持続可能な未来に向けた日本の進路 ―エネルギー・環境イノベーションの創出―

持続可能な未来に向けた日本の進路 ―エネルギー・環境イノベーションの創出―

2017年10月11日

1. 日本人が理解できないパリ協定

「気候正義」とゼロエミッション

 2015年12月に採択され2016年11月に発効したパリ協定を日本人が理解できない問題の核心は「気候正義」(climate justice)という言葉に行き着く。日本人は「正義」という言葉が苦手である。さらに日本人は「未来を予測する」ことを苦手とする。パリ協定には、今世紀末までに何々をするなどと書かれているので理解できない。未来からバックキャストして現在を変えるというのは、日本人にとっては相当難しいことである。未来を考えない方が自分たちにとってプラスだと考えているとさえ感じる。そこで、イノベーションが重要になるのだが、アメリカのクレイトン・クリステンセンが言う「破壊的なイノベーション」だけが本物のイノベーションであり、それ以外は本物ではないなどと考えてしまい、その結果、やればやるほど自分を苦しめてしまうことになる。
 パリ協定の序文を一部紹介したい。

 ・Recognizing the importance of the conservation and enhancement, as appropriate, of sinks and reservoirs of the greenhouse gases referred to in the Convention,
 ・Noting the importance for some of the concept of “climate justice,” when taking action to address climate change,

 この中の「気候正義」(climate justice)という言葉にすべての原理がある。残念ながらこの言葉を解説した書籍や記事を見かけたことがない。「気候正義」という言葉を理解できなければ、パリ協定は理解できない。それを日本人は乗り越えなければならないが、簡単ではない。そして気候正義を根拠としてその延長線上にあるのが、今世紀末までに達成しなければならないとされる「ゼロエミッション」である。
 パリ協定第4条はゼロエミッションについて、次のように定めている。

 Article 4
 1.In order to achieve the long-term temperature goal set out in Article 2, Parties aim to reach global peaking of greenhouse gas emissions as soon as possible, recognizing that peaking will take longer for developing country Parties, and to undertake rapid reductions thereafter in accordance with best available science, so as to achieve a balance between anthropogenic emissions by sources and removals by sinks of greenhouse gases in the second half of this century, on the basis of equity, and in the context of sustainable development and efforts to eradicate poverty.

 ゼロエミッションとは、CO2をまったく排出しないのではなく、植林等により大気中のCO2を人為的に吸収した分を差し引いた排出量をゼロにするということである。いずれにしても、CO2を出さない社会を作るという話だ。なぜこのように出来もしないことが決まってしまうのか。その理由は決定した主体が国連であったという点にある。
 私は国連組織の中に約5年間いたが、国連の会議は安全保障理事会等を除き全会一致が原則である。したがって反対する国が出れば、その国から意見を聴取して修正を加えるという手法をとる。

2度以内/2.5度以内に抑えることの意味

 国際交渉条件として2度以内に抑えることが必須の条件とされている理由を探ってみると、バングラデシュの海面上昇問題に行き着く。バングラデシュでは2008年頃から、海面上昇によって多くの環境難民が出るとの懸念が広がっている。海面が1.5m上昇するとダッカ周辺にまで海面が迫り、1700万人が住居を失って環境難民となる。そうなればシリア難民以上の問題が起きる。1.5mの海面上昇は今世紀中には起きないが、22世紀終わり頃には可能性がゼロとは言えない。その意味で、この問題は非常に大きなインパクトがある。ちなみに2.5度上昇で海面が7m上昇すると言われており、バングラデシュの状況を考慮すれば2.5度以内をゴールとすることは到底できないことになる。
 ポツダム気候変動研究所のハンス・シェルンフーバー所長らの研究によれば、仮に気温上昇が2度未満に抑えられたとしても、いくつかの主要な「ティッピング・エレメント」に関して損失または変化が生じるとされている。「ティッピング・エレメント」という言葉は地球温暖化と関連して一旦起きてしまうと元に戻らないという意味でよく使用されるが、地球温暖化は不可逆的に進んでいるため、実際はこの言葉自体がすでに必要ないものとなっている。
 いずれにしても、世界の平均気温は上昇し続けており、最近はほぼ垂直上昇である。パリ協定ではその世界平均気温を「パリ・レンジ」と呼ばれる下限1.5度、上限2.0度の間に収めようとしている。

 仮にパリ協定の定める1.5度から2.0度が達成されないとどうなるのか。例えば、北極海の氷は2.5度上昇ですべて解けてしまう。グリーンランドの氷は2.5度から3度超ぐらいですべて解け、海面が7m上昇すると予測される。看過できない数字である。それに対して南極の氷はなかなか解けない。南極の氷はむしろ増加すると考えられている。
 これは、周囲の温度が上がると海面からの水の蒸発量が増え、蒸発した水が雪になり南極に落下するためである。南極の周囲は氷が解けるが、南極の中央部は寒冷であるため、氷が増加するという仕組みだ。仮に南極の氷がすべて融解すると海面が65m上昇するだけの氷がある。来世紀末頃には1.5度から2.0度程度上昇する可能性はある。そのことを科学的に予見できるならば、気温上昇を阻止しようというのが先ほどの「気候正義」である。国連が主導するとそのような話になるのである。

公害とは異なる温暖化問題

 人類はCO2の排出を今日まで継続してきたが、そろそろ排出量を抑えなければならない時期に来ている。今世紀のどこかでゼロにしなければならない。右肩上がりで上昇してきたものを下げるということが果たして可能だろうか。しかし、いかに困難でも達成しなければならない理由について考えてみたい。
 例えば、日本で公害が問題になると、公害物質は5年程度でほぼゼロになる。長くても15年程度で元の状態に回復してしまう。そのような原状回復力の源は地球の回復力にあると言える。さらに、河川や海洋で公害が起きれば、浚渫(しゅんせつ)など様々な対策を講じて現状に回復させている。
 一方の大気は、空気を吸収して除去するといった対策を講じることはでず、原状回復は難しい。そもそも大気中のCO2の寿命はよく分かっておらず、数千年位であると言われている。CO2を排出する限り温度は上がり続け、排出をゼロにして初めて下がる。CO2排出量をゼロにした後に5000年位経過して、ようやく温度が半分くらい下がると言われている。したがって温暖化は、これまでの公害系の汚染とはまったく異なる形態であることが分かる。このことが「気候正義」にも関連している。

2050年目標の80%削減

 我々は2030年までに2013年比でCO2排出量を26%下げるという目標達成に向けて努力している。しかし2030年目標を仮に達成したとして、さらに2050年目標の80%削減を達成するには、2030年からのわずか20年間で26%削減をおよそ4回達成しなければならない計算になる(図2)。それほど達成困難な2050年で80%削減という数値がいつの間にか閣議決定され公式文書に明記されている。この数値は国際協定であり、いい加減に扱えない。今世紀後半に「逆産業革命」を起こして化石燃料からの完全な離脱を図ると宣言したようなもので、現実を無視した突拍子もない宣言と言わざるを得ない。

産業革命とCO2排出の爆発的増加

 産業革命とは一体何だったのかという問題がある。仕組みによって考え方は異なるが、化石燃料の利用流通ができたということではないか。CO2は図3のように1800年過ぎ頃からその排出量がグラフに現れ始め、二つのカーブを描いて上昇してきた。最初のカーブは、おそらくロックフェラーのスタンダード石油等が設立され、化石燃料が大量に生産・消費されたことに起因する。石油および石炭を大量に生産・消費した時代である。
 二つ目のカーブは、化学肥料が1950年に開発されたことにより、人口が爆発的に増加し、CO2排出量が急増したことを表している。かつてアンモニアは生産が困難であったが、ハーバーボッシュ法が開発されて容易に作れるようになった。それによって1950年頃から化学肥料の使用量が増加し、同一の田畑で収穫が7倍程度に増大した。第1のカーブだけではなく、第2のカーブまでも元に戻そうとすると、増加し続ける人口に対策を講じなければならない。しかし実際には、国連でも人口増加について苦言を呈することはできないのが現状である。

CO2排出量の定量的理解

 図4-1と図4-2は、今後のCO2排出量を定量的に理解するために作成したものである。図4-1は、先進国と先進国以外を分けてある。先進国の排出量は最近数年間は横ばいだが、先進国以外はほぼ垂直のカーブを描いて上昇している。それに対して如何なる対策が可能かを定量的に考えてみたい。
 まず、先進国の排出量を横ばいに維持しつつ、先進国以外も先進国と同様横ばいにするという考え方がある。この考え方でも2080年までには、1950年頃から現在までの約2倍の二酸化炭素を排出してしまうことになる(図4-1緑の部分)。これを実現することも容易ではないが、仮に規制等をまったく無視して二酸化炭素を排出してしまうと、近年のトレンドで排出量が増加し気温は4度超に上昇してしまう(図4-1緑と赤の部分)。そうこうする中、2008年に突然ゼロエミッションを世界中で実現しようと言われ始めた。
 それではパリ協定が求めていることは何なのか。その答えは、CO2削減を直ちに推進して2080年にゼロにすることである(図4-2)。明らかに不可能に見えることを、パリ協定は必ず実現するのだと定めている。仮に日本人が主導していたら、結果は異なっていた。西欧人がこのようなことをパリ協定で定めることができたのは、それが「正義」だからだ。1.3 TtCO2と言われるカーボンバジェット(炭素量では350GtC)は、現時点ではすでに時間が経過しているので、その分を差し引くと残りは1.0 TtCO2程度となる。1兆トン以内に抑えれば、どうにかパリ協定の基準を満たすことができる。

IPCC第5次評価報告書の予測

 図5は、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第5次評価報告書(AR5)に掲載されたもので、横軸は1870年頃からの排出量を示し、縦軸は温度の上昇を示している。グレーで示された部分は、CO2だけを示し、茶色はCO2以外の温室効果ガスを含めたものである。RCP2.6のシナリオだと、2050年も2100年もパリ協定がゴールとする2度を下まわる程度で抑えられるが、その達成は非常に難しい。RCP8.5のシナリオだと、2070年~2080年で3度余りの上昇となる。3.5度上昇した頃から石油と天然ガスがやや枯渇する。仮に地球にある石炭をすべて燃焼すると、おそらく6度から7度の気温上昇となる。図中で、3兆トンから5.5兆トンの間を四角で括っているが、この範囲に達するとグリーンランド氷床の臨海が始まり、世界的な大事件となって世界がCO2排出を控える時代になることを示している。化石燃料はCO2限界ということで使用されなくなり余ってしまう。つまり、空腹なのに眼前の美味しい食べ物が食べられないという状況に等しい。

代替エネルギーと低炭素社会の模索

 ところで、化石燃料を使用しないことには大きな問題が内在する。サウジアラビアを中心とした産油国は石油で産業が成り立っているため、石油需要が無くなると自国経済が崩壊してしまう。中東諸国もある程度その問題に気付き始めており、石油に代わる代替エネルギーの輸出について検討し始めている。
 一方、日本の状況も決して楽観視できるものではない。日本は電気のみとはいかず、水素のようなものをある程度使用せざるを得ない。エネルギーは貯蔵できなければリスクが大きく、安定した供給ができないからである。エネルギーを貯蔵するとなると、物質が必要となる。サウジアラビアは日本に対して、石油を水素とCO2に分離した上で、日本がサウジアラビアから水素を買う代わりに、CO2をサウジアラビアの地中に埋める方法を提案している。廃油田にCO2を埋めるなどすれば、比較的息の長いビジネスが成立するかもしれない。1トンあたり30ドル位のコストで可能である。
 CO2を日本で地下に埋めるとなると、最低でも一万円から一万二千円位かかる。その費用を炭素税として徴収するか否かは、今後政治的議論となるであろう。日本の省庁では実際にそれらの問題点を把握して既に動いている。オーストラリアに埋蔵された褐炭(かったん)と呼ばれる低品位の石炭から水素を製造し、その水素を日本に運ぼうとする企業もある。費用については未知数である。

2.「気候正義」が強制する社会

「正義」で納得する西欧人:「最後の審判」

 「気候正義」の理解は、日本人にとっては相当難しい問題である。正義という言葉で自然に納得できる民族とそうでない民族の違いは大きい。まず、「気候正義」という言葉が問題である。「ゴール」という言葉と「目標」という言葉は、日本語では違いがない。その背後には日本人の真面目な性格があるように思う。それに対して西欧人は、「ゴール」と「目標」を使い分ける。先述したように、2.5度程度ならば比較的達成可能性は高いが、2度以内に抑えることは非常に難しい。したがって、もし日本が国連を含めてすべての主導権を握っていたら、目標を2.5度に設定し、それで防ぎきれない部分については資金援助等の支援を行う形で対応するようになるであろう。しかし国際社会はそのような考え方はしない。なぜなら2度推移を「ゴール」と考えるからである。「ゴール」とは、到達することよりも「ゴール」に向かう姿勢を常に持ち続けるところに意味があるのである。
 「ゴール」と「目標」を使い分ける西欧人の思考を分析してみたい。キリスト教をはじめとするいくつかの宗教には、「最後の審判」というものがある。例えば、ルーマニアのヴォロネツ修道院の壁画には最後の審判が描かれていて、上部に神様のような存在がいる。その真下には死体が運ばれる台があり、両脇にいる天使らしき者が何かを告げる。上に上がって行って光の輪を受ける者もいれば、下に落ちてしまう者もいる。つまり天国と地獄しかない。そこでイエス・キリストが最後の審判ですべての人の罪を許し、人類を救済して永遠の生命を実現するとされている。ただし最後の審判がいつ来るかは誰も分からない。3000年後あるいは4000年後に全員が審判台に戻るとも言われている。
 最後の審判の時、人々が審判台に戻る理由は何か。キリスト教では、イエスを通して「義をもってこの世界を裁くための日」を最後の審判の時と説く。最後の審判に備えて義なる行為を行おうという考え方、すなわち「正義」は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など世界の主要な宗教に見られる。それに対して、東アジアの宗教、特に日本の神道のような多神教にはそのような発想がない。世界には「正義」がある国とない国があり、その意味では日本は「正義」がない国なのである。

持続可能な開発目標(SDGs)とは何か

 最近話題になっているSDGs(Sustainable Development Goals)は、日本では「持続可能な開発目標」と訳されているが、「目標」だとgoalではなくtargetを意味することになる。17分類119項目で構成されるSDGsの全体の約3分の1は、「すべての・・・をなくす」などの表現で、絶対にできないことが書かれている。これが国際社会の常識である。これが日本では目標になってしまう。

 図6は、ストックホルム・レジリエンスセンターが最近作成したSDGsの「ウェディングケーキモデル」と言われるものである。西欧社会ではこのようにゴールをレイヤーに分けて盛んに議論が行われているのだが、日本にはこれが容易に普及しない風土がある。日本では議論の内容を並列化するしかできないのである。
 「正義」の達成をめぐって、西欧社会が「富士山型」のアプローチであるとすれば、日本は「八ヶ岳型」である。両者は、登山の開始地点、登山の方法、達成地点等で異なる点が多い。富士山型の西欧社会はどこから登りつめてもほぼ同じ地点に到達できるのに対し、八ヶ岳型の日本社会は登り始める地点によって到達点が異なる。歩く距離や到達地点の標高も違ってくる。八ヶ岳型は意見の多様性が維持されてしまい、既得権益を制限なく主張できる社会が形成される可能性が高い。

3. 日本人が苦手なバックキャスト発想

地球限界と宇宙限界

 バックキャストというのは、望ましい未来から逆算して現在を考えるという方法であり、その背後には、例えばパリ協定が定める未来が本当に実現するかもしれないという期待がある。遠い未来、例えば2050年から逆算して今何を実行すべきかを考えるということである。日本の温暖化対策計画は2040年から逆算するバックキャストの「抜け」が最大の欠陥となっている。地球限界は宇宙限界に拘束されるからだ。つまり、元素がもし現在の3倍程度存在すれば様々な事が可能だが、地球にある元素は限られていて、使用できるのはわずかに9種類程度である。
 では、エネルギーは何種類あるのだろうか。エネルギーも宇宙限界に拘束されるが、まず化石燃料がある。ただし、それを使うとCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)という技術で二酸化炭素を取り出し、地中に埋めなければならない。他には、自然エネルギーだけ、あるいは原子力だけですべて賄うという考え方もある。

広大なEU、狭い日本という限界

 それ以外にも様々な条件があり、その中でもとりわけ国土のサイズの問題は無視できない。EUのサイズは、南北3800 km、東西3000 kmほどある。日本は、東西南北とも1500 kmほどで、狭い上に細い。あまり自由度がない。EUは自然エネルギーだけで賄える。しかもアフリカまでもEUのエリアと認識しているらしく、ケーブル等で自然エネルギーをアフリカからEUに供給する計画がある。EUは全体として、南北4500 km、東西4500 km程度と広大なエリアからエネルギーを確保できるため、自然エネルギーのみで可能だが、一方の日本はその国土の小ささゆえに、自然エネルギーだけでは無理である。
 では、日本のような狭い国で一体何ができるか。化石燃料を輸入して、できたCO2を地下に埋めるというやり方はどうか。日本はCO2を埋める所が無いわけではないが、確実に油田があったところ、天然ガスが取れたところは全国に数カ所ほどしかない。過去の油田等にはおそらく35億トン分位のCO2を埋めることができる。現在日本はCO2を年間13億トン位排出しているので、3年分のCO2を埋めるのに僅かに足りない程度である。したがって、日本で化石燃料を燃焼して発生したCO2をCCSで埋めるという方法は、CO2削減の切り札とはなりえない。また、一度CCSで埋めたCO2は100年間で90%から95%保持することが義務づけられるので、民間企業の時間スケールとは相容れない。したがって、仮に日本でCCSを実施するとしても、特殊法人を設立して行う他ない。

日本にある50Hzと60Hzという2つの国

 現在、世界では、海底ケーブルの開発が進んでいる。特にイギリスは、ノルウェイとの海底ケーブルを建造してノルウェイの水力(電力)を輸入する計画を立てている。日本も同様の計画を立てればよいと思われるかもしれないが、日本には、50Hzと60Hzという2つの国がある。50Hz地域と60Hz地域間の送電能力はわずか300万kW程度で、互いに電力を融通することすらできず、これが大きな障壁となっている。
 電力を直流に変換して海底ケーブルで通すという案もあるが、北海道電力は東京電力が北海道の市場に来ることには反対する。ソフトバンクの孫正義社長は、本州を結ぶことが無理ならロシアのサハリン、ロシア本土、中国、韓国を結んでしまおうと考える。サハリンで天然ガスを採取し、天然ガスを電気に変換して海底ケーブルで送電する。これも一つの方法かもしれない。また、サウジアラビアから水素を何らかの方法で購入し日本に輸送するという方法も考えられるが、その場合は水素をアンモニア等に変換してから輸送する方法をとることになる。

自然エネルギーのポテンシャル

 自然エネルギーの可能性はどうか。日本は風力のポテンシャルがあまりない国である。風力の強い地点は、東日本のうち北海道と伊豆七島くらいである。地熱開発もかなりの進展が期待されるが、地熱のポテンシャルがあるのは北海道と東日本に限られる。自然エネルギーの東西格差は大きく、仮に将来、風力や地熱がエネルギーの主力になった場合、ポテンシャルの低い西日本に産業拠点を置くことは難しくなる。
 いずれにせよ、電気だけでは安定的な電力供給ができないため、物質をいかに貯蔵するかを検討しなければならない。最有力の候補であるアンモニアは、毒性を持つのが難点であるが、それ以外に適当なものが見当たらないのが現状である。エネルギー貯蔵方法の新たな開発が今強く望まれている。
 化学エネルギーについては、効率性を考えると炭化水素が理想である。例えば飛行機のような重量の重いものを飛ばすには炭化水素でなければならず、アルコールでは飛ばない。バイオマスはCO2排出削減に大きく貢献できるが、バイオマスから生成されるエタノールは炭化水素にしなければ飛行機の燃料として利用できないので、CO2からエタノールを生成した方が効率がよい。ただし、それには水素が大量に必要である。水素は太陽電池でいくらでも生成できるので、国土の狭い日本でも実現可能かもしれない。

原子力について

 原子力はどうか。現在再稼動する原発は安全なのだが、安全であるという理由を説明できないところが原子力の課題である。原発は制御棒の挿入程度のことは不測の事態が起きても可能なので、制御棒挿入後は水と電気で冷却すれば安全に停止すると一般社会に向けて宣言できる。しかし、ではどうして福島原発の事故が起きたのかと言われてしまう。日本は原発が安全だと言えない国なのである。天災があまりにも多いので、「人災」というものが許されない。人々は天災には諦めと忘却で対応するが、人災を起こすと絶対に許してくれない。つまり、人災は「穢れ(けがれ)」なのである。この日本の「穢れ」という概念と、ヨーロッパの「最後の審判」は、それぞれ国・地域の特徴を示しているようだ。
 英南西部ヒンクリーポイントでフランス電力が主導で、中国企業が出資する原発2基の新設計画がある。しかし、原子炉1基の建設費用が2兆円以上かかり、融資の面で暗礁に乗り上げている。この例からも分かるように、ヨーロッパおよびアメリカは原子力への依存を縮小する方針を打ち出している。
 ところで、現在の原発は欠陥商品と言わざるを得ない。プルトニウムは、アメリシウム-241同様、人工的につくられる放射能である。天然で存在する元素の中でウラン238が一番重いが、プルトニウムはそれより重い。核融合が起きているからである。今の核分裂技術は不安定な核融合を起こしてから生成物を崩壊させていく方法であり、中性子線を照射していきなり核分裂させるタイプではない。したがって使用済み核燃料の最終処分が非常に困難になる。高速減容炉のようなものを建造して対応することになる。日本が近々持つであろう50トンのプルトニウムはテロに狙われると危険である。
 米国テネシー州のオークリッジ国立研究所は2016年、炭酸水の電気分解によって選択性84%でエタノールが生成され、最高エネルギー効率が63%であったと発表した。日本の光合成技術は世界に遅れをとっていることに気づき始めて、撤退の動きも見られる。

4. イノベーションを起こせない日本人

IoTと様々なイノベーション

 現在、採算性を考慮して様々なイノベーションが提案されている。最近はIoTが一つのキーワードになっている。IoTは、Internet of Thingsの略で、センサーやデバイスといった「モノ」がインターネットを通じてクラウドやサーバーに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。あらゆるものがインターネットに繋がる。IoTもイノベーションの一つであり、今後はこれをエネルギーに結び付けていくことになる。
 まず認識しなければならないことは、日本は将来的にエネルギーをふんだんに使用できる国にはならないという事実である。常に輸入に頼らざるを得ず、エネルギー不足と常に隣り合わせの状況となる。そうなると、電気を無駄に使用すれば電気料率が上がり、節電が認定されると下がるシステムも導入されるだろう。開発には困難な課題も多いであろうが、エネルギー効率を高める素材を大量生産に繋げなければならない。
 また、パリ協定は5年毎に査察が行われる。最初の査察が2023年である。既に2030年目標はあるので、その時に2035年目標を設定することになる。2023年頃にはおそらく環境税が出てくる。いま日本では小型の石炭発電所を数多く建設する企業が出てきている。石炭発電だとコストがキロワット5円程度で済むので、ビジネスとしての将来性は十分ある。ただしこの先、規制が徐々に厳格化されると思われるので、いつまでビジネスとして継続できるかは不透明である。次の査察を迎える2028年に向けて規制は益々厳しくなるであろう。原発の再稼動は全面的に行われるが、40年事業が60年事業に延びたとしても、現在の原発は姿を消していく。その後、新しい原発を建設することは、「穢れ」の点で無理であるというのが私の予想である。原発が姿を消した後は、CCSをやることになるであろう。

自動車―EV・水素自動車・FCV―

 自動車について述べる。トランプ大統領を支持しているのは、米国でも大陸の中央地域のみで、東海岸と西海岸沿いの人々は支持していない。まったく違うカルチャーをもつ。例えば、カリフォルニアは2018年に厳格な排ガス規制を施行するため、トヨタでさえカリフォルニアでバッテリーEVを販売することになる。しかし、自動車をEVだけに依存するのは難しい事情がある。テスラは現在さほど売れているとは言い難い状況だが、テスラがアメリカで3台目の車として購入されていることは日本ではあまり知られていない。1台目の自動車、つまり旅車として電気自動車は欠陥品なのである。どんなに急いでも充電には1時間かかってしまうからである。ドイツ国内ではすでに 800V で充電可能な充電スタンドがアウトバーン沿いに設置され始めている。果たして日本で800Vでの充電は可能だろうか。
 では水素自動車は本命なのだろうか。問題はそれほど簡単ではない。日本の技術は、他国が真似できない特異性を有しているからである。プリウスは世界的に売れているが、それは乗用車としてではなく、主にタクシーとしてである。アメリカでは乗用車として売れているものの、ヨーロッパではタクシーとしての需要しかない。プリウスが売れない理由は、制御ソフトが1億行もあるためである。簡単にプログラミングができないので他国では製造できない。その結果、世界で孤立してしまう。
 FCV(燃料電池自動車)のコスト増大の要因になっているのが「白金触媒」で、白金(Pt)の使用量を低減すべきだと言われているが、廃車後に白金をきちんと回収すればコストは安く抑えられる。製造が困難だという意見が一部にあったが、そのような問題点は克服されつつある。そうなると水素を燃料とするFCVの将来性は再び高まるかもしれない。プリウス方式でないタイプを考えられるかどうかが課題だ。
 トラックもなかなか難しい問題を孕んでいる。トラックやバスは航続距離が長くなければならないが、充電時間が長くかかっては困る。合成液体燃料もあるが、ガスや固体状の炭素を液体燃料に加工する工程自体がエネルギー消費を必要とするため、炭素分の環境への放出が増加するとの懸念がある。FCVを使用するにしても、かなり出力の高いものでなければならない。
 水素はガソリンと同じくらいの給油スピードがあるので、将来的には期待に応えられるかもしれない。バルト三国、ロシア、中国の街中ではトロリーバスが運行している。バスに設置されたパンタグラフを上げて街中に張りめぐらされた架線から充電をする仕組みである。
 蓄電池はリチウムだけではない。様々なものが出てくるだろう。リチウム電池はよくできているが、どうしても発火リスクが残ることが難点である。
 また、CO2の排出が規制されれば、包装業界は何を使用して対応するのだろうか。さらに、オフィス器具なども多くはプラスチックでできている。自動車のボディーをプラスチックで製造した場合、1台あたりのCCSの費用を計算すると7000円~8000円になる。その程度の額ならば自動車代金に上乗せするなどして十分に対応できる。

5. 政治家にとっての「環境」

政治的に利用される環境問題

 安倍首相は2007年、2050年までにCO2を80%削減すると公式な場で発言している。首相就任半年後の2007年1月、安倍首相がドイツを訪問してメルケル首相に会った際、CO2削減についての発言を求められたそうだ。その後、2050年までに80%削減するとの発表がなされた。そのときの公約が今も生きている。いずれにしても、政治家にとって環境とは何なのかと考えさせられる。
 例えば、豊洲の問題では環境基準が何かを明らかにしないまま、環境基準を満たしていないから駄目だという話を小池都知事はした。環境基準は環境基本法に明文化されていて、実現すべき目標だとされている。あくまでも将来の目標である。環境大臣を務めた小池都知事がそれを承知していないはずがない。豊洲と築地が安全か否かについては、豊洲は完全に閉鎖系で、HACCPという安全基準を完全に満たしているのに対して、築地はオープンで衛生上の問題が多い。
 トランプ大統領は「気候変動はでっち上げだ」と言っているが、これは明らかに無知無教養が原因だ。気候変動の説明はさほど難しいものではない。ただし、温暖化を本格的に説明するとなると困難を極める。トランプ大統領には炭鉱労働者が多く投票しているので、そこに報いたいという気持ちが動機となって石炭優遇策などを打出しているようだ。そういう意味では非常に誠実なのかもしれない。アメリカでもグローバル企業はパリ協定を重視している。しかもグローバル企業は米国の東端と西端にあるので、パリ協定を離脱した影響を心配することは不要であろう。

炭素税を導入すべき

 日本は低炭素社会、さらにはゼロエミッションを見据えて何をすべきか。昔は贅沢税=物品税というものがあったが、消費税とは消費を抑制するための税である。税金は抑制するためのものだからだ。そうだとすれば、消費税を増税しながら国のGDPが上がるのを期待するのは矛盾である。そう考えると、消費税ではなく炭素税を導入すべきであろう。新技術の開発あるいはイノベーションによらなければパリ協定を実現できないのだから、炭素税を導入しつつ、新技術の開発、イノベーションの創出をすべきである。
 炭素税の税額は、現在の特別会計だと289円/tCO2と極めて低い水準になる。3,000円/tCO2程度で導入すべきだと思う。いわゆる石油税(揮発油税)は1キロリットル(=1,000リットル)あたり48,600円と高額である。世界で最も高い炭素税1,120SEK/tCO2(約16,000円)を有するスウェーデンでは、1991年に環境税制改革を行い、税収中立の観点から、炭素税等による増収分を法人税率の大幅な引き下げに充てることで、企業の負担軽減を図っている。このような取組みはフィンランドやカナダにおいても実施されている。フランスは2030年までにスウェーデンと同程度の税金にすることを目指している。

 最後に、図7のような持続可能性のピラミッドを描くと、その頂点にあるのが家族であり、企業である。その下が地域や国家、さらにその土台となっているのが地球の資源の持続可能な使い方であり、気候変動対策や生物多様性保全を確立することである。基本的な条件が満たされない限り、地域や国家の持続可能性はなく、当然、家族・企業の持続可能性もない。家族が機能し人々が幸福になるには、一番底辺にある気候変動対策をしっかりと整備する必要がある。

(本稿は、2017年7月27日に開催した「第2回ICUS懇談会」における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
安井 至 一般財団法人 持続性推進機構理事長
著者プロフィール
1945年東京都生まれ。東京大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。東京大学工学部助手、同講師、東京大学生産技術研究所助教授、同教授、国連大学副学長などを歴任。現在、東京大学名誉教授、一般財団法人持続性推進機構理事長。環境省中央環境審議会委員、経産省資源エネルギー庁原子力小委員会委員長なども務める。専門は無機材料化学、環境科学、産学共同研究。

関連記事

  • 2024年3月7日 グローバルイシュー・平和構築

    生物多様性の経済学(ダスグプタ・レビュー)の概要紹介と都市緑地の活用事例

  • 2019年6月28日 グローバルイシュー・平和構築

    海洋と沿岸域の総合的な管理に向けて

  • 2016年9月26日 政策オピニオン

    海洋における生物資源管理・環境保全の国際協力 ―東アジアと南極海の事例を踏まえて―

  • 2015年10月1日 家庭基盤充実

    家族保護のための民法改正への提言 ―家族保護のための民法改正への提言―

  • 2019年8月20日 グローバルイシュー・平和構築

    我々はなぜいまだに環境問題を完全に解決できないでいるのか

  • 2014年11月7日 グローバルイシュー・平和構築

    宗教と平和構築 ―国際システムの中に宗教の「良心」と「英知」を反映させるには―