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政策オピニオン

「家庭基盤の充実」政策で国家崩壊の危機乗り越えよ

高崎経済大学教授・八木秀次

2011.10.21

 最近、週刊誌が「年金問題」を盛んに取り上げている。しかも厚生労働省は年金支給年齢を68歳、あるいは70歳に引き上げる可能性を示唆している。現在のような形で年金を支給していて、果たして財政は大丈夫なのか。厚労省の試算は楽観的過ぎると言われている。現状では少子高齢化は歯止めがきかないわけだから、国家が経済的に破綻するという危機感がある。

 また、生活保護受給者が近年急増し、200万人を超えている。その年間支給額は、消費税率に換算すると2%に当たる額になるという。大阪市では全人口の実に12%を占めているそうだ。今の若者の中では「働く者は負けだ。働かずしていかに生活保護を受給していくか」、それが勝ち組だと言われているという。財政面でも、モラルの面においても、日本は崩壊の危機に直面していると言わざるを得ない。

 こうしたことを考えながら、大平正芳内閣(1978年12月〜1980年7月)のことを思い浮かべた。野田佳彦首相が『Voice』2011年10月号に「わが政治哲学」という論文を発表し、「いまあらためて学ぶべきは、大平正芳さんの政治のあり方ではないか——私は最近、とみにそう思うようになった」と述べている。

 大平首相は1978年12月に内閣総理大臣に就任し、80年6月に亡くなっている。決して長期政権ではない。それでも注目すべきは、首相の私的諮問会議という形で九つの研究グループを作り、将来を見据えた研究を行っていたことだ。79年1月の施政方針演説で、大平首相は「文化の重視、人間性の回復をあらゆる施策の基本理念に据え、家庭基盤の充実、田園都市構想の推進等を通じて、公正で品格のある日本型福祉社会の建設に力をいたす方針であります」と述べている。

 首相は「家庭基盤の充実」「田園都市国家の構想」「総合安全保障」「文化の時代の経済運営」「環太平洋連帯研究」などのテーマを掲げ、各々30歳代から40歳代の比較的若い学者、つまり21世紀の日本を担う人たちに研究をさせた。このうち、「家庭基盤の充実」政策について取り上げてみたい。キーワードは「日本型福祉社会の建設」だ。ちょうど自由民主党でも1979年8月、『日本型福祉社会』という研究書を発刊している。この内容が実に興味深いものだった。

 当時、先進的だった英国型の福祉社会、スウェーデン型の福祉社会は、財政負担が大きく、国民のモラルが退廃して行き詰まると見られていた。では日本はどうすべきか。その答えが英国型でもスウェーデン型でもない、「日本型福祉社会」だった。

 例えば、まず個人の自助努力が第一で、「個人のリスク負担能力の限界を超える場合には社会的なリスク負担システムを工夫し、国家が最後のリスク負担者となる」。次に「『無力な個人』を直接国や地方自治体が保護するという発想ではなく、家庭、企業(および同業者の団体など、各種の機能的集団)が従来から福祉の重要な担い手であったという日本的な特色を今後もできるだけ生かしていく」「個人を包む最小のシステムである家庭の基盤の充実を図り、安全保障システムとしての家庭の機能を強化すること」といったことが述べられている。

 つまり、日本型福祉は国家が主体となるのではなく、その前に家庭や地域、企業などが福祉の担い手として期待される、国はその基盤を充実させる政策を採るべきという政策提言をしている。

 家庭基盤充実の研究グループ議長は、伊藤善市・東京女子大学教授だ。報告書は学習院大学教授の香山健一氏と東京外国語大学教授の志水速雄氏が書いた。研究員には、評論家の桐島洋子氏、東京大学助教授の小堀桂一郎氏、経済学者の竹内靖雄氏、総理府青少年対策本部参事官当時の佐藤欣子氏、医事評論家の水野肇氏などの名前がある。

 この研究グループが大平首相に報告書を提出したのは1980年5月29日だった。首相が亡くなったのは6月12日だから、まさに亡くなる直前に報告されたレポートだ。この提言を受けて、1984年には所得税の配偶者控除のための限度額が引き上げられたり、同居老親の特別扶養控除が導入されたりしている。85年には、最近話題になっている専業主婦の基礎年金第三号被保険者制度、贈与税の配偶者特別控除が導入される。さらに87年に所得税の配偶者特別控除導入、89年には配偶者特別控除の拡充がなされた。

 このように80年代、大平内閣の提唱による家庭基盤の充実政策、具体的には国として家庭を税制面で支える、また専業主婦については老齢年金で優遇しようという政策が拡充された。大平内閣から始まった一連の政策は、かなり先見性があった。1979年の段階で、英国やスウェーデンのような福祉国家の道を突っ走ってしまうと、財政面でも国民精神の面でも、必ず破綻すると指摘している。そうならないように手を打つということであったようだ。

 ところが90年代に入ると、これとは全く逆の動きが始まる。1994年に社会保障制度審議会が『社会保障将来像委員会第二次報告』として、「世帯単位中心のものから、できるものについては個人単位に切り換える必要がある」という報告を出した。キーワードは「世帯単位から個人単位へ」だ。

 次に、1997年、橋本龍太郎内閣が『男女共同参画2000年プラン&ビジョン』を打ち出した。この中でも「様々な態度・慣行の中に残されている世帯単位の考え方を個人単位にあらため」と述べられている。具体的な取り組みとして、夫婦別姓、配偶者に係る税制、国民年金での雇用者の被扶養配偶者(第三号被保険者)などの問題を、男女共同参画社会の形成の観点に立って検討・見直すとしている。

 2001年には、経済産業省の研究会が、年金の第三号被保険者制度の廃止を提言。小泉純一郎内閣の経済財政諮問会議が「骨太の方針」の中で、社会保障を専業主婦モデルから共稼ぎモデルへ転換することを打ち出した。2002年、同じく小泉政権の「骨太の方針第二弾」で「男女共同参画社会を構築し」、税制においては配偶者に関する控除等を検討すること、また「『男女共同参画社会』の理念とも合致した年金制度」の構築を打ち出した。

 さらに、民主党政権下で2010年12月、『男女共同参画第三次基本計画』が発表された。この中でも「男性片働きを前提とした世帯単位の制度・慣行から個人単位の制度・慣行に変更する」「個人所得課税については、従来は片働き夫婦子二人世帯を標準世帯と考えて検討される側面が強かったが、今後は個人を中心とした考えを重視する必要がある。…配偶者控除の縮小・廃止を含めた税制の見直しの検討を進める」と書くに至った。

 そして現在、小宮山洋子厚生労働相の下で、配偶者控除や年金の第三号被保険者制度の廃止が政治日程に上っている。大平内閣が打ち出した「家庭基盤の充実」政策は、このように全面否定されるに至った。この間、社会現象としては、家族、家庭が縮小し、高齢者では単身か夫婦だけの世帯が増えた。子供と同居している高齢者が希少価値になってきている。「日本型福祉社会」や「家庭基盤の充実」が発表された頃は、日本の高齢者の六割は子供と一緒に住んでいて、これは「日本の含み財産」であるという高い評価がなされていた。それが、瞬く間に崩れてしまったわけだ。

 現在提示されている、そして将来大幅に減るであろう年金額では、単身の高齢者、あるいは高齢者の夫婦世帯が生活するには不足だ。そうなると生活保護を受けるしかない。国民年金であれば現在は約五万円の支給額であったとしても、子供と同居している場合には、生活に困窮することはない。しかし、社会保障審議会の報告以来、世帯単位で国が保護してきたものを、個人に分割していく方向に一気に流れてしまった。これは財政、そしてモラルの面で、国家崩壊の道だと言わざるを得ない。非常に深刻な問題である。

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