変化する台湾・香港政治情勢と中国の北朝鮮工作

変化する台湾・香港政治情勢と中国の北朝鮮工作

2017年8月22日

1.グローバルな問題を考える視点

(1)現代国家の類型分類
 本題に入る前に、中国という国家をどう認識すべきかを考える手助けとして、世界の国々をいくつかの類型に分けてみたい。
 ①「近代化」した「政教分離」の国
 このタイプは主として多くの先進国群であるが、「近代化」の中身としては、近代的資本主義、議会制民主主義、近代法などが実施されていることだ。そして基本的には政教分離を原則とする。この点は米国やヨーロッパの各国を比較しても分かるように濃淡があって、これは絶対的な要件とはしない。
 ②「前近代」を色濃く残したロシア帝国と中華帝国
 ロシア帝国と中国帝国が復活したのには、米国のパワー・影響力が相対的に衰退傾向にあることが背景にある。そしてこれら2カ国は、近現代を通して形成された欧米中心の世界秩序(現状維持勢力)を打破しようと対抗している。そのため両国は、国際法を守らないことがしばしば見られる。例えば、ロシアによるウクライナ(とくにクリミア半島)への軍事介入や、中国による日本の尖閣諸島や東南アジアの西沙諸島・南沙諸島などへの進出と領有権の主張などである。
 よく中露関係は親密だと言われるが、実際はそれほど単純ではない。ロシアは、年間100万人とも言われる中国人が極東ロシア地域に流入してきていることに脅威を感じている。双方とも(潜在的に)互いに嫌悪の感情を持つ。
 ③「政教一致」のイスラーム世界
 イスラーム主義者の多くは「近代化」とは神から離れることであるから、それはすなわち「堕落」だと考え、近代化を拒否する傾向が見られる。そのためイスラーム法(シャリーア)は近代化と相性が悪い。またイスラームという宗教を基礎とする社会は国民国家としての「ナショナリズム」は余り根付いていないように見える。
 ④その他の国々

(2)核拡散問題
 現在の核保有国は、国連常任理事国P5(米・英・仏・中・露)のほかに、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル(NPT非批准国)がある。この中では中国と北朝鮮が裏でしっかり繋がっており、北朝鮮の核問題の解決は容易ではない。
 その他に核開発が濃厚だとされる国はイランとシリアであるが、シリアは疑問符がつく。そして現在、核保有を将来に向けて考えている(と思われる)国としては、日本、韓国、台湾がある。台湾は、かつて事実として核開発を進めようとしたことがあり、米国の圧力で保有を断念した。

(3)米国の生き残り戦略
 トランプ大統領は、選挙戦のころからAmerica Firstを叫んできたが、その意味は自国の生き残りを第一にするという考えだ。しかしよく考えてみれば、どの国も程度の差こそあれ、国益を第一に追求しているわけで、トランプ大統領はそれをことさら声高に叫んでいるために目立っていると見ることもできよう。
 ここでトランプ大統領の考える利益の優先順位を見てみると、自国優先に続くものとしては、エシュロン(注:米国を中心に構築された軍事目的の通信傍受システム)の英語圏5カ国(米・英・加・豪・NZ)だろう。英語という言語を共通とする国々は、情報面でも共有するところがあり、その生き残りは優先度が高いだろう。それに続くのは、EU等白人の国々、そして日本などの同盟国となると思われる。そうだとすれば、日米同盟はさしあたり有効といえる。
 米国の当面の敵国は、第一がIS(イスラーム国)、その次に中国、北朝鮮と思われるが、戦後の歴史的経緯を見ると、潜在力(技術力など)の観点から言えば、日本やドイツも完全に排除されているとは言えないのではないか(潜在的敵国?)。
 米中関係についていうと、トランプ政権が本気で中国・北朝鮮を崩壊させるつもりならば、それに反比例して台湾の重要性が高まるに違いない。そのときに米国は「一つの中国」政策をやめて台湾に傾く可能性もある。その場合は、米国・日本・台湾・韓国と中国・北朝鮮という対立構造になるのではないかと思われる。
 2016年秋にトランプ候補は、大統領選挙に勝利した直後の12月に台湾の蔡英文総統との電話会談を行ったが、これは1979年の米国と中華民国の国交断絶以来のことだ。そして両者は、「経済、政治、安全保障での緊密な関係が台湾と米国との間にある」ことを確認した。これは事前に用意周到な準備してやったことだった。
 ただトランプ政権のこれまでの政治運営をみると、そのブレインが次々と変わっていることもあり、政策予測がなかなか難しいところがある。もし米国の国家意思があるとすれば、やがて中国イジメが始まる可能性も否定できない。

2.台湾に関する常識への疑問

(1)「一つの中国」
 中国人以外、世界の誰が見ても「一つの中国」ではなく、「一つの中国、一つの台湾」である。「両岸の中国人」(=中国共産党と国民党の一部)だけが、いまだにその<虚構(フィクション)>に固執している。かつて、蒋介石政権がその正統性を主張するために「一つの中国」を主張したが、それならまだ理解できなくもないが、21世紀の現在において、どう考えてみても「一つの中国」というのは現実とかけ離れている。なぜ、われわれはそのような実態と異なる<虚構>にいつまでも付き合わなければならないのか。

(2)「台湾独立」
 一般に「台湾独立」というと、中華人民共和国(の支配)からの独立という意味に解していると思うが、現実を直視するとそうとは言えない。というのも、台湾は現実に中華人民共和国によって支配されているわけではなく、独立した国家であり、一体どこから独立するというのか。
 例えば、東ティモールはインドネシア共和国の支配から独立し(2002年)、南スーダンはスーダン共和国から分離独立した(2011年)。チベットが中国から独立するのならわかるが、台湾はそういうことには決してならない。
 それではもともとの「台湾独立」の意味は何なのか。元来、台湾の「党外」(=国民党以外)人士による(蒋介石・蒋経國父子支配下の)「中華民国体制」から「独立」することをそう呼んでいた。ところが、いつの間にか今では、なぜか中華人民共和国からの「独立」の意味にすり替えられてしまった。ほんの僅かでも中国共産党(中華人民共和国)が台湾を支配しているならばそう言えなくもないが、実際、台湾が(台湾を実質的に支配していない)中国から「独立」することは、論理的にあり得ない。

(3)「両岸の中国人」(=両岸同胞)
 台湾の住民をその出自によって割合を見ると下記のとおりだ。
 ・台湾人(本省人)   84%
 ・台湾原住民      2%
 ・在台中国人(外省人) 14%
 いわゆる「中国人」(外省人)は14%しかいない。台湾人と外省人との違いは何かというと、台湾人はどちらかというと(民族的には)ベトナム人(⇒古代の越人)に近い人々ではあるが、文化的に見ると漢族としてほぼ似たような文化を持っている。最大の問題は、台湾人が「台湾化」したということ、つまり大陸の中国人と台湾人とは考え方が全くといっていいほど隔たってしまったのである。例えば、中国人の特徴と言われる中華思想をもつ台湾人はほとんどいない。せいぜい客家系の人々くらいだ。
 こうした歴史的経緯を経た台湾の実体を見たときに、中国共産党が主張する「両岸の中国人」との表現は、ミスリーディングな言い方といえる。

(4)「台湾は国家ではない」
 かつて2004年に、パウエル米国務長官(当時)は、香港のテレビとのインタビューで「(台湾は)国家としての主権を享受していない」と言った。
 そもそも国家とは何か。一般に国家の要件として①領土、②国民、③合法的政府、④主権(外交権)などが挙げられるが、台湾はその要件を満たしている。そして世界の20カ国とも国交を持っている(2017年6月現在)。
 米国は1978年末まで、中華民国を「国家」として承認してきた。ところが、翌79年1月1日から、台湾が突然「国家」でなくなってしまった。米国が一体どのような論理でそう決めたのか、全く理解できない。

3.台湾情勢

(1)2016年総統および立法委員選挙
 2016年1月に実施された中華民国総統選挙と第9回中華民国立法委員選挙の結果は、表の通りだ。

表1 台湾総統選挙結果
表2 台湾立法委員選挙結果

 台湾選挙を見る視点をいくつか紹介したい。
 まず今回の総統選挙に出馬した3人の候補者は全員、「博士」号を持っている。台湾では「博士号」を持っていると人々から<神様>のように見られるほどの「学歴重視社会」だ。例えば、2015年7月に今度の総統選挙に向けて国民党の立候補者として最初上がった洪秀柱(女性)は、同年秋には立候補の資格を停止され、急遽朱立倫が候補者となった経緯がある。その背景には洪秀柱が博士号をもっていなかったからだともいわれている。
 次に立法委員選挙で注目されたのは、新政党「時代力量」が5議席を獲得したことだ。「時代力量」の代表を務める林昶佐(41歳)は、ヘビーメタル・バンド「ソニック(ChthoniC)閃靈樂團」の代表でもありフレディ・リムとしても名高い人物だ。
 2016年の選挙で民進党が大勝した理由を考察してみる。基本的には、国民党の「オウンゴール」の結果といえる。
 まず、馬英九前総統は、その政権末期には支持率が10%前後と低迷し、国民に人気がなかった上、国民党内において馬英九総統と王金平立法院長との間で確執があり国民からそっぽを向かれた。すでに述べたように、国民党の総統候補者選びの過程で、洪秀柱が正式な候補者とされたにもかかわらず(2015年7月)、同年10月には朱立倫が洪秀柱を引き摺り下ろして自らが総統候補となるなど迷走した。
 そして馬英九政権は、中台統一を考えていたといわれるように、「中国一辺倒」の経済政策(参考:対中貿易依存度が世界第2位)を推進したために、中国の景気がいいときは良かったのだが中国経済が減速局面に入るとその余波を受けて台湾経済も悪化することになった。経済の悪化が選挙結果にマイナスの影響を与えることになった。

(2)旧メディアと新メディア
 今回の選挙では、世界的傾向と同じくSNSなど新メディアが大きな役割を果たしたことを指摘したい。
 永年政権党を担ってきた国民党は、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などの旧メディアといわれる媒体のほとんどを直接・間接に支配して、ある意味では台湾人を(メディアを通して)「洗脳」してきたといえる。ところが近年SNSなどの新メディアが急速に発達したことで、旧メディアを通した国民党の「洗脳」を受けていない若者世代が台頭して来た。数年前の「ひまわり学生運動」はその象徴的なものだった。
 彼らの考え方は、中高年層とはかなり違っており、「新人類」が誕生したといっても過言でないほどだ。この世代の特徴は、まず自分を大事に考え自分が大好きで、その延長として自分の生まれ育った地域、そして国(台湾)が大好きな人間となる。その結果、「台湾人」としてのアイデンティティを強く持つようになって「台湾人意識」が拡大することになった。
 ちなみに、英国から返還された香港では香港独立を叫ぶことはこれまで考えられなかった。ところがSNSの影響だと思われるが、最近では香港でも「香港独立」を叫ぶ若者が現れ始めたのである。これまで香港ではそういう動きはほとんど見られなかったことを考えると、劇的な変化といえる。
 台湾における新世代が誕生することで、旧来の手法であった選挙買収(「買票」)が通用しなくなったことも大きかった。しかも国民党や中国共産党の選挙資金が少なくなったために「買票」ができなくなったことも付け加えておきたい。

(3)韓国芸能界で活躍する台湾アイドル周子瑜謝罪事件
 総統選挙の前年(2015年11月)、韓国のガールズユニット「TWICE」のメンバーの一員で、台湾出身の女性アイドル周子瑜(ツゥイ、当時16歳)が同じメンバーと一緒に出演した韓国のバラエティー番組での行為が論争を引き起こした。同番組では、各メンバーが自分の国の国旗を持つシーンが放映されたが、彼女は台湾(中華民国)の旗「青天白日満地紅旗」を振った。ところが、それを台湾出身で中国で活躍するある歌手が「ツゥイが台湾独立運動を支持している」と批判。中国のファンからも批判が殺到して、最終的に所属プロダクションの釈明と共にツゥイ自身もYouTube上に謝罪動画を投稿することになった。韓国としては中国における活動制限を受けては困るという意識が働いたと思われる。
 この事件は、台湾島内での中国共産党に対する嫌悪感の増大に繋がり、中国共産党寄りの国民党には(選挙戦において)不利に作用したと思われる。
 近年の政治状況を考慮すると、今後よほどのことがない限り、国民党の政権復帰は困難だと思われる。

4.香港情勢

(1)立法会選挙
 2016年9月4日、香港で立法会選挙が行われた。本来なら新選挙制度で行うはずだったのだが、議会で新選挙法が成立しなかったために、旧制度で行われた。合計議席70の内訳は次のとおり。
・職能団体(28)から30議席
・香港5地区(香港島6、九龍東5、九龍西6、新界東9、新界西9)から35議席
・区会議員から5議席
 このうち香港5地区と区会議員は比例代表制(拘束名簿式、最大剰余方式)で選出。
 投票率は58.3%(前回比5%増)で史上最高だった。香港の選挙制度は事前登録制で、有権者は事前の登録が必要される。今回、61歳以上の有権者が110万人以上登録したが、とくに66-70歳の有権者が前回と比べ60%(約10万人)以上も登録を行った。もしかするとこの多くの中高年者が「建制派」(親中派)を支持しているのかもしれない。反対に、18-20歳の若者は、14%(約2万人)以上、登録が減少した。恐らく、SNSと共に育った多くの若者は一般に郷土愛が強いので、急進的な候補者に投票したと思われる。
 選挙結果は別表のとおり。

表3 香港立法会選挙結果

 立法会では、今まで通り「建制派」が多数を占めたが、重要法案を成立させるためには全議席の三分の二以上の賛成(47)が必要である。逆に言えば、「泛民主派」が24議席以上を占めれば、その重要法案通過を阻止できることになる。
 いくつか特筆すべき点を紹介する。
①よく知られているように、28の職能団体(主として「建制派」が多い)の定数は30議席だが、無投票で当選した議員が12人もいた。漁農業界からは2人が立候補したが、たった98票で当選し、航運交通界でも2人が立候補し126票で当選した。
②2014年の「雨傘革命」を主導した「香港衆志」(デモシスト)の羅冠聰は、5万票を獲得して、23歳の史上最年少の若さで当選した。また「民主自決」を唱える朱凱迪(「土地正義連盟」)は、地方区で8万4000票余りを獲得し、35人の当選議員中、最高得票となった。
③九龍西区では、当選した6人全員が女性。偶然にしても珍しいことだ。その中で、「小麗民主教室」の劉小麗と「青年新政」の游蕙禎(史上最年少女性議員)は、「雨傘革命」と関係が深い。
④その後、羅冠聰と游蕙禎は、議員宣誓の仕方が悪いとして議員資格停止となった。

5.中朝関係をどう読み解くか

(1)中朝関係を見るポイント
 北朝鮮問題を論ずるときに、中朝関係が重要ファクターとして取り上げられるが、そのとき「中国はこうだ」と中国をひとくくりにして解説する専門家が非常に多い。しかし、中朝関係の実体に迫った分析をしようとすれば、中国内のどの勢力(「太子党」「上海閥」「共青団」など)との関係が深いかをよく見なければ真実は見えてこない。
 そもそも中国東北部と北朝鮮を別々に考えることは、その実体の関係を見誤ることになる。中国東北部(旧満洲)と北朝鮮は、ほぼ「一体化」しているといわれるほどに密接に結びついている。
 昨年(2016年)中国の軍区は、7大軍区から5戦区に再編された。北朝鮮に接するのは、北部戦区(旧瀋陽軍区=黒龍江省・吉林省・遼寧省、プラス内モンゴル自治区、山東省)であるが、旧瀋陽軍区は上海閥である江沢民系の影響が強く、上海閥と北朝鮮との関係は非常に深い。
 かつて朝鮮戦争(1950-53年)のとき、「中国志願軍」(実際は正規軍)が鴨緑江を越えて参戦したが、その大半は朝鮮族の兵士だった。そもそも北朝鮮と接する吉林省には延吉を中心とする延辺朝鮮族自治州があってそこには朝鮮族が多く住んでいる。「中国志願軍」の多くが、休戦協定の後、中国に戻らずに北朝鮮にとどまった。そのため中朝の人民関係は緊密化しているのである。
 また、北朝鮮の核・ミサイル開発が急速に進歩している背景にはさまざまな要因があるが、中国との関係で言えば、中国側が北朝鮮の技術員を中国に呼んで学ばせ、その後、北朝鮮に戻しているということが指摘されている。

(2)北朝鮮情勢と中国の工作
 上海閥の大番頭といわれた周永康(第17期中国共産党中央政治局常務委員、2015年6月無期懲役刑を受けた)が、2010年10月9日~11日にかけて、朝鮮労働党創建65周年記念行事に参加するために訪朝し、金正日総書記(当時)と4回会談した。そのとき、周永康は中国がいかに金正男を厚遇しているかを金正日総書記に密告した。つまり中国が金正男を通じて北朝鮮をコントロールしようとしていることを伝えたのであった。それを聞いた金正日総書記は、長男の金正男を自分の後継者として立てた場合、中国にいいように利用されるのではないかと恐れ、彼は次期後継者として三男の金正恩を任命したと思われる。
 ちなみに、2001年5月、金正男は新東京国際空港(成田)で東京入国管理局成田空港支局に拘束されるというできごとがあった。これは金正日の次男、三男の母親である高英姫(在日コリアン)が長男の正男を陥れようと図ったのかもしれない。
 そして2015年10月10日、北朝鮮の平壌市金日成広場で朝鮮労働党創建70周年記念行事が行われたが、習近平主席は李源潮国家副主席を派遣する予定にしていた。ところが金正恩第一書記(当時)は上海閥の劉雲山(第18期中国共産党中央政治局常務委員)を逆指名したといわれる。
 中国東北部・遼寧省出身の軍人・徐才厚(党中央軍事委員会副主席、1943-2015年)は「東北のトラ」と呼ばれ、旧瀋陽軍区(現・北部戦区)に強い影響力を持っていた。(上海閥の影響下にある)旧瀋陽軍区は、金正恩政権を支えていると見られ、上海閥は金正恩党委員長を使って習近平政権を脅しているとの見方もできる。
 また2016年9月、丹東鴻祥実業発展有限公司(馬暁紅・董事長)が北朝鮮に核関連物質を売却していることが明らかになった。馬暁紅代表は、上海閥が牛耳っていた中国共産党中央対外連絡部(中連部)に属していた。「中連部」は、外交部(外務省)の裏部隊もといわれ、組織は外交部と瓜二つで党外交を推進する組織だ。つまり表は民間の企業が北朝鮮に核関連物質を売却していたのだが、実体は上海閥がやっていたということになる。
 最近の話題では、2017年2月13日、金正男がマレーシアのクアラルンプール空港で北朝鮮の工作員によって暗殺されるという事件が起きた。周知のように身の危険があることを察知していたはずの金正男は、なぜ一人で行動していたのかという疑問が残る。しかも中国政府のボディガードが付くのを断っていたという。
 一説によると、マレーシアに(北朝鮮による美人局かとも思われる)新しい愛人がいたといわれている。ちなみに金正男は、中国政府の保護下で北京とマカオに住居を持ち、少なくとも4人の妻妾と暮らしていたとされる。そして彼は北朝鮮のファミリービジネスや金庫番を担当していたと見られる。
 問題は、金正男の長男で金韓松(キム・ハンソル)だ。彼は金正日の直系の孫に当たるわけで、金正恩党委員長は次のターゲットとして彼を狙う可能性がある。そのため金韓松は、米国・中国・オランダ・台湾などが支援して既に亡命したとされる。
 また2012年夏に、(金正恩体制のナンバー2と見られていた)張成沢(金正日の妹=金敬姫の夫)が、胡錦濤主席と会見した際、三男の金正恩(母親は在日コリアンの高英姫)排し、長男の金正男(母親は成惠琳)をトップに据えたいと伝えたといわれる(宮廷クーデタ未遂)。その内容を耳にした周永康がその秘密会談の内容を金正恩党委員長に知らせたので、怒った金正恩第一書記は翌2013年12月張成沢を処刑するとともに、金正男の殺害計画を実行に移すようになったとされる。
 北朝鮮の今日の姿は、中国との長年の深い関係の中から形成されたものであるが、「中国」とひとくくりにして捉えてしまうと北朝鮮の政治動向を正確に分析できない。中国国内の派閥対立など内部構造との関係も分析ファクターとして取り入れることで、北朝鮮情勢の全体像が明確になってくると思われる。

(本稿は、2017年5月31日に開催した政策研究会における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策レポート
澁谷 司 拓殖大学海外事情研究所教授
著者プロフィール
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学・亜細亜大学講師などを経て、2004-05年に台湾・明道管理学院(現、明道大学)で教佃をとり、現在、拓殖大学海外事情研究所教授。この間、同大学海外事情研究所附属華僑研究センター長を務めた。専攻は、現代中国政治、中台関係論、東南アジア国際関係論。主な著書に、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊」』『人が死滅する中国汚染大陸』ほか。

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