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IPP分析レポート

『米大統領選から見たアメリカの変化』

筑波学院大学名誉教授 浅川 公紀

2016.09.10

 2016年米大統領選は2月1日の民主・共和両党の党員集会にはじまり、10以上の州で一斉に予備選・党員集会が行われた3月1日のスーパーチューズデー経て、4月19日のニューヨーク州予備選へと続き、各州予備選は6月7日で終了した。
 今回の候補指名争いでは、共和党から17名の候補が乱立した。当初有力視されていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、スコット・ウォーカー・ウィスコンシン州知事など保守、中道両方にアピールする政策的主張を持ち、資金、組織、人脈をもつ候補が予想外に振るわず、次々に脱落していった。そういう中で打ち上げ花火のように、派手に輝いて消えてゆくと大方の専門家が見ていた不動産王ドナルド・トランプ(69)が度重なる暴言にもかかわらず先頭走者の立場を維持し続けた。一方、当初は5名からなる民主党の候補者選びでも、名声、人脈、資金力を備えたエスタブリッシュメント候補として本命視されていたヒラリー・クリントン前国務長官(68)が苦戦してきた。反エスタブリッシュメント候補のバーニー・サンダース上院議員(74、バーモント州)が予想外の善戦をしたからだ。

アウトサイダーの党主流派への挑戦

 そして2016年大統領選挙の予備選を締め括り、本選挙への出発を画する共和党全国大会(7月18日~21日、オハイオ州クリーブランド)、民主党全国大会(7月25日~28日、ペンシルバニア州フィラデルフィア)が相次いで開催された。
 共和党も民主党も、予備選で党の伝統的政策と大きく異なる主張を掲げるアウトサイダー候補が予想外の強みを見せ、党の支持層が分裂する状況の中で全国大会を迎えた。共和党の場合は、アウトサイダー候補の実業家ドナルド・トランプが党指名獲得を達成し、民主党の場合は、インサイダーであるヒラリー・クリントン前国務長官が党指名を獲得した。
 共和党から出馬して最後まで善戦したテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)は共和党の重要基盤であるキリスト教保守派の支持が厚く、クルーズを支持した約500人の代議員がどう行動するかが注目される中での党大会だった。これに対して民主党も、アウトサイダー候補のバーニー・サンダース上院議員(バーモント州)が若者を中心に多くの熱狂的支持を集め、その支持者の動向が注目された。
 共和党全国大会では、トランプが予備選で打ち出していた過激な主張を修正するかどうかが注目されたが、結局トランプは従来のアウトサイダー的主張を改めて打ち出した。テロの問題を抱えた国からの移民の一時的差止め、米メキシコ国境の壁の建設、不法移民流入の遮断、北大西洋条約機構(NATO)などの同盟国の経費負担拡大、それを怠る同盟国との同盟関係の停止、前方配備された米軍の撤収、環太平洋経済連携協定(TPP)や北米自由貿易協定(NAFTA)の合意見直しまたは破棄、米国第一主義の立場からの協定再交渉など、内政、外交両面で数十年間続いてきた共和党の基本的政策を無効化する政策ばかりだ。トランプが11月の本選挙で共和党候補として勝利すれば、共和党の政策は伝統的なものから大きく逸脱することになる。長い歴史と伝統をもつ共和党がアウトサイダーに乗っ取られた形になっている。
 クルーズは大会には出席したが、演説でトランプへの支持を表明することを拒否するという異例の行動に出て、共和党内の分裂を浮き彫りにする形になった。クルーズらは2020年大統領選挙を視野に入れ、共和党の保守派の魂を取り戻そうとしており、共和党大会でのトランプ支持拒否はその布石と見ていい。クルーズはトランプは11月の選挙で敗北するというシナリオに賭け、今回の大統領選は捨て去り、共和党保守の原則と伝統の継承者を自認している。クルーズは保守派の高邁な原則へのコミットメントを何よりも重視し、思想的に純粋な立場を維持しようとしている。共和党保守派の伝統的政策をめぐる戦いがすでに始まっているわけだ。クルーズ自身の政治的将来がどうなるにせよ、トランプという異端児の登場により、共和党はここ数十年間なかった大きな党是の転換期を迎えている。

トランプの米外交の伝統からの逸脱

 トランプの政策は、共和党の伝統的政策である自由貿易主義、安全保障における国際主義を否定し、方向性を根本的に変えるものだ。問題はこれが米国1国の政策転換に止まらないことで、NATO諸国や東アジア地域の日本、韓国、東南アジア諸国などの米国の同盟国との関係も根本的に変化する可能性があることである。
 トランプは予備選で、日本や韓国の安保ただ乗りを何度も批判し、日本市場の閉鎖性にも繰り返し言及している。中国に対しても、中国の為替操作により米国の雇用が失われていると批判している。貿易では、保護貿易主義を支持する姿勢が強い。対中貿易収支は、記録を開始して以来となる過去最大の赤字である。日本が米軍駐留経費を全額負担しなければ在日米軍を撤退させることを示唆し、日韓両国の核兵器保有を容認する発言までした。日米両国はTPPを米国のアジア太平洋地域への関与の礎石として重要視してきたが、トランプが大統領になればTPPの先行きは一挙に不透明になり、過去の交渉も振り出しに戻る可能性がある。沖縄の地元の米軍基地反対や米軍普天間飛行場の移設の遅れも、トランプの米軍撤退の口実にされる可能性がある。
 これまで、国際社会の安全保障は、米軍の前方配備を含む米国と欧州、アジアの同盟国との同盟関係を基礎にして維持されてきた。その同盟関係が、中国、北朝鮮、ロシア、イラン、イスラム国(IS)などの非国家アクターなどの潜在的脅威に対する抑止力になってきた。同盟関係が変容するとなると、その抑止力が揺らぎ、国際社会に大きな混乱をもたらす可能性がある。トランプのような同盟関係を含む国際関係まで米国の経済的利益に合致しているかどうかという尺度で計るならば、国際関係、国際安保に取り返しのつかない損害を与えることになりかねない。

同床異夢の民主党の結束

 民主党も党の分裂の火種をはらんでいる。民主党全国大会の直前に、内部告発サイト「ウィキリークス」により、民主党内部のメールが公開され、予備選で党幹部がクリントン陣営と結託してバーニー・サンダースを追い落とす作戦を練っていたことが発覚した。この結果、デビー・ワッシャーマンシュルツ民主党全国委員長が党大会の前日、7月24日に辞任するという事態になった。これにより、クリントンとサンダースの協力を実現し、サンダース支持層をクリントンにつなげるという民主党の思惑に大きな誤算が生じた。サンダース支持層がクリントン支持に移行する上で大きな障害を抱えた形で、民主党全国大会が開幕した。
 サンダース議員はクリントン支持表明の態度は変えておらず、サンダースが獲得した代議員は最終的にクリントンを支持することに変わりはない。しかしサンダースは予備選での票の43%を獲得しており、このサンダース支持者の多くはクリントンへの投票を拒否している。フィラデルフィアでの民主党全国大会開幕の7月25日には、代議員5000人を含む約5万人が詰める会場のウエルズファーゴ・センターの北約6キロの街頭などで、共和党全国大会での抗議デモより大きな規模の抗議デモがサンダース支持者らにより行われた。
 またクリーン・エネルギー推進活動家などもフィラデルフィアのシティーホールからインディペンデンスホールまでデモ行進した。サンダース支持者の熱狂ぶりはクリントン支持者を大きく上回っている。サンダース支持者の多くが抱くヒラリー・クリントンへの敵対感情も強烈で、同支持者でクリントンに投票を拒否する者は、1割とも4割とも言われる。

嫌悪感の克服

 トランプもクリントンも、米国の一般大衆からの嫌悪度が高かった。トランプの場合、ヒスパニック(中南米系)、イスラム教徒や女性などへの差別的発言や暴言で、敵が多く、傲慢なイメージがたたって好感度より嫌悪度が高いという状態が続いてきた。これに対して、クリントンの場合は、政治的野心を達成するためなら何でも言い、行うといった権力志向のイメージが強い。過去の金融取引など何かとスキャンダル、疑惑が付きまとい、人間性という面で信頼できないという印象を与えてきた。クリントンの大統領選出馬の動機が不透明だ。本当に国を憂え良くしたいと思っているのか。それとも最高権力の座についてみたい、歴史に名前を残したいといった個人的野心のためなのか。「ヒラリーが大統領になろうとしているのは、それがはしごの次のステップだからだ。そしてこれが最後のステップとなる」(クラウトハマー、7月29日)。
 共和、民主両党の全国大会はそれぞれ、党内の結束、党正副大統領候補の全国民へのアピールという目的がある。党の結束という意味でも、いずれの党も今後に課題を残した。党の指名大統領候補の国民へのアピールでは、トランプもクリントンも家族や友人の演説などにより、それまで知られてこなかった人間性を明らかにしたという点で一定の成果があった。

党内結束、イメージ改善を狙った副大統領候補選び

 トランプの副大統領候補の選定も、共和党の宗教保守派のマイク・ペンス・インディアナ州知事を選んだ。ペンスは下院議員を経験したあと州知事になり、政治経験は豊富。人格に対する評価も高く、「自分はキリスト教徒、保守派、そして共和党員。その順番だ」と述べるほど、信仰、家庭を重視する。暴言が多いトランプとは性格的に正反対で、共和党キリスト教保守派からの信頼が厚い。トランプとは政策的見解がかなり異なるが、クリントンが大統領になることだけは阻止しなければならないという強い使命感から副大統領候補指名を受諾した。キリスト教保守派はトランプに対して、懐疑的見方をしている。ペンスの副大統領起用は、トランプが党内を一体化させるための人選だった。また予測不能なトランプへの不安感を緩和する人選でもあった。
 一方、クリントンは副大統領候補に、ティム・ケイン上院議員(バージニア州)を起用した。ケインはリッチモンドの市議会議員、市長、バージニア州知事も歴任し、米国史上に30人しかいない市長、州知事、連邦上院議員の3職を歴任した政治家の1人である。クリントンと同じくインサイダーで、クリントンは「大統領職を代行しなければならなくなっても、すぐにそれができる」資質を最重視したと述べている。いつも明朗で笑顔を見せ、人柄もいかにもいいナイスガイであり、クリントンと違って知名度が低く、スター性には欠けるが、一般大衆から見ての好感度が高い。またクリントンは率直に意見を言い合える相性の良さも重視したと言っているが、クリントンとの呼吸がよくあっている。2人で有権者の前に登場する時は、いつもは険しい表情が多いクリントンも笑顔になる。その意味で、クリントンへの不信感を緩和するという点では、成功した人選と言える。
 またロースクール在学中の1980~81年、イエズス会の宣教師として中米のホンジュラスで奉仕活動をした経験もあり、利他的生き方という点でも信頼を受ける要素を多く持っている。ケインのもう1つの強みはスペイン語を流暢に話せる能力で、ヒスパニック系の多い州に行ってスペイン語を駆使し、その支持を獲得するうえで効果的な働きをすることができる。
 移民排斥的イメージが強いトランプと違って、クリントンは不法移民にも市民権獲得への道を提供する移民法改革を打ち出しており、政策的にもヒスパニック系にとってより安心できる。2012年大統領選挙では、オバマ対ロムニーの一騎打ちで、米国人口の15%近くを占めるヒスパニック系がオバマ勝利の重要な要因になった。またトランプは女性への蔑視発言が尾を引き、女性の間で人気が低い。クリントンはもし大統領選で当選すれば、米国史上初めての女性大統領ということになり、その存在自体が女性からの支持を得やすい立場にある。女性の7割がクリントンを支持している。
 クリントンは、ヒスパニック系、女性の支持票でトランプと大差をつけ、当選を確実にしようという戦略がうかがえる。米国史上初の黒人大統領となったオバマの2008年、2012年の大統領選勝利では、これに黒人、若者層が支持基盤に加わった。黒人はともかく、若者層はクリントンよりも対抗馬だったサンダースを圧倒的に支持しており、サンダース支持層をどこまで取り込めるかが、オバマ支持層をどこまで引き継げるかを左右する。

民主党分裂の危機をはらむサンダースの革命運動

 民主党全国大会開幕の直前、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した民主党内部メールにより、民主党全国委員会が民主党予備選の過程で、クリントンに肩入れし、対立候補のサンダースを追い落とす作戦を練っていたことが発覚。当然のことながら、サンダース支持者の大きな反発を引き起こした。この結果、予備選で43%の得票をしたサンダースがクリントンを支持し、党の一体化を達成することが難しくなることが危ぶまれた。実際、初日にサンダース支持者は民主党全国委員会幹部の演説にブーイングを飛ばし、ヒラリー批判の声が強まるなど、会場は一時騒然とした。
 結局、サンダースは党大会初日の演説で、「イスラム教徒や女性などを侮辱する指導者ではなく、働く家族の生活を改善し人々を結束させられる指導者が必要だ。クリントンが次の大統領にならなければならない」と訴え、クリントンを党統一候補として支持することを明確に表明した。さらに2日目の州ごとの点呼による代議員票集計の最後に、党規約を曲げて最後発声投票でクリントンを党候補に正式に指名することを提案。サンダース支持者も含めほぼ満場一致で、クリントンを米国発の主要政党の大統領候補に指名する演説を行い、挙党一致の姿勢を誇示した。
 社会主義者を自称するサンダースがこのようにクリントンを無条件で支持したのは、民主党の政策綱領に自らの主張が本格的に取り入れられたからだ。民主党全国委員会とクリントン陣営は、サンダース支持者を取り込むために、サンダースの主張を党政策綱領に大幅に取り入れた。民主党政策綱領は、ウォール街を変える金融改革や最低賃金引き上げなどを盛り込んだ左寄りの内容になり、「民主党史上最もリベラル」(サンダース)なものになった。
 サンダースは初日の演説で、これからやるべきことは、民主党大統領、民主党主導の上下両院で政策綱領を実行に移すことだと強調した。サンダースは予備選で1300万人の票を獲得した自分の運動を「革命」と呼び、それを大統領選挙後も継続することを呼びかけた。選挙ではクリントンを党統一候補として支持する姿勢を明確にしたが、サンダースには運動は選挙以上のものだという自負があり、その運動は今後民主党自体の変革、あるいは第3勢力の確立という方向に動く可能性がある。
 1%の富裕者のためでなく全ての人のための政府にする戦い、40年間の中産階級衰退に終止符を打ち、不平等を終える戦いを継続すると訴え、支持者は熱狂的に反応した。サンダース旋風が民主党全国大会を支配したかに見えた瞬間だった。
 民主党政策綱領にはTPP反対は明記されなかったが、クリントンが大統領になってTPP見直しを実行しない場合、サンダースとその支持者からTPP見直し、修正または離脱を迫る圧力が強まることが予想される。クリントンは当初はTPPを支持していたが、予備選でTPP反対を掲げるサンダースへの支持が拡大するにつれTPP見直しへと政策姿勢を変化させていった。
 若者層を中心とした支持者の熱狂的な運動と党結束を優先せざるをえないクリントンの配慮のお陰で、過去には受け入れられなかった社会主義的な政策が民主党の綱領として採択され、主流的な位置を与えられた。民主党自体が、サンダースのポピュリズムの影響で、大きく変化する可能性を秘めている。共和党とはまた違った形で、民主党の大きな転換期に直面していると言っていい。

激変する党政策綱領と安全保障問題

 政策綱領は初期にはごく簡潔で短かったが、現在は多様かつ細かい内容になっている。2016年選挙では、党内の活動家の候補者への不信を和らげ、党を結束させる手段として使われた。綱領は法的拘束力はないが、候補者が大統領になった場合の公約となる。サンダース支持者のニナ・ターナー元オハイオ州議会議員は、民主党綱領はクリントンらが政権の座に就いた後、どこまでその政策を実行するかの「スコアカード」になるとし、実行状態を注視することを強調している。民主党政策綱領がこれまでで最もリベラルな内容となっている半面、共和党政策綱領もトランプの主張を反映した異色の内容になっており、伝統的な共和党の政策綱領から多くの点で逸脱している。両党の党政策綱領は多くの重要政策テーマで大きな違いを示した。
 安全保障問題では、民主党綱領は、「ISIS、アルカイダ、その関連組織を撃退し、代わりに他のグループが台頭するのを防止する。イラク、シリアのISISの拠点を破壊するための同盟国およびパートナーの広範な連合を主導し続ける」としている。イスラム国(IS)に関して、民主党綱領は、大規模な米軍戦闘部隊の展開を含まないISに対する軍事行動に対する議会承認を主張している。
 民主党綱領はまた、北朝鮮に関して、「地球上で最も抑圧的な政権」と呼び、「数度の核実験を実施し、米国を直接脅かすことができる長距離ミサイルに核弾頭を装備する能力を開発しようとしている。政権は北朝鮮国民に対する重大な人権侵害にも責任がある」と強調。「ドナルド・トランプは北朝鮮の独裁者を称賛し、米国の条約同盟国である日本、韓国を見捨てることを脅し、地域における核兵器拡散を奨励している。このアプローチは首尾一貫性がなく、世界的危機を解決するのでなく新しい危機を生み出すものだ。民主党は米国および同盟国を保護し、中国に北朝鮮を抑制するよう圧力を加え、北朝鮮が非合法な核、ミサイル計画を放棄するよう選択肢を明瞭にする」としている。綱領はまた、アジア太平洋地域の国々との関係を深め、「米国の日本への歴史的コミットメントを尊重する」としている。さらに、「同盟国およびパートナーと協力して、地域の期間と規範を強化し、南シナ海の海洋の自由を保護する」としている。
 このほか民主党綱領は、強力な執行、実施を条件に、イランと米国など6カ国との核合意を支持している。共和党綱領は敵国になりうるイランの核武装を助けるものとして合意を拒否し、「共和党大統領はそれに束縛されない」と明言している。また対イランで「全てのオプションを留保する」としている。イスラム国(IS)に関して、民主党綱領は、大規模な米軍戦闘部隊の展開を含まないISに対する軍事行動に対する議会承認を主張している。民主党副大統領候補ティム・ケイン上院議員は、ISに対する軍事作戦への新たな議会承認を主張してきた。また綱領は、ISの宣伝に利用されるとして、トランプのイスラム教徒排斥を拒否している。
 共和党綱領は、ISを「殺人的狂信主義」と呼び、地域からISを根絶するためにイラクと協力することをうたっている。またIS戦闘員を撃退し、ISに脅かされる民族的宗教的マイノリティーのための安全な隠れ家をイラク北部に設置するなどISの被害者を支援することを主張している。
 共和党綱領は、「米国は環太平洋の全ての国々と経済的、軍事的、文化的絆をもち、日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイの条約同盟関係にある太平洋国家である。それらの国々と米国は北朝鮮国民の人権確立を目指す。中国政府に対して、金一家の奴隷国家の変化が不可避であることを認識し、核災害からの全ての人の安全のため朝鮮半島の前向きの変化を早めるよう要請する」としている。中国に対しては「オバマ政権の怠慢さにより、中国政府と軍は南シナ海全体を恫喝している」と述べ、「毛沢東のオカルトが復活した」と手厳しい。
 さらに過去の共和党綱領は、ウクライナのクリミア併合などに関してロシアと敵対する内容になっていた。今回、共和党の政策綱領起草の過程で、保守派がクリミア問題でロシアを批判し、ウクライナへの軍事支援を強化する内容を含めようとしたが、トランプ陣営の意向をくんだ委員に阻止され、その文言は綱領に含められなかった。

社会、経済問題に対する綱領の差異

 社会問題では、同性婚について、民主党綱領は、2015年の連邦最高裁による「愛する人と結婚することを許容する」同性婚容認判決を称賛し、LGBTに対する差別と闘う新連邦法制定を含む措置を主張している。綱領は「LGBTの児童は学校でいじめを受け続け、レストランは性転換者を拒絶でき、同性婚カップルは住宅から立ち退きを強要されるリスクを抱えている。これは許されないことで変更されなければならない」としている。
 共和党綱領は連邦最高裁の同性婚容認判決を非難し、事業者が同性婚の結婚式のためのサービスなど宗教的信条に反するサービスを拒否する権利を認める宗教自由法を支持している。共和党綱領は、「最高裁の結婚の再定義を受け入れず、司法による再考または結婚の制限を州に戻す憲法修正により判決を覆すよう求める」としている。また性転換者が出生時の性別でなく性転換後の性に基づいてトイレ使用を容認する努力を「非合法、危険でありプライバシー問題を無視すること」と非難している。トランプ自身は、LGBTのテロ被害者に同情を表明している。
 中絶に関しては、民主党綱領は、「すべての女性が質の高い生殖医療サービスへのアクセスを得るべきだ」とし、「安全かつ合法的中絶」への女性のアクセス保護を盛り込んでいる。1976年以来中絶への連邦政府資金使用を禁止したハイド修正条項が施行されてきたが、民主党綱領は初めてハイド修正条項の無効化を目標として含めた。共和党綱領は、あらゆる場合における中絶反対を明確にしている。また医療研究用の胎児の組織の回収の停止、プランド・ペアレントフッド(米国家族計画連盟)への連邦補助停止、ハイド修正条項の法律化を主張している。トランプは以前中絶を支持していたが、その後、レイプ、近親相姦、母体の生命が危険になる場合を除いて中絶禁止の立場を取っている。共和党綱領は中絶禁止に例外を設けていない。
 共和党綱領は、社会問題に関しては、トランプよりも、共和党の支持基盤である社会保守派の伝統的主張を反映したものになっている。共和党の綱領委員会の委員でテッド・クルーズ支持者のスコット・ジョンソン(ジョージア州)は、「党政策綱領は、保守派がトランプに対して抱いている懸念を緩和するのを助ける内容になっている」と述べている。
 経済問題では、民主党綱領は、最低賃金を現在の7ドル25セントから時給15ドルまで引き上げ、インフレ調整することを盛り込んでいる。共和党横領は、最低賃金を州、地方自治体レベルに委ねる立場をうたっている。ニューヨーク、シアトル、カリフォルニア州では地方レベルでの最低賃金引き上げがされている。

ヘルスケア、TPP、移民、環境問題

 ヘルスケアに関して、民主党綱領は「ヘルスケアは特権ではなく権利」とし、オバマケア(医療保険制度改革法)を支持している。また連邦医療保険の貧困者への給付を拡大する州を増やすための闘いを誓約している。綱領は、「国民の多くにとって医療費は高すぎ、保険に加入していても高すぎる。余りに多くの勤労家族にとって医療債務が問題になっている」とし、医療費抑制を主張している。
 共和党綱領は、オバマケアの無効化を主張し、ヘルスケア選択肢増大、コスト削減のための医療保険制度簡素化を主張している。また州の境界を越えて消費者が医療保険を購入できるようにすることを主張している。さらにメディケア(高齢者向け連邦医療保険)近代化、メディケイド(貧困者向け連邦医療保険)を州でのブロック・グラントに変更することにより州の補助金運用を柔軟にすることを呼びかけている。
 サンダース支持者やトランプは、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対している。オバマは任期が終了するまでに、議会のTPP批准を勝ち取ることを目指している。民主党綱領はTPPを推進してきたオバマ大統領への配慮からか、TPP非難は明記していない。共和党綱領は、トランプの主張を反映し、米メキシコ国境の壁建設や「米国第一主義に基づく貿易協定」をうたっている。
 移民問題に関して、共和党綱領は、「テロリズム、麻薬カルテル、人身売買、犯罪ギャングの時代に、米国における何百万人もの身元不詳の個人の存在は米国の安全と主権に重大なリスクとなる。ゆえに、南部国境沿いの壁の建設と全ての通関手続き地の保護を支持する。国境の壁は南部国境全体に及び、車両、歩行両行による入国を阻止するに十分なものでなければならない」としている。メキシコに経費を払わせることは言及していない。2012年の党綱領は、国境の二重のフェンス構築をうたっていた。
 またテロ問題を抱えた国からの移民、難民に関して、党綱領は、「イスラム・テロリズムに関係する地域」から米国への入国申請者には「特別な精査」を行うことを主張している。ただイスラム教徒の一時的入国禁止は盛り込んでいない。綱領は、「国家安全保障を確保するため、入念に検査できない難民の入国は許されない。とくに母国がテロの温床になっている国からの難民はそうである」としている。2012年綱領は、「問題を抱えた地からの難民を歓迎する米国の歴史的伝統を支持する」としていた。
 環境問題では、民主党政策綱領は気候変動を「現実の差し迫った脅威」とし、温室効果ガス排出に課金する金額設定を主張している。「気候変動は余りに重要で、議会の気候問題否定派や敗北主義者が科学に耳を傾けるのを待っていることはできない」とし、政府が公害抑制を進めてゆかねばならないとしている。再生可能エネルギー開発にインセンティブを設け、向こう10年間にエネルギー源の半分をクリーン・エネルギーにすることをうたっている。また環境保護が事業、雇用にマイナスという概念を否定している。
 これに対して、共和党政策綱領は、気候変動は差し迫った国家安全保障問題とはほど遠いものとし、温室効果ガス排出削減のための国際合意に反対している。オバマ大統領の石炭火力発電を縮小するクリーン電力計画を批判し、石炭もクリーン・エネルギー源であるとしている。

ポピュリストの党綱領への影響

 民主党政策綱領委員会の共同議長のダネル・マロイ・コネチカット州知事は、「これほど党政策綱領を議論したことは、過去数十年来なかった」と述べた。これはサンダース支持者が党綱領の交渉を重視したことの反映で、サンダースが民主党をより左寄りにすることを決意している。クリントン陣営は、最低賃金引き上げ、社会保障の拡大、温室効果ガス排出への課金額設定などを党綱領に持ち込むことで、サンダース陣営に譲歩した。サンダースの政策顧問ワーレン・ガネルによると、サンダースが要求した変更の80%が政策綱領の最終稿に盛り込まれた。民主党政策綱領は、TPPに具体的言及を避け、貿易交渉において労働者保護のより高い基準を求める文言に止まった。
 共和党の党綱領採択直後、ニューヨークタイムズは社説で「近年で最も極端な綱領」と評した。「党綱領の作成者は、トランプの異端的な見解を保守派としての正論に調和させる努力をするかわりに、すべての見解の最も極端な見解を選択することを選んだ」とし、「トランプの衝動的大言壮語に迎合した党綱領は、共和党が(時代に)逆行的で極端な考え方の核心グループにより動かされている度合いを露呈したものだ」と述べた。
 また共和党綱領は、民主党進歩派のサンダースが支持するようなウォール街への規制の文言を含んでいる。綱領は、「商業銀行が高リスクの投資を行うことを禁止する1933年グラス・スティーガル法の復活を支持する。合理的規制は活力ある経済に合致する」とうたっている。グラス・スティーガル法はクリントン政権時の1999年に廃止されたが、サンダース、エリザベス・ウォーレン上院議員など民主党左派が支持している。クリントンも同法の復活は主張していない。これはトランプが本選で、サンダース支持者などのリベラル派を引き付けることを狙ったものとの見方もある。

クリントンの弱み

 民主党全国大会3日目にオバマ大統領が演説した時、会場から「あと4年」の掛け声が飛んだ。オバマ大統領のレガシーをクリントンが引き継ぎ、あと4年継続という意味だ。オバマ政権の8年間を経て、世論調査では米国民の7割以上が米国は間違った方向に進んでいると感じている。その多くは、米国内のマリファナ合法化の拡大、同性婚合法化の拡大、LGBTの権利擁護やトイレ使用の自由化、白人、黒人の人種対立の先鋭化、銃暴力の頻発など社会問題、世界における米国への脅威増大を通して、米国の先行きを憂えている。
 この点では、オバマ政権の継承、継続性を肯定するクリントンの弱点である。こうした米国民の多くは、共和党保守派の社会政策に共感を感じている。また経済的格差拡大に不満を抱く白人ブルーカラー層は、オバマ政権に強い不満を抱いており、それがトランプ旋風を持続させてきた。この旋風が本選でも継続することが予想されるが、クリントンの労働者、ヒスパニック系、黒人などのマイノリティー、女性の伝統的民主党支持基盤が打ち勝つことができるかは、まだ予断を許さない。有権者の女性の70%がトランプに反対しており、クリントンを支持している。ヒスパニックのトランプへの支持率は8%程度で1割に満たない。トランプは雄弁な長女のイバンカを活用して、女性のトランプへの嫌悪感を解消しようとしている。
 民主党全国大会の主眼は、クリントンの「不正直」、「信頼できない」、「好感が持てない」というマイナス面を解消できないまでも、薄めることにあったが、その効果がどこまであったかは不明確である。信頼問題、正直さの問題はクリントンの「アキレス腱」(CNN)といわれる。それがマイノリティーその他のクリントンへの支持の度合いを左右する。また米国史上45代目の大統領にして初めて女性大統領が誕生するという歴史的意義がどれだけ多くの人の心を動かすかも要因になる。
 またサンダースはクリントン支持を表明したが、サンダース支持者にはまだクリントンには投票しないと考える者が3割はいると言われる。それがトランプに流れ始めれば、クリントンにとって厳しい状況となる。大会後の世論調査では、全国的にも激戦州でも、トランプ対クリントンは大接戦という状況で、選挙結果は全く予断を許さない。

トランプ批判と抗議

 トランプの米メキシコ国境の壁建設、イスラム教徒あるいはテロ問題を抱えた国からの移民の一時的禁止、TPP反対、ロシアの力による現状変更についての沈黙などは、共和党の伝統的政策から逸脱している。それだけでなく、米国の移民奨励、自由貿易、自由と民主主義の高邁な原則、法のもとの平等、宗教の自由をうたった米国憲法に反している。
 クリントン陣営はこの点をつき、多様性の包含、宗教・民族の融和を強く打ち出した。民主党全国大会では、多くの演説者がトランプが主張する「壁」に対して、「橋」の構築を訴えた。メキシコからの移民やイスラム教徒などに対する排他主義、壁の構築による特定グルーブの排除に対して、警察と地域社会を結ぶ橋、宗教や民族の多様性称賛とそれを結びつける橋を強調。包含性(インクルージョン)を強調した。またトランプが米国中心主義で同盟国を場合によっては切り捨てるかのような主張をしていることを危険と批判。同盟国との連携を打ち出した。また民主党が、トランプの脅威から米国憲法を守る憲法の守護者であるような印象を与えようとしている。
 この動きを象徴したのは、民主党全国大会で演説したイスラム教徒の移民で戦場で死亡した米陸軍大尉のパキスタン系移民の父親キズル・カーンである。カーンの息子のフマユーン・カーン大尉は、イラクに派兵中に、イスラム教テロリストの自爆テロの犠牲になって仲間の米軍兵士の命を守った英雄だった。キズル・カーンは、米国憲法が全ての人の法のもとの平等をうたっているとし、トランプに対して「米国の憲法を読んだことがあるのか。なければ、自分の米国憲法のコピーを喜んで貸そう」と言った。さらにトランプに、息子を米国のために犠牲にした自分に比べ、「あなたは何を犠牲にしたのか。誰も犠牲にしていない」と述べた。これは、イスラム教徒やメキシコ人移民を米国から締め出そうとしているトランプが、米国憲法に反する言動をしているという危機感を強調したものだ。
 これに対して、8月1日のツイッターで、「カーン氏は私のことを知らないのに、民主党全国大会の壇上で意地悪く私を攻撃した上、今度はテレビに出て同じことをやっている。大したものだ」と批判した。トランプはキズル・カーンと一緒に登壇したカーンの妻が無言だったことをも、女性に発言の機会を与えないイスラム教の悪習だと批判した。この議論はマスコミで取り上げられ、静観できなくなったライアン下院議長などの共和党指導者がカーンの家族に感謝の言葉を表明し、自分も共和党もカーンを支持することを明言した。
 このことを契機に、リチャード・ハンナ下院議員(共和、ニューヨーク州)は8月2日、トランプは「国の恥だ」と言い捨て、共和党議員としては初めて、クリントンに投票すると言明した。さらに米国最大の退役軍人団体である海外戦争退役軍人協会(VFW)は、戦死者の母親に対する「度を超えた」批判だとトランプを非難した。この議論の影響で、米国内で米国憲法のポケット版や関連書籍が爆発的に売れている。
 トランプは過去1年間、ベトナム戦争の英雄であるジョン・マケイン上院議員が戦争捕虜になったことを批判したり、予備選に出馬した他の共和党候補を個人攻撃したりして物議をかもしてきた。イラク戦争で犠牲になった米軍兵士の両親を侮辱した今回のトランプの言動は、これまでで最も激しい批判と抗議を共和党内外から引き起こしている。トランプはさらに、ポール・ライアン下院議長やジョン・マケイン上院議員などの再選を明確に支持表明することを拒否し、共和党指導者との亀裂を深めている。
 トランプの選対委員会の幹部も敵ばかり増やすトランプの言動に強い不満を抱き始めている。とくにカーン一家との対立は、トランプの勢いを失速させ、党大会後のクリントンとの支持率の差を2桁近くまで拡大している。トランプは大統領選に敗北する可能性を察知してか、8月に入ってから選挙でも不正により共和党の勝利が奪い去られる可能性があると主張し始めている。
 この結果、無党派層、共和党員でも、今回の選挙では、トランプを支持せず、クリントンに投票するという有権者が増えている。こうした有権者の多くは、クリントンの政策も過去の民主党の伝統からして大幅に左傾化し、普通なら受け入れられなかっただろう社会主義に近い政策内容を度外視している。さらに、多様性の包含が同性婚擁護、LGBTの人権保護など伝統的家庭を弱める内容を含んでいることに、警戒心を抱かなくなっている。「トランプよりはいい」という考えが、民主党の政策の変化に対する警戒心を弱め、正当化する口実になってしまっている。

現状継続か変革か

 クリントンは、オバマ政権の経済政策の成果を評価し、それをさらに改善して1000万の新規雇用を創出するとしている。クリントンのメッセージは、現在米国は十分に素晴らしい国になっており、自分はそれをさらに良くするというものだ。民主党全国大会では、多様性の賛美、宗教と民族の融和、愛国心などの前向きのイメージが演出された。トランプの「米国をもう一度偉大にする」というメッセージに対抗して、「米国はすでに偉大だ」というメッセージを強調した。
 問題は、その前向きのメッセージが米国民全体のムードとは一致しないことだ。共和党全国大会直前の7月17日のギャラップ調査では、米国が正しい方向に向かっていると答えたのは17%で、間違った方向に向かっていると答えたのが82%に達した。同じ時期のNBCニュース・ウォールストリート・ジャーナルの共同世論調査では、18%が米国は正しい方向に向かっているとし、73%が間違った方向に向かっていると答えた。
 こうした一般的に悲観的見方は過去10年間継続しており、正しくそれがトランプの台頭を可能にしたポピュリズム(大衆主義)を生み出す要因になっている。クラウトハマーは、「トランプの指名受諾演説は、暗く、陰鬱だと強く非難された。しかし誇張はあるものの、グローバリゼーションと経済的変革に取り残された人々が経済的、社会的、精神的に分断され、その結果として生じた不安や自暴自棄になる気持ちをうまくとらえた。それが学位のない白人層の間のトランプへの支持率がクリントンを39ポイントも上回っている理由だ」と指摘する。
 米国、世界の現状は、クリントンが民主党全国大会で演出した現状肯定、希望のメッセージが説得力を持つには無理があるほど暗鬱なものである。7月にはダラスで5人、バトンルージュで3人の警官が狙い撃ちで射殺された。6月から7月にかけて、フロリダ州オーランド、フランスのニース、アフガニスタン、シリアで多数の死者を出す陰惨なテロ攻撃が相次いで実行された。
 オバマ政権下での米国民の平均年間所得は5万4000万ドルだが、これはインフレ調整を考慮すると20年前の平均所得と変わっていない。クリントンは米国の労働者を代表することを自負し、ラストベルトであり激戦州でもあるペンシルバニア州、オハイオ州などをバス遊説した。経済政策では、米国民は経済の現状に強い不満を抱いており、トランプ54%、クリントン43%とトランプがリードしている。7月中旬のNBCニュース・ウォールストリート・ジャーナルの共同世論調査は、回答者の56%が、変化がどれほど予測不可能なものだったとしても、政府の機能に根本的な変化をもたらす候補者の方を好むとしている。安定した段階的アプローチを取る候補者の方を好むとしたのは、41%だけだった。
 ビル・クリントンは民主党大会での演説で、10回以上「変化」という言葉を使い、ヒラリー・クリントンを「生涯で出会った最高の変革者」と称賛した。しかし、クリントンのメッセージは基本的な米国の現状肯定、継続であり、変革者を強調したビル・クリントンのメッセージは「陳腐」(クラウトハマー)に響いた。「ビル・クリントンの存在自体が、ヒラリーが過去に8年間ホワイトハウスに過ごしたことを米国民に想起させる。オバマは米国民に対して、ヒラリーの当選は現状に変化がないことを保証しているように見える」(ニューヨークタイムズ紙オプエド・コラムニスト、フランク・ブルニ、8月1日)。クリントンは正しくその変化のなさを打ち消すために、「米国史上最初の女性大統領という一里塚を強調している」(同)。

弱まるキリスト教の伝統

 米国では貨幣にも「我らは神を信ずる」という国家のモットーが刻印されている。米国議会の審議は祈りで始まる。キリスト教の信仰が、国民生活や政治においても揺るがない基盤になってきた。政教分離の原則も本来は、宗教の自由を保証することに目的があった。人種、宗教、出自を超えた人間の平等も、神の前には全ての人が平等であることが出発点であり、その原点には神があった。民主党も共和党も、信仰、家庭、自由と民主主義を尊重するという考え方が主流だった。民主党にもブルードッグといわれる保守の伝統があった。党大会の演説でも、かつては神、信仰、家庭への言及が頻繁にあった。
 しかし、その伝統はいつの間にか薄れ、神を排除した世俗的人本主義が蔓延し、無原則な人間の欲望、権利が主張されている。同性婚やマリファナ合法化の全米への拡大などは、その結果的現象である。対外的にも、米国には神から与えられた祝福を世界の恵まれない国のために分かち合う、あるいは世界の平和のために米国が奉仕するというキリスト教精神に基づく姿勢があった。トランプにはこのような考え方は全くなく、米国第一で、自国の経済的利益になることしかしないという自国中心主義、経済利益中心主義に陥っている。クリントンも、人本主義から社会主義へと傾斜するサンダースが巻き起こしたポピュリズム(大衆主義)を受け入れ、社会政策、外交政策から宗教的価値観を排除してきたオバマ政権の行政を継承・発展させようとしている。
 1960年代に米国社会でキリスト教的価値観が弱まり、対抗文化が蔓延し、性革命により伝統的家庭の基盤が崩れてゆくにつれ、家庭崩壊、犯罪の増加など社会的病弊が拡散していった。米国は世界への関与から後退し、共産主義が世界的に拡張した。1980年代のレーガン革命で古き良きアメリカのキリスト教的価値観の復活、強い米国の復活が進んだが、過去20年間に再び米国でキリスト教的価値観が弱まり、とくにオバマ政権下でその傾向が顕著になっている。
 過去10年間にわたり、米国民の3分の2以上が、米国は間違った方向に向かっているという漠然とした不安の中で生きてきた。トランプは現在の米国の病理を過激な表現で指摘し、大衆の共感を得てきたが、トランプにはレーガンのような国民に米国の理念、理想で覚醒をもたらすようなビジョンはない。ただ米国に第2のレーガンになりうるような若手の人材がいないわけではない。米国民がクリントン、トランプいずれを選択するにしても、ポピュリズムに迎合した衆愚政治の道を進み、米国の危機は深まる可能性が強い。その後に、米国が危機の中で覚醒し、新しい指導者を求める機運が高まるかもしれない。

(2016年8月9日)

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