トランプ米政権の安全保障政策 ―日米同盟への含意―

トランプ米政権の安全保障政策 ―日米同盟への含意―

2017年10月17日

はじめに

(1)過去の政権との継続性はあるのか
 ドナルド・トランプ政権に対する一般的なマスコミなどの論調を見ると、「過去の政権とは非常に異なったタイプ」という言説が多いように思うが、歴史を振り返って見れば過去の政権との継続性があるのではないかと考えられる。
 かつて2001年にブッシュ政権が誕生したときに、ABC(ABC=Anything But Clinton、クリントン政権の政策は継承しないとの意味)ということが言われた。今回はABO(=Anything But Obama)、すなわちバラク・オバマ政権の政策は継承しないという意味だが、それがどの程度<革命的なのか>ということになる。
 これまでの米政権の歴史を振り返って見ても、このようなことは程度の差はあるものの、どの政権でも前政権との違いを強調する傾向があった。第41代ブッシュ・シニア大統領のように前政権と同じ政党でしかもロナルド・レーガン前政権の政策を引き継ぐ場合はそうしたことは少なかったが、それ以外の場合は前政権との違いを強調する傾向が見られた。例えば、地球温暖化対策である。ブッシュ政権は京都議定書から離脱し、トランプ政権はパリ協定から離脱した。とくにそうした傾向は大統領選挙において顕著であるが、実際に政権運営を始めると現実問題に直面する中で、政策の軌道修正をするようになり、結局は前政権とあまり変わらないところに落ち着くことも少なくなかった。こう見た場合に、トランプ政権もある程度は継続性をもつのではないかと思われるが、その点について詳しく見てみよう。
 実は政策を打ち出す背景となる構造の変化が、2000年代、あるいは2010年代から連続して見られる。国際面で言えば、主要国間のパワーバランスの変化が継続していること、国内面では、外交エスタブリシュメントへの懐疑心が米国民の中に強く出てきていることがある。それは「ポピュリズム」とも言われるものだが、そこには反エリート、反エスタブリシュメント感情が含まれている。
 オバマ大統領が退任する前に、月刊誌The Atlanticにオバマ大統領のインタビュー記事(Goldberg 2016)が掲載された。その中でオバマ大統領自身、大統領府に入ったときに、「外交エスタブリシュメントを完全に信頼し切れていなかった」と述べている。その結果、従来のイラン外交の転換、キューバへの接近・国交回復などの政策につながったと見られる。
 つまりオバマ大統領は、そのような反エスタブリシュメント的な国民の声を聞きながらそれに沿うような政策を展開したと思われる。トランプ大統領もまた同様の流れの中にあるので、トランプ政権もある程度の継続性があるのではないかと考えている。

(2)トランプ大統領はリアリストか?
 それでは、トランプ大統領はどのような大統領か。一般的に言えば、これまで外交にはあまり関心のなかった、外交の素人の大統領といえる。しかし周囲の専門家のアドバイスを受けてそれをトランプ大統領が直感で最終判断して政策を決定しているようである。周囲の人々の意見を聞きながら政策を進めるという点から見ると、ある程度「リアリスト」という側面があるのではないか。
 米外交史を専門にしているバード大学のウォルター・ミード教授は、(大衆利益を優先させ外交の関与を最低にするという政策を行った第7代アンドリュー・ジャクソン大統領のやり方をもじって)「(トランプ大統領は)ポピュリストのジャクソニアン」だと述べた(ミード 2017)。ただしジェファソニアンにしてもジャクソニアンにしても、グローバルな関与からできるだけ撤退したいという傾向がある点は共通している。
 ここでリアリストという観点から分析してみよう。リアリズムには三つの特徴がある。
①国中心的な国益の重視
 これに対比される考え方が、リベラリズム、国際協調主義で、多国間主義やグローバリズムが重視され、オバマ政権がいい例である。
 トランプ大統領は、「米国第一」を主張するが、それは「米国民の利益と米国の安全を第一に考える」という意味だ。オバマ大統領の考え方と比べると違いがあるが、リアリストの観点からすれば(国益を限定的に解釈するとの)当然の考え方でもある。
②パワーの重視
 トランプ政権は軍と経済の再建に力を入れ、外交面ではロシアや中国、中東諸国との実利的な関係を目指している。これはオバマ大統領がやってきた普遍的価値観の普及や、リベラルな覇権とは違う。
③深慮(prudence)
 深慮とは慎重に慮ることで、そのときに重要なのは費用対効果の思考である。またビジネスマン的な考え方に通じるものとしては、同盟国の軍事的貢献の重視がある。例えば、NATO諸国との交渉では、同盟国との経済負担の均衡を図る観点から軍事費の比率としてGDPの2%を求めた。同盟国との役割分担(burden sharing)というよりは、同盟国への負担移動(burden shifting)の側面が強いが、それが今後どう進んでいくかはまだはっきりしない。今後、米韓、NATO、そして日米間で、これがどう展開していくか注視していきたい。

(3)トランプ大統領やホワイトハウスに戦略はあるのか/作れるのか?
 トランプ大統領は政治・外交の素人ではあるが、その取り巻き、例えば、ティラーソン国務長官やマティス国防長官など、閣僚やスタッフがしっかりしているので政権全体としては大丈夫ではないかという見方もある。ただ、現在までのところ、国務省軽視という傾向が見られ、また、ホワイトハウスでは外交や安全保障について総合的に調整して戦略を立てる点が弱いように思える。
 トランプ大統領は、思いつきで、あるいは対応的(reactive)にやっているように評価するむきもあるが、少なくともさまざまな主張に整合性がなかったり、混乱を引き起こしたりしている点は確かであろう。

1.米軍再建

(1)「米軍再建に関する大統領覚書」(2017年1月27日)
 トランプ大統領は、大統領に就任してすぐに「米軍再建に関する大統領覚書」(Presidential Memoranda on Rebuilding the U.S. Armed Forces)を発表した。その内容を見てみよう(中内 2017)。
①方針:力による平和(Peace Through Strength)の追求
 「力による平和」という言葉は、レーガン大統領も使ったとされ、レーガン政権に似ているのではという人もいる。ただ、1980年代から共和党の綱領において「力による平和」という言葉が常に使われており、レーガンやトランプの特徴というよりは、共和党の伝統的な考え方でもある。ちなみに、日本に配備されている米空母「ロナルド・レーガン」のオフィシャル・モットーは、「Peace Through Strength」という。
②即応性(Readiness)
 即応性を重視し、即応態勢の改善、国家安全保障へのリスク対処の改善などについて言及している。
③米軍再建
 この覚書を通して、国家防衛戦略の策定、核体制の見直し、弾道防衛ミサイルの見直しなどについて主として国防省に求めており、この線に沿って今後に詰められていくと思われる。

(2)2018年会計年度の予算教書の骨格(2017年3月27日)
 「力による平和」を実現するために、国防費の法定上限を540億ドル(約6兆円)増額し、合計で6030億ドル(約66兆円)に増やしていく。ただ共和党の中には、ジョン・マケイン上院議員のようにそれでも不十分だと主張する人もいるが、国防省としては今後も増やしていく意向を示している。

(3)軍事力の行使・示威
 「力による平和」の哲学が実際の行動に現れたものとしては、シリアの空軍基地に対する59発の巡航ミサイルトマホークの発射(4月6日)、アフガニスタンのIS拠点への大規模爆風爆弾(MOAB)の投下(4月13日)などが挙げられる。

2.米国の国益

 「米国第一」を掲げるトランプ政権の政策を考える上で、米国の国益についてまず考察しておく必要がある。米国の国益の定義は、安全保障戦略の出発点ともなるものであるから、これまでの国益定義とトランプ政権のそれとの違いについて見てみる。

(1)国益のカテゴリー
 国益の定義ではないが、国益に関する著書(Nuechterlein 1985)の中で示された「国益のカテゴリー」は、以下のとおりである。
①国土防衛:潜在的な外国からの危険に対する米国の国民・領土・制度の保護
 これが最重要な国益である。
②経済的安寧:米国の国際貿易・投資の促進
 この経済的繁栄という利益は、戦間期以前は最重要の国益であった。それは当時までの米国は、東西を大西洋と太平洋に挟まれて守られており、直接的な軍事的安全保障の心配をする必要性がなかったためと考えられる。それはまた「孤立主義」という言葉にも表れている。しかし第二次世界大戦後は、軍事技術の進歩・革新および国際政治の変化によって米国といえども安全保障を無視できない時代になって、国土防衛が最重要な国益と位置づけられたのである。
③好ましい国際秩序:平和的な国際環境の構築
 ここには同盟システムや世界的な勢力均衡を構築していくことも含まれている。これは環境整備の側面で、米国への攻撃が行われないような国際秩序をつくっていくことである。米国は、とくに第二次世界大戦後、この利益を重視している。
④価値の促進:米国の指導者が普遍的と考える価値の普及

(2)「国家安全保障戦略」(2010年)
 以上の国益のカテゴリーは冷戦期に作られたものであるが、2010年にオバマ政権がつくった「国家安全保障戦略」に示された国益とほぼ同じ内容である。
①安全保障:米国、その国民(citizens)、および同盟国と友好国の安全保障
 ここに同盟国と友好国の安全保障が入っている点を注目したい。
②繁栄:開かれた国際経済システムにおける力強く革新的で成長する米国経済
 自由貿易を基調とする経済システムである。
③価値:国内外での普遍的価値の尊重
 ブッシュ前政権の反省から、体制変換を強制的には求めないという点が盛り込まれている。
④国際秩序:米国のリーダーシップによって推進される、ルールに基づく国際秩序
 オバマ政権時には、2015年にもう一度「国家安全保障戦略」が出されたが、このときには国益の定義に変更はなかった。今後、トランプ政権が「国家安全保障戦略」を出してくるときに、どのような国益の定義をするのか、注目すべきところであろう。

3.リベラルな国際秩序の危機

(1)リベラルな国際秩序
 前述の国益定義に示された「開かれた国際経済システム」および「ルールに基づく国際秩序」の二つを足し合わせたような概念が、ここでいう「リベラルな国際秩序」である。プリンストン大学のアイケンベリー教授の著作(Ikenberry 2011)によれば、リベラルな国際秩序とは、「開放的で緩やかなルールに基づく秩序」とされる。
 その後もアイケンベリー教授は、リベラルな国際秩序に関する諸論文を著しているが、とくに中国の台頭に伴う国際情勢に関しては楽観的に見ていた。中国もリベラルな国際秩序からの恩恵を受けている以上、この秩序に挑戦することはないのではないかとし、米国としては(中国の拡張主義について)あまり心配する必要はないと考えていた。

(2)リベラルな国際秩序の危機
 ところがトランプ政権の誕生によってアイケンベリー教授は、今度は(中国ではなく)米国自身がリベラルな国際秩序を壊してしまうのではないかと憂慮して悲観的見解をもつようになった。また、次のようにも言っている。
 「米国が自ら構築した秩序を破壊するような行動を取り始めている。・・・リベラルな国際秩序を存続させるには、・・・その多くは、日本の安倍晋三とドイツのアンゲラ・メルケルという、戦後秩序を支持する二人の指導者の肩にかかっている」(アイケンベリー 2017)。そして、同教授は、リベラルな国際秩序の特徴を5つ挙げながら、その観点からトランプ政権への憂慮の念を示している。
①国際主義(秩序を主導し、世界の主要地域に深く関与)
 トランプ政権は、このようなやり方を放棄して、ビジネス取引の観点から外交を展開するのではないかと見ている。ある元米国務副長官は、「トランプはビジネスマンではなく、セールスマンだ」と酷評していた。大所高所から世界を俯瞰しながら取引をするというよりは、その場その場で細かい観点からビジネスのような取引として外交をやっていくのではないかという見方である。
②開放的貿易
 米国はこれまで自国経済を強化するために、開放的貿易を支持するとともに、自由民主的な戦後世界の台頭にも手を貸してきた。ところがトランプ政権は、例えば、オバマ政権が進めてきたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱を宣言したように、どちらかというと重商主義的政策を進めようとしているように見える。つまりできるだけ輸入を減らして輸出を増やし、米国人に雇用機会を増やすという政策である。そしてトランプ大統領は、国際会議の場では「開かれた」「自由な」貿易ということは言わずに、「公正な」という点を強調している。
③多国間のルールや組織
 リベラルな側面を持つことによって、米国の強大なパワーが正当化され、国際協調がしやすくなるとともに、米国が国際舞台でリーダーシップを発揮しやすくなる。こうした点を促進する意味で、多国間のルールや組織は利点がある。それに対してトランプ政権は、自国優先を主張する。それはリーダーシップの放棄とも見られかねない。
④多文化主義社会
 これまで米国では、ソフトパワーを生み出し、差別のない社会を目指す市民ナショナリズムがよしとされてきた。トランプ政権では、民族ナショナリズムともいうべき、(白人労働者の声にだけ耳を傾けるように)人種の区別を強調するような観点も出てきた。
⑤民主国家コミュニティ
 民主国家のコミュニティでは、相互協調、絆、価値の共有などが重視されてきたが、トランプ政権の外交姿勢を見てみると、独裁国家と民主国家を区別することなく、米国にとって利益になるかどうかという観点から、しかも短期的利益をより重視しながら外交をしていくのではないかと思われる。
 アイケンベリー教授だけでなく、米国ではそのほかリベラルな学者からも、トランプ政権に対する懸念が強く表明されている。

(3)危機の背景

 それではトランプ大統領は、なぜリベラルな国際秩序に対して熱心ではないのか。あるいは取り組もうとしないのか。「単にトランプ大統領自身の特異なパーソナリティが反映されたものだ」あるいは「彼のビジネスの成功モデルを米外交に投影しているのだ」という見解もあるが、そうした単純な見方だけでは説明できない側面があるように思う。つまり米国内外の情勢がリベラルな国際秩序を存続させるのに厳しい状況に変化しつつあるという背景である。
 まず国内状況の変化を見てみる。これに関しては多くの研究があるが、驚くべきことに、民主主義への米市民の支持が低下している。例えば、世論調査で「あなたが民主主義社会で生活することは、必要不可欠か?」という問いに対する回答として、否定的な回答が増えてきている。しかも心配されることは、若い世代ほどその傾向が顕著になっているという点だ。米国の若い世代では、民主主義に対する幻滅、米国内でも民主主義(の利点・恩典)を実感できないような状況が拡大しているのではないか。そのような背景からリベラルな価値が米国内でアピールしにくくなっている状況が生まれつつある。そしてそのような思いを持つ人々がトランプを支持していると考えられる。以上のように、米国内においてリベラルな秩序に対する懐疑的な考え方が広がりつつある。
 また国際社会においても、民主主義やリベラリズムが危機に瀕している。一般に民主主義の価値を見るときによく利用される指標として、「フリーダムハウス」の発表する統計がある。それによると、民主主義(を基礎とする国)の数、あるいは自由主義が非常に強いとされる国家の数は、1990~2005年までは増加傾向を示していたのに、2005年をピークとしてその後は減少傾向を示している。具体的には、ロシア、トルコ、中国などの名前がすぐ浮かぶと思うが、民主主義・自由主義への幻滅が広がりつつある。
 こうした米国内外の情勢変化を反映して、トランプ大統領はリベラルな国際秩序について言及しなくなったのではないか。そう考えると、トランプ大統領なりに計算して行動しているのではないかとも思える。
 ところで、米国エリートを考える際に、大きく二つに分けて考える必要があると思う。一つは、国際政治学者で、もう一つは、実際にシンクタンクや政権に関わり現実のポリシーメイキングに関与している(ポリシー・コミュニティに属する)人々である。もちろん、前者の中にも政権に関わる人もいるが、米国が国際社会に関与すべきかどうかに関して、学者の世界ではかなり否定的見解を持つ人が多くなってきている。一方、ポリシー・コミュニティでは、米国はまだ世界のリーダーシップを取って関与していくべきだという見解が強い。同時に、米国はそのリーダーシップを発揮しながらリベラルな国際秩序を支え促進していくべきだと考えている。
 ポピュリストとしてのトランプ大統領となると、アンチ・エリート、アンチ・エスタブリシュメントとなるので、その辺がトランプ大統領の政治スタイルに関係していると思われる。

4.日米中のパワーバランスの変化

(1)日米中のGDP長期的変化
 日米中3カ国の名目GDPの変化について、1995年から2016年までを見てみると、米国はほぼ一定して右肩上がりに増えている反面、日本はほぼ横ばい状況だ。日米同盟を考える際に、日本のGDPが米国のGDPの何割程度を占めるかを見ておくことは重要なポイントになる。
 1995年はバブル崩壊直後かつ円高であったこともあり、日米のGDPの差が最も小さいときであった。このとき日米安全保障共同宣言(1996年)が出され、日米同盟の強化が謳われた。その後、次第に日米の経済規模の差は拡大の一途をたどり、2016年には相当の差が出てしまった(米国は日本の約3.8倍、中国は約2.3倍)。
 このように日米同盟にとって、あるいは米国にとっての日本の存在意義は、パワーの観点からすると相対的に落ちてしまったという現実がある。伝統的な観点からするとパワー(国力)は重要な指標だが、その点では日本の存在意義が低下していることは否めない。その間隙を縫って、中国が急激に拡大してきた。そのため米国にとっての日本は、その重要なパートナーとして、そして在日米軍基地の重要性が改めて見直されている。
 次のグラフは、1960年から2014年までについて、世界経済(GDP)に占める日米中各国のGDPの割合の変化を示している(略)。
 安保改定の1960年のころ、米国は世界経済の4割を占めるほどの圧倒的な力をもっていた。その後徐々に低下していくが、1990年代後半に一度復活する時期があった。これはクリントン政権時代でニューエコノミーとも言われた時期だったが、そのあと2001年にピークを迎えた。この年はジョージ・ブッシュ大統領が(米国同時多発テロなどを契機に)単独行動主義としてイラクやアフガンを攻撃した時期であり、米国が非常に自信に満ちた時代だった。しかしそれ以降、米経済の世界シェアーは低下傾向を示している。
 この間、日中の変化を見ると、日本は1990年代前半の最高値(約18%)を示したが、バブル崩壊後に低下傾向を示す中、中国は一貫して成長し2010年には日本を追い抜き、いまや米国に接近しつつある。このような経済力の変化から日米中関係を見ると、それは安全保障にも反映するようになってきている。

(2)抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略
①リアリストの観点
 2001年以降、米国は「長い戦争」の時期(戦時)に入り込んだが、それが「抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略」というリアリストの考え方に大きな影響を与えている。国力が低下する中で、いつ終わるかわからない長い戦時期にあって、2005年ごろからリアリストの間でこのような戦略の提唱者が増えてきたのである。
 リアリストの観点は、軍事力をむやみに行使するようなイメージがあるが、実はそうではなく、軍事力の行使は国益に見合う場合に限り、しかも国益の計算は米国土防衛に直結するような場合に限定する。国際秩序維持のための軍事力の行使は慎重な立場である。例えば、こうしたリアリストたちは、ベトナム戦争に反対(Hans Morgenthau)、イラク戦争にも反対してきた(John J. Mearsheimer / Stephen M. Walt)。
 ここで抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略の特徴を見ておこう
・安全保障上の公約(コミットメント)の縮小
・海外の駐留米軍の削減
・それぞれの主要地域において国々の勢力均衡に任せる
・その地域で勢力均衡が維持できなくなった場合のみ米国が関与
 こうした考え方は、米国が編み出した考え方ではなく、実は17世紀に英国がとっていた政策でもあった(「名誉ある孤立」)。それは欧州の勢力均衡が維持されればよく、どこかの国でバランスが傾き始めたときに初めて英国が関与し始めるというものである。こうした戦略を英国から引き継いだのが米国であった。米国は英国以上に欧州大陸から離れており、第一次・第二次世界大戦もぎりぎりまで米国は関与せずにいて、最終的なところで判断をして関与したのだった。
 もともと英米の伝統的な安全保障戦略は、抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略だった。第二次世界大戦後、大陸間弾道弾ミサイルなど軍事技術の高度化に伴い遠く離れていても悠長に眺めているわけには行かない状況が生まれ、戦争になってから関与したのでは手遅れになるとして、平時から軍隊を前方展開して備える態勢へと変化していった。このように軍事技術の進歩は、米国の軍事戦略の変化に大きな影響を与えたといえる。つまり戦後の米国は、抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略から逸脱していったのである。
 こうした歴史的経緯をみると、抑制・縮小戦略/オフショア・バランシング戦略をとることは、昔の戦略に戻りつつあるともいえるが、完全に昔のやり方(孤立主義)に戻るということではない。
 なお、リアリストにとって中国は現時点では「敵国」や明確な「脅威」とはなっていない。リアリストの観点からみると、19世紀の大国関係もそうだったが、大国が自国の経済力、国益に基づいて勢力・軍事力を拡大するのはある意味で当然のことと映る。その点で言えば、中国の拡張主義もそれほど違和感のあることとは言えないことになる。つまりある人から見れば、脅威に映るが、別の観点を持つ人から見れば大国が取るべき当然の行動だということになるのである。
 先に述べたとおり、リアリストは、自国の国益を第一に考えるわけだが、それとトランプ大統領の主張する「米国第一主義」は似ているところがある。
②ポーゼン論文(Posen 2008):抑制(restraint)戦略
 MITのポーゼン教授は、(オフショア・バランシング戦略を)「抑制(restraint)戦略」という言葉で表現する。(いつ終わるか分からないような)長い戦争期が継続する中で、国際的積極主義は失敗したという。「米国の安全保障の保証や支援は、他国が自国の安全保障のために努力する必要性を失わせてしまっている。・・・米国は日本との安全保障上の関係を再検討する必要がある」。
 ところが、ポーゼン教授は、2003年にはグローバル・コモンズに関する論文の中で、米国は選択的関与戦略をとるべきと主張していた。つまり今となって米国はこれ以上国力を垂れ流すべきではないという考えに変わったのである。
③ミアシャイマー/ウォルト論文(ミアシャイマー/ウォルト 2016)
 彼らはオフショア・バランシング(沖合均衡)戦略を提唱している。北東アジアについては、「地域諸国の試みをうまく調整し、背後から支える必要がある。・・・アジアにおける米軍のプレゼンスは維持する必要がある」と述べている。それは中国のパワーの大きさが大きすぎるために、周辺国だけでは勢力均衡ができないことから、北東アジアに関しては米国がプレゼンスを撤退させない方がいいという。しかし前面に出て支えるというよりは、後方から支えるという考え方だ。この含意としては、米国は日本の積極的関与を求めてくることが予想される。

5.日米共同声明(2017年2月10日)

 今年2月に安倍首相がトランプ大統領との間で出した共同声明と、オバマ政権時代に出された日米共同声明(2014年4月25日)とを比較してみたい。結論的に言えば、ほとんど内容的には変わっていない。米トランプ政権の不確実性が大きい中で、その不確実性を最も低下させた二国間関係は日米関係ではないかと思う。
 以下、主な点を箇条書きに示す。
・「日米同盟及び経済関係を一層強化するための強い決意を確認した。」
⇒日米同盟と経済関係を切り離したことで、経済関係については別のアプローチの可能性を示唆した。
・「日米同盟はアジア太平洋地域における、平和、繁栄及び自由の礎である。」
⇒前の表同声明とほぼ変わっていない。
・「核および通常戦力の双方によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。」
⇒コミットメントについて述べるに際して、通常戦力のみならず、わざわざ核戦力にまで言及したことは、強い意味合いがある。
・「米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本は同盟におけるより大きな役割および責任を果たす。」
⇒日本に対する役割、責任を今後強く求めてくるだろう。
・「日米両国は2015年の「日米防衛協力のための指針」(日米新ガイドライン)で示されたように、引き続き防衛協力を実施し拡大する。」
⇒当面は、「日米新ガイドライン」にしたがって防衛協力を進める。
・「両首脳は、法の支配に基づく国際秩序を維持することの重要性を強調した。」
⇒ルールに基づく国際的な秩序の強調だが、これは日本政府の強い要請に基づくものと思われる。
・「キャンプ・シュワブ辺野古崎地区およびこれに隣接する水域に普天間飛行場の代替施設を建設する計画・・・は、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である。」
⇒日本政府の辺野古政策に対する米国のバックアップを意味するが、前の共同声明にも記されてあった。ただ「唯一の」という強い表現が新たに盛り込まれた。
・「両首脳は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを確認した。」
⇒これらのコミットメントは尖閣諸島を含め、日本の施政の下にある全ての領域に及ぶ。これもオバマ政権時代から引き続き言及されていた内容だ。
・「グローバルな脅威を与えているテロ集団との闘いのための両国の協力を強化する。」
⇒今後、国際協調に基づき平和安全法制に基づいて協力を求められる場面も出てくるかもしれない。

おわりに

(1)日米同盟への含意
 既に「日米新ガイドライン」(2015年4月)が策定されており、これまでの同盟関係の継続が求められているが、今後もこの線で進めればよいだろう。日米同盟関係については、トランプ政権の安全保障政策でいえば不確実性が減少していると見られる。ただし経済関係とは切り離されているので、別途その辺の動きについては注視しておく必要がある。
 日米安保条約は1960年に締結されたものだが、当時の情勢を反映して非対称的な内容として第5条および第6条がある。日米同盟の基本は、安保条約である。日本の価値がどこにあるのかといえば、高い技術力、経済力もあるだろうが、米戦略にとって重要な在日米軍基地の提供は(語られないとしてもその深層においては)重要な土台になっている。この点は見過ごしてはいけない。日本の対外的抑止の面においても、在日米軍基地は重要である。
 柔軟抑止選択肢(FDO=Flexible Deterrent Options)が日米新ガイドラインに書き込まれた(石原 2016)。FDOとは、危機の発生時に、部隊の展開などを通じ、相手側に当方の意図と決意を伝え、それによって抑止を図るものである。危機発生地のみならず、平時、グレーゾーンのときにも共同訓練を行うなどを通して、軍事力を見せることが抑止力につながる。日本の防衛計画の大綱に示された「動的抑止」に通じるものといえる。「存在する自衛隊」から「運用する自衛隊」という方針の変更に従い、FDOおよび戦略的な情報発信は有用である。トランプ政権は「力による平和」を重視しているので、FDOを日米が共同して対処していくことは重要なポイントである。

(2)日米安全保障政策への含意
 日本の防衛政策においても即応性を重視していくべきだろう。すでに述べたように、米国の基本的考え方として、もっと同盟国にその役割を果たしてほしいという思いが根底にある。その要求に応えることは容易なことではないが、ピンチはチャンスと考えて、この機会に役割分担の観点からも日本の自立性およびできる範囲(限界)を米国に理解してもらいつつ、日本の防衛力を強化する上で、米国の軍事力・軍事技術の供与などを働きかけていくのがよいだろう。
 もう一つは、優先順位の明確化である。日本の防衛予算も限られているなかで、NATO諸国は米国からGDPの2%を要請されている。日本はそこまで要請されないと思うが、今後のアジア太平洋地域の安全保障を考えるときに、やはり防衛費の増額も考慮する必要があるかもしれない。とはいえ、今後も日本のGDP自体があまり増えていかない中では、政策の優先順位を明確化して取り組むことが重要だ。日本防衛からはじまり、周辺地域(アジア太平洋)、そしてグローバルへという優先順位で考えるのが良いだろう。その点で、PKOについても国際情勢の変化の中で再検討することも一つの課題であろう。

(本稿は、2017年6月28日に開催した「政策研究会」における発題内容を整理してまとめたものである。)

 

<参考文献>
(1) Goldberg, Jeffrey. 2016. The Obama Doctrine. The Atlantic 317, no. 3 (April): 70-90.
(2) Ikenberry, G. John. 2011. Liberal Leviathan: The Origins, Crisis, and Transformation of the American World Order. Princeton University Press.
(3) Nuechterlein, Donald E. 1985. America Overcommitted: United States National Interests in the 1980s. Lexington: University Press of Kentucky.
(4) Posen, Barry R. 2008. A Grand Strategy of Restraint. In Michèle A. Flournoy and Shawn Brimley, eds., Finding Our Way: Debating American Grand Strategy. Washington, D.C.: Center for a New American Security, pp. 83–102.
(5) アイケンベリー, G・ジョン.2017.「トランプから国際秩序を守るには—リベラルな国際主義と日独の役割」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』5月号.
(6) 石原敬浩.2016.「戦略的コミュニケーションとFDO—対外コミュニケーションにおける整合性と課題—」『海幹校戦略研究』第6巻第1号, 7月.
(7) 中内康夫.2017.「トランプ米新政権の国防政策と日本との安全保障関係—「力による平和」と日米同盟強化に向けた対応—」『立法と調査』第389号, 6月.
(8) ミアシャイマー, ジョン/スティーブン・ウォルト.2016.「アメリカはグローバルな軍事関与を控えよ—オフシェアバランシングで米軍の撤退を」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』7月号.
(9) ミード, ウォルター・ラッセル.2017.「トランプが寄り添うジャクソニアンの思想—反コスモポリタニズムの反乱」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』3月号.

政策オピニオン
宮岡 勲 慶應義塾大学教授
著者プロフィール
1990年慶應義塾大学法学部卒、94年カンタベリー大学大学院修士課程修了、99年オックスフォード大学大学院博士課程(政治学専攻)修了。D.Phil. 取得。その後、ハーバード大学国際問題研究所・日本研究所客員研究員、大阪大学大学院准教授等を経て、現在、慶應義塾大学法学部教授。専門は、国際関係論、安全保障論。主な論文・著書に、「アメリカにおける国際安全保障研究の進展」、「防衛問題懇談会での防衛力のあり方検討」、「軍事技術の同盟国への拡散」、「沖縄返還後における日米関係の周期的変動」、Legitimacy in International Society: Japanʼ s Reaction to Global Wildlife Preservation(単著)ほか。

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