挙戦ではトランプ流戦術を使って戦ったものの敗れた。これはトランプ流戦術の限界を示しているかもしれない。この点は、トランプ陣営としては今後の選挙に向けた教訓とすべきところだろう。
 一方で、トランプ政権にとってのプラス材料もある。一つは経済指標がいいことである。それがいつまで続くかはいえないが、景気がいいためにトランプ大統領が何を言っても、それを許容していく世論の雰囲気がある。
 ISについては、米国の成果ということではないが、(他の地域は別にして)少なくともシリアやイラクなど中東地域で弱体しており、それを大きな成果として誇るだろう。米国内問題でエルサレム首都認定は、少なくとも共和党および一部の民主党にとっては歓迎すべき材料である。安全保障面では中東地域の火種になりかねないと心配する向きもあるが、キリスト教保守派を中心に歓迎するムードにある。
 北朝鮮問題は、今後の展開次第という点はあるが、少なくとも経済制裁や外交的孤立化に向けた圧力強化の動きは、オバマ政権の弱点に自分は手をつけたのだということでプラスの評価につながる。もし実際にいい成果を引き出すことにつながれば、トランプ外交の得点につながるだろう。

(2)日本のとるべき方向性
 トランプ政権に対して、日本が「自由に開かれたインド太平洋地域」という概念をもたせたことは重要な点だ。リベラルな国際秩序を守るという点から、日米関係を基本としながらインドやオーストラリアなどとの連携を強化していくことは重要である。
 米国、トランプ大統領を日本の国益に有利な方向に動かしていくためにはどうすべきか。トランプ大統領はあまり理念・理屈で説明しても通らない。そこで米国の利益に結び付ける形で説得していくのがいいのではないかと思う。
 例えば、TPPについて言えば、TPPに入った方がむしろ米国の農業や貿易、工業の発展に得になるということを説明する。そしてTPPに賛成のセクターから政権側に圧力をかけてもらい、現実的歩みをしてもらえるように働きかけてもらう。トランプ大統領にいかに実利があるかを示すことが重要だ。
 パリ協定に関しても、単なる環境問題からのアプローチでは効果がない。米国がパリ協定から離脱することによって、環境基準を他国が遵守していくと米国はその国際基準から大きく取り残されてしまい、それによって不利益を被るのはむしろ米企業だということで、米企業の側からこのままでは国際競争力を維持できないと政権に強く働きかけてもらう。米経済界、農業界など業界団体からたえず働きかけてもらうことによって、トランプ政権を国際枠組みに関与する方向に向かわせていく。それが実利であることを日本としても示していく。
 ただあまりトランプ政権を意識しすぎて対応する必要もないと思う。2018年秋には中間選挙があるが、下院では民主党が優勢になるかもしれないし、上院でも民主党が逆転する可能性も出てきた。そうなると上下両院で民主党優勢となり、トランプ政権としては厳しい政権運営を強いられることになる。トランプ政権にあまり迎合しようとする必要はないし、もう少し長期的にも見ながら、冷静な判断も求められるように思う。

(本稿は、2017年12月19日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
渡辺 靖 慶應義塾大学教授
著者プロフィール
北海道生まれ。1997年ハーバード大学大学院にて Ph.(D 文化人類学)取得。その後、オックスフォード大学シニアアソシエート、ハーバード大学国際問題研究所アソシエートなどを経て、2005年慶應義塾大学教授、現在に至る。パリ政治学院客員教授、NHK国際放送番組審議会委員長なども務める。専門は、文化人類学、アメリカ研究、文化政策。『アフター・アメリカ ボストンニアンの軌跡と<文化の政治>』でサントリー学芸賞、アメリカ学会清水博賞などを受賞。主な著書に『アメリカン・デモクラシーの逆説』『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価』ほか多数。

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