米国新政権の政策と日米同盟の展望

米国新政権の政策と日米同盟の展望

2016年12月8日

トランプ・ショック

 米国ではようやく、18カ月におよぶ大統領選挙の容赦ない戦いが終わった。トランプ氏が大統領職を目指す大きなきっかけとなったのが、2011年4月にホワイトハウス記者会が主催した夕食会での出来事だったと言われている。その時の様子についてPBSが今年9月、Frontline: The Choice 2016というドキュメンタリー番組で詳しく報じた。
 当時、オバマ大統領の出生地は米国ではないので大統領の資格がないとトランプ氏が主張し、論争となっていた。しかし夕食会恒例のスピーチでは、オバマ大統領がそのトランプ氏を徹底的にからかって恥をかかせたのだ。番組では、トランプ氏の政治顧問を務めるロジャー・ストーン氏が「彼はあの夜、大統領選挙への出馬を決意したのだろう」と述べている。このような出来事を知ることが、次のアメリカ大統領の人となりを理解する手掛かりになるかもしれない。
 米国の大統領選挙では、通常、ニューヨーク州やカリフォルニア州などは民主党が抑え、その他の4~5州、例えばペンシルバニア、ノースカロライナ、フロリダ、オハイオ、テキサス州などを抑えることで、選挙人の過半数を確保する。
 今回のトランプ陣営の卓越した選挙戦のやり方について、今後、政治学者達が研究することだろう。今回の選挙戦は本質的に、メディアを活用したもの、特にソーシャルメディアが本格的に利用されたという点で画期的なものだ。特にトランプ氏はツイッターの活用方法を洗練させ、メッセージを有権者に届けることでは躊躇がなかった。
 また大衆動員も効果的だった。あるインタビューの中でトランプ氏は、最近オハイオ州で行った集会は、夜中1時に3万1000人が集まったと豪語したものだ。
 クリントン氏は得票数で100万票以上も多かったにもかかわらず、選挙人の獲得数が少なくて敗北した。このため、選挙人制度は時代にそぐわないとの批判もある。しかし、この制度はニューヨークやカリフォルニアなどエスタブリッシュメントの強い大きな州が、それ以外の48州を支配してしまえないことを米国民に示している。
 私自身もそうだったが、トランプ氏に投票するというより、クリントン氏とオバマ大統領への反対票を投じた人が多かったようだ。私はかつて『The China Threat(中国の脅威)』(2000年)というベストセラーを書いた。その中で書いたのは、クリントン政権による米国の安全保障を脅かすような中国絡みのスキャンダルだった。例えば中国が最近、配備し始めた多弾頭兵器を製造できるよう手助けしたのだった。我々は容易ならない時代に突入しようとしている。
 11月8日の選挙を決定づけた要素は三つある。第一は民主党で、今まで阻止できない政治力を発揮してきたが、憲法の観点から民主党の政治行動に疑念が示されている。第二は共和党のエスタブリッシュメントで、彼らがオバマの政策を助長した。そして第三はリベラルなメディアだ。ニューヨーク・タイムズのブログは投票日に、85%の確率でクリントン当選を予測したが、途方もない誤りだった。何故、これほど的外れな予測を出したのか。同紙は明らかにクリントンびいきで、トランプ氏を無慈悲に攻撃していたものだ。
 選挙後に初会談をしたトランプ・オバマ両氏を見れば、二人ともバツの悪そうな表情だった。ともあれ選挙戦は終わり、これからは世界の様々な問題に直面しなければならない。トランプ氏は経済ナショナリストだ。それをポピュリズムだとか、エスタブリッシュメントへの対抗だという人もいる。彼は外交や安全保障の経験がなく、「アメリカがやるべきはビジネス(実業)だ」と常々語ってきた。彼の著書『The Art of Deal(取引の技術)』には、費用対効果など、いかに最善の取引をまとめるか秘訣が書かれている。彼は非常に頭のいい人だ。
 それでもトランプ氏は常々、自分には洗練された話し方など無縁であり、感じたままにものを言うのだと豪語してきた。彼は大統領選出馬を目論んでいた2000年初め、著書『America We Deserve(我々にふさわしいアメリカ)』を出版している。その中で、いくつかの「嵐」を予測していて、その一つの経済面では、実際に8年後に不動産バブルが弾けて経済危機となった。さらに「テロの嵐」も出版から間もなく、9.11米国同時多発テロ事件が起きている。

トランプ氏の対日観

 ところで日本はトランプ氏をどう見ていたか。11月14日のフィナンシャル・タイムズによれば、トランプ氏の当選直後、日本の政府関係者達は米国ワシントンのシンクタンクに、トランプ氏の側近や顧問は誰なのか、しきりに尋ねていたようだ。しかしトランプ政権の政策がどのようなものになるのかなど、実際にはまだ誰も分かっていない。
 選挙キャンペーン中の発言は参考にはなるが、実際の統治・政策形成の段階になれば違ってくるのは当然だ。これから人事を含め、政権移行チームには内紛など様々な課題が待っている。ワシントンでは「人こそが政策」と言われ、正しい人選をすれば正しい政策、間違った人選をすれば間違った政策ができると考えられている。適材適所ができるかどうか試金石だ。
 日本にとっての問題は、今年9月に安倍首相はクリントン氏と会談したが、トランプ氏には会わなかった。選挙結果が明らかになって、外務省は必死に安倍・トランプ会談を設定しようとして、結局、南米訪問の途中に会談することになった。日本政府はどちらかと言えば共和党と相性が良く、民主党には疎遠なところがある。安倍・トランプの初めての電話会談で安倍首相は、日米同盟は不可欠だと語った。
 トランプ氏は過去26年間、日本を訪問していない。トランプ氏に対する日本の世論は様々で、彼の国家主義的な物言いを歓迎する保守的な人々もいる。トランプ氏は日本にもっと安全保障のコストを負担するよう促しているが、一部の保守の人々は日本が主体的に軍事力を強化し、米国依存から脱却すべきだと考えているからだ。一方、左翼にも米国に日本から出て行って欲しいと考える人々がいる。
 トランプ氏は、日本は自国の防衛にもっと金を使えと言い続けてきた。彼の初期の著書を読む限り、彼の対日観、対アジア観は、80年代、90年代に形作られている。そしてそれらは、多くの電気製品を購入するなどビジネスを通じて関わった日本や韓国に基づいている。韓国の朴槿恵大統領と面会した際も、韓国には友人が沢山おり、多くのものを購入しているといった話しをしていた。
 トランプ氏は1988年と2000年にも大統領選への出馬を考えていたが、その時も、日本の安全保障のためにコストを負担し過ぎていることや、日本との貿易不均衡に不満を抱いていた。80年代、90年代に反日論が高まっていた頃の対日観に影響を受けているのだ。米国の技術が日本に使われ、日本側が不公正な貿易慣行を指摘されていた時代のマイナス・イメージが第一印象となったのだろう。かつて貿易に関して、「米国のマーケットが外国製品に開かれているように、日本、ドイツ、フランス、サウジアラビアなどのマーケットももっと開放されるべきだ」と述べている。
 しかし問題は貿易関係だけではない。後述するが、日本は中国や北朝鮮から直接の脅威を受けている。またトランプ氏が言ったとおりに実行すれば、米国政府はTPPから撤退することになり、TPPに大きな期待を寄せてきた日本と難しい関係になるかもしれない。ただ選挙中のレトリックと、実際に政権に責任を持つ立場で実行する政策は必ずしも一致しない。私の見てきたところでは、合衆国政府というのは巨大なスーパータンカーのようなもので、容易に方向転換はできないものだ。

安全保障のコスト

 トランプ氏は選挙戦の討論の中で、「我々はサウジアラビア、日本、ドイツ、韓国などの国々との協定を再交渉する。なぜなら、米国はこれらの国々を防衛する費用を負担できないからだ」「オバマ政権下で米国政府は債務を倍増させ、20兆ドルもの借金を背負うことになった。これらの国に対し、丁重に、米国を助けて欲しいと言わざるを得ない」と述べている。経済面での自国中心主義はトランプ政権の特徴となるだろう。
 また米国は日米安全保障条約から撤退すべきだとまで主張して、論議を呼んだこともある。特に日本は北朝鮮に対する自主防衛の努力をするべきだという。もっとも最近トランプ氏はこの見方をやや後退させ、政権移行チームのスポークスマンもこれはトランプ氏の本意ではないと、若干穏健な物言いをしている。
 10月の討論会でも、日本などの国々が米国に法外な要求をしており、米国が世界における安全保障の責任を果たすために負っている負担に比べれば、ホスト国の負担が軽すぎると述べた。これは実に大きな問題になろう。ある政権移行チームの情報源によれば、トランプ氏はとにかく日本の貢献を増やす手だてを交渉していくことになるという。またトランプ氏は米国の本格的な軍備拡張を構想していて、それは日本も利益を得ることになるだろうと述べた。
 トランプ氏は7月のスピーチで「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)について語った。これは歴史的に見れば、孤立主義を示唆する否定的なイメージもあるが、トランプ氏の考えは、国際関係、貿易、インフラ整備、雇用確保など、あらゆる面で米国はもっと立派にできるはずだという信念が背景にある。これらはすべて、1980年代にレーガン大統領を支持した「レーガン・デモクラット」と呼ばれる民主党員たちを惹きつけた主張と重なる。この有権者層が今回の選挙ではトランプ氏を支持し、彼をトップの座へと押し上げたのだ。
 外交面では、米国の中核的な国益を軸にした新たな外交政策を取り、世界での米国の関与を狭めていくだろう。また色々な問題や危機状況が発生するたびに、歴代の大統領は軍事や外交の顧問を任命してやってきたが、トランプ氏は自ら手綱を引くようになるのではないか。一例だが、トランプ氏は大統領就任後の優先課題の一つとして、すべての軍幹部達に「イスラム国」壊滅のために新たな戦略を立案させることを示唆している。これを最も火急の危険と見なしているからだ。
 トランプ氏は米国のエネルギー生産を拡充して収入を年間360億ドル増やし、これを軍備増強の資金に充てられると考えている。これは米軍の艦船、航空機、ミサイル防衛を充実することを意味する。またトランプ氏は特にサイバー防衛にも真剣だ。そして政権移行チームの二大テーマの一つが、核兵器の近代化だ。核兵器は古くなってその信頼性が疑問視され始めている。それはすなわち、米国が重要な安全保障の柱として日本や韓国、欧州に提供している核攻撃抑止力の信頼性が揺らいでいることを意味する。
 オバマが大統領に就任して最初にやったことは、中東へのいわゆる「謝罪ツアー」であった。オバマ大統領は、まるでイランの聖職者達が喧伝しているような言い方で、米国は傲慢だと語った。米国こそが多くの問題の原因を作ってしまったと演説して周ったようなものだった。トランプ氏はそれを逆転させようとしている。かつて冷戦時代に共産主義陣営に向かって語っていたように、米国の統治システムや文化は世界で最善のものだと誇りをもって主張するだろう。このような点からも、彼の考え方を理解することができる。
 私の意見では、米国が賦与されてきた恩恵は米国だけのものではなく、世界と共有すべきものであろう。その恩恵には物質的な面だけではなく、民主主義や自由といった理念的な面もあるのではないか。

中国の脅威

 興味深いことにトランプ氏は2000年に出版した著書で、長期的に中国が米国の一番の脅威になると予測していた。これは今日の米国のビジネス界で支配的な考え方とは対照的なものだ。キッシンジャーに代表されるように、ビジネス優先のアプローチをする人々は、貿易を拡大すれば中国の共産主義体制は徐々に穏健化し、やがて平和的な進化を遂げて脅威ではなくなるはずだと主張してきた。しかし実際にはそうなっていない。私が一石を投じた著書『The China Threat』で指摘した危険性は増大している。
 トランプを批判する人々の中には、トランプ流のビジネス重視の政治をしていけば、中国の人権問題などを軽視することにならないかという懸念がある。しかしトランプ氏が2000年に出した著書では、むしろ中国の人権問題に及び腰なビジネス界に異を唱え、経済行為と人権の原則は両立させるべきだと指摘している。
 ただし対中政策も含めて、従来のような米国の際限ない関与方針には反対している。中国との貿易は絶対に進展させるべきだが、それは原則と引き替えにして行うべきではないと明言している。また米国から(特許、情報、技術、商標などを)盗むような国とは決して貿易をすべきでないとも語っていた。前述の政権移行チームの関係筋によれば、トランプ氏は政権の早い段階で、中国を「為替操作国」に認定するつもりだ。これは非常に大きな問題で、中国との貿易関係を揺さぶりかねない。この点も、選挙戦のレトリックと政権を握ってからの発言に一貫性が持てるかどうかの試金石かも知れない。

尖閣、在日米軍、リバランス

 安全保障で重要な問題のひとつは日中間の尖閣列島の問題だ。これは本当に火種になりかねず、事態は悪化している。中国は計算尽くで段階的に進めて、この島嶼を抑えようとしている。日本は島を国有化したが、無人島になっている。日本は勇気を持って何らかの施設を造り、国旗を掲げるべきだ。さもなければ中国との潜在的な対立を深刻化させるばかりだ。米政府は過去数年間に何度か、尖閣列島をめぐり「外国勢力」の態度如何では、日米安保条約に則った行動を取らざるを得ないだろうと警告してきた。この問題は発火点になりかねない。
 トランプ氏は安全保障バランスを変更しようとしている。日本国内には在日米軍の85カ所の施設があり、兵員が5万4000人、家族など4万2000人が駐在している。米国側が負担している費用を調べてみたが、一番信頼できる数字で年間55億ドル程度だ。しかし米当局者に言わせれば、例えば日本を拠点にする米艦隊も日本の安全保障のためだけに存在しているわけではなく、ミサイル防衛など他の役割も果たしている。だから全体としては、もっと規模が大きくなるはずだが詳細な数字を入手できなかった。日本側は年間18億ドルを拠出し、基地移転などに200億ドルを支出するというが、十分ではない。また国防総省のある高官は、日本の防衛に従事している米海兵隊員の生命のコストをどう計算するのか、と問いかけた。目に見えないコストもあることを知るべきで、これは今後、難しい問題になるだろう。
 トランプ氏が示唆した日本の核武装についての見方は興味深い。国防総省が米国と日本の専門家を集めてまとめた研究報告を今年6月に公表したが、それによれば日本は10年以内に地上配備や潜水艦搭載型のミサイルや核兵器を製造することができる。しかし日本が万一、中国と核戦争になった場合、中国側に3000万人の犠牲者がでる一方、日本は都市への人口集中やその位置関係などから推定して、日本という国そのものが崩壊するようなダメージを受けると分析していた。
 アジアへのリバランスはオバマ政権の主要な外交政策の一つだった。しかし非軍事面だけが進められ、特に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は目玉政策だった。しかしトランプ政権でTPPが消えたら何が残るか。アジアへのリバランスは再考されざるを得ないだろう。

軍事力の行使

 トランプ氏は軍事力の行使については柔軟な態度を採るだろう。彼はレーガン政権の「力を通じた平和」にたびたび言及している。レーガン大統領はカーター政権下で深刻な弱体化を経験した軍を立て直し、後に「レーガン・ビルドアップ」と呼ばれた軍事力強化によって冷戦に勝利した。強い軍を持ち、ミサイル防衛などに努力したおかげで、結局はミサイル一発も直接には発射することなく、ソ連に勝つことが出来た。
 トランプ氏は軍備の再建を、少なくとも5000億ドル規模で実施するだろう。実は米国の軍隊は危機的な状況に直面している。オバマ政権の間に国防予算が1兆ドルも減額され、軍部は基本的な防衛と安全保障に必要な態勢を確保するのに必死の状態だ。これは「予算管理法(Budget Control Act)」がもたらした結果だ。この悪影響から抜け出して軍を再建することが、トランプ政権の最優先課題の一つになるだろう。

(本稿は、「国際指導者会議(ILC)」(2016年11月16日IPP共催)における講演を整理してまとめたものである。)

政策レポート
ビル・ガーツ 米紙ワシントン・タイムズ コラムニスト
著者プロフィール
米紙ワシントン・タイムズおよび「ワシントン・フリー・ビーコン」の記者、編集者、コラムニスト。国防問題の専門家で、中国のパキスタンへの核技術密売、ロシアのイランに対する核技術供与、米国の中国に対するミサイル技術の売却などのスクープを報道してきた。著書にBetrayal(邦訳名『誰がテポドン開発を許したか』文藝春秋社、1999年)、The China Threat(2000年)など多数。2017年1月には情報時代における戦争と平和を扱った新刊iWarが出版される予定。防衛、安全保障、メディアをテーマとする講義を国防総省、ジョンズ・ホプキンス大学、FBI ナショナルアカデミー、国防大学、CIAなどで行ってきた。スタンフォード大学フーヴァー研究所メディア・フェロー。

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