新時代に向けた日韓関係構築への提言

新時代に向けた日韓関係構築への提言

2015年12月12日

提言要旨

はじめに

 2015年8月14日に安倍総理大臣が発表した「戦後七十年談話」は、日本が先の大戦への「痛切な反省と心からのおわび」を表明した歴代内閣の立場は揺るぎないことを強調した。その上で、戦後の日本は侵略や戦争を手段として二度と用いず、植民地支配との決別を誓ったと指摘し、日本の国際復帰を支えた国や人への「感謝」に言及するとともに、今後も積極的平和主義の下に国際貢献を進める考えを明確に示した。安倍談話は、日韓関係における大きな、そして一つの区切りとなるものである。日本はこの節目を好機として活かし、韓国との関係修復を図るとともに、未来に目を向けた新たな日韓関係の構築に取り組むべきである。

 振り返れば戦後、日本の対韓外交や朝鮮半島政策は、受動的あるいは状況対応型外交の様相を帯び、日本の国家戦略遂行という文脈からの積極的能動的な外交政策を打ち出すことができなかった。しかし、歴史を顧みれば明らかなように、朝鮮半島は日本の生存や繁栄にとって極めて大きな影響を及ぼしてきた地域である。朝鮮半島への視野を伴わずして、日本の安全保障政策を語ることは出来ない。

 幸いに、わが国では安全保障法制が成立し、集団的自衛権の行使可能に途を開いたことで、ようやく安全保障政策が健全化した。次に日本が取り組むべき政治・外交上の重要課題は、ウィンウィンの関係を軸とする対韓戦略の策定である。いま一度朝鮮半島の持つ地政学的な重要性を正しく認識したうえで、感情的な反発や情緒的な対応に陥ることなく、グローバルな視点と冷徹な戦略的思考に基づいた対韓政策の構築が急がれる。

「対韓外交三原則」の提唱

 近年、韓国の執拗な対日批判や日韓関係の悪化を背景に、韓国との交流や対話の努力を無意味と決めつけ、非関与・非支援の原則を説く有識者も現われている。しかし、話し合いの努力を放棄することで問題が解決することは決してあり得ない。隣国である韓国との戦略的で相互深化の関係を構築するためのいわば心構えとして、「対韓外交三原則」を提言する。

1.対話と交流の場を閉ざさない(常在往来常在対話)

 最も近い隣国であり、日本の安全保障にとどまらず、経済でも存在感を増している韓国との関係を深化発展させることが出来なければ、日本の国力や国際的な影響力の低下を招くことにもなろう。観念的情緒的な韓国排斥論や偏狭な民族主義、ジンゴイズムに毒され、対話の機会と場を閉ざしてはいけない。

2.諍(いさか)いを恐れず、常に率直な議論が出来る環境を醸成する

 真の友好には見解の相違や対立を恐れることなく、率直に日本側の考えや認識を説き、腹蔵のない意見の交換を重ねていくことが大切である。たとえ合意が生まれずとも、決別ではなく、忌憚のない対話を続けることが出来る関係と場を作り出すことこそ、今の両国に最も必要なことではなかろうか。とくに率直な対話には学者、市民などが積極的な役割を果たすとともに、文化面での積極的な交流が重要である。

3.「近似の幻想」に陥ることなく、「非同の現実」を受容れた上で共存の途を探し求める

 日韓関係では「同じアジア人」意識が働き、日本人の価値観で相手の行動や発言を受けとめ、評価する危険に陥りやすい。一衣帯水の間柄でも、歴史や文化、民族性など日韓両国の間には違いも大きい。そうした異相を正しく知り、互いの認識や見解に開きがある事実に目をさらし、それを冷静に受けとめたうえで交流を継続する度量や、共存の途を見出すための叡智が求められる。

戦略的関与の対韓政策の提言

 対韓新政策のポイントは、(1)アメリカとともに戦略的に朝鮮半島問題に関与し、日米韓三国連携の意義と重要性を根気強く訴える。(2)両国の間にウィンウィンの経済関係を築き、韓国にとっての日本の存在感を回復させる。(3)長期的な視野に立って文化・教育政策に力を入れ、両国の次世代が心情的な絆と友愛の関係を育むことができる素地を作り出すことである。日韓関係の再構築をめざす新たな対韓政策は、「政治・安全保障」「経済」「学術・教育・文化・人材」の三つの政策の柱からなる。

1.日米韓三国連携体制再構築に向けた政治・安全保障政策

(1)政治対話の継続と深化に努めよ 今日の北東アジアには、日韓関係の停滞・悪化が韓中の接近を加速させるというゼロ・サム的状況が生まれている。これは、戦後の日韓関係には見られなかった新たな事態である。日本は、韓国に対する情緒的な反発や感情のしこりを爆発させることが、わが国の国益を大きく損ねてしまうことを自覚しなければならない。

 あらゆる機会を通じて根気よく韓国との対話を重ねると同時に、「歴史認識」や政治問題で過度に相手国を刺激しないよう、特に政府要人の発言には節度と自制の配慮が求められる。さらに良好な日韓関係の構築が、友好や善隣に留まらず日本の戦略的課題でもあることを国民に理解させ、韓国に対するヘイトスピーチや排外的な行動を慎むよう啓蒙・指導する必要がある。

(2)知日人材の戦略的育成を 政官財の各界とも日韓両国の事情に通じた調整役となる人材が枯渇している。戦略的観点に立ち日本通の韓国要人を育てていく必要がある。韓国の各界で活躍する中堅層を選び出し、毎年その何人かを日本側の費用負担でわが国に招請する。そして日本に滞在する間、関心のある地域の訪問や、興味を持つ分野の事業の視察、関係者との面談等交流の機会を提供し、将来韓国の指導者となる人材の対日理解を深めると同時に、日韓指導層相互の知己交流を広め、交渉仲介ルートの強化を図るべきである。

(3)日米韓が連携し、朝鮮半島統一プロセスに関与せよ 近い将来、朝鮮半島統一が避けられないという前提で統一の姿を想起すると、理論的には、①中国主導による統一、②日米が関与し韓国が主導する統一、③関係国の影響を受けない自主独立(可能性は少ない)の三つのシナリオが考えられる。

 ①は北朝鮮が自壊するか、中国が金正恩政権を見限り、また中韓接近政策によって韓国への影響力を拡大させたうえで、親中統一政権を樹立するようなケースである。この場合、中国の影響力は朝鮮半島全土に留まらず日本海にまで拡大し、日本に対する中国の脅威は一挙に高まろう。

 そうしたリスクを防ぎ、日本の国益から最も好ましい②のケースに導くためにも、日本は韓国と連携し、長期的戦略的な観点からアメリカとともに朝鮮半島統一のプロセスに積極的に関与し、必要に応じ協力する姿勢をとるべきである。それは、①拉致問題・日本人妻帰国問題の解決、②朝鮮半島の非核化実現(北の軍事的脅威の解消)、③朝鮮半島北部の開発と発展に伴うビジネスチャンスや市場の拡大等、多くの利益を日本にもたらすことにもなる。

(4)日米韓防衛協力の推進

①日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)の早期締結 北朝鮮に近い韓国が掴んだミサイル情報を、日本も即時に入手できる態勢の整備が不可欠である。北朝鮮はミサイルのさらなる射程拡大や小型核弾頭化を進めており、高まる脅威に対処するには日本と韓国の間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を一刻も早く締結し、日米韓三国による情報収集の協力や情報共有の円滑化を進めなければならない。

②朝鮮半島有事への対処 朝鮮半島有事を念頭に、日韓両国が燃料などを相互に融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)の締結も必要だ。さらに邦人救出など緊急時における日韓の協力手順についても調整と準備を進める必要がある。政治の冷却化とは切り離し、朝鮮半島有事の際の軍事・人道的協力の在り方や互いの役割分担について、実務レベルの協議の場と機会を増やす努力が求められる。

③日韓及び日米韓安保対話の枠組み構築 日米韓三国の緊密な連携と意思疎通の円滑化を図るため、日韓及び日米韓の共同訓練の実施拡大や自衛隊と韓国軍の連絡幹部の相互派遣、さらに安保・防衛問題を定期的に協議する枠組みとして、日韓防衛相会談の定期化や日米韓三国外務・国防相会合(2+2)/事務レベル会合の創設を提案する。

2.ウィンウィンの経済関係構築への提言

(1)韓国のTPP参加支援とウィンウィンの経済協力関係構築 韓国のTPP参加を支援するとともに、日韓経済連携協定(EPA)の早期締結、さらには日中韓経済連携協定や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉促進を図るべきである。また、両国はともにエネルギー資源に乏しく、海外での天然資源やエネルギーの共同開発事業はウィンウィンが期待できる。アジア諸国の環境対策や災害予防、空港、発電所などのインフラ整備の分野で両国が協力を深めていくことも可能であろう。

 少子高齢化や過疎化など、両国に共通する政策課題や国内問題に共同で対処するためのビジネスモデルや人材育成事業の研究を立ち上げる。アジア型福祉モデルやコミュニタリアン型の地域振興モデルを生み出すことができれば、東アジアに留まらず、中国も含めアジア全域でのビジネスチャンスを獲得することができよう。さらに、農業や物流、医療など構造改革を必要とする分野も日本と韓国では共通項が多い。日韓経済を活性化させるためには、規制緩和の促進や、観光、流通システムの改善効率化で足並みを揃えることも重要だ。

(2)日韓トンネルプロジェクトの推進 既に、外務省の「日韓新時代共同研究プロジェクト」報告書(2010年10月)においても、日韓海底トンネル構想が提言されているが、トンネルの開通によって日韓の物流や人的往来は飛躍的に増大し、両国経済の発展や観光、文化交流を加速させ、日韓は「近くて近い」間柄となれる。旅客、貨物輸送の交通手段に留まらず、情報通信のための光ファイバーや石油、天然ガスのパイプライン敷設も可能であり、さらに送電線が朝鮮半島と繋がれば、EUのように多国間の電力の安定供給体制を作ることも夢ではない。

 英仏海峡トンネルの建設によって、ドーバー海峡を挟んだ英国とフランス両国の精神的距離が縮まり、欧州統合の推進に寄与したように、日韓トンネル建設の大事業に両国が共同して取り組むことによって、トンネルが完成した暁には、日本と韓国の相互理解は各段に深まり、ともに北東アジアの兄弟国であるとの意識が醸成されることは間違いない。

3.学術・教育・文化政策の充実と東アジア人材の育成への提言

(1)朝鮮半島(を含む東アジア地域)の総合研究機関の創設 朝鮮半島に関する戦略的地域研究の体制を整備し、過去の日韓・日朝関係や朝鮮の文化・歴史、政治・経済、国民性など幅広い朝鮮研究の場と機会を設けるための取り組みとして、以下を提案する。①国立東アジア(あるいはコリア)研究センターの創設、②大学に韓国・朝鮮半島学(コリアンスタディズ)の学部を開設、③韓国・朝鮮半島を専門とする研究者に絞った研究者の育成・支援(既存の研究者育成基金などを活性化することも含む)、④優秀な日韓問題研究業績に対する褒賞制度の創設(仮称「雨森芳洲賞」)。

(2)若者の日韓交流の活発化 新たな日韓関係を切り拓くことのできる人材、すなわち東アジア人材の育成も急務である。日中韓三国の間では、大学の交流促進をめざす「キャンパスアジア構想」が進行中だ。また多くの大学で留学生・大学生の相互交流,現地フィールドワーク活動,自治体の支援事業なども行われており、政府が主導・支援してそれらの事業の一層の進展を図るべきである。

(3)広範囲な日韓交流,韓国人の日本就労支援策 関係各省庁の連携の下に、韓国人留学生の在学中の日本語習得支援に留まらず卒業後の日本企業への就職支援も行い、韓国人学生の日本留学意欲を高めてはどうか。韓国の労働力を取り込むことで少子高齢化対策に資するとともに、韓国の雇用機会拡大にも寄与するであろう。大学や研究機関に限定せず、普通教育(小中高校の各レベル)での相互理解のための施策も大切だ。さらに、各自治体が個別に韓国との交流を主導、財政支援などの措置を取っている自治体もあり、そうした取り組みを活発化させていくべきである。

(4)韓国における広報活動強化のためのジャパンセンターの増設 両国の歴史や文化の相互理解を進めるとともに、観光需要の掘り起こすために、①日本理解(観光情報含む)を深めナショナル・ブランドを高めるために,「ジャパンセンター」を韓国各地域に増設し活動を充実化させる(在韓国日本大使館公報文化院,国際交流基金ソウル日本文化センターなどとも協力して進める)。②世界遺産に指定された史蹟や、日韓交流に縁のある地域を両国が整備し、学習・観光プログラムを提供(飛鳥プロジェクト)し観光による交流の拡大を図る。このほか、日本古代国家形成期における朝鮮半島文化の影響を再認識・再評価し、歴史教科書における日韓の交流往来に関する記述を増やすことも考慮すべきだ。

※出典:首相官邸ホームページ https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201511/02kaidan.html

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