トップイメージ
P2_Leaders
政策オピニオン

環太平洋時代に求められる日本型グローバルリーダーシップ

-日本は成功モデルを次世代に伝えリーダーを養成せよ-
米国・ブリッジポート大学 副学長(国際化担当) 国際公共学部長・トーマス・J・ウォード

2013.11.28

 戦後日本は目覚ましい発展を遂げ、アジア諸国のモデルとなり世界に影響を与えてきた。いま再びその経験の蓄積を活用し、来るべき環太平洋時代に備えるにはどうすべきか考える。

世界で歓迎されている日本

 英語に「壊れていなければ修理するな」という表現がある。現状を劇的に変更する前に注意を促す表現だ。ある既存の制度が一定の効果を示しているなら評価は慎重になされるべきで、思いつきで変えてはならない。変えようとしたばかりに却って効率が下がることがある。

 日本および日本が必要とするグローバル・リーダーシップについて、この「壊れていなければ修理しない」という視点で考えてみたい。まずグローバル・リーダーシップにおける日本の役割について私の意見を述べたい。今日の世界を見ると、日本ほど優れたグローバル・リーダーシップの模範を示している国はほとんどないと思う。なぜそう言えるのか、いくつかの例を挙げる。

 南米を訪れると、米国出身者があまり歓迎されていないことがわかる。米国人は歴史的に南米で弱者をいじめてきたと見られているからだ。したがって米国と南米の関係はあまりよくない。しかし私が訪問を重ねて気づいたのは、日本人は南米のあらゆる国で非常に歓迎されているということだ。日本人は南米に肯定的で良いものをもたらしたと受け止められている。ご存知のようにブラジルには1世紀以上前から日本人が住み、現在では百万人以上になっている。彼らが残した足跡のゆえに、日系人は多大な尊敬を受けるようになった。ペルーでも日系人が大統領になるほどの尊敬を勝ち取った。

 同様に、アルゼンチンやパラグアイなど、南米のいたるところで日本人を愛し尊敬する人々に出会う。これを韓国人と比較してみると、南米では韓国人は日本人ほどの人気はない。南米の人々は、韓国人が南米を米国に行く足がかりにしていると感じている。それゆえ日本人に対して感じているほどの親近感はない。

 アフリカでも同じように日本はとても尊敬されているが、その一方で中国に対する懸念は高まっている。中国はアフリカのいたるところで長期契約や商業的な関係を拡大してきた。しかし多くの教養あるアフリカ人たちは懸念している。中国とアフリカのそのような結びつきがどこに向かっているのか疑問を感じているのだ。またアフリカには歴史的な理由から欧州や米国に対する不信もある。しかし日本はそのような敵意を抱かれることなく、歓迎されている。

 米国に関して言えば、日本は米国の自動車産業を変革した。私が若い頃、デトロイトでは自動車の車体のデザインは毎年激しく変わっていた。1950年代から60年代にかけてフォード、シボレー、ビューイックといった車がそうだった。そのように激しくデザインが変わるのは、顧客に毎年新しいモデルの車を買うようプレシャーをかけるためだ。しかしトヨタが米国市場に参入すると、この販売方式が一変した。日本の自動車はそれほど頻繁にモデルチェンジをせず、顧客サービスを重視した。

 そして驚くべきことに、米国人の好みが変化し始めた。米国人は長いあいだ自国の自動車産業に忠誠心を抱いていたが、それが変わり始めた。消費者は自国の自動車産業が十分なサービスを提供していないと感じるようになり、日本車を買い始めた。そして日本は販売台数を伸ばしただけでなく、米国の自動車産業に変革をもたらし、日本式の顧客サービスが導入されるようになった。モデルチェンジも以前ほど頻繁ではなくなった。日本の顧客サービスは非常に優れている。中東でも日本は尊敬されている。米国の中東との関係はより希薄で移ろいやすい。

東アジアにおける国家開発のモデルつくった日本

 もっと重要だと私が考えるのは、戦後日本は国家開発のモデルをつくり、東アジアのほとんどの国々がそれに続いたという点だ。日本の発展の柱となったのは、安定した政府と輸出中心の経済だった。この地域の他の国々は、繊維から軽工業、重工業、そしてハイテク製品へと輸出産業を発展させた日本のモデルを取り入れた。基本的にアジアのすべての国々、中国、韓国、台湾、シンガポールなども、日本をモデルにしてきた。他のアジア諸国が現在謳歌している繁栄と発展は、日本がつくりあげたモデルがきっかけとなっている。

 このことはフィリピンにも当てはまる。フィリピンは長いあいだ米国と南米の発展を参考にしてきた。しかしそのフィリピンに過去20~30年間何が起きただろうか?フィリピンの指導者たちはこれまで以上に日本モデルから学ぼうとしており、同じような変革を経験しつつある。

 このような理由から、私は日本がグローバル・リーダーシップを発揮するには、他国にそのモデルを求める前にまず日本が成し遂げてきたことを振り返ることがきわめて重要だと考えている。日本のリーダーシップは「リーダーシップ・フロム・ビハインド」(後方からのリーダーシップ)だったという指摘があるかもしれない。そうだとしても、リーダーシップを発揮してきたことは間違いない。実際に日本はそうやって世界各地に影響を与えてきたのだ。

 私は毎年ブリッジポート大学で国際関係学の新入生を迎える際、日本が過去70年間に目覚ましい発展を遂げてきたという話を好んでする。第二次世界大戦後の日本の戦略は、いまこそ米国が取り入れるべき類の戦略かもしれない。1960年に米国と西ヨーロッパの貿易量は東アジアとの貿易量の二倍であった。1980年までに、東アジアとの貿易量が西ヨーロッパとの貿易量の二倍になった。そして1990年までには、東アジア諸国が世界貿易の中心になった。米国はその一部ですらなかった。過去20年間に世界でもっとも貿易が活発に行われた場所がまさに東アジア諸国であった。

 私はよく学生たちに、東アジアに活発な経済圏が出現しているということが、国際的な経済関係におけるパラダイムシフトの必要性を示唆していると話す。そのようなパラダイムシフトをまだ理解していない米国は問題を抱えている。たとえば、米国の平均的な高校で外国語を学ぼうとすると、おそらく選択肢は二つ三つしかない。フランス語とスペイン語、そしてドイツ語またはイタリア語が学べるかもしれない。これが米国のほとんどの高校で見られる選択肢だ。

 私はフランス語とスペイン語を話し、それらの言語で授業もしている。しかし将来、これらの言語は米国人にとってそれほど価値のあるものではない。米国にはスペイン語を話す人々が6000万人もいる。これ以上スペイン語を学ぶ人は必要ではない。フランス語はもちろん美しい言語だが、フランス語を習得した人もおそらく十分いる。実際に我々が必要とするのは、日本語、中国語、韓国語、ロシア語、アラビア語などを話せる人々だ。これらが未来の言語である。パラダイムシフトが必要だ。とりわけ新たな貿易の中心は東アジアであり、この地域の言語はきわめて重要だ。

 私はいつも学生たちに戦後の日本の例を学ぶべきだといっている。当時、日本は経済的にもそのほかの面でも非常に困難な状態に置かれていた。しかし日本はそこから何を目指すべきかを理解していた。物事がどこに向かっていて、そのために自分たちが何を準備しておくべきか知っていたのだ。そして日本人が理解していたのは、その時代のもっとも重要な経済、政治、商業の中心は米国だという事実だった。

 戦後、日本は「これから学生には韓国語、タガログ語、中国語を学ばせよう」と言うこともできたはずだ。しかし日本はそうしなかった。「米国の市場に本格的に参入すべきだ。そしてそこで大成功を収めよう」と考えた。そのために何をすべきか?若者には英語を学ばせなければならない。彼らが英語でうまく自分を表現できるようにしなければならない。米国の消費者についても理解しなければならない。米国の社会制度、法制度を理解しなければならない。ロビー活動の仕組みも知らなければならない。どうやって米国に物を輸出するか、またどうやって米国からの輸入が急増して国内産業の成長を妨げないようにするかも理解しなければならない。

 こうしたすべてのことが重要だったが、日本はそれを見事に成し遂げた。学生にはいまの米国には戦後の日本のような計画と戦略が必要だと話している。日本が示した社会的、経済的、政治的な適応力は、世界の国々にとって先見の明のあるリーダーシップの好例である。学生たちには、特別な理由がある場合に限ってスペイン語やフランス語を外国語として選択するよう促している。その代わりに、米国の将来に不可欠な日本語、中国語、韓国語などの重要な環太平洋地域の言語を学ばせるべきだと考えている。

 日本は発展の努力を通じて偉大な模範を示した。目立たなくても広範囲にわたるグローバル・リーダーシップを発揮したという点でおそらく最高の模範だろう。したがって日本がリーダーシップのパラダイムを模索し、教育改革によってグローバル・リーダーシップを確かなものにしようとするとき、過去70年間にわたって日本が築いたモデルを忘れるべきではない。それは将来の基礎となる重要なパラダイムである。以上のようなことを述べたうえで、これから今日の議論に資すると思われる米国の状況と我々の大学の取り組みについて述べたい。

「地球市民」教育という幻想

 今日の米国が受け入れなければならないいくつかの現実がある。そのうちもっとも重要なもののひとつが1990年に世界が変わったという現実だ。多くの米国人は世界の経済、文化、政治の中心がどれほどシフトしたかを十分に理解していないようだ。過去のパラダイムはもはや有効ではなく、意識を刷新することが求められている。

 未来の世界が近代西洋世界の延長であるという仮説があるが、まだ多くの人がそれを正しいと考えているようだ。米国では、未来の世代が「地球市民」として活躍できるように彼らを教育しなければならないという話をよく耳にする。真偽はともかく、国際連合のような国際機関の役割は拡大し、それらが持つ西洋的価値観が未来の世界標準になるという仮説もある。

 最初に、「地球市民」を実現することの難しさについて考えて欲しい。西洋のいたるところ、特に英語圏では、若者を効果的な「地球市民」として育てようという取り組みが盛んである。この言葉は日本でも人気があるが、実際のところどういう意味なのだろうか?そしてなぜ多くの英語の母語話者が、自分たちのことをすでに「地球市民」とみなしているのか?多くの米国人、英国人、カナダ人は、自分が地球市民だと思い込んでいるのではないだろうか?本当にそうだろうか?そのような問いかけをする必要がある。

 地球市民とは何か?地球市民が果たすべき責任は何か?世界政府に税金を払うのだろうか?地球市民が暮らす世界の言語は何か?地球市民には5年ごとの陪審義務があるのか?兵役はあるのか?一体どんな責任があるのか?我々は「地球市民」という言葉を好んで使うが、私はこれが機能的定義を欠いた時期尚早な言葉だと考えている。
 日系米国人フランシス・フクヤマはヘーゲル派哲学を学んだ知識人で長年米国国務省に勤務した経験を持つ。彼は2011年に地球市民の概念について慎重な見方を示し、「きわめて豊かな国々のきわめて限られたエリート以外に多くの転向者を獲得できなかった」と述べている。私も同意見だ。人の関心を引く用語かもしれないが、具体的な意味を欠いている。

 それでも、この言葉に関連する仮説や哲学的立場、そしてそれらに基づく物事の見方が持つ課題について少し論じてみたい。そのために西洋の価値観、特に米国における価値観の歴史的変化について述べる。

米国における「多元主義」の伝統

 米国には「多元主義」というきわめて重要な概念がある。政治科学における多元主義は、自由・民主主義において権力は多様な経済的・思想的圧力集団に分散し(すべきであり)、単一のエリートまたはエリート集団が保持するものではない(すべきでない)との立場をとる。多元主義は、多様性が社会に利益をもたらすと想定し、宗教団体、労働組合、職能団体、少数民族を含む機能的・文化的に異なる集団が自治を享受すべきだとする。 また「価値中立」、すなわちいかなる特定の価値の受容も前提としないという考え方も重要視されている。

 多元主義は米国独立革命にその起源がある。米国の通貨には「e pluribus Unum」というラテン語が刻まれているが、これは「多数からできたひとつ」を意味する。米国独立革命の時代から、米国人にはたとえ多様な考え方があったとしても我々はひとつになれるという信念がある。価値中立というのは比較的新しい概念で、これについては後述する。
 多元主義は、16~17世紀に一連の宗教戦争や科学的発見の結果、出現した概念である。当時、宗教界はそれらの科学的発見に対して独断的で根拠のない対応をして人々の信頼を失った。コペルニクスは太陽が地球の周りをまわるのではなく、地球が太陽の周りをまわると結論付けた。彼の主張は2世紀にまで遡るキリスト教の伝統的な考え方に挑戦するものだった。コペルニクスが死んだ当時、彼の主張はまだそれほど広く受け入れられてはいなかった。

 しかし、コペルニクスが死後に広く知られるようになると、カトリック教会は太陽中心説を主張したことを理由に彼を破門した。プロテスタント教会でもマルティン・ルターがコペルニクスの著書を燃やす指示を出している。

 その一世代あとにガリレオが登場する。ガリレオは地球が宇宙の中心ではないというコペルニクスの主張を支持しようとしたため、追放され実質的にカトリックの囚人となった。さらに一世代あとにアイザック・ニュートンが登場する。ニュートンの時代になると、本当はコペルニクスとガリレオの主張が正しかったことが明らかになってくる。

 このことが一般民衆のあいだでキリスト教指導者に対する多大な不信を招くこととなった。プロテスタントの指導者もカトリックの指導者も問題を理解していなかった。彼らは純粋な科学者、すなわち社会的、宗教的な意図からではなく科学的原理をもちいて物事を発見した人物を厳しく非難したのだ。

 教会の誤った対応が不信という結果をもたらした。ちょうどこの時期に登場したのが、いわゆる「理神論」である。理神論には二つの類型がある。一方は、フランスのどちらかと言えば反キリスト教主義的な理神論である。そしてもう一方の英国や米国に現れた理神論は、教会への盲目的依存には抵抗していたが、(神の存在の肯定も含めて)広範で普遍的な価値観や原理、世界観を持ち、英国の理神論者たちはそれらを将来の世界を形づくる政治の議論に役立てたいと感じていた。

 ベンジャミン・フランクリンは後者の理神論に刺激を受け、それをいわゆる「フランクリンの信条」として表現している。すなわち、「私は唯一の神を信じる。神は宇宙の創造主であり、摂理によって治め、崇拝されるべき存在である。我々が神になすべき最大の奉仕は神の他の子供たちに善を施すことである。人間の魂は不滅であり、来世では現世の行いに応じた公正さをもって取り扱われる」というものだ。

 フランクリンはここで(イエスや救いに対する教義的見解など)多くの問題について敢えて扱うことを避け、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教徒なども受け入れやすい立場をとった。それによってすべての信仰者が結集することができた。そしてこの観点が米国独立宣言の着想の源となった。独立宣言は教派的な考え方を反映させることを意図したものではなく、むしろフランクリンが普及させたより広範で包容力のある考え方に立脚している。

 しかしながら、フランクリンとともに広く受け入れられたこの考え方も、19世紀後半になると衰退する。それは特にチャールズ・ダーウィンと彼の著作『種の起源』によって顕著となった。

「道徳的相対主義」による米国の混乱

 チャールズ・ダーウィンに対する私の見方を誤解しないで欲しい。私は20歳のときに初めてチャールズ・ダーウィンの著作を読み感銘を受けた。誠実な科学者であるという印象を持った。彼は自然を観察して非常に客観的な意見を発表したが、彼が述べたことのほとんどは少なくとも私には十分納得できるものだった。それが私の立場である。

 しかし、ダーウィンの見方は再びキリスト教会との関係で大論争を巻き起こした。不幸なことに、ガリレオのときと同様、キリスト教会はダーウィンに対して強硬な態度をとり、宗教指導者は彼を追放しようとした。その結果、再び宗教界と科学界のあいだに亀裂が生じた。これが西洋および米国の思想的進化に大きな影響を及ぼした。

 ダーウィンはジークムント・フロイトの考え方に多大な影響を与えた。フロイトは無神論者となり、善悪が存在するという考え方をなかなか受け入れようとしなかった。彼にとって存在するのは健康と病気だけで、健康な人もいれば病気の人もいるということに過ぎなかった。

 手短に述べるが、ダーウィンは米国の教育史における主要な人物のひとり、ジョン・デューイにも大きな影響を与えた。ジョン・デューイは米国で最初にPh.D.(博士号)を授与された人物である。彼は20世紀初頭にジョンズ・ホプキンス大学で哲学を専攻してPh.D.を取得した。そして他の多くの米国人と同じく、ダーウィンの著作を読むまでゲオルク・ヘーゲルの影響を強く受けていた。

 デューイがダーウィンの著作を読んだとき、彼の考え方は劇的に変化した。ダーウィンが人類の起源に関して明快で説得力のある見解を述べたにも関わらず、キリスト教が彼にあまりにも厳しい態度をとったため、フロイトはキリスト教を敵とみなすようになり、「キリスト教は歴史の灰だまりに属する」という有名な言葉を残している。

 キリスト教指導者が進化論にあまりに不適切な対応をしたと感じたため、デューイは宗教が存在する余地を与えず、米国の教育界において精神的な価値や概念に関わる事柄を議論すべきではないと強調した。彼は人々が教育を通じて民主主義について学び、一定のスキルを身に付けることを願ったが、精神的価値やそれに関わるような議論を認めようとはしなかった。

 ジョン・デューイの影響を受けた重要人物のひとりがカール・ロジャースである。カール・ロジャースは今日の米国人の行動に大きな影響を与え、彼について理解せずに今日の米国人の行動を理解するのは困難だと言えるかもしれない。彼はすべての人に二つのものがあると指摘した。ひとつが価値観、もうひとつが行動である。そして人間が人生において探求しなければならないのは信念と行動の一致だと強調した。

 しかしカール・ロジャースは、当時の道徳的規準に重要な課題を突き付けた。人が行動を変えることができないならば、価値観を再検討する必要があると主張したのだ。ロジャースの理解においては、その人の道徳的価値の変更も(信念と行動の)一致を生じせしめることになる。したがってロジャース派のカウンセリングを受ける人には二つの選択肢が与えられる。自分の行動を変えるか、あるいは価値観を見直して変えるかである。

 したがってカール・ロジャース以降、長いあいだ米国の骨組みとして存在し、絶対不動の規範である以上に人々の慣習の中に根差していた価値観を見直そうという運動が起きた。神の概念、家庭の重要性、米国の自由の理想などの価値観は、とりわけ米国の教育界で慎重に見直されることとなった。

 この結果、二つの思想的な流れが生じた。一方が教育界におけるマルクス思想であり、直接教えられるというより非宗教的人道主義に反映された。そして米国の最大の課題のひとつは「道徳的相対主義」に由来している。「これは間違いであり、これは正しい」と言うことへの抵抗が強まり、「父親と母親を持つのは子供にとってより良いことですか?」と質問することにさえ躊躇いが生じている。いまの世の中では、多くの標準的な社会的前提に対して異議が唱えられ、これまでと違った目で見られるようになった。

 しかし、道徳的相対主義を採用することによってもたらされる結果がある。伝統的な価値観や道徳観、父祖への尊敬、伝統の尊重、家庭の重視などはますます厳しい目にさらされる。我々は1980年代にそのような混乱の時期を経験した。米国のいくつかの公立学校システムの教育者たちは、気晴らしのための薬物使用が許容できる行動かどうかについて態度を明確にすることさえ求められていない。これは「D.A.R.E.(薬物乱用防止教育)プログラム」の問題点のひとつである。このプログラムでは生徒に薬物使用の反対論が示されるが、同時に自分がどうすべきかは自分で判断するよう助言を受ける。

 今日でも米国の学校教育は他にいくつかのジレンマを抱えている。たとえば12歳、13歳、14歳の子供にコンドームを配布しても親には何の連絡もしないという問題もある。年少者の性交渉の危険性を強調するどころか、生徒がそのような行為に至ることを前提としてコンドームの使用方法だけを教えている学校もある。過去にあった価値観は中心的な役割を失い、状況は著しく混乱している。

グローバルリーダーとしての日本の役割

 それでは、道徳的混乱の時代に日本はどのような役割を果たすべきだろうか。明らかに、日本は西洋の相対主義モデルを採用するかどうか熟考する必要がある。もし日本がグローバル・リーダーの役割を担おうとするなら、既存の仮説を吟味する必要があるかもしれない。英語の「グローバリゼーション」という名詞は「グローバライジング」という動名詞の名詞形だが、「何をグローバルライズするのか」を問わなければならない。我々は一体何をグローバル化しようとしているのか?

 ローマ帝国はグローバルな帝国ではなくリージョナルな帝国だったが、我々が今日理解しているところの「リージョナル」とは意味が異なる。ユリウス・カエサルの時代、より厳密にはアウグストゥス帝の時代に遡るローマ帝国の成立期には、明確な社会的価値が存在していた。アウグストゥス帝は帝国の基礎として、両親がそろっている家庭の中心性を強調した。またローマの古典的な宗教とそれに関連する価値観を採用し、ローマ帝国の道徳的支柱とした。しかしそれから100年も経たないうちに、ローマはアウグストゥスからネロの時代へと移った。ローマ帝国はビジョンを失い、アウグストゥスが定めた中心的な価値観への関心も薄れていった。ビジョンを失い安楽で放縦な生活が習慣化すると、ローマ帝国の運命は定まり、最終的に内部から崩壊した。

 文明には栄枯盛衰がある。前述のように、1990年以降はアジア太平洋が新たに社会経済の中心となった。とりわけ東アジアが中心である。米国と同じく、東アジアも興隆の途上で重要な諸課題に直面するだろう。アジアの若者の教育、日本の若者の教育が未来を決定するだろう。

 したがって私の意見では、このパラダイムシフトは将来の日本のグローバル・リーダーとしての役割と密接な関係がある。日本のどのようなリーダーシップが必要とされているのだろうか?前述のように、日本は戦後のアジア諸国の中で初めて先進国となった。その後ももっとも発展した国家のひとつであり続け、世界的な経済大国の位置を保っている。また日本は先駆けて政治と経済のモデルを築き上げ、発展を目指す韓国、シンガポール、台湾、中国などのアジア諸国がそれを取り入れた。

 日本は多くの先進国や開発途上国から信頼と尊敬を勝ち取った。日本は東アジアとそれ以外の地域の橋渡し役を務めることができる。日本はおそらく他のどのアジア諸国よりも西洋世界をよく理解している。西洋諸国や開発途上国が東アジアと健全な関係を構築するうえで仲介者としてきわめて重要な役割を果たすことが可能だ。また多くの東アジア近隣諸国が西洋に出ていく支援をすることもできる。

中国はどこに向かうのか

 しかし日本は地政学的な課題に直面している。そのひとつが大国中国の台頭である。中国には平和的に振る舞うのか、あるいは暴れ者のように振る舞うのか、二つの選択肢がある。誰もが最善の選択を期待している。中国が民主主義と法の支配の道を選ぶことを望む。中国は法の支配に以前より真剣に取り組んでいる。死刑はまだ一般的に見られるが、過去と比べて件数は減少している。自国民の扱い方、経済状況の改善、そして法の支配に対する政府の取り組みの強化が、中国に対する希望の根拠となる。同時に、中国人民解放軍と共産党が果たす役割は際立っており、その状態から予期される結果に対しての懸念がある。中国の将来には二つの可能性―圧政か法の支配か―があるため、米国や日本などの国々は改革を支援する道を模索する必要がある。

 冷戦後、米国と南米諸国との関係において驚くべきことが起きた。南米では長いあいだ「ヤンキー・ゴー・ホーム!」のような強い反米意識があった。ブラジル、アルゼンチン、チリ、ウルグアイのように比較的発展した南米諸国も冷戦終結までは米国以上に西欧諸国との強い結びつきを構築していた。しかし冷戦後、きわめて稀な好機が訪れた。南米諸国がその当時、ルーズベルト大統領が善隣外交政策をとった第二次世界大戦前から見られなかった態度で米国と向き合い始めたのだ。そのとき絶好の機会があった。

 しかし、残念ながら物事は非常に異なる方向へと進んでしまった。9.11事件と米国の関心が中東に移ったことが原因だった。もし米国が約6億人もの人口を擁する米州諸国と強力なパートナーシップを構築することができていれば、それが法の支配、民主主義、自由貿易に基づく米州連合として中国に対するカウンター・バランスとなった可能性がある。

 1991年、米州機構加盟国は「サンティアゴ・コミットメント」 という宣言文を採択した。宣言文は西半球および世界全体における民主主義の重要性を認め、民主主義と自由選挙を積極的に支持するよう呼びかけた。しかし残念ながら、9.11事件後に事態は急激に悪化し、米国と南米の関係は著しく弱体化した。ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、ニカラグアで強烈な反米政権が誕生し、アルゼンチンやブラジルとの関係も希薄になった。いくつかの南米諸国は米国を主要敵国とみなすまでになっている。この地域との関係が崩壊している。

 中国は成長し力を誇示しようとしており、強固なカウンター・バランスが必要だ。現在交渉が進められている環太平洋パートナーシップ(TPP)がその方策のひとつとなるだろう。中国は参加していないが、TPPは必ずしも中国にとって悪いものではない。むしろ平和と繁栄に必要な価値観を肯定する機能を果たすことができる。中国にもそのような価値観を選択するよう促す意味合いを持たせることができるだろう。

 中国が正しい方向に進めば誰もが利益を享受することができる。反対に、誤った方向に進めば我々も失うものが多い。あらゆる国が影響を被る可能性がある。韓国の場合を考えれば、無法国家の北朝鮮が中国に取り込まれるという将来的なシナリオも議論されている。誰かが北朝鮮を止めなければならないということになる。米国や南米も含めて環太平洋諸国が協力を強化しなければならない理由は数多くある。

日本の成功事例を強調し教育せよ

 もし日本が持っている力を発揮して何らかの役割を果たそうとするなら、まず自国がすでに成し遂げてきたことの蓄積を活用することが重要だ。日本の過去70年間の成功を学校教育でも強調すべきだろう。米国における顧客サービスや自動車産業にせよ、アジアにおける開発のあり方にせよ、世界で物事の実践の仕方を変えるうえで日本が果たしてきた役割について教えるべきだ。

 また日本の教育者は、父母、家族、後世に伝えるべき遺産、歴史などを正しく評価する心を育てることも大切だろう。受け継いだ価値をどのように人生に反映させるかを示すことも重要だ。一定の価値観を持たなければ倫理観が育たず、倫理観がなければ信頼を得ることもできない。教育者は、たったひとりの人生でさえ周りの人々や国家に影響を与え得ることを教えるべきだ。我々は若者が社会に意味のある影響を与え、変化をもたらすことができる人間になれるように、彼らを刺激してあげなければならない。

 外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の最新号に「復活した日本」という安倍晋三首相のインタビュー記事が掲載された。 「アベノミクス」のもとで日本経済がどのように再浮上したかが説明されている。安倍氏は2006年~2007年は首相として失敗したと述べ、その理由として全面的な改革を試みたことを挙げている。そして慎重かつ確信をもって一歩ずつ進むことが大事だと学んだと述べているが、だからこそ今回は物事が円滑に運んでいると安倍氏は感じている。指導者は大きな変化をもたらすことができる。米国の場合、ロナルド・レーガンがそうだった。我々は安倍首相がいまの日本に大きな変化をもたらしてくれることを期待したい。その兆しはすでに見られる。

 また自己規律、誠実さ、労働の倫理観や達成感についてもしっかりと教育する必要がある。米国の作家で哲学者のラルフ・ワルド・エマーソンは「考え方に気をつけなさい。それはあなたの行動となるでしょう。行動に気をつけなさい。それはあなたの習慣となるでしょう。習慣に気をつけなさい。それはあなたの人格となるでしょう。人格に気をつけなさい。それはあなたの運命となるでしょう」と言った。

 教育では物事を成し遂げることの価値を涵養することも必要だ。10歳で高いIQを持つことはとても重要だが、60歳になって高いIQを持っていたとしても、本人がその才能を活用する努力をしてこなかったとしたら何の意味もない。IQとは可能性を意味する。その可能性をどのように扱うのか?教育者は人々が自分の能力を発見して伸ばすことができるように促さなければならない。そのための重要な場所が学校だ。教育者は個人の成功が国家の幸福と発展につながり、国家のために自分を成長させることができるような道を示す必要もある。

 
傾聴力と他地域に関する専門知識が必要

 グローバル化した未来に学生を備えるために教育者が中心的役割を果たすことも強調したい。そのために多くの技術的スキルや行動的スキルが必要だ。そのひとつが、闘争や不信、誤解に満ちた世界で求められる高い傾聴力だ。たとえ同意はできなくても他者の考え方を理解するように促すことが必要だ。結論に賛成してくれなくても相手は自分の意見を聞いてくれると認識することが重要だ。外交で成功するには相手の立場を明確に述べることができなければならない。私が担当している交渉学の授業では、サウジアラビアやシリア出身の学生に、イスラエルの特定の事柄に関する立場を代弁させることがある。賛成はできなくても知っておくべきだ。両方の論点を理解し、代弁することができるというのは重要なことだ。

 日本がグローバル・リーダーシップ教育を行うなら、学生が少なくとも自分の出身地以外のひとつの地域について専門知識を身につけるよう促すべきだ。その地域の言語、文化、思想、歴史、伝統などを知る必要がある。いまは日本の学生もなるべく英語以外の外国語も習得すべきだろう。英語は重要だが将来は英語だけでは不十分だ。グローバル・リーダーの世代を育てるなら、たとえばアラビア語、ロシア語、中国語、韓国語などを話せる若者が必要となる。教育システムの中で語学の習得は特に重視すべきだ。

 いま日本では海外留学を躊躇する学生が見受けられるようだが、他の文化の中で過ごすことは本格的にその言語と文化を身につける唯一の方法だ。私はフランス語とスペイン語の通訳者として「両方向の通訳ができるが、フランス語から英語、またはスペイン語から英語への通訳者として使って欲しい。逆方向は別の人に頼んで欲しい」と言っている。その方が単に言葉だけでなく感情まで伝えることができるからだ。言語の重要性についてはおそらく日本の方が十分に理解しているだろう。米国はこの分野では「巻き返し」が必要だ。二重学位制などの教育機関同士の協力も必要だ。

 日本はグローバル・リーダーシップに関してすでに多くのことを成し遂げてきた。そこには次の時代の戦略的方向性を示唆する内容が溢れている。私は日本が成し遂げてきたことは間違いなく世界の中でも最高だと考えている。

政策提言・出版物

政策提言
研究活動を踏まえてIPPがまとめた政策提言
IPP分析レポート
IPP独自の視点で諸問題の背景や解決への課題を分析
政策オピニオン
国内外の専門家による政策課題に関する分析と意見
IPP政策ブリーフ
時事的テーマや政策課題に関するコンパクトな情報
IPP国際会議
レポート
研究所紹介パンフレット
ダウンロード(PDF:1.8MB)

主な研究テーマ

OFFICE

一般社団法人 平和政策研究所
〒169-0051
東京都新宿区西早稲田3-18-9-212
E-mail:office@ippjapan.org

※サイト上のすべての著作物(文章・写真・画像等)を無断で複写・転載・リンクすることを固く禁じます。

ページ上部へ戻る