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政策オピニオン

大国のパワーシフトとアジアの地域統合、日本の役割

—欧州の経験を踏まえて—
青山学院大学・大学院教授 羽場 久美子

2013.12.25

 欧州は現在のような5億人を超える地域統合組織をどのようにつくり、世界の経済的頂点に立ったのか。その経験を踏まえ、成長するアジアの中で日本が地域統合のリーダーシップをとるにはどうすべきかを考える。

欧米からアジアへの7つの歴史的転換点

 21世紀に入ってすでに13年が経過したが、我々は歴史の大きな転換点を迎えている。特に2008年以降の5年間は世界が音を立てて変化している。振り返れば、これまで欧州・米国からアジアにかけて、7つの転換点があったと考える。
 第一に、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件とそれに続くイラク戦争である。冷戦体制のもとでは各国がミサイルや核をハード・セキュリティーとして対峙していた。ところが、9.11は一本のナイフあるいは一発の銃声によるテロで世界が変わり得ることを白日の下に晒した。テロリストは市民の中に隠れているとよく言われるが、9.11によって70億の人々に紛れ込んでいるテロに対する、ソフト・セキュリティの問題をどう解決するかという課題が我々に課せられた。飛行機の搭乗や政府機関の建物に入るときのセキュリティー・チェックもその例である。70億の民の中のテロリストを見分けるために70億人をチェックしなければならない難しい時代に入っている。
 第二が2008年9月15日のリーマン・ショックと財政危機、第三が2010-12年の欧州金融危機である。ちょうどこの頃からドルという基軸通貨がユニラテラルなものではなくなり、ユーロが凄まじい勢いで成長し始めた。当初、ユーロはドルと比べて0.8対1程度の弱い通貨として流通し始めた。しかし現在では1.35-1.4対1と非常に強くなった。これはEU拡大とドイツの経済力に負うところが大きい。日本よりも小さなドイツが28カ国のEUとユーロを率いて単位通貨のドルに対抗している。2004-07年にEUが大幅に拡大し、現在28カ国が加盟している。2004年以降、世界金融とGDPのトップを走っており、ユーロ危機以降も米国よりEU全体の規模の方が大きい。近年、このような形で地域統合に対する関心が高まっている。
 ただし、2010-12年にリーマン・ショックの影響が世界に及び、ユーロ危機が始まった。現在はやや収束しているが、長期にわたって継続したためにユニラテラルからマルチラテラルへと転換した欧州の金融が頭打ち状態になってきていることも事実だ。以上の三点は、先進国の危機が安全保障においても金融においてもきわめて難しい時代に入ってきたことを示している。
 第四が、日本における2011年3月11日の東日本大震災である。これは上述の危機を超え、我々に近代というものを考え直させるきっかけとなった。その後、私は研究活動のため欧州および米国に滞在していたが、3.11は日本が考える以上に欧米の近代社会に大きな影響を与えたことを実感した。ここで明らかになったのは、世界の中でもっとも安全と言われていた日本の原子力発電所が地震・津波という自然災害によって大きな問題を引き起こし、それがいまだに解決できていないということだ。近代とは、いわば人間が科学技術によって自然を克服し、地球の頂点に立ってきた時代である。しかし、実は人間は大自然の前では無力であり、少し大きな地震や津波によってその頂点が揺らいでしまう。
 私が滞在していたハーバード大学やMITなどは、それから東日本大震災について緻密な研究を続けた。一体何が起きたのか、さらに大規模な災害が起きたとき人類は生き残れるか。そのような大きな問題を突きつけたのだ。その意味では、戦後に発展を遂げ科学技術においても頂点に立っていると思われた日本の自然災害が、世界に近代化を考えさせるきっかけとなった。
 第五が、中国、インドを始めとするアジアの経済発展である。欧州と米国にとって驚きであったのは、少なくとも当初の段階では、金融危機がBRICsと呼ばれるような新興国にほとんど影響を与えなかったことである。2009-12年にかけて、先進国の経済が停滞しているとき、emerging powerと言われる新興国は8-10%の成長を遂げた。いまでこそ頭打ちと言われているが、それでも7%台を維持している。その成長の根源はどこにあるのかということで、欧米では中国、インド、ブラジルなどについての研究が活性化している。欧米を訪れるとアジア諸国の成長と、それについて行けない日本について考えさせられることが多い。
 それに伴う第六の転換点がナショナリズムの強まりである。昨年以降、尖閣、竹島、北方領土、北朝鮮の核開発などの問題で緊張が高まっている。そのような中、日本も中国も韓国もナショナリズムをどのように抑制するのかが緊急の課題となっている。
 他方、第七の転換点は世界における自由貿易協定(FTA)の著しい拡大である。2010年には中台FTAが締結され、2012年6月に日中通貨交換が始まった。そしてG2と言われる米中接近が見られた。これらはいずれも体制を超えて経済レベルでの協力関係が非常にプラグマティックな形で始まっていることを示している。それに加え、今年から米欧FTAが始まっている。これは米欧が協力しなければ、いよいよアジアに乗り越えられてしまう時期に来ていることを示している。
 さらに環太平洋パートナーシップ(TPP)の議論も活発化している。日本において興味深いのは、経済産業省が現在TPP、日中韓FTA、日・EU FTAの三つに並行して取り組んでいる点である。まさに政府がパワー・シフトの中での戦略を考え始めているということだ。

グローバリズムが引き起こした新興国へのパワー・シフト

 「パワー・シフト」はもともとアルビン・トフラー(Alvin Toffler)が1990年に著書(※1)の中で論じた概念であり、彼はいま二つのシフトが起きていると指摘した。本来パワーには軍事力、経済力、知力の三構造がある。欧米はこのトライアングルを統合することで近代の発展を遂げてきた。すなわち近代化とは、この三つのパワーの統合として始まった。


 軍事力は欧州が19-20世紀に帝国主義によって世界中に植民地を作った時期の主導力であった。経済力は「富国強兵」と言われるように、軍事力との両輪によって豊かな国作りのために必要とされた。知力とは科学技術であり、ITであり、情報力である。トフラーは、21世紀は知力の時代だと述べている。これが知力へのシフトである。
 軍事力は強大な力によって世界を支配するが、同時に敵を創るものである。他方、経済力はwin-winの関係を築くことができるという点で現在においても大きな意味を持つ。そして知力には総合力、世界展開力、継続性がある。そもそも近代は知力による軍事力と経済力の発展によって形成された。我々は知力によって羅針盤を作り、太平洋に乗り出し、世界を支配するようになったのである。
 もうひとつのシフトは、19-20世紀の欧米から新興国へのパワー・シフトである。ローマ帝国は500年、大英帝国は300年続いたが、滅びない帝国はない。いまは次のemerging powerが何であるかが問われている。それがアジアであることは間違いないだろう。
 上述の三つのパワーのうち、どれがもっとも重要かは時代によって変化するが、それらはトライアングルの三つの脚として存在し続ける。現在、米国は世界の半分以上の軍事力を保有しているが、経済力においてアジアやEUに抜かれつつある。
 そしていまどこが知力を握るかをめぐり、ハーバード大やMIT、オックスフォード大、ケンブリッジ大なども競っている。一方、日本の大学は世界の上位100大学に2校しか入っていないが、その2校のランクが過去5年で大幅に落ちている。東大は17位から32位に下がった。それに代わってシンガポール、韓国、中国などの大学は順位を上げている。そのような競争にも加わらなければならない時代に来ている。
 そのような競争を引き起こしているのがグローバリゼーションである。過去10年間の変化を見て驚くのは、もともとグローバリゼーションは米国が提唱したものであり、米国は気候変動、エネルギーの枯渇、多国籍企業、情報の世界化などで世界をリードしてきた。ところがここ5年間、とりわけリーマン・ショック以降、もしかするとグローバル化は先進国より新興国に有利なのではないかという疑念が先進国を覆い始めた。BRICsなど新興国の急激な成長を遂げる一方で、欧米や日本は財政危機の問題を抱えている。先進国の長期的停滞に対し、新興国は財政危機の影響をほとんど受けなかった。
 EUではこれを「競争力」(competitiveness)と関連して説明している。EUが2000年にリスボン戦略で高く掲げたスローガンがこの「競争力」である。世界の中で生き延び、米国を凌ぐ経済力を持つには競争力をつけなければならない。そして当時EUは10年間で米国に追いつくことを目標としていた。実際には2003-2004年に米国を抜いてしまった。2004年はEUが15カ国から25カ国に拡大した年でもある。EUは比較的賃金の安い東欧の新興国を内側に囲い込むことで急速な経済成長を遂げた。
 グローバリゼーションにおける競争力には三つの条件がある。㈰安い労働力、㈪安い商品、 ㈫巨大な人口(市場)である。したがって自国の賃金が高いトヨタもゼネラル・モーターズも世界に出て競争をしなければ勝つことができない。我々が「坂の上の雲」を目指して近代化を推進してきたのは豊かになるため、幸せになるためであった。しかし、欧州も米国も日本もその頂点に立ったとき、安い賃金、安い物価でハングリー精神を持って上昇してきた中国やインドの挑戦を受けるようになった。
 これは矛盾を孕んでいる点でもある。安い労働力、安い商品、 巨大な人口(市場)は、かつて20世紀においては「貧困の象徴」であった。スーザン・ジョージ(Susan George)に言わせれば、それらは「世界の半分が飢える」条件であり、そのような貧しい人々をいかに救うかが20世紀の課題であった。いまも中部アフリカなど最貧困の状況は変わっていない。したがってこの三つの条件を兼ね備えemerging powerとなるグループと、世界の最貧国にとどまるグループが存在することになる。
 その違いはパワー・シフトと関連している。知力、すなわち科学技術やITなど21世紀の新しい知識を持ち、それによって経済力を発展させることができる国は、たとえ軍事力を持っていなくても米国や欧州、日本に挑戦することができる時代に入った。したがって技術力、そしてグローバル化という現象をどのように自国の利益につなげていけるかという意味で、FTAをはじめとするバイからマルチの地域協力の重要度が増している。まさに21世紀の繁栄と国益はこの三つのパワーのうち経済力と知力を誰が持つかによって勝者が決まるのである。
 実は日本はその点で有利な立場にある。日本は先進国の一員であり、三つのパワーをバランスよく持っている。なおかつ新興するアジアの一員でもあり、アジア諸国とのバランスを取りながら米国ともEUとも結ぶことができる。アジアの中でそのような国は日本と韓国しかない。その力をどのように使えるかが、我々が今後生き延びていくためのメルクマールとなるだろう。

アンガス・マディソンの経済統計が欧米に与えた衝撃

 これを具体的に立証するために統計を見る。アンガス・マディソン(Angus Maddison)はオランダの大学で教鞭を執った英国人学者で、2007年に西暦1年から2030年までのマクロ経済統計を発表した。(※2)このマクロ統計が世界を席巻し、パワー・シフトの概念の重要な基盤となった。
 マディソンは古代、中世、近代、現代にいたる流れの中で各地域のGDPを計算し、二つの重要な指摘をした。第一に、2030年にアジアのGDPは米国を抜き、世界経済の50%を超えることを明らかにした。これについては既に世界銀行やIMFも同様の予測をしている。第二に、200年前(1820年)に日本を含むアジアのGDPは世界の50%を超えていたと指摘した。
 マディソンは中世や古代について研究を重ね、その過程でアジアがいかに長期にわたって富を独占してきたかを明らかにした。その結果、現在のアジアの経済発展は奇跡ではなく、200年前に「回帰」しているだけと述べた。200年前のアジアのGDPは世界全体の59.4%である。一方、当時の米国は1.9%を占めるに過ぎず、無きに等しい存在だった。我々は近代200年の世界の中で生きてきて、自分の価値観や生き方もその中にある。しかし人類の長い歴史から見てアジアは非常に豊かな富を持っていたということをマディソンは立証したのだ。
 これが米国や欧州に大きな打撃を与えた。欧州ではマディソンの著書が飛ぶように売れ、何度増刷してもどこにも見つからないほどだった。中国でも非常に売れたようだ。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を著したエズラ・ヴォーゲル(Ezra Feivel Vogel)によれば、米国の中学・高校教師が「世界でもっとも豊かな国はどこか」と生徒たちに尋ねると、最近5年間で「中国」との答えが増えたという。
 しかしジョセフ・ナイ(Joseph Samuel Nye, Jr.)はTEDで行った講演(※3)で、「米国は唯一の超大国であり二十年から三十年はこの状態が続くだろう。軍事面で中国が米国に取って代わることはない」「もっとも恐れるべきものは恐怖そのものであり、中国の台頭やアジアの復活を恐れる必要はない。皆が利益を得られるグローバルな公共財をどのように協力して産み出すかを考えるべき」と述べている。まさに日本も同じ発想が必要ではないか。G2戦略は、米国が衰退する側にいるだけでなく、発展する側にも参与してくということだ。G2が成功するかどうかはともかく、先ほど述べたように日本は非常に良い位置にいる。あらゆる先進国とも結べるし、アジアの一員でもある。この位置を利用することがきわめて重要だ。

「オムニラテラル」(全方位)に世界とFTAを結ぶ時代

 2010-12年の世界の国レベルのGDPを見ると、2010年は中国が日本を追い越した年であり、この年の中国と日本のGDPは5兆5千億ドル程度でほぼ同じだった。ところが、その2年後の2012年、中国のGDPは8兆ドルに達している。日本の1.5倍近く、米国の半分近くに及ぶ。以下、ドイツ、フランス、英国と続いている。ドイツは何年も前から英国を追い越してEUのリーダーとなっている。ブンデスバンクがEUのユーロの中央銀行となっている。これと同じように、アジアの地域統合が実現すれば日銀がアジア通貨の中心になるのではないかとの指摘もある。金融が統合したときに、どこがセンターになるのかも考えておくべきだ。10年後では遅すぎる。

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 地域レベルのGDPでは国レベルとは違った状況が見えてくる。現在、地域レベルでは28カ国が加盟するEUが世界のトップである。2010-12年といえばEUがユーロ危機で苦しんでいた時期である。実はEUはユーロ危機の中でも全体として成長を続けていたし、特にドイツ経済はユーロ危機の時期にV字回復を遂げた。アベノミクスと同じ原理だが、ドイツはユーロの価値が下がったために自動車や機械などの輸出が非常に好調となった。
 一方、米国の15兆7千億ドル、EUの16兆4千億ドルに対して、アジアは日中韓で15兆3千億ドルとなり、ASEANを加えなくてもすでに米国にほぼ並んでいる。さらにASEAN+3(日中韓)は16兆8千億ドルで米国を凌ぎ、ASEAN+6(RCEP ※4)は19兆8千億ドルでEUをも凌ぐ。まだ数字上の話ではあるが、世界に冠たるアジア地域統合圏となる。このアジア経済圏をいかに牽引していくかがきわめて重要である。
 PPP(購買力平価)ベースのGDPは近年、5-10年後の名目GDPを表すと考えられている。PPPはかつてあまり意味がなかったが、安い賃金、安い物価が競争力になるとすれば、この数値は将来を予測する上で参考になる。中国は米国に迫っており、OECDの試算によれば両国は2016年に並ぶ。インドは昨年日本を追い越した。PPPベースではすでにブラジルが7位に上がってきている。この9月にロシアを訪れたときには、同国の専門家が2012年の統計でロシアがドイツを抜いたと言っていた。
 つまり、BRICsがドイツや日本を追い越し、米国に迫る時代になってきており、これにどう対応するかがきわめて重要だ。だからこそ経済産業省もTPP、日中韓、EUの三本柱のFTAを勧めようとしている。それによって「オムニラテラル」(全方位)に世界とFTAを結ぶことができる。「全方位外交」を最初に言い出したのはロシアのプーチン大統領だったが、いまや米国、中国、さらにそのような考え方に慎重だったEUまでもが、「オムニラテラル」の時代に入っている。
 EUでは最近「G2」に対して「G3」という概念が議論されている。米国、EU、中国によるG3を意味するが、EUでは最近中国研究者やインド研究者と強力な共同研究を行い、EU企業が大挙して中国・インドを訪問する機会が増えており、注目に値する。

世界の「消費市場」へ移行するアジア

 こうした中でのアジアの経済発展の優位性について考えてみたい。最近、香港で開かれた学会で、アジアの域内貿易は中間財を中心として非常に統合されているという研究内容が発表された。すでにアジア全体の60%が域内貿易として行われている。(※5)例えば、日本や韓国の技術を使ってベトナムで中間財を組み立て、それを米国やEUに輸出する。まさに統合体として機能しているわけだ。実はEUの域内貿易も65%程度で、アジアとほとんど変わらない。
 経済産業省の資料によれば、2008年のリーマン・ショック直後の経済成長率は、米国、EU、日本がマイナスだったのに対し、中国、インド、アフリカなどの新興国はほとんど影響を受けなかった。安い労働力、安い賃金、安い物価が非常に有利に作用したと言える。翌年の2010年、先進国の経済はやや回復したが、それでも5%以下の成長だった。それに対して中国、インド、ロシア、ブラジルなどは7-8%の成長を遂げた。現在、中国の成長率は7%台で頭打ちだと言われるが、回復した日本や米国の2-3%と比較するとその差は大きい。
 またアジアの「中産層」は1990年には1億人だったが、2008年には8.8億人、2010年には10億人に拡大した。米国とEUを合わせた人口よりも多い数の中産層がアジアに存在している。ただし、この場合の「中産層」は一人当たり所得が5千-3万ドルで、日本ではいわゆる「ワーキング・プア」レベルに相当する。ところが、この10億人の1割があと10年もすれば「高額所得者」になると言われており、日本の人口規模の高額所得者がアジアに出現することになる。これらの数字を見るとパワー・シフトの凄まじさが伝わってくる。
 家計の貯蓄率も高く、中国やインドは25%を貯蓄に回している。かつて貯蓄率が高かった日本は3.3%と非常に低くなっている。米国も同様である。GDPの貯蓄率はさらに驚異的で、中国は50%を超え国全体のGDPの半分を貯蓄に回している。インドは40%、マレーシア、ベトナム、フィリピン、タイも30-40%という非常に高い貯蓄率である。中国はこの貯蓄をアフリカの投資やギリシアの支援に回しており、かつての日本のODAと同じように非常に政治的に使われている。
 このような流れの中で、アジアは世界の消費市場になっていく。現在アジアは「世界の工場」と呼ばれているが、生産市場だけでなく消費市場になっていくと考えられている。経済産業省の試算では、アジアは2015年までにNAFTAおよびEUを追い越す。

TPPによる経済的利益は限定

 TPPには基本的に参加すべきと考えるが、TPPから得られる利益は日本にとっても米国にとっても限定的であると思われる。特にこの1年間、オバマ大統領が再選されるまで米国に滞在していたが、米国内ではTPPをめぐり賛成派と反対派が拮抗していた。TPPはFTAと同じく自由貿易のための協定であり、自由貿易はヘゲモニー(覇権)ではなく自由競争によって成り立つ。そのように考えると、19世紀および20世紀前半のように、米国の指導力のもとで世界がTPPを通じて米国の経済的利益に奉仕するかといえば、それはきわめて困難な状況になっている。
 例えば最近の交渉においても、ラテン・アメリカの小さな国々でさえ自動車やサトウキビなどさまざまな問題について米国に「イエス」と言わなくなってきている。TPPがかつてのような形で米国のヘゲモニーによって形作られるなら米国にとってプラスになるかもしれない。しかしそうでない場合、米国が途中で交渉から撤退する可能性すらあるのではないか。
 中国はTPPに非常に強い関心を持っている。米国はもともとTPPをマーシャル・プランのように使おうと思っていたのではないか。マーシャル・プランは米国が第二次大戦後、疲弊した欧州に豊かな富を与え、それによって両者がNATOで結びつくことによって欧米の黄金時代を創りだした。そのような形で、米国がTPPによってアジアに豊かな富を与え、米国とアジアの大経済圏を創ろうとしている可能性はある。しかし20世紀の半ばと現在との大きな違いは、米国よりアジアの経済規模の方が大きくなっているという点だ。オバマ大統領は繰り返し、TPPを雇用200万人、輸出倍増に使うと訴えているが、もし「Free Trade」(自由貿易)の結果、米国の自動車が売れず、サトウキビの問題が調整できなければ撤退もあり得る。

米国を含む多元的地域「間」協力が稼働しているアジア

 アジア地域統合の最大の問題は域内で組織化が進んでいないことと、安全保障上の対立があることである。欧州と比較すると、EUは経済と安全保障の枠組みがほぼ同一である。EUの優先課題は法の支配(rule of law)と制度(institution)であり、そのうえで競争性(competitiveness)に勝ることを目指している。EUは非常に機能的な統合がなされており、EUの枠組みの中にユーロ圏、シェンゲン協定圏、欧州経済領域が含まれ内側に収斂する組織となっている。
 実はアジアにはすでに12の連合体組織がある。そのかなりの部分が21世紀に入ってから創設されたものであり、2005年以降にできたものも多い。もっともコアになる組織がASEANであり、その外側にASEAN+3、ASEAN+6(RCEP)、ASEAN+8(米国、ロシア)、ASEAN+10、APECがある。さらにアジア全体の協力機構のようなACD(Asia Cooperation Dialogue:アジア協力対話)、メガ・リージョンと呼ばれる上海協力機構やSAARC(South Asia Association for Regional Cooperation:南アジア地域協力連合)などがある。上海協力機構は中国、ロシア、中央アジア諸国で構成され、軍事機構でもある。インドも入れれば人口は28億人に達し、地球の半分が入るほどの巨大機構である。SAARCはインドとパキスタンなど紛争を続けている国々も入っており、これもオブザーバーを含めると30億人近くになる。
 したがってNAFTAやEUが3-5億人程度であるのに対し、アジアの地域連合は20-30億人という巨大な組織である。2010年にオバマ大統領が提唱したASEAN+8(日中韓、印豪NZ、米露)という枠組みも注目に値する。米国はアジアの地域統合に反対しているわけではなく、非常に積極的にアジアに関わろうとしており、現在12の組織のうち5つ、TPPを含めれば13の組織のうち6つに入っていることになる。
 さらに「6者協議」は本来北朝鮮の核問題を協議するために設置された会議だが、体制が異なり世界に強い影響力を持つ国々がここにすべて入っている。これをEUのOSCE(Organization for Security and Co-operation in Europe:欧州安全保障協力機構)のように安全保障の議論を行う場にできないだろうか。敵対国がすべて入っており、ここに他の国々を入れれば「アジア国連」のようなものができるかもしれない。EUのOSCEは「欧州の国連」としてコソボ紛争などの問題を議論する機能を果たしてきた。6者協議を活用して北朝鮮や尖閣諸島、竹島の問題を解決する道もあるのではないか。
 また、12の地域連合のうちアジアのプロパーな組織は、ASEAN、ASEAN+3、SAARCの3つだけである。アジアの地域統合がいかにアジア以外の国々を含む形で形成されつつあるかがわかる。ASEANは比較的まとまっているが、ASEAN+3(日中韓)とSAARCは相互に争っている国々が含まれており、それをどう解決するかが課題である。
 このように見ると、アジアの地域統合の特徴として、まず地域外に広がっている点が挙げられる。また欧州や米国などへの遠心力がきわめて強い一方で、中央部分の結束が弱い「ドーナツ化現象」が見られる。この中央部を強化する必要がある。

日米同盟とアジアの両方を取る

 繰り返しになるが、日本は先進国でもあり、アジアの一員でもある。その立場を活かして米国とアジアの架け橋となり、両者を結ぶ役割を果たすべきである。また政治に突破口が見出だせない現状を踏まえ、経済の共同を推進すべきである。欧米がアジアに入ろうとしているのは、欧米自体が経済的に疲弊しているためでもあるが、同時に彼らがアジアで利益を得られると考えているからでもある。プラグマティックに利益が得られる経済共同から始めることが効果的である。
 これまで「日米同盟かアジアか」と言われてきたが、二者択一ではなくどちらも取ればよい。米国はすでにそのような重要な選択をしていて、13組織のうち6つに入っている。ロシアは8、EUも3つに入っている。同じように、日本もアジアで相互の国益を求めてゆけばよい。経済はwin-winの関係であり、これまでのように経済的な関係を強化してゆくべきだ。
 経済において覇権を求めることは困難である。地域統合は覇権があっては成立しない。そもそも欧州は20世紀まで覇権を競って二度の世界大戦を経験し、数千万人の死者を出している。そして完全に疲弊したあと、EEC(欧州経済共同体)を創った。覇権ではなく相互利益を保証することが地域統合の原則である。先ほど述べたように、TPPで米国が自国の利益のみを追求しようとすると失敗する。逆にTPPが成功する中で米国が撤退を余儀なくされる可能性もある。いかに同等な経済関係を構築するかが問われている。これは日本にも言えることである。
 しかしながら地域統合は熾烈な交渉の場であることも忘れてはならない。EUも加盟国が仲良くやっているかと言えば、毎回商品を巡って激しい闘争を繰り返している。例えば、欧州では最近まではあらゆる発泡酒を「シャンパン」と呼んで販売していたが、フランスのシャンパーニュ地方が独自の登録商標だと主張して裁判に勝利したため、スペインやドイツのシャンパンは安価な発泡酒に分類されるようになった。TPPの交渉も同様に、すべての品目について各国が身を削る戦いを強いられる。相当な交渉力がなければFTAやTPPを乗り越えることはできないだろう。
 それでもアジア経済と結ぶことによって米国経済が回復すると信じるからこそ、オバマ大統領はASEAN+8やTPPを通じてそれに挑戦している。日本は幸運にも両方に脚をかけている立場だが、それを十分に利用できていない。むしろ韓国が日本の代わりを務めている。韓国は国連事務総長を取り、世界銀行の総裁の位置も取った。米国や欧州を含めてまさにトップ争いの時代であり、そこに日本がどのように対応してゆくべきか、強い危機感を持って取り組む必要がある。

「status quo」政策を受け入れ欧州の指導国になったドイツ

 安全保障については「status quo」(現状維持)の政策をとるべきだ。実はこの「status quo」は歴史的な言葉であり、1975年に全欧安全保障協力会議で採択されたヘルシンキ宣言において、欧州は安定と平和のために戦後の国境のstatus quoを提案した。このとき、東西に二分割されていたドイツに対してもstatus quoを迫ったわけであり、ドイツとしては屈辱的なことだった。しかしドイツはそれを認めることで欧州に受け入れられ、NATOの一員となってやがて指導的な国家へと成長してゆく。その後、89年に冷戦が終焉し、90年にはドイツが統一された。
 あるドイツ人研究者が語っていたことだが、もし75年にドイツがstatus quoを認めていなければドイツは欧州に受け入れらなかっただろうし、冷戦終結後にフランスがドイツ統一を認めることもなかったはずだという。ドイツは第二次大戦でホロコーストだけでも600万人を超す死者を出しているが、それにも関わらず5年後には欧州統合のプロセスへと組み込まれていく。
 「ソ連を追い出し、米国を誘い入れ、ドイツを封じ込め、統合する」というNATOの言葉がある。欧州は第二次大戦後にかつて同盟国だったソ連を追い出し、ナチスが崩壊した後のドイツを取り込むという180度の転換をした。そのような転換が実現した背景には、「ドイツは欧州と共に生きる」というドイツ側の決断があった。メルケル首相も苦境に陥ったとき、常に「ドイツは欧州と共に生きる」と言っている。そのようにしてドイツは欧州のリーダーとなり、ブンデスバンクが欧州中央銀行になった。日本はそこまでできないにしても、米国とアジアの架け橋となる重要な位置にいることを自覚すべきだ。その他、食、防災、医療などの非伝統的安全保障についても協力を拡大する余地がある。特に災害の多いアジアで津波や地震への対応は重要だ。

シンクタンクの強化とアジアの若者交流拡大を

 21世紀は「知の時代」であり、とりわけアジアのシンクタンクの強化が重要である。欧州や米国には数千のシンクタンクがあり、ハーバード大、MIT、オックスフォード大などがその知の中心になっている。そしてシンクタンクは政界、官界、企業、メディアなど各界にアウトリーチを行っている。我々はあらゆる分野と結びついた知、社会の中で生きてゆく知の創造を欧米に学ばなければならない。
 さらに文部科学省が30万人の若者交流計画を打ち出しているが、欧州がドイツを受け入れた背景には「独仏若者100万人交流計画」があった。ドイツとフランスは双方の国の子供を家庭に受け入れるなどの交流を進め、現在ではEUの中でも両国間の国際結婚の割合が高くなっている。アジアでも20代の若者がお互いの地域で生活し、理解を深め合うことが重要だ。
 世界経済のトップを占めるアジアの経済を共同で発展させなければならない。そしてそのためには、独仏和解に象徴されるような日中韓の和解が不可欠だ。和解はキリスト教的な許しや懺悔とも関連するが、第二次大戦後に各国が屍の上で和解したように、いまもっとも対立している日中韓の和解が必要とされている。全方位の協力関係を結ぶことにより経済と知、文化を軸にした総合的な発展が可能となる。最後に、フィナンシャル・タイムズのあるジャーナルの巻頭の「アジアの共同、発展、繁栄が、世界の危機を救う!」という言葉を引用したい。なお、詳しくは羽場久美子『グローバル時代のアジア地域統合』(2012)を参照されたい。

 

※1 アルビン・トフラー『パワー・シフト21世紀へと変容する知識と富と暴力』(上下),フジテレビ出版,1990年.Toffler, Alvin. Power Shift: Knowledge, Wealth, and Violence at the Edge of the 21st Century. Bantam, 1990.

※2 Maddison, Angus. Contours of the World Economy, 1-2030 AD: Essays in Macro-Economic History, Oxford University Press, 2007

※3 Nye, Jr., Joseph S. Joseph Nye: Global power shifts. TEDGlobal 2010. July, 2010. 

※4 RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership、アールセップ)は、日中韓印豪NZの6カ国がASEANと持つ5つのFTAを束ねる広域的な包括的経済連携構想。2011年11月にASEANが提唱。

※5 Iizaka, Hitomi, K.C.Fung, Alan Sui, "FDI and Intra-East Asian Trade: Are there Source Country Differences?" Hong Kong-Taipei-Tokyo Trade Conference, City Unive. of Hong Kong, 2011, May.

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