韓国文在寅政権と朝鮮半島をめぐる国際政治

韓国文在寅政権と朝鮮半島をめぐる国際政治

2017年10月30日

 2017年5月9日、第19代大韓民国大統領選挙が行われ、文在寅氏が当選し政権交代が再度起こった。民主化以降の韓国で3回目の政権交代であった。今回の大統領選挙は、朴槿恵大統領が任期途中に国会で弾劾訴追され、憲法裁判所で罷免されるという異常事態を受けての補欠選挙(任期は従来通り5年)として行われた。
 そこで今回の大統領選挙の意味について考察し文在寅新政権の性格についての分析を加えた上で、今後の日韓関係および朝鮮半島情勢について展望してみたい。

Ⅰ.韓国大統領選挙と文在寅政権の登場

1.選挙の意味と争点

 第一に、2008年以来、ハンナラ党・セヌリ党(2017年に自由韓国党に改名)の李明博政権・朴槿恵政権と2期にわたり保守政権が続いてきたが、朴大統領周辺の人々が国政壟断をもたらすというできごとが明るみに出たことをきっかけに、韓国国内に種々の政治的また社会的弊害が積もり積もったもの(積弊)を韓国国民が清算しようとした「業績投票」の意味をもつ。
 第二に、外交・安全保障の観点から選挙の争点を押えておきたい。
 この期間は、トランプ新米大統領の登場で、挑発的な金正恩朝鮮労働党委員長による北朝鮮との間で緊張が高まった時期であった。最近、講演などで「このような緊張が高まる時期に、なぜ韓国で親北朝鮮・左派の文在寅政権が生まれたのか」との質問をしばしば受けた。
 北朝鮮の軍事的挑発とそれに対するトランプ政権の軍事的オプションも辞さずという強硬論から軍事的緊張が高まり、確かに外交・安保は選挙の争点の一つであった。そこで保守・自由韓国党の洪準杓候補は、「共に民主党の文在寅候補は親北・左派であり、安保の担い手としては不適格だ」との批判を選挙運動期間中に繰り返した。慶尚北・南道や高齢者層一般の反共意識を覚醒させながら、支持動員を図ったのである。
 しかしこうした安保の争点は必ずしも保守に有利には作用しなかった。保守側は、金大中・盧武鉉政権が決めた金剛山観光事業、開城工業団地などの対北朝鮮経済協力によって、北朝鮮は獲得した外貨を核ミサイル開発資金源にしたため、結果として北朝鮮の軍事的挑発を促進したと批判した。ただそうであれば、なぜ李明博政権、朴槿恵政権の前半期に、こうした経済協力を持続していたのであろうか。説得力を欠く主張であった。
 一方の進歩(リベラル)側は、李明博・朴槿恵というこれまでの保守政権の対北朝鮮政策の無策によってこそ、北朝鮮の核ミサイル開発はより一層促進されたのだと主張した。この問題での北への韓国の発言力は弱く、韓国は事態を「傍観」するだけ、つまり保守政権は「安保無能力」であったと批判した。ただ文在寅政権になったからといって、当座は韓国自身で遂行することができる有効な対北朝鮮政策はないのが現実であり、米朝、中朝関係の推移という「他力本願」に依存せざるを得ない。
 第三の争点は、文在寅候補の雇用政策、つまり政府予算で81万人の雇用を公務員等で創出する政策が現実的に可能かどうかであった。

2.韓国政治における「保守」と「進歩」

 韓国政治を語る場合に、日本ではかつての55年体制のイメージからか、<保守vs革新>の図式でとらえようとする傾向がぬぐえない。今年の韓国大統領選挙を報道する場合にも、韓国の保守・右派は<親米・親日・反中・反北朝鮮>で、文在寅氏をはじめとする韓国の革新・左派は<反米・反日・親中・親北朝鮮>であるとの固定(ステレオタイプ)的見方には驚いた。
 韓国では「保守」「進歩」と表現し、これらを英語でconservative、liberalと翻訳する政治の対立軸がある。これらをはたして「保守」と「革新」という日本語に置き換えて表現するのが妥当であるかどうか。日本の55年体制における革新は社会党であれ共産党であれ社会主義、マルキシズム志向であった。今の韓国・文在寅政権の実像は、保守に比べれば左であるものの、社会主義を志向しているとは言いがたい。そのため韓国でも革新とは言わず進歩と呼ぶのである。
 そこで私は、「保守」対「進歩」という表現を用いることにするが、その政治的対立軸は①対北朝鮮政策、②経済政策、③歴史認識において明確に現れるので、それらについて検討してみる。

(1)対北朝鮮政策
 韓国保守の政策は、北朝鮮に対して厳格な相互主義を要求する。北朝鮮が譲歩しない限りは韓国も譲歩しない。したがって、譲歩しようとしない北朝鮮の核ミサイル開発に対しては制裁等の圧力に重点を置く政策を採用する。これに対して進歩(リベラル)の政策では、金大中政権や盧武鉉政権がとったように、北朝鮮に対する韓国の圧倒的優位性を背景として、北を韓国との交渉の枠組みに引き込むことに注力し、それによって北朝鮮を韓国がコントロールすることを試みる。
 この進歩(リベラル)による政策の実態と、「文在寅政権はとんでもない政権で、革新・左派・反米で親北だ」とする日本のメディアの報道には相当のずれがある。日本国民にもこのずれたイメージが伝達された。また革新・左派の文在寅政権は「反日」とのレッテルもマスコミ報道によって相当に張られた。
 ところで大統領選挙立候補者は5人全員が慰安婦合意に反対、再交渉の必要を掲げていた。つまり文在寅政権が反日だということは、韓国が反日国家だということに等しい。文在寅政権は反日である、と日本の国民に受け取られかねない短絡的な報道のあり方は思慮を欠き、ミスリーディングしていると言わざるを得ない。当選後、実際に反日政策が行われないように牽制するための深謀遠慮から、選挙期間中にそのレッテルを張っていたというのであればそれも一理あるであろうが、おそらく、そうではないだろう。

(2)経済政策
 韓国保守の経済政策は、市場に任せることを基本とする。韓国に特徴的な財閥中心のしくみについても、それが韓国経済発展の原動力になり、それにプラスに働くのなら認めるべきであるとする(ただし元来、保守の「元祖」である朴正煕政権の経済政策は開発主義であり、決して自由主義ではなかったという逆説が存在する)。
 一方、進歩(リベラル)は、韓国のような財閥中心で、しかも福祉が十分に提供されない社会においては、政府が介入することで財閥中心の構造を是正し、所得再配分を行うことで福祉社会を実現するべきであるとする。その結果、場合によっては「大きな政府」になることも辞さない(しかし結果として、いくらアジア通貨危機を克服するためであったとはいえ、金大中・盧武鉉というリベラル政権の下で、非正規雇用の増大をもたらす労働市場の流動化が本格的に行われたという逆説が存在する)。

(3)歴史認識
 保守は、1948年の大韓民国建国以後の韓国が非民主主義的な体制下にあったとしても、それは南北分断体制下、南北体制競争における勝利のためにやむを得なかったのであって、その点も含めて韓国の歴史を肯定的に評価するべきであるとする。
 一方、進歩(リベラル)は、1987年の民主化以前の韓国は不必要な独裁体制であり、その反省の上にこそ現在の民主主義体制が成立したのであって、したがって87年以前の韓国の政治経済体制は批判的に理解されなければならないとする。
 この異なる政策の事例は、朴槿恵政権下における国定歴史教科書問題に現れた。新しい文在寅政権ができて国定教科書は導入しないことを決定した。しかしいずれの決定も大統領の「ツルの一声」で行われたという共通性がある。韓国の「帝王的大統領制」を象徴するものだ。

Ⅱ.文在寅政権の課題:特に外交に焦点を当てて

 さて文在寅政権は従来と異なり準備期間がなく、当選後即大統領執務を始めなければならなかった。閣僚の任命は本来、聴聞会さえ通過させられれば可能であった。しかし不必要にも文在寅新大統領は閣僚就任資格の「クリーン性」基準のハードルを大いに引き上げる発言を行った。韓国では地位のある人物で叩いて埃の出ない人はまずいない。当選後、実際に任命した閣僚らはみな不適格であり、これについての野党の批判は免れなかった。他国では権力を使って横暴を働くイメージの少ない大学教授も、韓国では意外に権力者であり、むしろ大学教授からの閣僚任命者こそ脛に傷を持つ人々が多い。例えば、法務長官に推薦されて辞退する者もあらわれ、国防長官の正式な任命も遅れた。こうした環境の中での政権出帆となった。

1.対米関係

 文在寅氏は選挙戦において確かに当初、朴槿恵政権が決定した迎撃ミサイルTHAAD配備に反対であった。のち次第に態度を変え「次の政権が決めるべきだ」とした。そうしているうち、実働までのプロセスを残しつつも実際に配備が始まりそれが既成事実化していった。
 この間、文在寅政権については「反米」との指摘もあったが実際はどうか。現実に韓国政治において反米はありえない。米韓同盟、すなわち米国による韓国の安全保障は基軸である。言い換えれば文在寅政権で米韓関係が大きく変わることはない。THAAD配備問題も前政権が決断した既成事実を幸いとし、それを新政権が覆す、すなわち米韓同盟にひびを入れるようなリスクは避ける。世論も配備肯定が否定を若干上回る。もし世論を二分する選択の決断に迫られれば文在寅政権はその冒頭から舵取りが難しい。たとえ環境評価、中国への説明、費用負担問題等に取り組みながらあいまいさを演出はしても、あくまでTHAAD配備の決定自体を覆すことはない。こうして考えていくと文在寅新政権が「反米」ではなないか、という批判は杞憂である。
 とはいえ文在寅政権は進歩の政権であり、その対北朝鮮政策はこれまでの保守と異なり北朝鮮への関係強化を狙う。関係性の中で韓国のプレゼンスを上げて韓国なりに北朝鮮に対するコントロールを試みる。しかし現状は、トランプ政権が北朝鮮への圧力を強め、金正恩政権がミサイル発射の挑発を繰り返す中で米朝間の緊張が高まっている。こういう中で韓国が北への対話を呼びかけても米韓同盟にひびが入るだけである。ゆえに今は制裁局面だと言う。トランプ政権のいう「最大限の圧力と関与」のうち、関与の部分に期待をかけ、今後対話局面を迎えるようになれば、そのときこそ本来文在寅政権が指向する対北朝鮮関与政策ができるとして、今は待たなければならない。文在寅政権がこの対話局面の到来に期待をかけることは確かである。
 本来、文在寅政権がトランプ政権や金正恩政権、習近平政権にその方向性に向けての直接的働きかけができればよい。しかし現状の韓国の対米、対北朝鮮、対中影響力では非力である。米朝関係が転換するという「他力本願」に依存するしかない状況下で、米韓同盟を強化し、中国の力も借りながら北朝鮮の軍事的挑発を抑制する路線をとりあえず踏襲するしか選択肢がない。これでは文在寅政権の本来の政策指向は発揮され難い。延期になっている韓国軍に対する戦時作戦統制権を米韓連合司令部から韓国軍へ移管する問題にもなかなか手がつけられないのではないか。
 さて全く外交経験がなく、韓国人としては珍しくも外遊そのものが過去二度しかなかった文在寅大統領の外交手腕は当初から心配されていた。トランプ政権と文在寅政権の相性についても手探りであり、トランプ政権の不透明さと相俟って予断を許さない状況であった。それからすると6月30日に行われた初めての米韓首脳会談は、文在寅政権内外でいずれも事前の「期待水準」があまり高くなかったことも手伝って、まずは無難に行われたという評価が多い。
 ところが日韓のマスコミ報道の違いは歴然であった。日本では、対北朝鮮政策をめぐる圧力重視のトランプ政権と対話重視の文在寅政権の違いが際立ち、THAAD配備については共同声明に言及すらなく、おしなべて文在寅政権とトランプ政権との米韓関係を悲観的に報道する傾向にあった。一方の韓国では、対北朝鮮政策をめぐる米韓の亀裂は顕在化せず、トランプ政権が朝鮮半島問題に関する韓国の主導権を認める声明を盛り込む成果も得られ(米政権のリップサービスか?)、保守系のマスコミを含め、今後の米韓関係について心配はしつつも現状ではまずまずうまくやっているのではないかと報道していた。

2.対中政策

 朴槿恵政権は当初、対北朝鮮政策に中国の役割を大いに期待し、中韓関係を良好に構築しながら韓国の望む北朝鮮政策の展開を企図していた。そこで対中関係に深く神経を注ぎ、2015年9月に北京で行われた抗日戦争勝利記念行事での軍事パレードに大統領自ら参加するにまで至った。ところが2016年9月に北朝鮮が核実験を断行するに及んで、北の核実験も止められない中国への期待感が削がれ、急きょ米国のTHAAD配備を決定するようになった。
 中国からすると朴槿恵政権のそれは極から極への政策転換と映ったことであろう。それでTHAAD配備への報復として中国は大国らしからぬ露骨な制裁を韓国に対して行った(中国は制裁とは呼んでいないが)。その結果、韓国の対中感情が悪化した。一方、この中韓の葛藤が発生する前は中国について、また朝鮮半島をとりまく国際政治について、見方が日韓両国で大いに異なっていたが、この一件以降は似通ってきた。一時日本では、韓国による中国傾斜が著しいとよく評されたが、最近この議論は聞かれない。
 こうして朴槿恵政権による中韓関係は蜜月から悪化というジェットコースターの軌道を描いたが、文在寅政権ではこれと異なり、つかず離れずの中韓関係を維持するであろう。経済関係における中国の重要性は、たとえそれを相対化する努力を行うとはいえ依然として残る。現状のような悪化した中韓関係では困るのである。幸い米国トランプ政権による「圧力」が功を奏して、中国も一応は対北朝鮮で圧力政策に舵を切り、韓国にとってある程度は「頼もしい」。そうしながら中韓関係の悪化を何とか防止しようとする。
 もとより北朝鮮の挑発を抑制する役割を中国にある程度は期待する。THAAD配備については、これは米韓同盟から、また対北朝鮮への対抗措置から必要なのであって、決して中韓関係の緊張を高めるためでのものではない、と中国がすぐに納得せずとも粘り強く説明し続けていかねばならない。
 さらに中長期的には韓国は中国に対して、中国の北への影響力を期待することに代えて、「韓国主導の南北統一が中国にとって決してマイナスではないから、そのような統一を進めたい。だから中国にもそれを認めて欲しい、さらには協力して欲しい」と、何とか説得を試みることが次第に必要になる。そうして米朝が交渉局面に移行するという前提で、南北当事者の交渉に中国の承認と協力を確保するという指向を示すことが必要ではないか。
 現状では康京和外相によれば、韓国政府は米トランプ政権と協力して中国に対してより効率的な圧力行使を期待し、その方向に仕向けるのに北朝鮮と関係する中国企業に対するセカンダリー・ボイコットで米韓共同歩調の可能性を模索している。ただし中国も米国と韓国との対応では当然異なる。問題は米中という大国がそれぞれそうした韓国の指向にどこまで配慮する姿勢を示すようになるのか、である。そのために韓国の対米影響力、対中影響力をどのようにどの程度高めることができるのかが問われることとなる。

3.南北関係

 周知の通り文在寅政権は「親北」と呼ばれていて、北朝鮮の金正恩政権は韓国の文在寅政権誕生を「歓迎する」という見方もあった。しかしこの見解ついても留保が必要である。北朝鮮にとっては、確かに南北関係を復元しながら経済協力の果実を獲得することは望ましい。しかし金大中政権、盧武鉉政権がいずれもそうであったように、南北関係の密接化は北朝鮮の現体制自体への「脅威」にもなりうる。とくに北朝鮮は「吸収統一」を一番恐れる。したがって北は南北関係を必要最小限に留めようと考えるのである。北朝鮮の目的は、あくまで米朝関係を「正常化」(平和協定⇒国交正常化)することによって、現体制についての国際的承認を確保し、その上で南北の相互承認を制度化しながら、現在の南北分断体制をより一層強固にすることである。北朝鮮はもはや北朝鮮主導の赤化統一を構想してはいないであろう。この考え方には異論もあるだろう。しかし北朝鮮にとっては現在の韓国を抱える選択は厄介なのであって、端的にいえば今の韓国社会を抱えるようになると金正恩体制はもたなくなる。そのようなリスクを金正恩が冒すとは思えない。
 問題はそのような北朝鮮体制を前提にして、韓国に何ができるのかということだ。保守政権の政策は、北朝鮮が譲歩しない限り韓国からは何も施さないということだが、これは、現状の固定化という帰結をもたらし、場合によっては、軍事的緊張の高まりを韓国は「傍観」するしかないということになる。事実、李明博・朴槿恵政権ともに有効な対北朝鮮政策をとることはできなかった。
 だからといって韓国の文在寅大統領の進歩政権の政策も、現状の対北朝鮮制裁局面では何ら打開への奏功を収めることは難しく、国際的な制裁に同調していく以外に選択肢はない。対北朝鮮関係が交渉局面に移行するよう「待つ」しかないのである。韓国単独でそうした局面をつくろうとしても北はあまり反応せず、これを無理矢理に行おうとすれば、対北朝鮮包囲網・制裁網に穴を開けることだと、韓国国内外の批判すら浴び、文在寅政権にとって痛手となる。北朝鮮の政策が基本的に「韓国迂回」「対米重視」であるため、韓国の対北朝鮮政策は「他力本願」の側面を強く持たざるを得ない。理想的には中長期的に、そうした韓国の望む方向づけへの転換を働きかけるだけの「外交力」を身に付け、対北、対米、対中、対日で影響力と説得力の向上を準備しなければならない。
 歴史的にみてちょうど西暦2000年前後の金大中政権のある一時期は、ここでいう韓国の願う方向づけへの周辺国家への外交力が発揮されていた。例えば当時の第二次クリントン政権を説得して、米国の北朝鮮政策の見直し報告「ペリー・プロセス」を導いたのである。確かにこの時期は北朝鮮の第一次・第二次核危機の狭間で、同国の核ミサイル開発がそれほど顕在化していなかったという条件はあった。それでも北朝鮮の金正日政権を説得し南北首脳会談を実現し、米朝関係も改善させた。日韓関係も「日韓パートナーシップ宣言」がなされるなど良好で、日朝関係でも第一次小泉訪朝が実現された。つまり韓国主導で関係国に働きかけ半島の緊張緩和を実現させていたのである。同じ進歩政権の文在寅政権としては、今当然こうした外交を実現したいと欲しているはずである。しかし残念ながら現実は、当該国家が韓国の政策の方向性と一致せず、また韓国の外交力も不足している事態である。

4.文在寅政権の人事:外交安保ラインを中心として

<主な人事リスト(2017年7月12日時点)>
国務総理:李洛淵(前東亜日報東京特派員、全羅南道知事。韓国有数の知日派の一人)
国家情報院院長:徐薫(前国家情報院第三次長。国家情報院官僚として2000年、2007年二度の南北首脳会談に携わる)
国家安保室長: 鄭義溶(前駐ジュネーブ大使、前国会議員)
統一外交安保特別補佐官:文正仁(延世大名誉教授)
国家安保室第一次長(国家安全保障会議(NSC)事務処長): 李尚哲(誠信女子大学教授、軍出身、南北軍事会談専門家、陸士卒、陸軍准将、国防部北韓課長、軍備統制検証団長など歴任)
国家安保室第二次長(外交安保政策、統一政策):金基正(延世大学政治外交学科教授、延世大学卒、コネチカット大学政治学博士)→辞退、南官杓(駐スウェーデン大使)
外相:康京和(前国連事務総長特別補佐、韓国初めての女性外相、特採で外交部勤務、潘基文国連事務総長の片腕、延世大学政治外交学科卒)
国防相:宋永武(海軍参謀総長出身、海軍出身の国防相候補として注目されたが、個人的なスキャンダル等で任命ペンディング。その後正式に任命)
統一相:趙明均(統一部官僚出身、金大中・盧武鉉政権期の対北朝鮮政策に深く関与したが、そのせいもあり、李明博政権によって事実上更迭。約十年のブランクの後、長官として復帰)

 国家情報院長と統一相には金大中・盧武鉉政権時の南北関係を担当した者たちを十年ぶりに復活させた。これは硬直した南北関係を文在寅政権が何とか打開したいとの強い気持ちの表れである。国防相は陸軍中心の韓国軍の中で、海軍参謀総長出身者が候補となり注目されたが飲酒運転をはじめとした多数の個人的スキャンダル歴でペンディングしたが、何とか正式に任命された。他の閣僚候補者たちにも飲酒運転歴が多い。
 また国家安保室長に軍人出身ではなく外交官出身を起用したのは朴槿恵政権と対比される。外交におけるある種の集団指導体制を準備しており、外交は青瓦台(大統領府)主導かと予想される。自陣営のブレーンだけでなく、他陣営(潘基文、安哲秀、李明博など)のブレーンも幅広く起用している特徴もある。

5.日韓関係への影響とその展望

(1)慰安婦問題(特に2015年末の政府間慰安婦合意を焦点に)
 文在寅大統領は選挙戦で、この合意は認められず、場合によっては再交渉、さらには破棄、とも言及していた。しかし日本の安倍政権がそれらを受け入れないことも予め分かっている。まず韓国国内ではこの合意プロセスについての「検証」(ちょうど、安倍政権が「河野談話」の検証を行ったように)が行われており、近くその結果が出てくる。その上で対日関係に関しては理想論的ながら、2018年秋に「日韓共同宣言―21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」(1998年)を結んで20周年を迎えるに際して、こじれた各種の日韓関係を打開する次の段階の共同宣言を、この検証の内容も含めて発表したいと考えている模様である。これは国内的には朴槿恵政権の政府間合意を踏襲しただけでないことを示しつつ、日本政府に対しては政府間合意を踏まえたうえでのプラスアルファであることを示す意図をもつ。
 もちろんこれに安倍政権がすぐに応じるとは考えにくい(安倍政権が続くかどうか、という変数もある)。確かに1965年の日韓基本条約締結と日韓国交正常化では「内と外の使い分け」を見事に採用して相互に妥協した。しかし日本と韓国それぞれの社会で日々起こっている情報がリアルタイムで伝達される、つまり日韓関係が両国国民に「透明化」している今日の状況では、この「内と外の使い分け」による合意形成はほぼ困難である。これらを前提に、こじれた日韓関係(単に政府間関係のみならず、市民社会間関係も含めて)に対して、双方が納得する新たな知恵を相互にどの程度捻出できるかが課題となる。
 日本の国民からすれば、国家間で一旦約束したことを守るのは当然ではないか、政権が変わった程度でなぜこの当たり前のことができないのか、韓国は明らかにおかしいではないか、というのが大勢の見方であろう。一方、韓国は約束したのは前朴槿恵政権であり、その政権が当事者(誰のことを指して当事者と言っているのか、も争論)の事前同意もなく決めたのであり、何しろ「正義」(韓国人が好きな言葉)にかなっていないではないかと言って到底そのまま受け入れることができない。日本は責任を認めず、謝罪もせず、単に10億円で少女像撤去を買ったにすぎないという「誤解」が韓国にはある。実際少なくとも日本は責任も認め、謝罪もしている。その程度は合意文を読めば自明のことである。こうした日韓両極端から出発して、どこに落としどころを見つけることができるのか、は簡単でない現状がある。

(2)日韓の共有課題が山積
 他方、日韓関係を取り巻く環境はこの慰安婦問題一つに囚われていられるほど悠長に構えていれられない。この問題一つにこだわり、他の山積する共通課題に日韓で必要な協力ができなければ、日韓双方において知恵のある選択ではない。北朝鮮が核ミサイルの実験を繰り返して挑発を継続している状況で、実は北と向き合う状況は日韓で似通ってきた。そこに韓国単独あるいは日本単独で対処できる事態でもない。むしろそうした状況での対北朝鮮政策における日韓相互の共有と協力、また米国を含めた日韓米における対北朝鮮政策での日本や韓国の戦略的役割を考えるときである。中国の大国化への対応方法でも、「韓国の対中傾斜論」からの修正傾向があり、日韓での共有と協力が問題意識となりつつある。また不透明なトランプ政権を見据えながら米国との同盟を日韓それぞれいかに管理するのか。日韓両国で深刻な少子高齢化にどのような社会政策で対応するのか。など日韓は課題を共有する問題意識が相対的に増えてきたのである。
 文在寅政権も安倍政権も実際この状況をよく認識しながら戦略を立てようとしている。それゆえ文在寅大統領も就任後は慰安婦合意の破棄や再交渉を日本に対しては口にしていない。また慰安婦合意の問題が解決できないとその他の問題に取り組むことができないとも言っていない。それと比べると朴槿恵政権はこの問題の解決なしに首脳会談すらできないとの問題発言を行っていたのである。

(3)日韓の構造的変容の側面と活用
 より大きな歴史的文脈で日韓は、非対称で相互競争的な関係性から、対称的で相互補完的な関係性に構造が変容してきている。また日韓は相互に水平化、均質化、相互浸透化してきている。言い換えれば、課題への取り組みを競争する関係から、課題への取り組みに日韓が協力することで相互に共通利益を増大させ得る関係にシフトしてきている。したがって、歴史問題、慰安婦問題のような日韓の間に存在する対立的な争点を、日韓関係全体の中で「最小化」する必要がある。さらに両国の関係が良好な局面でこそ、こうした対立的争点と向き合うようにできるのかが鍵となる。そういう文脈にあるにもかかわらず、日本における韓国政治についての、特に文在寅政権に対する、革新・左派・反日だとのレッテル報道は、文在寅政権に対する日本の警戒感を高めるのに一役買ってしまったと言わざるを得ない。
 参考までに、私自身も紙上でコメントを加えた大統領選直後の2017年5月実施の読売新聞と韓国日報による共同世論調査結果は、今後の日韓関係について、韓国における相対的楽観と日本における相対的悲観の交差を示していて興味深い。つまり韓国では文在寅政権の登場によって日韓関係が「よくなる」との回答が56%であったのに対し、日本ではわずか5%、「むしろ悪くなる」が20%、「変わらない」が70%であった。韓国の相対的楽観は、今までの朴槿恵政権の体たらくに比べた本格政権としての文在寅政権への漠然とした期待がみられる。日本の相対的悲観は、「反日」だと言われる文在寅政権に対する警戒感の反映か。それとも、そもそも、誰が大統領になろうと日韓関係はよくなりようがないという諦めか。

Ⅲ.最近の朝鮮半島情勢をめぐって:現状と短期・中期的展望

1.「アメリカ・ファースト」と「最大限の圧力と関与」

 米トランプ政権の「アメリカ・ファースト」からは、当初これが含意する「孤立主義」的な政策が予測された。しかも不透明な韓国情勢もあり、オバマ政権とは比較にならないほど、朝鮮半島問題には優先順位を置かないのでは、との予測であった。しかし現実には、国務省の地域担当責任者が空席のまま、予測に反して「のめり込み」の印象を与えるほどに北朝鮮問題をクローズ・アップさせている。そしてオバマ政権の「戦略的忍耐」とは決別し、「最大限の圧力と関与」の政策を表明、最大限の圧力としては軍事的オプションも辞さないとした。トランプ大統領自ら北朝鮮の核ミサイル問題への対処は優先的であるとも言明した。
 「最大限の圧力と関与」では当初、「軍事的オプションも辞さず」の強硬策の側面から、日本海沖への空母派遣など、北朝鮮に対するデモンストレーションとしての軍事的圧力が行使された。そして北朝鮮が核実験をした場合などは、何らかの軍事的オプションの行使もあるのではという憶測も呼んだ(例:シリアにおける軍事選択)。それで在韓米人の事前避難行動にも注意が向けられたのである。
 しかし米国の「軍事的オプション」の誇示はどの程度効果的であるのか。その行使が北朝鮮への第一撃となる場合に、北朝鮮からの第二撃を完全に封じ込められないのなら、北朝鮮に対する効果は限定的である。そして北朝鮮が米国による「軍事的オプション」の実際の行使困難を見抜くことで、より一層挑発を高める可能性も排除できない。つまりそもそも韓国が(また場合によっては日本も)北朝鮮の「人質」に近い形になっているわけで、北朝鮮の攻撃を迎撃して無力化する保証がない限り、「軍事的オプション」の実現には困難が伴う。
 「最大限の関与」の側面も注目される。国務長官が米国の目的は体制転換(レジーム・チェンジ)ではないと明言した。しかし、元来米国は政策目標として北朝鮮のレジーム・チェンジを明言したことはなかった。ブッシュJr政権の初期、ネオコンの間ではそうした指向が事実あったが、ブッシュ政権の公式政策ではなかった。にもかかわらず、なぜあえてこの時点で国務長官がそれを明言したのか。これには対北朝鮮制裁圧力に中国がより一層積極的に参加することの見返りに、中国が米国に「要求」したとのみかたもある。しかしそもそも「最大限の関与」には「忍耐」が必要だが、「戦略的忍耐」を失敗だと否定したトランプ政権がどのようにどの程度「忍耐」するのか?

2.中国へ「本格的協力」要求

 オバマ政権と異なりトランプ政権が対北政策において中国に本格的な協力を求め、あるいは圧力をかけているのは望ましい。例えば、4月の米中首脳会談でトランプ大統領が行った中国への「圧力」と「褒め殺し」である。北朝鮮の核ミサイル開発阻止のために中国のより一層の制裁、圧力を要求しながら、北朝鮮に対する中国の役割や圧力行使を高く評価する姿勢を示している。4月末の北朝鮮の6回目核実験の構えに対して、核実験をしたら中国は原油供給を中断すると脅して核実験を断念させたのでは、とする報道もあった。
 現状は日韓米で圧力をかけても、中国との関係ゆえに北朝鮮が生き残りやすい構図がある。これを打開するには、中国が北朝鮮の生き残りを保障せず、北の核ミサイルの放棄に向けた圧力を加える役割を中国こそが担わなくてはならない。中国を巻き込む「日米韓中(ロシアも加える必要)」の包囲網づくりが対北朝鮮政策として最も効果的である。中国による北朝鮮への決定的な圧力は原油と消費財の供給停止だが、これは北朝鮮の体制自体の崩壊リスクをも伴う。しかしそのリスクを冒す本気度で制裁と圧力を加えなければ北朝鮮はその行動様式を変更しない。
 中国までが制裁と圧力に本格的に加わった場合には、北朝鮮が妥協して対話に応じる場合もあるだろうが、暴発のリスクもある。人間一人ひとりの価値を重くみる他の国々とは逆に、北朝鮮は自国民一人ひとりの命の価値を軽くみる大きな問題点があり、それだけ国としての大胆な決定ができてしまう。ここは構図を転換して、中国こそ制裁と圧力を加える立場に立ち、日韓米は核とミサイル放棄の方向に向かう際のインセンティブを北朝鮮に対してより明確に保障する役割を担うよう提案したい。「北朝鮮に対する国際的承認と相互承認。」北朝鮮が容易にそれに乗ってくると今となっては考えにくいが、それをより明確な形で提示し続けることは必要である。このようにしながら、なお北朝鮮の態度の変更をみることができないときには、日韓米中露がともにポスト金正恩について本格的な議論を開始しなければならない。

3.中国の米国との協力意思

 中国にとって北朝鮮は「緩衝国家」としての存在意義という言説は依然として有効なのか。それとももはや北朝鮮は中国の「重荷」以外の何ものでもないのか?実際、中国自体の対北朝鮮政策にも迷いがみられる。中国に実効的な対北朝鮮制裁(北朝鮮の現体制を崩壊させるリスクを冒してまでの制裁)を行わせるための条件は何か?中国にどのようなインセンティブを持たせるのか。韓国は米国の同意を得ながら、韓国主導の南北統一が中国にとって不利にならない(米韓同盟を限定し、中国の脅威とならないよう38度線以北に米軍駐留はしないので)と説得し、そのために必要な中国の対北朝鮮影響力行使(圧力行使)を求める。
 中朝関係が今日、唇歯の関係、血盟関係でなくなったことは確かである。したがって北朝鮮が緩衝国家として、その存立自体で中国の国益に無条件で資する状況ではない。しかし、だからと言って北朝鮮の存在がゼロになることが、中国の国益にとって何を意味するのかも不透明である。最低限言えることは、中国の対朝鮮半島政策は不変ではないということである。中国に何をどのように働きかけるのかによって、変わりうる状況にあることである。問題は、誰が何をどのように働きかけるのかにかかっている。
 繰り返すが、北朝鮮の現体制崩壊のリスクを冒す覚悟で本気の制裁を行わせるために、中国にどのようなインセンティブを持たせるのかということである。中国としては、中国自身のために、北朝鮮をめぐる圧力重視、対話重視の選択肢には一長一短がある。それをどちらかに向かわせるには、単に中国自身の判断に任せず、中国の選択をして北朝鮮の核ミサイル開発の放棄に、最も効果的な影響力行使を選択させるための日米韓の働きかけが有効である。

4.北朝鮮の思惑

 北朝鮮は米国との「対等」というフィクションをいかに早く作り上げるのかに苦心している。それを作り上げるまでに米国がそれを妨害しないと考えるのか?そのリスクをどの程度念頭に置くのか。ともかく、そうしたフィクションを作り上げるまでは妥協するつもりはないのか。つまりそうした北朝鮮の対米「圧力」手段をもつ形で現体制への国際的承認を「正々堂々」と要求できるまで、その手段追求をどんな犠牲を払ってでも行うのか。それともこのフィクションを作り上げるまでのリスクを考え、途中段階での時間稼ぎのために何らかの妥協を模索するのか。北朝鮮としては、米国本土を射程に収めた核攻撃能力を確保して米国自体に脅威を加えるより、ともすれば北朝鮮に劣勢な日本と韓国の現状に核兵力を誇示し、米国の拡大抑止を無力化しながら主導権奪還を念頭に置くのか。

5.日韓核武装化のディストピア

 日本と韓国は北朝鮮の核の脅威に直接に晒される。にもかかわらず当事者になりがたく、米中に委ねざるを得ないという位置づけにある。無理をして当事者性を回復する必要はないし、そうすることにも限界がある。ただし自国の安全保障が侵されないよう米中の対応に影響を及ぼす必要はある。サミットにおける安倍首相主導の北朝鮮核ミサイル問題のアジェンダセッティングに関して、北朝鮮は在日米軍基地のみならず、日本自体を標的にする可能性を示唆した(朝鮮民主主義人民共和国外務省スポークスマン談話、2017年5月30日)。「これまでは日本の領土にある米国の侵略的軍事対象だけが、わが戦略軍の照準内に置かれていたが、日本が現実を正しく見ずに最後まで米国に追従し、われわれに敵対するなら、われわれの標的が変わらざるを得なくなるだろう」。
 北朝鮮に核ミサイル開発を放棄させるのには対話重視か圧力重視か?少なくとも世論のレベルでは日韓は対照的な姿勢を示す。再び読売新聞と韓国日報が行った共同世論調査を引用すると、日本では圧力重視51%、対話重視が41%。これに対して韓国では圧力重視が30%、対話重視が44%である。ただし米国の軍事的な圧力の効果については、日本では効果がある41%に対して韓国は51%と、米国の軍事的圧力への期待は日本よりも韓国の方が高い。その裏返しであるのか、米朝対立が武力衝突へと発展する不安については、日本で大いに感じる31%、多少感じる52%であるのに対して、韓国では大いに感じる11%、多少感じる45%と、韓国よりも日本の方で高い数字が出る。このように両国民の認識には相応のギャップが存在するが、現実的に日韓の置かれた状況は類似する。
 現状では、日韓とも北朝鮮の核ミサイル開発放棄に向けた政策にそれほど実効性をみていない。日本は「より一層の制裁」を叫ぶが、その中身がないのが現実。韓国も同様である。北朝鮮の軍事的脅威の存在は、日本の安全保障上の脅威であり、MDなどの安全保障上の対抗措置をとることは当然である。しかしそれだけでなく、北朝鮮の脅威そのものを除去する外交政策の選択が必要である。
 現状のように日韓米が制裁と圧力で中国が緩衝という構図であれば緊張状態は続く。であれば北朝鮮の核ミサイル技術の進歩がどんどん既成事実化していく。そうして北が米国本土を射程に入れたミサイルとこれに搭載する核の小型化開発を進行させていくが、果たして米国はこれを座してみていることができるのか。かといってこれを制止するための先制攻撃を含む軍事的オプションは、前述のとおり日本と韓国が人質になっている状況で、北朝鮮の第二撃無力化の保証なくしては実行できない。米国はあらゆる本土攻撃への迎撃システムを考え、実際ICBMに対する迎撃実験を行っては成功したと発表している。しかしすべてをこれに頼るわけにもいかない。
 こうして北朝鮮の核ミサイルの脅威が米国本土に及ぶ可能性をみるに至ると、従来の米国による日本と韓国への拡大抑止への本気度は低下せざるを得なくなる。実際、米国の核を日本と韓国をまもるための抑止力として使う事態ではないとの議論も米国内で浮上している。ここで思い出すのが、かつてトランプ大統領が「アメリカ・ファースト」の文脈で述べた日本や韓国の「核武装容認」発言である。
 米国の拡大抑止が日本と韓国を含めた極東に効かないとなると、一番パニックに陥るのは韓国であろう。日本と異なり韓国は「反核感情」が弱い。またオバマ前大統領が2016年5月に「核兵器廃絶」を訴えて広島を訪問したとき、ヒロシマでは当時韓国人も大勢被爆していて訪問はその犠牲者のためでもあるのに、残念なことに韓国は批判に終始していた。このような状況で米国が改めて万が一「核武装容認」を行うと韓国は容易に核武装論が台頭するであろう。韓国では世論調査でも半数強が核武装賛成である。これについて韓国の識者らはよく「韓国は核武装できないと思っているから賛成するのだ。日本は核武装できる能力があるので反対の声も多いのだ」と心理分析をする。いずれにしても北朝鮮をめぐる現状の構造が時間的に維持されると、北の核ミサイル開発が進む一方、韓国も核武装論に向かいやすい。また米国の戦術核を再配備する選択肢も現実化する。実際、今年の大統領選では自由韓国党の洪準杓候補がその公約を掲げていた。
 日本はどうか。北朝鮮がいくら核開発を進展させ核武装を行おうと、米国の拡大抑止が有効である条件のもとでは、日本で核武装論が台頭することはないであろう。それでも韓国が核武装に踏み切り、米国がこれを許容するようになれば、日本で反核感情がいくら強いと言っても、日本の核武装論も活発化せざるを得ない。つまり北朝鮮が核開発を進め、韓国も開始し、中国ももとから持っているとなれば、日本だけ持たないのはなぜか、との意見が当然出てくるからである。これが行きつく先はディストピアだが、このような事態を招きかねない現実がある。
 こうならないために、北の核ミサイル開発の進展が時間の経過とともに既成事実化していくのを手をこまねいて見ているのではなく、非核化という前に何とかまずは凍結させ(これにはだれも反対しないであろう)、それから減らしていく戦略を組むべきである。これは北朝鮮の望む形式での核軍縮交渉なのかもしれない。
 いずれにせよ対北朝鮮政策は日韓米が協力してもそれだけでは不十分で、また中国への期待に依存してもいけない。日韓米中露というオールスターで取り組む以外に打開の道は開くことができない。現状はそうできない場合のディストピアが見え隠れしはじめている。

(本稿は、2017年7月12日に開催した「メディア有識者懇談会」における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
木宮 正史 東京大学大学院教授
著者プロフィール
1983年東京大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科および韓国・高麗大学大学院政治外交学科博士課程修了(政治学博士)。その後、法政大学助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授などを経て、同教授、同大学韓国学研究センター長。この間ハーバード大学訪問研究員(2001~03年)を務めた。専門は朝鮮半島の政治・国際関係。主な著書に『韓国―民主化と経済発展のダイナミズム』『国際政治の中の韓国現代史』『ナショナリズムから見た朝鮮近現代史』、編著に『日韓関係史 1965-2015 Ⅰ 政治』『戦後日韓関係史』『シリーズ 日本の安全保障6 朝鮮半島と東アジア』『歴史としての日韓国交正常化』他。

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