中国の海軍戦略と日本の安全保障

中国の海軍戦略と日本の安全保障

2011年7月29日

1.国際社会における中国の現状

 近年、中国の急台頭と国威発揚が著しく、それに伴う国際社会とのさまざまな軋轢や問題が起きている。このような中国の背景には「過信」とその裏腹にコンプレックスがあるように見える。

(1)国威発揚の裏事情

 一般に中国は「力の信奉者」だといわれる。かつての清朝は世界に冠たる帝国であり、中国の学者の研究によれば、清朝のGDPは世界の30%(当時)を占めていたといわれる。その自信の上に立っていた清朝はアヘン戦争で英国に負けたが、それは中国人にとって「驚天動地」のようなできごとであった。その後の100年間はまさに苦渋に満ちた、半植民地状態の歴史であった。その中で中国人が学んだことは、力がなければやられる、力がすべてだという教訓であった。
 辛亥革命のあと国民党政権が誕生し、国共内戦を経て1949年中華人民共和国が成立した。成立直後の中国に対するイメージは、「貧しい、遅れた国、共産党圧政」などであった。しかし78年の「中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議」を契機として、中国は経済建設を最優先する方向に大きく政策転換した。すなわち、鄧小平主導の改革開放政策は、社会主義市場経済による今日の中国の経済発展をもたらした。ここで中国人はやっと、自信のようなものを持ち始めた。それゆえ北京オリンピック(2008年)ならびに上海万博(2010年)の成功は、彼らにとってはひとしおの感慨となり、自信がさらに過信へとつながっていった。
 中国がなぜかくも強面に対外的に乗り出してくるのかを理解するには、こうした屈辱感をリバウンドした優越感の背景を踏まえて中国の行動を見る必要がある。
 6400万人を集めた大阪万博(1970年)は、これまでの万博における成功例とされてきた。そこで中国は、昨年の上海万博においてその数字を凌駕することを目標とし、最終的に7300万人を集めた。「上海万博について何を狙いとしたのか?」と中国人に聞いてみると、「中国の発展した国威を世界に示し、中国人を新しい世界的なレベルに引き上げることだ」といっていた。
 今年1月の胡錦濤訪米では、初めて国賓待遇を受けた。このとき中国が米国に求めたものは、対等な扱いであった。総合的に国力の実質を見れば、米中が対等とはいえないのだが、胡錦濤は自国民に対して米中対等というパフォーマンスを示さなければならない裏事情があった。

(2)経済の急成長

 米国発リーマン・ショックという世界的金融危機(2008年)に対して、多くの国は今なお経済不況に苦しんでいる。金融危機直後の08年11月にワシントンで開催されたG20は、G8に代わる経済サミットになり、その場で胡錦濤は57兆円規模(GDPの4%)の内需拡大政策を発表した。日米も経済回復に努力したものの、それをはるかに凌駕する額を中国は投入したのである。ある意味で、共産党主導体制の効率性を示したとも言える。その結果、2009年に中国は、10.7%の経済成長を達成し、V字型回復を遂げたのである。今日、中国は「景気回復の機関車」とさえ言われるようになった。こうした経済成長をもとに溜め込んだ外貨は3兆ドルに達し、そのうち1兆ドルで米国債を買い最大の「株主」になっている。

(3)急激な海洋進出

 近年の大きな特色は、中国の海洋進出である。その事例として三つほど挙げてみる。
 2010年4月10日、キロ級潜水艦2隻を含む約10隻の艦隊が沖ノ鳥島海域を抜け出て西太平洋域に進出し訓練を実施した。これらの監視に当たった海自・護衛艦に対して中国海軍艦載ヘリが異常接近する事態も発生し、外務省は抗議をした(参考:「ビューポイント」“遺憾な中国艦隊の危険行動” 『世界日報』2010年5月27日付)。さらに11年6月にも11隻の中国艦隊が南西諸島を通過するなど、このような状況が常態化していることがうかがわれる。
 二つ目は、海洋を巡る米中の角逐である。西太平洋域に進出した中国艦隊は、米艦隊との接触事故が増えている。昨年春の北朝鮮による韓国哨戒艦天安号撃沈事件の後、北朝鮮に対する中国の行動は理解に苦しむものであった。米韓は10年7月に黄海において米韓合同軍事演習を行ない北朝鮮に対するプレゼンスを示そうとしたのだが、中国は青島基地など自国の玄関先での米軍が関わる演習に反対を表明した。米国はあっさりそれを受けて黄海演習を止め日本海での演習に変更した。後にその理由を米国の軍関係者に聞いたことがあったが、彼は「あれは自主的に変更したのだ。しかし中国の攻勢に対してはいつでも押さえ込む体勢ができており、気概において問題ない」と答えたのを記憶している。ここには米中の「二重外交」があるように見受けられる。ただし、同年11月に延坪島砲撃事件があり、その直後の米韓合同軍事演習は黄海で行なわれた。
 米中間の海洋を巡る角逐としては、10年7月のアセアン地域フォーラムの会合で(ベトナム・ハノイ)、公海の自由航行に関して米中間で激しいつばぜり合いもあった(参考:「ビューポイント」“米韓演習を巡る米中の角逐” 『世界日報』2010年8月18日付)。
 三つ目は、10年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件である。この事件については既に多くの論評があるが、結論的に言えば、この事件に関して日本の対応は、不自然な形(外圧に屈したような形)での中国漁船船長の釈放に見られるように、全くいいところがなかった。ちなみに中国側も船長の奪回など戦術的には勝利したように見えたが、その自己中心的強引な手法が世界から顰蹙を買い、信を失うという戦略的には敗北したといえよう。しかし、この事件を通して、普天間問題で漂流しかけた日米安保体制が再確認されるなど「まぐれ的成果」もあった(参考:「ビューポイント」“尖閣で突発した摩擦の教訓” 『世界日報』2010年10月18日付)。

2.海洋大国を主張する中国の狙いと背景

(1)海洋進出の経緯

 中国はユーラシア大陸の東端を占める大国で、面積は日本の26倍の960万平方キロメートルをもちながらも、国土の生産性は非常に低い。中国の地図を見ればよく分かるが、緑色に塗られた部分は東の一部(三分の一程度)で、降水量の少ない高原や岩山が大半を占め、耕地は約7%しかない。そこに世界人口の20%を占める13億人が住む。そのような多くの国民を僅かな耕地からの生産物で養わなければならないという宿命を中国は抱えている。そのような条件を勘案すれば、彼らが海洋資源を求めることは生存のための必須条件であり、その延長線上に海洋大国を主張し、実際に進出し始めたと見てよかろう。
 中国は、1万8000キロメートルの海岸線、6000の島、300万平方キロメートルの排他的経済水域を持つ。歴史的にみれば、15世紀、明朝時代の鄭和は大艦隊を率いてアフリカ東海岸まで交易を求めて遠征した。清朝時代は鎖国政策を取ってはいたものの、海賊や密貿易が蔓延するなど、海洋に関するある種の「完熟さ」をもっていた。清朝末期の西太后の時代には、巨大な海軍建造を行い、当時の最優秀戦艦を保有したこともあった。
次に、人民中国成立以後の海洋展開を概観してみる。
 前半の毛沢東時代は、急進的な革命路線が展開され(人民公社制度、文化大革命など)、目を外に向ける余裕がなかった。それまで冷戦下で米ソ両大国を敵に回すという常時臨戦態勢にあった中国だが、72年ニクソン訪中と米中国交回復を契機に、対外関係に余裕が出てきた。米国が中国と裏で手打ちをしてベトナム戦争から手を引き始めると、中国はベトナムが領有していた西沙諸島を武力奪回(74年)。その後、80年代に入ると87年には南沙諸島に進出、87年5月に永暑礁を占有して以降、華陽礁(87年5月)、赤爪礁(88年3月)、南薫礁(88年3月)、渚碧礁(88年3月)、東門礁(88年3月)と6島嶼を武力占領した。そのほかミスチーフ礁などフィリピンからも奪回した。
 ちなみに、南沙諸島は、100を越える岩礁があり、満潮時にも水没しない島礁は30~40個程度だという。これらの島礁を中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどがそれぞれに占有しているが、中国は占領した島礁を要塞化した。人が横になれないほどの小さな岩礁には、アンペラ的な小屋を設置し五星紅旗(国旗)を立て軍人を滞在させて領有を主張している。
 1992年には領海法を制定した。この法律は、中国が領有を主張する島の名前を挙げてそこから12海里の領海と接続水域を設定するものだ。その中で、尖閣諸島(中国名:釣魚島)も列記しており、これに対しては日本の外務省も抗議しているが、うやむやのままになっている。
 1996年には国連海洋法条約を批准して、300万平方キロメートルの排他的経済水域(EEZ)を設定している。東シナ海では、日中の主張するEEZが重なり合うために、日本は中間線を境界線と主張しているが、中国は大陸棚説を唱え、沖縄海溝までをEEZとしており、双方の主張はかみ合っていない。
 最近では、第12次五カ年計画(2011~2015年)の中に海洋に関する表現が盛り込まれている。すなわち、「海洋資源環境の持続可能な利用の促進を目指し、海域使用管理に取り組む」「今や海洋経済を発展させる戦略的好機であり、海洋活動にはなお大きな余地がある」と、今後の海洋進出の積極性を伺わせている。また中国では、近海の大縮尺の海底地形図や地貌図の作成に成功し、着々と海洋調査を進めている。

(2)海洋進出の狙い

 それでは、中国の海洋進出の狙いは一体何か。
 まず安全保障面の理由が考えられる。その中の一つが、1978年から始めた改革開放政策によって富を生み出してきたのは基本的に沿海都市であったが、それらの都市を米軍からのピンポイント攻撃からいかに防御するかという必要性がある。そのためには米艦隊からの攻撃の射程内に中国が入らないようにする、つまり中国の管制できる海域(バッファー・ゾーン)を広げようというのである。
 二つ目は、国家目標にも掲げられている国家統合の問題である。中国にとっては、いまだ台湾解放は未達成であり、国共内戦は終わっていない。台湾解放のために反国家分裂法を制定(2005年)したが、台湾が独立しようとすれば武力で解放するという脅しである。そのためには海軍力強化、海洋支配が必要条件となる。
 経済面の動機もある。その第一は、海洋資源開発である。東シナ海、南シナ海、トンキン湾などにおいて、中国は活発に海底油田・ガス田の開発を進めている。第二はシーレーンの確保である。自動車の普及などによって中国内の石油需要が急増しており、昨年の原油輸入量は2億トンを超えた。この数字は日本を越え米国に次ぐものである。その輸入のためのシーレーンをどう確保するかは中国にとっての死活問題である。このような中国の存続・発展に関わる狙いの中で、海洋進出が進められている。
 こうした動きの根底にある思想については古い資料であるが、87年4月3日付の『解放軍報』(人民解放軍機関紙)に、人民解放軍元少将・徐光裕が「合理的三次元戦略的国境を追求する-国防発展戦略考究-」という論文を発表していた。国民国家成立以来、陸地国境・海域国境が明確に示されて国家主権が保護されているが、それらの国境のほかに、「戦略国境」(国門)と名づけるものがある。すなわち、パワーを持つものが押し出していけば、そこまで支配権が及ぶという概念である。その例として、米海軍を挙げ、米艦隊がインド洋に行けばその周辺は米海域と同じと見られるとする。それと同様に、「中国も近代史の屈辱から抜け出て力を持ち、戦略国境を広げよう。その戦略国境は、海洋、深海、宇宙だ」と同記事は主張していた。事実、その後の中国の動きを見ると、まさにこの論文の主張するとおりに展開していることがわかる。

3.中国の軍事力の現況

 中国は、同盟関係を結ぶことのできる国がないために、自己完結型の軍事力整備を進めることになる。その基本は、核戦力と通常戦力の二本柱である。
 先ず核戦力であるが、核拡散防止条約(NPT)が認める核保有5カ国の核戦力を比較してみると米国、ロシア、中国だけが、ミサイル、潜水艦、航空機などの運搬手段を持っている。同じ核保有国でも、英仏は米国の補完的戦力としてSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)に限っている。中国は、米国西岸まで到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM;DF-5、DF-31)を有し、そのDF-31は、固形燃料によるミサイルで、8輪の巨大なトレーラーに搭載して地上を移動できるミサイルだ。ゆえに米国の先制攻撃に対しても生き延びる可能性のあるミサイルであり、米国に対する抑止力の構築につながっている。
 2000キロメートル前後の射程距離を持つ中・短距離弾道ミサイルを中国は保有しているが、どこをターゲットにしているのか。中国は、「核の先制攻撃はしない」「核を持たない国には攻撃しない」という二つの宣言をしている。しかし中・短距離弾道ミサイルは、中国を取り囲む周辺諸国をすべて射程距離内におさめるものだ。インドは核保有国であるから、その対象国になることは理解できるが、多くのミサイルが東側を向いていることを知るときに、中国の主張に対して疑問符をつけざるを得ない。
 DF-21(東風21)は、射程距離2000キロメートル前後だが、その改良型DF-21Dが最近できた。これは一旦宇宙まで上昇し、その後急速に落下するが、その自然落下の過程で弾頭が目標に誘導される性能を有すると見られ、「空母キラー」といわれている。また、「長剣10」という新型巡航ミサイルも空母キラーといわれ、米軍を苛立せている。
 中国の陸軍160万は世界で圧倒的なものだ。海軍は、114万トンの船腹量を有するが、米海軍(600万トン)、ロシア(200万トン)に次ぐ世界第三位である。空軍は、2040機で同様に米空軍についで世界第二位。中国の空軍機は新しいといわれる第4世代のものは少なく、大部分がミグ19、ミグ21レベルの戦闘機を改良したものが多くを占めている。最近では、3.5世代といわれる新しい戦闘機J-10も自国開発機が生産されている。今年1月、ゲーツ米国防長官が訪中した際に、初めて飛んで見せたステルス型戦闘機のような第5世代戦闘機の開発も進んでいる。
 中国における権力構造には、共産党組織では「党中央委員会」が大きな権力を持ち、国家組織としては、国権の最高機関である全人代と、そこから選出された国家主席(国家元首)と国務院(内閣)がある。しかしもう一つの権力機構に軍隊があるが、その統帥の根源は党や国家から独立した中央軍事委員会が担っている。中央軍事委員会には「党中央軍事委員会」と「国家中央軍事委員会」の二つあるが、同じメンバーで構成されており看板が違うだけだ。本来、人民解放軍は共産党の軍であるから党が指揮してきたが、1980年代になり鄧小平が軍近代化の一環として国家の軍隊化を進め、1982年の憲法に「国家中央軍事委員会」を明示し、党と国家の両方から指揮することになった。しかし党中央軍事委員会の方が優位にあることは明らかだ。
 秋の党大会において党中央委員会によってメンバーが選出される。そのメンバーを翌春の全人代に提出され承認を得るという手続きを踏む。
 中央軍事委員会の指令は、人民解放軍総部を経て、第二砲兵司令部(戦略ミサイル部隊)、空軍司令部、海軍司令部、陸軍は7つの軍区司令部にいく。陸軍の軍区の下には軍事行政組織もあり、末端の市町村レベルの兵役機関(人民武装部など)といっしょになりながら人民から兵員を徴集し、退役した兵員・傷病兵の保障を行なっている。このように軍民一体の組織になっている。
 軍区は、瀋陽軍区、北京軍区、済南軍区、南京軍区、広州軍区、成都軍区、蘭州軍区があり、艦隊は、北海艦隊(司令部:青島)、東海艦隊(司令部:寧波)、南海艦隊(司令部:湛江)が展開する。空軍部隊は、七つの軍区に各軍区空軍を配備している。
 海軍について踏み込めば、1949年4月に解放軍海軍が創設された。すなわち、国共内戦がほぼ終わりかけたころ、蒋介石が国民党を台湾に引き上げさせようとしたとき、将来台湾海峡を越えて台湾解放を行なうべく中国は、青島に最初の海軍を創設した。この意味で、北海艦隊は筆頭艦隊であり、中国にとって最も重視された艦隊である。北京など中国中枢部を防衛するためには、東シナ海、黄海、渤海を防衛しなければならないが、それを担うのが北海艦隊なのである。また東海艦隊は、台湾解放を主たる任務としており、最強艦隊である。南海艦隊は、南シナ海を担当し、その動向が注目を集めてきた。 各艦隊の下には、水警区(日本の海上自衛隊の地方隊に相当し、地域の防衛を担う)、水上艦艇部隊、潜水艦部隊、沿岸防備部隊、海軍陸戦隊(南海艦隊のみ)などがある。特色として、海軍航空部隊が各艦隊に展開されている。日本の海上自衛隊も航空部隊をもつが、それは大半が対潜水艦警戒監視部隊であるが、中国作戦用の戦闘機、攻撃機などを持つ。
 東アジア地域における海上艦隊の総数量を比較すると、中国が圧倒的だ。日本の海上自衛隊は近年減らされているとはいえ、中国から「東洋一の最強艦隊」と高く評価されている。潜水艦数では、中国が55隻と圧倒的に強大である。日本は16隻体制から、新防衛大綱により22隻に増強されるので多少の改善が期待される。

4.近海防御戦略

 日本近海における最近の中国の活動を概観しよう。
 中国は、将来の局地戦の多発地域は沿海地域、島嶼・海上であると考え、第一列島線内の南シナ海と東シナ海の防御を「近海防御戦略」と呼ぶ。この海域は概ね彼らが主張する300万平方キロメートルの排他的経済水域とほぼ重なる。地図を見るとよく分かるが、日本列島、南西諸島、台湾までの線は、ちょうど中国が太平洋に出ることをさえぎっているような地勢的特色を有している。西太平洋に進出したがる中国との間で、とくに南西諸島付近でさまざまな摩擦を起こしているわけだ。
 近海防御構想は、海上多層縦深防御の態勢で対応しようとしており、第1層海区(150海里まで)をミサイル艇、砲艇、沿岸の対艦ミサイル部隊によって、第2層海区(300海里まで)を多用途護衛艦、ミサイルフリゲート艦によって、第3層海区(朝鮮海峡・東シナ海・南シナ海)を潜水艦、爆撃機、ミサイルによって、それぞれ防衛するというものだ。
グアム島は、米軍再編の過程でアジア拠点の中核的な基地となりつつある中で、そこと接する第二列島線が中国にとって意味を持つようになってきた。これまでの中国の近海防御戦略は、第一列島線までをしっかりと保持すれば海からの攻撃に対して安泰だと考えていた。しかし、その先の沖合いから米軍の精密誘導兵器の攻撃が行なわれれば、もう少しバッファー・ゾーンを拡大する必要性を感じて、中国海軍力の強化を図ることになった。その結果、中国海軍は第一列島線を越えて、第二列島線までを視野に入れた展開になってきた。つまり、中国海軍は、近海防御戦略により近海海軍から外洋海軍に脱皮しつつあるのである。
 このような中国軍の動きを米国の視点で見ると、QDR(4年毎の防衛政策見直し)の中には「中国の軍事戦略」と直接的な表現を避けて、アンティ・アクセス/アンティ・ディナイアル戦略(接近/領域拒否戦略Anti-Access/ Anti-Denial / Area-Denial Strategy;中国の沿岸への米軍の接近を拒否する防衛戦略)と表現している。このように中国は、ユーラシア大陸に米海軍力が接近することを阻止する方向で考え、その主要海域がいまや第二列島線まで進んでいるのである。つまり、第一列島線と第二列島線の間に米空母が入った場合、常に中国の潜水艦が監視していることを前提とせざるを得ない状況を作って、これまでのように自由勝手な行動をさせないことを狙っている。事実、中国海軍の行動範囲は拡大し、例えば対馬から津軽海峡を越えて日本列島を一周する行動、宮古島―石垣島の間を越えて沖ノ鳥島方面に進出する回数は増えている。また、第一列島線内での演習が活発化している。
 近代海軍は航空機の援護を必要とするが、中国海軍の洋上防空圏は大きくない中で、艦艇の行動が制約を受ける限界の解除が中国の空母保有論の根拠となっている。最近、ウクライナから建造途中の空母「ワリャーグ」を購入し、その改修工事がほぼ終わって運航公試が始まっている。ただし、国産空母の建造や運用となると、技術的問題の克服、指揮統制システムの整備などから、戦力化にはなお十年近くを要するだろう。

5.中国とどう向き合うべきか

 まず中国をどう見るかだが、覇権国家化のシナリオと共に中国が暴発し混乱・分裂するとのシナリオも前提にしておく必要がある。今回の高速鉄道事故でも、国民の共産党政権に対する不信が強く現れた。もし13億の民が全国で連携し暴動行動を起こしたときには、かなり難しい事態が生じることになる。いずれのシナリオも日本にとっては好ましくない展開になる。
 日中間には、ねじれ現象がある。安全保障面からすれば、今年の『防衛白書』でも記されているように、いまや中国は大きな脅威になっている。これは米国にとっても同様である。一方で、日中間の貿易依存関係はますます深化している。中国は、貿易額を見ると日本にとって最大の貿易相手国であり、日中貿易は総額3000億ドルを超え(2010年)、日本は貿易黒字を中国から稼いでいる。同時に中国もまた経済補完関係からは日本はなくてはならない国になっている。このような悩ましい政経関係の中で、対中戦略を考えなければならない。
 既に述べたように、中国海軍力が強化され太平洋域に進出する中で、海上における日中間の摩擦は増える一方である。まして東シナ海のEEZ、尖閣諸島領有権問題などをみれば、摩擦は不可避である。
 そこで重要なことは、突発的なハードな危機にどのようにヘッジするかだ。残念ながら日本の防衛力はこれに対して独力で対応できる能力はない。長期的に日本が自立的な防衛力を構築しなければならない必要性は増えている。
 しかし当面は、従来どおり日米安保体制に依存せざるをえないわけだ。では日米安保体制の信頼性は確保できるのか、このために同盟強化が死活的に重要になってくるが、日本はどれ程の努力(同盟国としての応分の負担と覚悟など)をしているのか。日本政府の覚悟が問われるような課題が見えてくる。基本的に日米安保体制を堅持するために、具体的には対米協調とリスク共有による同盟関係の強化が必要であり、それで対中共同対処を進めることが重要になろう。
 その一方で、ソフト戦略として対中関与戦略も同時並行して展開していく必要がある。ベストな方法は、中国との間でいざこざを起こすことなく利害関係を調整し、13億人のマーケットがうまく活用できる道を探ることである。
 米国はクリントン政権以来、対中関与政策を展開してきた。とくにブッシュ政権後半期から「ステークホルダー論」が出てきたが、現オバマ政権の対中政策もこの延長線上にあると思われる。日本もこの両面をうまく使い分けていく必要があるだろう。
もう一つは、「柔らかな対中包囲」の構築である。インド、オーストラリア、アセアンなど日本と価値観を共有できる国家群、あるいは海洋権益を共有できる国家群と有志連合的な連帯の拡大を図る。場合によっては、「敵の敵は友」という兵法から、ユーラシア大陸ロシアや中央アジア諸国との関係を戦略的に考えていける度量と現実的国際感覚が必要になるのではないかと思う。
 基本的に一番重要なことは、日本が自立的な防衛力を持つことで、それは防衛力整備だけでなく、若者が有事に祖国防衛に立ち上がるようなソフト面での脆弱性を改善しながら国民・国家を挙げた防衛基盤の強化が不可欠であり、今重要性を増していると考える。

政策オピニオン
茅原 郁生 拓殖大学名誉教授
著者プロフィール
1938年山口県生まれ。防衛大学校(第六期)卒。陸上自衛隊戦略情報幕僚、連隊長、師団幕僚長、防衛研究所研究部長等を歴任。この間、外務省中国課出向、英ロンドン大学研究員等務める。九九年から拓殖大学教授。著書に『中国軍事論』(芦書房)、『安全保障から見た中国』(勁草書房)など

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