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政策オピニオン

日米の事例に見る児童虐待の深刻化と家族再生

―子どもの視点から家族の機能を取り戻す―
長崎大学准教授 池谷 和子

2016.09.12

 ここ数年、児童虐待に関する事件が社会を騒がせることが増えているように思う。ほんの数日前にも、2歳の長男と8カ月の長女を暴行して死亡させたとして、31歳の父親に対して懲役25年が求刑されたというニュースが流れたばかりである。
 私の専門は、憲法、未成年者保護法である。児童虐待の問題は20年以上研究しているが、特に世界で最初に虐待防止に取り組んだアメリカの法制度を詳細に分析、研究を行ってきた。
 本日は主に、なぜ児童虐待が深刻化しているのかという点と、そのために法が出来ることは何かに焦点を当てたい。

「現代型虐待」の出現

 現代の子どもより、一昔前の子どもの方が生育環境に問題が多かったのではと言われることがある。貧困で学校に通うことができず、働かなければならない子どもも多かった。そうした児童労働の問題。食事も満足にできない子ども。だから虐待は今よりも昔の方が深刻だったという主張である。
 確かに現代は生活が豊かになり、福祉も整備されている。生活水準としては気の毒な環境に身を置く子どもの割合は少なくなったかもしれない。
 しかし他方で、これまでとは質の違う、子ども自身にも社会にも非常に大きな打撃を与える類の虐待が出現してきたのも事実である。これを「現代型虐待」と名付けたいと思う。
 例えば本来であれば、幼い子どもたちを愛し守ってあげるはずの父親が暴力をふるって死なせてしまうという先ほど述べたような事例も、数多く聞かれるようになってきた。
 このような親による子どもへの虐待は、1962年、小児科医ケンプを座長としたアメリカ小児科医学会による「被虐待児症候群」の報告で初めて明らかにされたと言われている。この報告は社会に衝撃を与えた。
 ただ、その10年以上前から、小児科医をはじめとした専門家の間では、親による子どもへの暴力が疑われていた。この頃にはレントゲンを撮影できるようになり、過去の骨折の跡などが分かるようになった。そのため何度も骨折する子どもが見つかることもあったからである。医学の進歩で親の説明とけがの状況が合わないといった疑いが持たれ、明らかになってきたのである。
 暴力は、大人であっても子どもであっても肉体的な痛みを伴う、辛いことである。時には命に関わることもある。ただ、子どもが親から暴力を受けた場合は、単なる痛み以上の打撃を子どもにも社会にも与える。それは子どもには以下のような性質があるからである。
 子どもは小さな大人ではなく、発達し成長していく存在なのである。周囲の継続的関係にある特定の大人(多くは親)から、適切な時期に適切な対応を受けることで、大人へと成長する。
 子どもは自然の摂理で、生まれながらにして親が大好きである。甘えて、構ってもらおうとする。その親が自分を大切にしてくれる、必要なものを必要な時に与えてくれたり、遊んでくれたり、可愛がってくれたり、話を聞いて受け止めてくれる。その積み重ねによって、自分は大切にされる価値のある存在だと認識し、自尊心が形成されていくわけである。
 もちろん、親も全能の存在ではないし、子どもの要求全てを許しては、今度は我慢ができない子になってしまう。子育てにはバランスが必要である。著名な発達心理学者エリクソンは、幼い時期に1年間で基本的な他者への信頼感が不信感を上回るというバランスを持ったパターンが確立すると、子どもの中に人格的な安心感、自己肯定感を形成すると述べている。このように親への信頼を確立した子どもたちは、それを足掛かりとして、成長してからも親以外の第三者、学校の先生、職場の上司、友人とも信頼関係を築いていくことができるようになる。
 しかし本来、スタート時点で信頼関係を結ぶべき親から虐待を受けると、子どもは親も他人も信じられなくなる。そして自分は大切にされるべき価値ある人間だと信じることさえできなくなる。その結果、虐待を受けた子どもは、けがを負わされる痛みだけでなく、その後の人生でも人を信じることができず、人間関係を形成できなくなってしまう。自己肯定感も低くなる。この点が現代型虐待の恐ろしさであろう。

虐待によって受ける悪影響

 アメリカでは、虐待によって子どもが受ける悪影響について非常に多くの研究がなされている。
 直接的影響は、けがをしたり、苦痛を受けたり、時には死亡することもあるということである。
 また、短期的影響は、小さい頃に虐待を受けると、幼児期から年少期、小学校に入学する頃に出てくるが、主に次の三つがあげられる。
 一つは認知面の影響である。これまでの研究で、IQ、言語能力、学力、つまり全体的な知的能力の遅滞が明らかになっている。原因は三点考えられている。一点目は、暴力によって脳や中枢神経に直接に傷を負ってしまった場合。二点目は、虐待それ自体というより、虐待が起こるような家庭環境では親が子どもに関わってあげることが少ないということである。話しかけたり、知的能力を発達させる刺激があまり与えられていない環境だからではないかと見られている。三点目は、虐待で親子関係が親密でないため、子どもたちに不安感、抑制化傾向が見られ、物事に対応できないのではないかという指摘である。ただし詳しいメカニズムについては、まだ解明されていない。
 二つ目は行動面への影響である。親からの理不尽かつ予測のつかない虐待。いつ殴られるのか、どうして殴られるのか、子どもには分からない。そのため不安感や憎悪、怒り、恥、罪悪感といった否定的感情を内面にため込むことになる。その積み重ねから自尊心の低さ、悲観主義的なものの考え方となり、例えば学校の教室で破壊行動に及んだり、暴力行為、自傷行為、先生への反抗的態度、友人との喧嘩など様々な問題行動を起こすと指摘されている。
 三つ目は社会情緒面である。親に対する自然な甘えの感情が満たされることが少ないせいで、親や第三者への信頼感が育たない。人間関係を形成する力が育たないということである。
 もちろん、虐待を受けた全ての子どもに同様の悪影響が出るわけではない。ただ、最近の研究では、少なくとも虐待の影響を左右する様々なファクターがあると考えられている。
 例えば、虐待を受けた時の子どもの年齢が幼いほどダメージは大きいと指摘されている。虐待の期間も長ければ長いほど影響が大きい。また、虐待が長期にわたって継続した場合、子どもの無力感、「自分は生きてていいのか」といった否定的感情も強まってくる。虐待の程度がひどくなるほど子どもへのダメージは大きくなるし、親しい関係であるほど生じるトラウマも深刻になるというのが、これまでの研究の一致した見方である。そして、虐待されていた時に、たまにであっても子どもの味方となり支えてくれる大人がいた場合には、悪影響を最小限に抑えることが出来るという指摘も存在する。
 次に長期的影響である。青年期、そして大人になっても、子どもの頃に受けた虐待の影響は繋がっていく。例えば、青年期になると、暴力や非行、薬物問題、学業不振等が指摘されている。その後、卒業して職に就いてからも、同僚や上司とうまくやっていけないといったことも言われている。自殺の傾向、自傷行為、自尊心の低さなども出てくるようである。

虐待を判断する難しさ

 さて、アメリカで1960年代に児童虐待として問題となったのは、「身体的虐待」が主だった。その後、70年代になると、暴力は振るわないが子どもの世話を全くしないネグレクトも虐待の一つだと考えられるようになった。そして、言葉によって日々傷つけられている、「おまえなんか生まれてこなければ良かったのに」と親から言われることも虐待の一種(心理的虐待)と考えられるようになった。さらに80年代に入って、性的虐待も虐待の範疇とされるようになった。虐待の概念がどんどん広がっていったわけである。
 ただ、それによって別の問題が起こってきた。虐待の概念が抽象的になっていったのである。例えば身体的虐待であれば、レントゲンで過去の骨折が見つかったり、傷の箇所と親の説明のつじつまが合わない場合など、医師が虐待と判断することは比較的容易であった。しかし、心理的虐待で負った心の傷は目には見えない。継続すれば悪影響になるネグレクトも、どのように正確に判断できるのかという難しさがある。食事を与えない回数が何回であればネグレクトなのか、たとえ1回でもネグレクトになるのか。判断が難しいとアメリカでも言われてきた。
 そのため、児童虐待に関わる行政機関、福祉職員等の価値観がそのまま反映される事態も起こった。実際にアメリカであった事例だが、母と子ども一人、母親は学歴も低く風俗の仕事をしていた。福祉職員は、それは子どもの教育上問題がある、ネグレクトだとして、子どもを引き離してしまったのである。日本の同様の事例では、母親が夜に水商売で家にいないことが多く、子どもも低学年だったため、とりあえず生活保護を支給して昼の仕事に変えさせたことがある。
 さらに、アメリカでは、専門家の間でも虐待かどうかで判断が分かれることがある。実際にあった例だが、耳が不自由な母親と7歳の子どもの家庭だった。そういう親に育てられると子どもはきちんとした英語(母国語)を話せるようにならないとして、福祉機関は子どもを親から引き離して里親に預けると決定した。しかし裁判所は、実の母親のもとに返すように取り消し命令を下したのである。このように、虐待かどうかの判断は一義的ではなく、大変難しい。

児童虐待の複雑な原因

 さて、児童虐待を防ぐために法律で何ができるかを考えるためには、そもそも、なぜ親が虐待をしてしまうのかという原因を知らなければ、防止対策を打ち出すことはできない。この原因論もアメリカで多くの研究がある。
 どうして児童虐待が起こるのか。これまで様々な見解が出されてきたが、しかし残念ながら現在でも「これが全ての根本要因である」という不動の定説は存在していない。虐待自体、様々な形態があり、決して一様ではないからである。ゆえに原因も様々なことが考えられる。
 1962年、先ほどお話ししたアメリカ小児科医学会のシンポジウムでは、虐待の重大な事例を目の当たりにして、誰しも親の精神状態を疑った。親が精神障害に陥っているから虐待を起こすのではないかというのが最初の見解だった。座長だったケンプらの論文もその後発表されたが、精神病である場合だけでなく、親自身も子どものころに自分の親から虐待を受けていたり、情緒的、精神的に放任されて人格に歪みが生じ、感情をコントロールできないのではないか。これが当初の見方であった。
 しかしその後、70年代になると、社会学者ジルなどが、加害者である親にのみ着目するのではなく、虐待親子を取り巻く周囲の環境など様々な角度から考察すべきだとして、多角的な見方に変わっていく。
 家庭内暴力の研究で著名なリチャード・ゲレスは、親を取り巻く社会的、経済的、文化的背景、過去の社会的体験により形成された親の精神傾向や様々な環境、子育ての中で生み出されたストレスなどが複雑に絡み合ったと指摘した。
 さらに、虐待する親の心理面に着目した研究もある。虐待する親は、単に子どもが憎いから暴力を振るうのかというと、そうとばかりは言えない。例えば、子どものためになることを親としてやってあげたいという願望であったり、自己評価が低い親の場合は子どもがそれを高めてくれることを無意識に期待していたり、親は子どもを厳しく躾けるのが当然という観念を持っていることもある。これらが並存して暴力に至ったのではないかと考える研究者もいた。
 精神科医スティールの報告に次のような事例がある、ある女性が子どもを虐待したとして、福祉機関から連れてこられた。母親は「私は生まれてから今まで誰かに本当に愛されたり、大事にされたことは一度もなかった。赤ちゃんが生まれた時、どういうわけかわからないが、この子なら私を愛してくれると思った。しかしこの子がなかなか泣き止まず、この子も私を愛してくれないのだという気持ちになって殴ってしまった」というのである。
 つまり、自己評価が非常に低い母親で、誰からも愛されたことがないがゆえに、子どもだけが自分を愛してくれるのではないかと思い込んでいた。子どもはわずか生後18日である。この子はおなかがすいて泣いているのに、母親にはそれが援助を求めるSOSに聞こえなかった。なぜ泣いているのか、自分を困らせるためか。自分のことを愛するに値しない母だと子どもまで思っているのかと、自己評価がどん底に落ちてしまったわけである。
 親の精神的傾向を見ると、精神疾患、低い自己評価、虐待や暴力の中で育った過去、刺激への過敏な反応、他人への信頼の欠如、子育てに関する知識の欠如などがある。
 ただ、それだけではなく、環境的要因として、貧困、生活環境の急激な変化、ストレスの増大などがある。突然解雇されるなど環境が悪化すると親も大きなストレスを感じることになる。また、離婚や再婚の場合にもストレスは大きくなると指摘されている。さらに、アルコール、薬物中毒、一人親、あるいは(子どもが悪いわけではないが)未熟児・望まれない子・親との性格の相違等の子どもの問題で、母親が育児に大きな悩みを抱えることもある。配偶者が子育てに無関心な場合も、それが虐待を生むこともあり得るわけである。

日本における現状と対策

 ここで、日本における児童虐待の現状を見ておきたい。


 厚生労働省の「児童相談所における児童虐待相談の対応件数及び虐待による死亡事例件数の推移」(図1)によると、全国の児童相談所の虐待相談対応件数は年々上昇している。児童虐待防止法施行前の平成11年度(1999年度)の相談件数1万1631件に比べて、26年度(2014年度)は約7.6倍の8万8931件に増えている。
 死亡事例件数については、厚労省は「心中」と「心中以外」に分けているが、児童虐待防止法では「心中以外」を児童虐待と定義している。それによると、24年度は51名、25年度は36名が死亡している。過去10年間は年間で50名前後、多い時には78名の子どもが死亡している。


 平成26年度の統計(図2)で虐待の内訳を見ると、最も多いのが「心理的虐待」である。これはDV、つまり子どもが直接暴力を受けるわけではなくても、目の前で母親が父親から暴力を振るわれている現場を見れば心が傷つくと考えられるようになったからである。アメリカではネグレクトが多い。
 日本で児童虐待防止法により虐待の定義がなされたのは平成12年で、アメリカで定義が固まってきた後に制定された。このため最初から「身体的虐待」「ネグレクト」「性的虐待」「心理的虐待」の四つを児童虐待として定義している。
 虐待者別では、実母(52.4%)が最も多く、実父(34.5%)がこれに次ぐ。
 子どもの年齢構成は、小学生が一番多く34.5%を占める。次いで「3歳~学齢前」が23.8%、「0~3歳未満」が19.7%となっている。
 次に、厚労省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第11次報告)の概要」によると、死亡事例では0歳児が16人で最も多い。また、2割の実母が「望まない妊娠」という問題を抱えていた。
 警察庁「児童虐待及び福祉犯の検挙状況(平成27年1~12月)」で刑法に触れる犯罪として検挙された事例を見ると、検挙件数は身体的虐待が643件、性的虐待が117件、ネグレクトが7件、心理的虐待が18件である。事例として、「実父(31歳)と実母(28歳)が3歳の次男をうさぎ飼育用ゲージに入れて暴行し死亡させた監禁致死」「実母(36歳)が4歳の長女、1歳の次女を首を絞めて殺害」「実父(21歳)が生後4カ月の長女の腹部を殴打して殺害」などのケースがある。


 「児童虐待の現状と対策」(図3)を見ると、警察から児童相談所への通告児童数は平成26年が2万8923人で、7年間で約8倍になっている。検挙件数も698件で2.3倍、警察における保護児童数も2034人と2000人を超えており、いずれも年々上昇している。


 また、「平成26年度において実施された出頭要求等について」(図4)がある。
 日本における児童虐待対策の第一次的対策は各市町村が行う。そして、各都道府県に設置された児童相談所が専門家としての立場で、子どもの虐待相談にも対応する形になっている。
 虐待の相談があると、児童相談所はまず子どもの安全確認を行わなければならない。通常は48時間以内に家庭訪問を行う。ただ、訪問しても子どもに会えなかったり、親が鍵をかけて立ち入りを拒むこともある。家庭訪問が上手くいかないと知事からの出頭要求を出す。それでも出頭しないと、警察の援助を受けて立ち入り調査を行う。その際に親が家を開けない、または誰もいなかった場合は再出頭要求を行う。さらに親が子どもを連れてこないと、裁判官に許可状を申請し、警察の援助を受けて臨検または捜索、つまり実力行使する。これは子どもの完全確認・安全確保の観点から平成20年に設けられた制度で、鍵を壊して家の中に入ることができる。
 ただ、ここまで行くケースは多くはない。平成26年度の場合、出頭要求28ケース、立ち入り調査10ケース、再出頭要求4ケース、最終的に臨検捜索まで至ったのは1ケースである。
 出頭要求については、閉じ込められている疑いのある児童、不登校となっていた児童、3歳児検診に来なかったため安否確認ができなかった児童などの事例がある。臨検・捜索のケースは、所在が確認できない未就学児童について、部屋に立ち入ったけれども誰もおらず、警察により発見された。兄弟は一時保護となった。
 このように実際に安全確認を行い、児童相談所の中でカウンセリングをしたり、親との信頼関係を作りながら、虐待をやめさせるような対処を行っている。その間、子どもを親元においておけない場合には、児童相談所で一時保護をしたり、児童養護施設に預けたりすることもある。ただ、どうしても保護者が改善しない場合どうするか。
 民法では、親権喪失の手続きが定められている。家庭裁判所に申し立てて親権を失わせる手続きである。それは喪失の期間が定められておらず、申し立てがしにくいと言われていた。そこで平成23年、新たに親権停止という制度が設けられた。これは2年以内という区切りがあり、比較的申し立てしやすい。
 親権停止は、平成26年度に23事例あった。先天的障害を持った子どもを親が面倒を見ずに置き去りにしたため、一時保護。児童福祉施設に入所措置となった。父母は再三の働きかけにも応じず、親権停止となった。また障害のある子どもを父母が登校させず、施設での訓練も拒否したため、親権停止となった例。子どもの治療に輸血が必要な状況であったにも関わらず、父母が宗教上の理由で拒否、親権停止となった例がある。


 日本で厚労省を中心として行っている対策は「児童虐待対策の現状と今後の方向性」(図5)の通りである。
 ①発生予防としては、育児の孤立化や育児不安の防止のための支援を行っている。施策は「乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)」「養育支援訪問事業」「集いの場(地域子育て支援拠点事業)」「虐待防止意識の啓発」「相談しやすい体制の整備」である。
 ②虐待が深刻化する前の早期発見、早期対応のため、「虐待に関する通告の徹底」「児童相談所全国共通ダイヤルの周知」「児童相談所の体制強化(職員の質・量)」「市町村の体制強化(職員の質・量)」「子どもを守る地域ネットワークによる連携の強化」などを行っている。
 ③子どもの保護支援、保護者支援:子どもの安全を守るための適切な一時保護、親子再統合に向けた保護者への支援、社会的養護体制の質・量ともの拡充などのため、「一時保護所の拡充・混合処遇の改善」「社会的養護体制の質・量ともの拡充」「親子再統合に向けた保護者への支援」「親権に係る制度の適切な運用」などを行っている。

アメリカにおける対応から見えてくるもの

 アメリカにおける児童虐待への対応から見えてくるものは何か。
 アメリカの良い点は、虐待があった家庭に対して、一貫して、できる限り家族を修復し、親に立ち直ってもらい、その元に子どもを戻して再統合するという制度を中心に据えていることである。
 ただ反面、虐待が増え続けている現実もある。日本と米国の人口比はおよそ1:2.5だが、アメリカの2014年の資料を見ると、虐待の申し立て件数が全米で360万件、子どもが660万人である。虐待を受けたと認定された子どもの数も70万2000人に上っている。虐待死も年間1500人程度である。一日平均4人以上の子どもがアメリカのどこかで親に虐待されて亡くなっているという現状がある。日本とは桁違いである。なぜこのようなことになってしまったのか。
 ①アメリカでは家族の崩壊が進行しているという現実。背後には、1960年以降、個人の自己決定、自由と平等と多様化が社会の風潮となったことがある。公民権運動、女性解放運動や、ドラッグの蔓延。そして大きな影響を与えたのは性革命である。1950年代までは性をオープンに語ることはタブーとされていたが、女性用の避妊薬が開発され、60年代以降、性と生殖が切り離され、自由なセックスが肯定された。また妊娠中絶が容易になり、道徳観念が崩れるような状況になった。そして個人の自由、自己決定が重視されるため、結果として離婚も増える。そうすると片親家庭も増える。片親になると子どもにも目が行き届かなくなり、養育も十分にできなくなってしまった。特に死別ではない(望まぬ)離婚や片親は、親にも子どもにもストレスを与えることが多く、共に過ごす時間も減少させるからである。
 ②法的盲点の存在。児童虐待を防止する法律のために虐待が増えているという側面もある。アメリカでは1962年以降、親が子どもを虐待するという事態に社会が衝撃を受け、まず通告法という法律を作った。つまり虐待を疑われる事態があったら、すぐに行政機関に通告する。それだけでなく、子どもに接することが多い医療従事者、教育従事者、社会福祉関係職員も、虐待の可能性があれば通告するよう求められた。これにより通告数が激増してしまう。中には嘘の通告もあった。
 通告数が増えた結果、行政機関職員の負担が増えて福祉予算も足りなくなり、調査に手が回らなくなる。そのうちに、本当に深刻な虐待があった子どもに対応できず、子どもが死んでしまうというケースもあった。
 他面、保護する行政機関も、通告件数が膨大で、すべて調査しないうちに子どもが死んでしまい、マスコミから叩かれる事態も発生した。そうなると、何とか叩かれないように、自分たちは調査したという、子どもの幸せを考えて調査するというより、後で批判されないように調査する、という風潮が漂うようになってしまったのである。その結果、今度は調査にのみ過剰にエネルギーを集中するようになり、それ以外の虐待対応(特に、親子への虐待防止の為の援助)が疎かになったと批判されるようになった。
 このようにアメリカでは、虐待されている子どもを一人でも多く発見しようと通告法を設け、虐待かどうか明らかではなくても、虐待の可能性があればどんどん通告させてきた。それによって通告件数は急増した。しかし、その結果、無実の家庭まで虐待関連の裁判に巻き込まれる事態が生じてしまったのである。裁判の結果、年間70万2000人が児童虐待と認定されたが、虐待ではなかったと裁判所が判断した子どもはその約3倍、249万8000人である。
 無実の家庭が裁判に巻き込まれると、虐待を疑われた親は仕事を解雇されたり、親子関係もうまくいかなくなったりということが現実にある。そのため、無実だった親が行政を訴えるという事態もアメリカでは起こっている。
 また、実の親がダメであれば、他の家庭に養子に出せばいい、それで解決するという安易な考え方にもなってしまう。以上が根本的な児童虐待防止に対する考え方の問題であるが、要は「一人でも多くの子どもを助けるためなら無実の家庭が裁判に巻き込まれるのもやむを得ない」という法的な根本的思想に大きな問題がある。その結果として、機能していた家族も虐待防止法制度によって上手くいかなくなったり、本当に助けが必要な家族にはなかなか手が差し伸べられなかったり、結果としてさらに虐待も増えていったという現実がある。

家族の再生へ向けて

 「法には、人間関係を悪くすることはできても、良くすることはほとんどできないという難しさがある」-。これはアメリカの法学者の言葉であるが、アメリカの考え方の根本にある、法が直接家庭に入るという方策では虐待の解決に結びつかなかった。
 もう一点、法が見過ごしていたことがある。「子どもの心身の発育には、継続的で安定した親子関係が必要」という点である。子どもは、虐待さえされなければ生まれながらに実の親が好きなのである。ゆえに子どもを救うためには、できる限り家族そのものを救うべきなのではないか。
 そう考えてみると、現在の日本の虐待防止制度の中で、虐待が実際に起こってしまった家庭に対して、どれだけしっかりした支援ができるかが非常に重要である。アメリカでも1980年代になって、家族の支援、家族の再統合が重要であるという認識が広がってきた。
 実際に、家族の機能が一度不完全になり、機能障害になると、徹底的に家族に寄り添いつつ、24時間体制、マンツーマンで各々の家族の修復を行っていかなければ、家族が立ち直ることは容易ではない。
 昔であれば、三世代家族、あるいは地域社会が強固であると、各々の内部で修復が行われてきた。しかし核家族化が進み、孤立する家族が増えている以上、家族、親族、地域社会による助け合いを奨励しつつも、行政がある程度まで、家族の修復を行う場面においては、しっかりとした支援の体制をつくらざるを得ないのではないか。
 もう一点。最近、良いイメージで語られる「家族の多様化」である。しかし、これには注意すべきである。魅力的な言葉だが、多様化した家族はほとんどの場合、子どもにとって安心できる場ではなくなっている。男性と女性が結婚せずに同棲していてもいいではないかとなると、子どもにとってはいつ一方の親がいなくなるか分からないという不安がある。また離婚家庭、片親家庭は子どもにとっても多大なストレスを与える。
 さらに、アメリカで同性婚が合法化された。「婚姻とは何か」という時、本来は「実の親に子どもが育ててもらうシステム」であると考えることができる。しかし、同性同士では子どもが生まれないが、それでも普通の家庭として子どもが欲しいとか、海外では生殖補助医療で子どもをつくるという事態が生じている。それが本当に子どもの幸福になるのか。疑問を感じる。
 アメリカでは自己決定の考え方が広く浸透しているが、日本もさらに進むかもしれない。しかも家族の多様化が良いことという風潮がある。自分のライフスタイルを好きに選ぶ、結婚してもしなくても自由、嫌いなら離婚したらいい、好きな人が出来たら再婚したらいい、と。しかし、こうした意見は、婚姻当事者には目が向いていても、子どもの視点が全く欠けている。これが懸念される。家族の多様化が進んでいけば、親一人で子どもに十分な目配りをする子育ては難しくなってしまうのではないか。離婚すると、一方は満足かもしれないが、捨てられた方は非常に傷つく。そういう親が子どもに精神的に甘えてしまい、その傷ついた親を必死で支えた子ども達は、自らの成熟する機会を逸したまま年齢だけ大人へと成長する。その結果、家庭崩壊を経験した子どもは、さまざまな面で現代生活のストレスに脆くなるという調査結果も存在するのである。
 こうしたことを踏まえて、これからの児童虐待防止策を考えたい。アメリカが健全な家庭を法のために壊したことを教訓にしながら、日本では健全な家庭を壊さないように、むしろ子どもを保護できる家庭をどう増やすかを目指すべきである。教育など様々な方策があるが、子どもの幸せを守れる家庭を増やす為の国や社会の全力を上げた取り組みが最も重要な課題だと思われる。
 一番は家族の再生である。子どもの視点から家族の機能を取り戻してほしい。最近、離婚による一人親、シングルマザーも少なくないが、できれば結婚して、子どもが生まれて、その子は実の両親のもとで大人になるまで安定した温かい家庭で育つ。そういう家庭を再生するのが、何よりの虐待予防になる。また、地域社会の協力体制も重要である。厚労省が行っている全戸訪問事業では、その親子をよく知っている人、助け合っている人たちの支援体制も必要であろう。
 家庭の崩壊を止めること。それが一番の虐待予防になると考えている。

 

(2016年5月27日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめた)

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