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政策オピニオン

海洋における生物資源管理・環境保全の国際協力

―東アジアと南極海の事例を踏まえて―
東海大学海洋学部准教授 大久保 彩子

2016.09.26

はじめに

 海洋政策においては統合的な視点が重要視されており、海洋に関わる多様な人間活動の管理、漁獲対象種以外の生物を含む海洋生態系の保護、あるいは海洋環境そのものの保全をいかに統合的に行うかが課題となっている。このような視点から、国内外の具体的な政策と国際協力の取組みについて、東アジアと南極海を事例として取り上げながら述べてみたい。

1.日本の海洋政策における国際協力の位置付け

 日本の海洋基本法は国際協力について、「我が国の経済社会が国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみ、海洋に関する施策の推進は、海洋に関する国際的な秩序の形成及び発展のために先導的な役割を担うことを旨として、国際的協調の下に行われなければならない」(第7条)と規定している。また国際的な連携の確保、国際協力の推進のために必要な措置を講ずることも明記されている(第27条)。
 海洋基本法のもとでは、海洋基本計画を策定して具体的な政策を実施することになっている。現行の海洋基本計画には、「アジア太平洋を始めとする諸国との様々なレベルでの国際的な連携を強化する」(総論 1 海洋立国日本の目指すべき姿)との記述があり、政府間に限らず民間や自治体レベルでの連携強化を図ることが定められている。また「国連憲章、国連海洋法条約等の関連国際法規を遵守し、法の支配に基づく国際海洋秩序の確立を目指す」(同)とあるように、法の支配も我が国の海洋政策の大きな柱のひとつである。そして「多国間及び二国間の海洋協議等の場を活用して国際的なルールの整備やコンセンサスづくりに貢献する」(第1部 海洋に関する施策についての基本的な方針)とともに、海洋に関する紛争等は国際法に基づいて解決を図り、国際司法機関の積極的な活用や活動の支援を行うとしている。
 また海上安全、海洋環境、水産資源管理などの分野で既存の地域的な枠組みの中で国際連携を図ることも述べられており、「NOWPAPやPEMSEA等への参画等を通じて、関係諸国と海洋環境に係る国際的な連携・協力体制を強化する」(第2部 海洋に関する施策に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策)としている。NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)やPEMSEA(東アジア海域環境管理パートナーシップ)において具体的にどのような取組みがなされてきたかは後述する。

2.国際的な海洋政策と地域協力の経緯

 国際社会における海洋秩序の変遷を振り返ると、過去においては公海の資源は獲る能力を持つものが利用するというのが伝統的な考え方であった。海洋生物資源は所有者のない「無主物」であり、最初に捕獲したものが所有権を得る「無主物先占」が原則とされていた。やがて排他的経済水域(EEZ)の概念が登場し、EEZ内の資源は沿岸国が管理し、EEZの境界を移動する生物資源については関係国が協力して管理するという新たな海洋秩序が形成され、国連海洋法条約(UNCLOS)において明文化された。EEZを超えて移動する生物資源は「無主物」ではなく多国間で管理されるべき「共有資源」と捉えられるようになったのである。
 こうした新たな海洋秩序の確立と時期を同じくして、「持続可能な開発」や「海洋の統合的管理」といった概念が提唱され、海洋政策において大きな意味を持つようになった。国際的な環境協力の契機となったのは1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議であるが、同会議を受けて70年代には海洋に関する個別問題に対処するための多くの国際条約が採択された。例えば72年のロンドン条約(「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」)、73年のマルポール条約(「船舶による汚染の防止のための国際条約」)などである。
 82年に採択されたUNCLOSでは、その前文にも明記されているとおり、統合的な視点のもとで多様な人間活動を調整し、海洋生態系への影響を制御していく「海洋の統合的管理」を重視している。また、80年代後半には「持続可能な開発」の概念が登場する。70年代の環境関連条約が汚染軽減や絶滅危惧種への対応を主眼としていたのに対し、「開発」の概念が明確に位置づけられ、環境・資源分野の国際協力の基本理念として取り入れられるようになった。
 70年代には地域的な海洋環境協力の枠組みも構築された。ストックホルム国連人間環境会議では多国間協力の必要性を訴える宣言が採択されている。74年には国連環境計画(UNEP)管理理事会で「地域海計画」が提唱され、閉鎖性水域の海洋汚染対策や資源管理を目的とする地域条約に立脚した協力体制が作られてゆく。図1の水色で示されている地中海、ペルシャ湾、広域カリブ圏、南東太平洋などはUNEP主導の地域海計画、白色で示されている南極海、バルト海、北東大西洋などはUNEPから独立した地域海計画である。これらの地域海計画によって全世界の海域をカバーする体制になっている。
 なお、ヨーロッパやアフリカ、南米、北米などの地域海計画では協力の基礎となる合意として地域条約が結ばれているのに対し、アジアでは地域条約を策定せずに協力体制を構築する形をとっている。アジア地域におけるUNEP地域海計画(南アジア、東アジア、北西太平洋)では、いずれも地域条約は採択されておらず、政府間で行動計画が合意されている。

【図1】UNEP地域海計画

【図1】UNEP地域海計画

3.東アジアの海洋環境協力

NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)
 東アジアの海洋環境協力の主要な枠組みとして、UNEPの地域海計画であるNOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)とCOBSEA(東アジア海行動計画)、そしてPEMSEA(東アジア海域環境管理パートナーシップ)の三つがある。NOWPAPは1994年に行動計画が採択され、日本、韓国、中国、ロシアが参加している。対象としているのは東経121度から143度、北緯52度から33度の範囲の海域の海洋環境および沿岸地域である。
 NOWPAPは各参加国に分野別の活動拠点を置き、モニタリング・情報共有と緊急時の対応を活動の主眼としている。具体的には海洋・沿岸域の生物多様性データ、有害プランクトン赤潮の現状と対策、汚染物質の大気からの降下や河川からの直接流入、海洋ゴミの調査と対策などに関してモニタリング体制の整備と情報共有を行っている。また油濁事故などに備えて緊急時対応計画の作成や訓練の実施も行っている。最近は新たな方向性として沿岸域・流域管理のワーキンググループが2007年に設置されている。
 NOWPAPは定期的に政府間会合を開催して意思決定を行うが、事務局は富山県と韓国・釜山の二カ所に置かれている。そのもとに各国が得意分野を中心として活動拠点を設けており、富山県にはCEARAC(特殊モニタリング・沿岸環境評価地域活動センター)、中国・北京にはDINRAC(データ・情報ネットワーク地域活動センター)、ロシア・ウラジオストクにはPOMRAC(汚染モニタリング地域活動センター)、韓国・大田にはMERRAC(海洋環境緊急準備対応地域活動センター)が置かれている。日本のCEARACはリモートセンシングや赤潮対策などを担当している。

PEMSEA(東アジア海域環境管理パートナーシップ)
 東アジアの主要な枠組みであるPEMSEAは、地球環境ファシリティ(GEF)、国連開発計画(UNDP)、国際海事機関(IMO)の地域プログラムとして1994年に開始された。PEMSEAは当初、途上国の環境対策支援、特に海洋環境汚染対策を主な目的としていた。その後、この枠組みを一時的な汚染対策で終わらせず東アジアの長期的な海洋環境管理のために活用することが合意され、2007年から政府間の合意に基づく長期的な地域協力メカニズムに移行した。
 通常、環境協力のプロジェクトは一時的な体制のもとで補助金等を受け取り、一定の対策が講じられた後に終了する場合が多い。しかしPEMSEAは長期的な枠組みへの移行を実現すべく常設事務局を設置し、日中韓が経常的な予算を負担することになった。フィリピン政府はマニラの環境天然資源省の中に事務所を提供している。
 2009年には8カ国が正式にPEMSEAの法人格を承認し、国際協力のための地域機関として認められた。参加国はカンボジア、中国、北朝鮮、インドネシア、日本、ラオス、フィリピン、韓国、シンガポール、東ティモール、ベトナムの11カ国で、日本は2002年から参加している。政府機関のほか、19の非政府機関も参加している。
 NOWPAPがモニタンリグと情報共有を活動の中心としているのに対し、PEMSEAは沿岸域開発の計画段階から環境目標を組み込めるように、環境管理に必要な制度、投資、能力、知見、連携を強化するためのネットワークづくりや法制度の整備を重視した活動を展開している。特にICM(統合的沿岸域管理)という海洋管理の手法を東アジア海域全体に広く普及させることや、汚染が著しい海域のリスク評価や政策助言に力を入れている。そのほか、能力構築、環境投資機会の創出、市民社会との連携強化などの活動を行っている。
 ICMでは環境管理の能力を高めるだけでなく、関係者の合意形成も積極的に促している。海洋をめぐっては、多様な目的で利用する人々のあいだで対立が生じる場合も多く、環境管理を重視しながら関係者の参加を求め、沿岸域の利用調整を図る仕組みが重要となる。

【図2】リスク評価の枠組み(渤海の例)

【図2】リスク評価の枠組み(渤海の例)

 図2は高度汚染海域のリスク評価枠組みに関する渤海の事例である。沿岸自治体ごとにどのような人間活動が行われ、そこからどのような汚染物質が発生し、それらをどのように管理するかを体系的に評価している。
 こうしたリスク評価の結果を踏まえて具体的な対策の勧告が行われる。例えば、漁業資源・海底資源の過剰な利用に対しては禁漁期間の延長や漁獲量の削減、黄河河口における湿地の劣化に対しては土地利用の転換をコントロールするための法整備、持続可能な経済開発に向けては浄水施設の増設や排出量の削減あるいはそのための効果的かつ効率的な投資などの勧告を出している。
 図3は2012年のPEMSEAのICMプロジェクトサイトを示している。赤が統合的沿岸域管理のサイト、星印のタイ湾、マラッカ海峡、ジャカルタ湾は高度汚染海域としてリスク評価・管理が行われている海域である。2012年の時点で日本にPEMSEAのプロジェクトサイトは存在しなかったが、最近になって統合的沿岸域管理に取り組んでいる五つの自治体がPEMSEAのネットワークに加入することとなった。

【図3】PEMSEAのICMプロジェクトサイト

【図3】PEMSEAのICMプロジェクトサイト

パートナーシップの可能性と限界
 前述のように地域条約の締結をせず国際協力を行う点が東アジアの特徴ではあるが、具体的な活動の根拠が曖昧にならないように3年ごとに東アジア海洋会議を開催し、閣僚レベルで合意文書を採択して協力の機運を維持している。これまでに「東アジア海域の持続可能な開発戦略(2003年)」「海口パートナーシップ合意・運営協定(2006年)」「東アジア海域における持続可能な開発と気候変動への適応に向けた統合沿岸域管理の実施強化に関するマニラ宣言(2009年)」「海洋を基盤としたブルー・エコノミーに向けてのチャンウォン宣言(2012年)」「東アジア海域の持続可能な開発戦略2015に関するダナン合意(2015年)」などの文書が採択されている。またこの東アジア海洋会議は閣僚会議だけでなく、政府・自治体関係者や研究者など多くの人々が集まり知識と経験の共有を図っている。
 NOWPAPやPEMSEAは法的拘束力を持たない政府間合意に基づく「デファクト・パートナーシップ」であり、各国は自らの利益と能力に基づいて参加している。そのため活動内容はコンセンサスと信頼醸成に依拠し、政治的意思に左右されやすいという特徴がある。また加盟国の強いコミットメントが活動の前提となる。条約を締結するには多大な労力と時間を要する交渉が必要となることを考えれば、こうした形のパートナーシップはそれを回避して現実的かつ実行可能な課題から取り組めるというメリットがある。その一方で、地域条約がないために参加のインセンティブが弱く、国内の実施体制づくりにおける法的根拠が曖昧というデメリットもある。

日本の対応と課題
 日本においても国際条約が採択されていれば国内でその義務を果たすための立法措置が取られ、活動に必要な予算も付与されるが、それがないため対応が困難な面もある。実際に2002年にPEMSEAに参加した当初、日本はその活動に対して消極的な姿勢を取っていた。PEMSEAは東アジア諸国の大規模なネットワークであるにも関わらず、日本では国土交通省総合政策局海洋環境課の中の海洋室が担当部署となっていたため、予算の制約等により大々的な取組みは困難であった。
 海洋基本法の成立前後に国際連携の一環として関与を強めたものの、PEMSEAにおける日本のプレゼンスは決して高くない。要因としては、日本にとっての東アジア諸国沿岸域の環境改善効果が見えにくいことや、担当部署の予算・人員が限られていることなどがある。しかしながら、海洋の持続可能な開発や環境保全に関する日本の動向への関心は非常に高く、日本が国際的により大きな役割を果たす余地はある。例えば東京湾や大阪湾、広島湾などで実施されている「全国海の再生プロジェクト」はPEMSEAの高度汚染海域のリスク管理との関連が強く、その経験を活かす取組みも可能なはずである。また日本は水資源関連のODA実績も豊富だ。その経験をPEMSEAのプロジェクトに持ち込むとことも考えられるが、現在のところ行われていない。
 日本のICMプロジェクトサイトへの取組みは2010年から自治体レベルで導入されているが、国レベルでの推進体制は整っていない。日本の沿岸域は他国と比べてそれほど汚染されていないからだという見方もある。しかし環境だけでなく沿岸域の水産資源や観光なども含めた利用調整のための合意形成の仕組みとしてICMを活用することのメリットは大きい。
 国土交通省のウェブサイトにはPEMSEAへの貢献として「日本国内における過去の取組の知恵や経験等を先進事例として発信する」と記載されている。 確かに、日本はこれまで「ドナーの視点」から国際的な貢献を果たしてきた。しかし今後は各国と対等な立場で協力しながら、東アジアの沿岸域環境を改善していく「パートナーの視点」を強めていく必要があるのではないか。東アジアの海にさまざまな対立があるなかで、環境という共通の価値に立脚して議論や協力を行う多国間の枠組みとしてPEMSEAを戦略的に活用することも可能だ。環境分野でコミュニケーションのチャンネルを維持しておくことは重要である。

4.南極海の生物資源管理のための国際協力

 次に南極海の事例について述べる。南極海では南極条約(1959年採択、61年発効)のもとで領有権問題を棚上げにしたまま協力体制が構築され、一般的に難しいと言われている多国間漁業管理の数少ない成功例として評価されている。東アジアにおけるPEMSEAが多様な人間活動の調整のための統合的な海洋管理の先進事例であるのに対し、南極海の事例は生態系アプローチによる先駆的な取組みとして高く評価されており、漁獲対象種以外の生物や海洋環境にも配慮した資源管理が行われている。
 南極大陸をめぐっては7カ国が領有権を主張している。南極条約は各国が領有権を主張すること自体は認めつつ、同時に他国がその主張を否認することも認めている。各国の立場の違いはあるものの、南極大陸の軍事化を避け平和利用によって環境保全と資源管理の体制を作ろうとする取組みが行われてきた。

南極海の生物資源利用
 南極海はもともとアクセスが困難で、1773年にジェームズ・クックが南極圏に入るまで誰も近づけない海域であった。そのため資源は豊富だったが、19世紀初頭になってあざらしが捕獲されるようになると、数十年で資源が枯渇し産業が衰退してしまった。20世紀初頭にはシロナガスクジラなどが捕獲され始め、同じように大型鯨類が枯渇した。1970年代にはウミタカスズキやコオリカマスなど一部の商業価値の高い魚種が2~3年間の集中的漁獲によって枯渇した。
 このような状況に対する懸念が高まり、南極条約協議国会合での交渉を経て1980年に南極海洋生物資源保存条約が採択され(1982年発効)、南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)が設立された。委員会メンバー国は24カ国およびEUで、南極収束線以南を対象海域とし、南極海のあらゆる生物種を対象生物とした。ただし、あざらしについては南極あざらし保存条約、鯨類については国際捕鯨委員会(IWC)が既にあったため、CCAMLRでは扱わないこととなった。
 CCAMLRでは科学委員会の勧告を受けて委員会が管理措置を決定する仕組みになっており、基本的にはコンセンサス方式による意思決定が行われている。CCAMLRの原則(条約 第2条)では、生物資源を枯渇させないために漁獲対象種の加入を確保することが定められている。また漁獲対象種のほかに依存種・関連種についても、生態学的関係を維持するとともに枯渇した資源を回復しなければならないことになっている。例えばオキアミであれば、オキアミを食べる生物についても考慮しながら管理することが求められる。さらに海洋生態系の回復が20年から30年にわたって不可能になるような危険性を最小化することも条約で定められている。環境変動に関しては人間がコントロールできない部分もあるが、その影響を考慮しつつ管理可能な人間活動を規制している。

メロ類の管理
 現在、南極海でおもな漁獲対象となっているのはマジェランアイナメとナンキョクオキアミである。マジェランアイナメはかつて日本で「銀むつ」という名前で流通していたが、今はメロと呼ばれている。アメリカなどでは高級食材として人気の高い白身魚である。
 CCAMLRはメロ類の管理のため、生物種間の関係性を考慮した予防的漁獲枠の設定、鳥やウミガメなど漁獲対象種とは関係のない生物の混獲対策、適正な操業のための監視員乗船、データ報告等の義務付けなどの措置をとっている。これらの管理措置の実施状況を見ると、漁獲量はほぼ漁獲枠の範囲内に収まっており、混獲対策、監視員乗船、データ報告も概ね実施されている。これらはいずれもCCAMLRが不在であれば起きなかったと思われる肯定的な行動変化である。

【図4】南極海の漁獲海域

【図4】南極海の漁獲海域

 図4は南極海の漁獲海域を示した地図である。南極大陸周辺に位置する島々はイギリス、南アフリカ、フランス、オーストラリアが領有しているが、これらの島に関して領有権争いはほとんどない。唯一、サウスジョージア島をめぐってイギリスとアルゼンチンが争っている。
 南アフリカとフランスはEEZの内部で独自に漁獲枠を設定し、オーストラリアとイギリスはCCAMLRの決定に従って漁獲枠を設定している。ただし、オーストラリアもイギリスも漁獲枠の配分に関しては自国の漁船に優先的に漁獲させている。公海についてはCCAMLRが漁獲枠を設定し、各国の漁船からの操業報告に基づいてCCAMLR事務局が終漁日を予測して通告する体制となっている。これは漁獲可能量に達するまで自由競争を認める「オリンピック方式」だが、うまく機能しているようだ。
 メロ類の現在の資源状態は概ね良好であり、漁獲開始前の4割以下にまで資源が減少している海域もあるが、他の海域では漁獲開始前の5割以上、あるいは8割以上の資源水準を維持している。外部の科学者からなるパフォーマンス・レビュー・パネル(2008年)は「漁獲対象種と混獲種の現在の資源水準と傾向は、条約第2条の目的に概ね合致している」と評価している。
 CCAMLRはIUU(違法・無報告・無規制)漁業対策も行っている。1998年以降、すべての漁船に対して漁獲現場だけでなく寄港国での検査が義務化された。漁船の動向も自動制御型の船舶監視システム(VMS)の導入を義務付け、リアルタイムで位置情報の管理が行われている。また合法的な漁獲物であることを示すために漁獲証明制度(CDS)が導入され、漁獲物には証明書が付けられて市場で流通するようになった。現在はウェブベースのe-CDSが導入され、証明書の電子化によって改ざんを防止している。そのほか、IUU漁船リストの作成、海上転載の事前通知の義務付け、加盟国の国民による順守促進などの取組みも行われており、こうした対策がなかった場合と比較すると顕著な改善効果が見られる。ただし、IUU漁獲がゼロになったわけではない。

5.CCAMLRの有効性の検証

 CCAMLRの取組みはなぜ成功しているのだろうか。図5は、国際関係論において新制度主義の研究者により構築された制度の有効性分析の枠組みである。この枠組みに沿ってCCAMLRの有効性を検証する。
 国際制度の有効性(regime effectiveness)を説明する要因としては、①問題の性質の悪性度(problem malignancy)、②制度が問題を解決する能力(problem solving capacity)の二つがある。問題の悪性度が高ければ国際制度で対処するのはより困難であり、マイナス要因となる。一方、制度自体の問題解決能力が高ければ効果もより大きく、プラス要因となる。

【図5】制度の有効性:分析枠組み

【図5】制度の有効性:分析枠組み

 制度の有効性を判断する場合、何を基準として判断するかも明確に定義しなければならない。そこで制度を①意思決定レベル(output)、②態度・行動レベル(outcome)、③対象問題レベル(impact)に分けて考える。すなわち、CCAMLRの場合は条約が制定されたのちに漁獲制限を決めるといった意思決定がどれだけなされているか、そしてその意思決定した内容を遵守するという行動変化が見られるか、さらに行動変化が実際にどれだけ資源回復に結び付いているかを検証する。
 そしてそれぞれのレベルについて国際制度が不在だった時(non-cooperative situation)を基準(reference point)として比較する。また理想的な問題解決(technical optimum)との距離の変化も特定する。つまり、密漁がまったく行われてない状態を理想的な問題解決の姿と考え、そこにどれだけ近づいているかを測る。
 まず南極海におけるメロ類の管理について問題の性質の悪性度を見ると、メロ類は寿命が長く成長が遅いという生物学的特徴や高価な市場価格から、乱獲が起こりやすいという弱点がある。一方で、南極海は遠方で漁獲が難しい海域であるため、まだ多くの未開発資源が存在している。実際に、従来の漁場で漁獲枠が削減され収益性が悪化すると、新たな漁場の開拓が行われる。このように、メロ類の管理には悪性度が高い側面と低い側面の双方がある。
 次に問題解決能力はどうか。CCAMLRの意思決定はコンセンサス方式で行われている。また「保全重視」と「利用推進」の対立はそれほど強くなく、片方への顕著な偏りは見られない。これは鯨類を管理対象から除外したことも大きく影響していると考えられる。またCCAMLRの科学委員会はかなり高いレベルの活動をしており、不確実性に対する頑健性の確保や生態系への配慮という点に関して、様々なモデル計算を行った上で管理措置を設定している。
 さらに、南極海は日本にとってはすべて公海だが、島を領有する国、あるいは南極大陸の領有権を主張する国が「沿岸国」として存在する。これらの国々はCCAMLRの枠組みの中では決して強硬な態度は取らないが、資源保護にかなり積極的に取組んでいる。したがって、問題解決能力に関しては沿岸国の努力も大きいと言える。
 またメロ類の価格が上昇を続けていることから、密漁されやすいという問題の性質は変わっておらず、やはりCCAMLRの対策がそれなりの意味を持っていたと思われる。
 なお南極海のもう一つ主要な漁獲対象種であるナンキョクオキアミは資源が豊富にあり、例えば48海区(南極海の太平洋側海域)における推定資源量は6,030万トンに及ぶ。そのうち漁獲枠は561万トンに設定されていて、かなり余裕を持った管理が可能である。したがってCCAMLRの規制は漁業者の行動変化をほとんど要せず、良性の問題に対して問題解決が強化されてきたと見ることができる。ただし今後乱獲が起きる可能性はあり、将来の漁獲増加に備えた予防的な管理措置が採択されている。ちなみに、日本はナンキョクオキアミ漁業から2005年にマルハが撤退、2012年にニッスイも撤退している。南極海での操業コストが高いことが日本にとっての課題となっている。
 以上のように、CCAMLRの成功は国際制度のもとでの意思決定が行動変化をもたらした結果と言える。特にIUU漁業に関しては顕著な行動の変化が見られ、IUU漁船はCCAMLRの管理海域の外で活動するようになった。CCAMLRによるメロ類の管理においては理想的な問題解決(technical optimum)への距離は縮小していると評価できる。
 南極条約体制の参加国は、領有権争いはあっても資源管理および環境保全の分野において協力をする意思が強い。また鯨類が対象外となっていることで規範的対立を開始できている点もCCAMLRの有効性を説明する要因として考慮すべきであろう。

日本の役割
 日本はこれまでCCAMLRによる漁獲枠の設定に強く反対したことはないが、混獲対策などで厳しい規制が適用されると操業コストが上昇するため、その点に関しては多少の懸念を持っているようだ。IUU漁業対策では日本はCCAMLRで合意された管理措置(漁獲証明制度等)を確実に履行しているとされる。その一方で、日本は寄港国措置に関するFAO協定は未批准のままであり、公海での違法な外国漁船の取締に関して国際条約で認められた権限を行使していないとの指摘がなされている。
 また日本は水産物の消費大国であるが、このことは、資源の乱獲を回避すべく持続可能な方法で漁獲された水産物を選ぶことによって市場に強い影響力を行使できるという意味を持つ。水産物認証による消費者の選択を促し、その影響力をさらに発揮することが期待される。
 オキアミ漁業から撤退したように、日本にとっては南極海漁業のコストが課題となっている。そのような中で日本としてこの海域にどのように関わり、南極海の生物資源利用の問題にどう向き合ってゆくべきか、長期的な課題として考える必要がある。

(2016年6月11日に開催した政策研究会における発題を整理してまとめた)

 

 

1 COBSEAは1984年に行動計画が採択され、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、タイの5カ国で開始した。94年から豪州(2011年まで)、カンボジア、中国、韓国、ベトナムが加わったが、日本は加盟していない。

2 http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_mn_000029.html (2016年8月3日アクセス)

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