「LGBT差別解消法案」の問題点 ―婚姻・家族制度の崩壊促し、思想・信条の自由侵害の危険性―

「LGBT差別解消法案」の問題点 ―婚姻・家族制度の崩壊促し、思想・信条の自由侵害の危険性―

2016年3月25日

 昨年、渋谷区で同性カップルを結婚相当とする関係を認める条例が施行された。また、世田谷区が「パートナーシップ宣誓書」を打ち出すなど、全国的な広がりが懸念されている。一方、国会では性的少数者の差別禁止を求める「LGBT差別解消法」を検討する動きが出ている。ただ、法案は婚姻制度や社会制度・慣習を崩す危険な内容をはらんでいる。

渋谷と世田谷の「パートナーシップ」の問題点

 昨年4月、渋谷区が「同性パートナーシップ条例」を制定した。その後、世田谷区は条例によらない「パートナーシップ宣誓書」という方式で進めている。いずれも同性カップルを結婚に相当する関係と認める、つまり同性婚を目指す方向を打ち出している。 世田谷の「パートナーシップ宣誓書」をみると、当事者が「互いをその人生のパートナーとする」と区役所職員の面前で宣誓書を提出する形。当事者がこれを受け入れるのかと首を捻るものである。宣誓書は10年間保存されるとし、同性カップルの双方が廃棄を希望するときには廃棄されるとしている。男女の結婚でも離婚は多いが、同性カップルは更に関係が希薄で別れる率が高いとも言われる。そうした点をどう扱うのか、制度設計はまったくできていない。 重要なことは、「婚姻関係とパートナーシップはまったく意味が違う」ということである。ところが渋谷区も世田谷区も、性的指向の前提としているのが、「異性愛、同性愛、両性愛、無性愛は価値として平等」だということである。世田谷区は区長権限の「宣誓書」で止まっているが、渋谷区の場合は区の性的マイノリティの人権施策として、とりわけ学校教育、生涯学習に入れていく計画である。区立の小中学校では独自の教材を作り、LGBTへの理解を深める授業として、子供に異性愛も同性愛も同じという意識を植え付けていくのは、教育上も大きな問題である。また区内の事業者に性的指向はすべて平等という前提で差別をしてはいけないと求めるのは、思想信条、信教、表現、経済活動の自由を脅かすことになる。

あらゆるものが「差別」とされ伝統的文化や慣習が崩壊

 渋谷や世田谷のパートナーシップの形態は、憲法が定める婚姻規定からも大きな問題をはらんでいる。しかし、それ以上に現在の深刻な問題は、LGBT差別全般を禁止する法制度が検討されていることである。 現にLGBT(性的少数者)の人たちが存在する以上、配慮は必要になる。例えば人前で人格を侮辱されるようなことがあってはならない。ただ、現在検討されている差別禁止法案は、LGBTの人たちの結婚を認めないことのみならず、ありとあらゆるものが差別とされて、男女関係、男とは女とは何か、それによる結婚、家族のあり方、それらを背景としている文化、慣習など、諸々のものが一気に崩されてしまう危険性を持つものである。 日本ではLGBT法連合会という団体が、先進国と同等のLGBT差別禁止法制定を求める活動を展開している。1月27日に生活者ネット主催で東京都当局とLGBT関係者との間で意見交換会が都議会で開催された。国会ではLGBTに関する課題を考える超党派の議員連盟が結成され、LGBT法連合会に突き動かされるような形で議員立法の動きが始まっている。2月16日には、学生と国会議員の意見交換会が開催されている。 LGBT法連合会のホームページをみると、「日本における性的指向および性自認を理由とする困難を解消する地方自治体の施策」の一覧表が掲載されている。それらの施策は大別すると男女共同参画施策の中で性的マイノリティに対する差別をなくしていく。そして人権施策の中で行うというもので、多くの自治体で施策が行われていることが確認できる。 さらに彼らが作成した『性的指向および性自認を理由とするわたしたちが社会で直面する困難のリスト』という16頁にわたる一覧表を見ると、理解できる部分もあるが、ここまで問題にされると社会全体が崩れてしまうというものも混在している。性的少数者に対する「差別」には解消すべき不当な差別と、その差別を解消するという名の下に全体を大きく崩してしまうものがある。それらを分けて考える必要があると思う。

「男女の色分け」や「性別欄」も解消リストに

 例えばリストの「子ども・教育」の分野では、「学校の制服や体操服などが戸籍上の性別で分けられたため、苦痛を感じ、不登校となった」「男女で分けた授業や種目、体育祭、部活、合唱コンクールにおいて、性自認と戸籍性の不一致のために自分のやりたいことを選択できなかった」「学校行事において男女で色分けしたり、役割を決めていたりするため、自分が望まない色をあてがわれ、好まない役割を担わされた」、また「学生証に性別欄がある」「卒業証明書・卒業見込証明書や成績証明書に性別欄がある」といった性別欄の記載があることで性同一性障害であることが知られ、不快な思いや不利益を被ったなど60項目を挙げている。 「就労」の分野では、「パートナーの死別に際して、遺族補償の給付、死亡退職金の給付、見舞金・慶弔金の支給等が拒否された」等々、法律上結婚と扱われていないため、使用者との関係でさまざまな不利益が生じたと指摘しているわけである。 「カップル・養育・死別・相続」では、「パートナーを扶養家族として所得税の申告をしたが拒否」「特別養子を受け入れることができなかった」「パートナーの死別に際し、パートナーの財産を相続できなかった」「未成年の子がいるため、戸籍上の性別を変更できなかった」など20項目を挙げている。 一覧表が示している、性的少数者が社会で直面する困難として挙げている内容は、かつてジェンダーフリーで問題とされていた内容と重なっている。男女別、男女を前提とした婚姻制度を基本とした、社会保障などさまざまな制度、慣行がすべて差別に当たるという。その意味でここに羅列されていることは、疑問の多い内容である。 LGBT法連合会の関係者が座談会で話している内容を見ると、一般の人には抵抗感がある同性パートナーシップより、むしろLGBT差別禁止法の方が受け入れやすく、手っ取り早いということのようである。ところが中身をみると、LGBT差別禁止法の方がよほど包括的で危険な内容なのである。

「婚姻制度」は次世代の子供を産み育てるための制度

 そもそも同性カップルからは自然には子供は生まれない。男女の婚姻関係と同性カップルはまったく異なるもので、区別して考える必要がある。 法制度上、男女の婚姻関係は他の人間関係と比べて保護・優遇されている。民法上は結婚すれば夫婦は同じ姓を名乗り、同居、協力及び扶助の義務や婚姻費用の分担など、義務規定を定めている。最も保護、優遇される点は配偶者が死亡すれば、法定相続で財産の半分を相続できると規定されている点である。 税制上も、配偶者特別控除があり、社会的にも企業団体等で家族手当てが支給されたり、公営住宅に入所できたり、特別に保護されているのである。 婚姻制度がなぜ特別に保護・優遇されているかというと、婚姻制度自体がそもそも子供を産み育てる制度として作られているからである。子供の心身共に健全な発育をはかるために、両親の関係を制度で保護することで婚姻関係が簡単に壊れないような仕組みを作っているわけである。 婚姻制度が次世代の子供を産み育てる制度であることを、どれだけ深く理解しているか、認識の差が大きい。ところが一般の人や同性婚関係者、一部の政治家の方々のなかには、結婚は当事者間のものだからという理解に止まっていて、婚姻制度の意義について認識が十分になされているとは言えない。 子供は次の時代を担う存在であり、国全体としては労働、社会保障の担い手として社会を支えるという意味を持っている。だからこそ子供が生まれ育つ制度として婚姻関係を特別に保護しているわけである。婚姻関係と同性愛者同士の関係はまったく異なるものとして捉えるべきだが、これを意識的・無意識的に誤解している人が非常に多い。 婚姻制度はどういうものなのかということを、地方自治体の行政当局はどれだけ認識しているか。男女の婚姻関係と同性愛者同士の関係をはっきり区別、あるいは整理して考えないと、LGBT差別禁止法の危険性が、なかなか理解できないと思う。 地方議会で性的マイノリティの問題を指摘して非難されるケースがある。言わんとすることが曲解されている場合もあるが、性的マイノリティの人たちは存在するわけだから、一方でそうした人たちへの配慮はしながらも、婚姻制度の意義をしっかり訴えていくべきだろう。

「男女共同参画社会基本法」と「人権擁護法」を合わせた法案

 LGBT差別禁止法の制定の動きについて言えば、LGBT法連合会が独自の法案を作成している。国会では民主党の作成案をたたき台に超党派の議員連盟が法案検討に関わっており、1月14日の日付で「性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案骨子」(たたき台)を公表している。 男女共同参画社会基本法並みの法制度にすることを目指しており、仕組みは男女共同参画社会基本法とほぼ同じである。男女共同参画社会基本法と、民主党や自民党でも検討され批判を浴びた人権擁護法、二つを合わせたような中身になっている。 民主党のたたき台もLGBT法連合会の法案も問題のポイントは、「全ての国民が、その性的指向又は性自認にかかわらず、等しく基本的人権を享有する…」の中の「性的指向又は性自認にかかわらず」という文言にある。男女共同参画社会基本法にある「性別にかかわりなく」の文言と同じである。性的指向又は性自認をすべてフラットにする、社会制度も慣行もすべてフラットにすることを求めている。つまり、冒頭で紹介した、彼らが困難として挙げている一覧表の項目がすべて解消されるということになる。これは男女という存在を前提としたさまざまな制度や慣行がすべて崩れるということである。

内閣に担当大臣、行政機関に担当部署

 民主党のたたき台では、内閣府に審議会を置くとなっている。これは内閣府に特命大臣、LGBT差別禁止担当大臣を置くという意味である。たたき台の法案には、実効性を持たせるために、行政機関等や事業者に「性的指向又は性自認を理由として、不当な差別的取扱いをしてはならない」と、「不当な差別的取扱いの禁止」を義務付けている。さらに「現に性的指向又は性自認に係る社会的障壁の除去の実施についての配慮をしなければならない」と、社会制度や慣行を変更することを義務付ける内容になっている。 差別解消のための措置として、雇用と学校教育の分野が主に挙がっている。それらの実効性を確保するために、主務大臣は事業者等が指針に反している場合は報告を求める、または助言指導勧告ができる。勧告に従わない場合はその旨を公表することができるとしている。さらに啓発活動や地域協議会の設置を明記している。 これは男女共同参画社会基本法と中身は基本的に同じで、ありとあらゆる行政機関にLGBT差別解消の部署を置き、ありとあらゆる社会制度・慣行を点検し、その差別を除去するという名のもとに、それらを崩していくことになる。今は超党派の議員連盟は20人ほどに止まっているが、東京オリンピックが近づくにつれて、それを追い風にLGBT差別禁止法が力を持ってくることは間違いない。

思想・信条の自由、表現の自由侵害の危険性

 禁止法ができれば、気がつかないところで思想・信条の自由、表現の自由等を縛っていく危険性がある。かつて男女共同参画社会基本法に入れ込まれた「性別にかかわりなく」という文言から、過激なジェンダーフリーの動きが全国の自治体に広がった。そのとき以上の危険な動きに発展する可能性は十分ある。 少なくとも男女の区別を前提としたものは、全て排除される。人権擁護法案の時も被差別者が差別と感じたことがすべて禁止されるというものだった。これと同じ論理で、性的少数者が不快に思えることはすべて差別であるから、ほとんどの社会制度・慣行が否定されることになる。このことをしっかり強調しておくべきである。 もちろん、LGBTが社会と直面している困難として一覧表を紹介したが、その内容すべてが、受け入れられないということではない。繰り返すが、例えば人前でホモとかオカマなどと言われ、人格を侮辱されるようなことがあってはならない。ただ、だからといって学校教育で男女を前提に分けることの合理性を全部なくせというのは話が違う。 同性婚については、集団的自衛権と同様、憲法解釈で合憲とされる余地があるかどうかだが、さすがに憲法24条の「両性」は男女であって、同性婚推進派が言うような「当事者」とは読まないという学説が主流である。同性婚を認めるには憲法改正を要する。 ただしLGBT差別禁止法は、すんなり可決する可能性がある。そうなると次は同性婚になる。LGBT差別禁止法は、それほど危うさをはらんでいるのである。

学校教育では婚姻を含む社会制度の基本を教えるべき

 今後の課題としては、何が認められ、何は認めてはいけないのか、ある程度、理論的根拠をもってきちんと示していくことが必要であろう。少なくとも男女の婚姻は社会制度として意義があるものとして、今ある婚姻制度を守るということが重要である。アメリカでは各州で結婚防衛法が制定された。残念ながら昨年6月、連邦最高裁がこれを法の下の平等に反するとして違憲判決を出したが、日本でも結婚制度を守るという考え方が必要になってくるであろう。また、アメリカでは結婚を男女の関係に限らないとして結婚の再定義が行われているが、日本では逆に結婚の意義、婚姻の再認識が必要と考える。 もうひとつは学校教育で性的少数者の問題をどう扱うかということである。現に性的少数者が存在するわけであるから、学校でも性的少数者への配慮は必要になってくる。その上で学校教育において婚姻を含めて社会制度としての基本とは何かを教えていかなければならないと思う。基本は異性愛の関係であり、異性の関係で社会制度が成り立っていることをしっかり教えることである。男女の婚姻関係も同性同士の関係も価値として同じとなると話が違う。大事なことは性的少数者への配慮は必要とした上で、婚姻制度、信教、思想信条の自由、子供の教育、この辺りをどう担保し、守っていくかということだと思う。

政策レポート
八木 秀次 麗澤大学教授、法制審議会民法(相続関係)部会委員
著者プロフィール
1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、同大学院法学研究科修士課程修了、政治学研究科博士後期課程中退。専攻は、憲法学。第二回正論新風賞。高崎経済大学教授などを経て2014年より麗澤大学教授。一般財団法人「日本教育再生機構」理事長、内閣官房教育再生実行会議提言FU会合委員、法務省法制審議会民法(相続関係)部会委員、フジテレビジョン番組審議委員など。著書に『夫婦別姓大論破!』(共編著、洋泉社)、『憲法改正がなぜ必要か』(PHP研究所)など多数。

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