中台関係のゆくえ ―香港・台湾からの視点―

中台関係のゆくえ ―香港・台湾からの視点―

2015年5月20日

1.台湾「ひまわり学生運動」と香港「雨傘革命」 

(1)台湾「ひまわり学生運動」
 ひまわり学生運動は、2014年3月18日以降、台湾を覆うほどの展開を見せたが、その顛末について少し振り返ってみる。
 2010年6月、中台間で「両岸経済協力枠組協議」(ECFA)が締結され、同年8月には台湾立法院(国会)でECFAが批准されて翌月発効となった。その内容(中国側539品目、台湾側267品目についてそれぞれ段階的に関税を引き下げていく)は、表面上中国側が譲歩し台湾側に有利な内容だった。しかしこれは「以商囲政」(ビジネスをもって政治を囲う)、つまり経済の方から台湾を取り込みゆくゆくは政治的統一を狙うという中国側のより大きな政治戦略のもとに進められた動きだった。その後、2013年6月に中台は「両岸サービス貿易協定」を結び、翌14年3月に台湾立法院で批准する運びとなっていた。
 14年3月17日、議会の多数を占める国民党は議論もそこそこに採決へ持っていこうとしたところ、中台統一への危機感を募らせた学生たちが立法院を占拠(「ひまわり学生運動」)して立ち上がったため、同協定は未だ批准されていない。
 日本のあるメディア関係者は、「これは学生自らが立ち上がったのではない。台湾のご老公(=李登輝元総統)が背後からやらせたのではないか」と指摘している。
 「ひまわり学生運動」によって、それまで政治的アパシー(無関心)だった台湾の若者(20~35歳は有権者の約3割=約500万人を占める)が刺激され政治的に覚醒したのではないかと思われる。事実、14年11月末の統一地方選挙においては、若年層の投票率がアップした。しかし、同運動に参加し県市議会議員選挙や里長選挙に立候補した若者のほとんどは落選した。

(2)香港「雨傘革命」
 台湾の「ひまわり学生運動」の数カ月後に、今度は香港で大学生が中心となった若者たちが、黄色い傘で警察隊の催涙スプレーを防ぎながら「雨傘革命」に立ち上がった。
 2014年8月末、中国全人代は、2017年の香港行政長官普通選挙では候補者は「指名委員会」(以前の「選挙委員会」)の過半数の推薦が必要と決定した。それまでは、1200名の選挙委員会で八分の一(150名)以上の推薦があれば行政長官選挙に立候補できるしくみだったので、民主派の候補者が出馬できる可能性が高かった。北京政府は民主派の長官が出てくるのを恐れて、親中派が大半を占める同委員会で「過半数の推薦を必要とする」と変更したのである。その結果、ほぼ民主派候補の可能性がなくなった。
 ところで、香港の若者の間で日本のコミック・アニメは人気があるが、最近『進撃の巨人』が流行っていた。そのストーリーとだぶらせて中国共産党と戦おうというイメージをもって香港の若者たちが立ち上がった可能性も指摘されている。

<注>『進撃の巨人』(諫山創原作)
 圧倒的な力を持つ巨人とそれに抗う人間たちの戦いを描いたファンタジーバトル漫画で、ストーリーは次の通り。――繁栄を築き上げた人類は、突如出現した天敵「巨人」により滅亡の淵に立たされた。生き残った人類は、「ウォール・マリア」、「ウォール・ローゼ」、「ウォール・シーナ」という巨大な三重の城壁の内側に生活圏を確保することで、辛うじてその命脈を保つ。城壁による平和を得てから約100年後、いつしか人類は巨人の脅威を忘れ、平和な日々の生活に埋没していた。まだ見ぬ壁外の世界を夢見る10歳の少年、エレン・イェーガー。エレンは、仮初めの平和に満足し外の世界へ出ることを諦めた人々に違和感を覚える。彼らを「家畜」と呼ぶエレン。エレンを「異物」と感じる人々。だが、壁をも越える超大型巨人の出現により、エレンの「夢」も人々の「平和」も突如として崩れ去ってしまう・・・。(「進撃の巨人」HPおよびWikipediaより)

 香港は1997年7月に、「今後50年間は一国両制度を維持する」という取り決めの下、英国から中国に「返還」された。返還から50年後の2047年には香港と中国が完全に一体化してしまうことになるが、そのとき中高年は引退するか亡くなってしまっているだろう。だが、現在20歳前後の若者はまだ50歳前後であり、そこで若者たちは、将来への不安を覚えて抗議運動に出たのではないか。香港では対中認識において世代間ギャップが激しい。
 香港の若者たちは、中国の「香港化」ならば歓迎するが、香港の「中国化」を恐れている。それはこれまでの英国統治による「法治」(近代)から中国共産党による「人治」(前近代)に逆戻りしてしまうと考えるからだ。
 「雨傘革命」においては、抗争が長期化する中でしっかりしたリーダーがいなかったため、運動がばらばらで中国共産党や香港政府に切り崩されてしまった。黄之鋒という17歳の大学生のリーダーが立ち上がったもののやがて逮捕され、一方、アグネス・チョウ(周庭)という女子学生が「運動の女神」として立ち上がったが、彼女もすぐ辞めてしまった。次に現れたのが香港大学生連合会の周永康代表である。彼は昨年汚職疑惑で逮捕された前中国共産党政治局常務委員の周永康と名前が同じで、ある意味、運が悪かったかもしれない。彼にはあまりカリスマ性がなく指導力を発揮できなかった。
 結局、香港の学生は「巨人」を倒したエレンやミカサにはなれなかった。そして2014年12月15日、香港治安当局によって「雨傘革命」は収束した。その後も散発的に抗議デモが行われており、2017年の行政長官選挙まで民主化要求は続くだろう。また民主派の選挙ボイコットの可能性もあるが、大きな変革に対してほとんど影響力はないと思われる。

(3)香港「雨傘革命」と台湾「ひまわり学生運動」の比較

2.2014年台湾統一地方選挙

(1)台湾統一地方選挙の意味
 台湾ではこれまで立法院議員選挙と総統選挙を別に実施していた。前者はどうしても利益誘導型に流れやすく後者は理念型なので、同時選挙となると、利益誘導型(プラス賄賂)に流れて、総統選挙の結果もその投票行動の影響を受けることになる。台湾では統一地方選挙を分析すると次の総統選挙が大体は展望できる。その意味で、今回の地方選挙分析は2016年総統選挙の前哨戦と位置づけられる。とくに6直轄市長選挙は総人口の約70%を占めるため最重要である。他の16県市長選挙を含めて首長選は、各選挙区で一人を選ぶことになるので、総統選挙を占う前哨戦と見ることができる。以下、具体的に見てみよう。

(2)6直轄市長選挙
 民進党(系)は、台北市、桃園市、台中市、台南市、高雄市で勝ち、新北市では惜敗、実質的に5勝1敗の結果だった。

 ①台北市長選
 台北市長選では、民進党系無所属の柯文哲が85万票余りを獲得し、国民党の連勝文に25万票弱の大差をつけて当選した。台北市長選挙で民進党系がこれほどの差をつけて勝ったことはこれまでなかった。以前、陳水扁が94年に勝ったときは、国民党が二つに分裂したために漁夫の利を得るようにして勝ったのだった(得票率43%)。しかし次の98年には、馬英九が出てきて陳水扁は負けてしまった。
 連勝文には逸話が残されている。2010年11月の統一地方選挙のとき、選挙前日彼が陳鴻源・新北市議員候補の応援演説に来ていた。ところが、陳鴻源の刺客・林正偉が「誤って」連勝文の顔を銃で打ち抜くという事件が起きた。銃弾は連勝文の右頬から入り、左の眉間に抜けたとされ、その銃弾が車椅子でその場に来ていた人に命中して死亡。しかし連勝文は百万分の一の確率で生き残ったと言われた。事件後、連勝文は台湾大学附属病院に運ばれ、約3時間の手術を受けた。骨が200以上砕けたとされ、しばらくして同大学病院医師と柯文哲が現れて、連勝文のレントゲンを示しながら「自作自演」ではないと証言した。摩訶不思議な話である。

 ②新北市長選
 今度、馬英九に代わって国民党主席に選出された朱立倫が再選された。彼は外省人と本省人を父母に持つ。本人は次期総統選挙には出馬しないと言っているが、彼のほかに国民党に有力候補者がいるのだろうか。今回の逆風選挙の中で(僅差でも)彼が勝った意味は大きい。

 ③桃園市長選
 民進党の鄭文燦が二世議員・呉志揚を僅差で破った。事前の世論調査では呉志揚が圧勝と見られたが、投票率アップの追い風もあって、結果は逆転し鄭文燦が勝利した。

 ④台中市長選
 林佳龍は、これまで何度も台中市長選に出馬しながらも当選できなかったが、今回ついに当選を果たした。相手の胡志強は李登輝政権時代に外相も務めた人物だった。

 ⑤台南市長選
 今回当選した頼清徳は、イケメンの若手政治家で、将来、民進党の総統候補にもなりうるような人物である。彼の楽勝が予想されたために投票率はダウンした。

 ⑥高雄市長選
 高雄市長に再選された陳菊(女性)は、台湾で最も人気政治家の一人だ。彼女も楽勝が予想されて投票率は大幅ダウンしたが、当然のように圧勝した。
 現在の高雄市は、以前の高雄市と高雄県が合併してできた市だが、以前、両者とも民進党の市長、県長だった。前回、楊秋興は民進党を辞めて無所属となり、今回は国民党候補として出馬した。台湾では、国民党・民進党と分けても意味がないことも少なくない。そのようなメンタリティを持つのが台湾人の特徴でもある。

(3)その他の16県市
 16県市長選では、民進党が9県市で勝利した。民進党が出馬して敗れたのは3県(苗栗県、南投県、台東県)だが、民進党が候補者を立てなかった県がいくつかあった(新竹県、花蓮県、福建省の一部である金門県、連江県)。また全体的には、若者の投票が増えたことも影響して、前回と比べ投票率はアップした(7%ほどアップして70.40%)。

3.選挙結果の分析

 選挙結果について全般的に総括してみる。
 得票率を見ると、6直轄市長選挙もそれ以外の県市長選挙もほぼ同じ数字で、民進党が7ポイントほどリードしている。これを見る限り、2016年の総統選挙では民進党が有利と思われる。
 6直轄市議員選挙では、民進党の方が得票率では5%ほど高いのだが、議席数で見ると差が縮まっている。直轄市以外の県市議員選挙では、得票率はほぼ拮抗しているものの議席数で見ると100議席ほど国民党が上回っている。これは公務員・軍人・教師・農会(農協)・漁会(漁協)・水利系などの組織がいまだに活きているためだ。とくに公務員・軍人・教師は待遇がよく、退職後も18%の利子がつく貯蓄金運用の便益を得ている。国民党はこうした末端組織が依然強力で集票がうまく機能している。
 また国民党への大逆風の中、現職の朱立倫が2万票余りとはいえ、接戦で勝利したことは侮れない。もし朱立倫が次期総統選挙へ出馬し、かつ、(利益誘導型の)立法委員選挙と同時に総統選挙が行われると、蔡英文・民進党主席が楽勝というわけにはいかないだろう。
 
(1)選挙戦のハイライト


 ①馬英九総統と王金平立法院長の間の確執
 2013年秋に王金平立法院長が東南アジアで娘の結婚式を挙げようとして台湾を出国したときに、馬英九が王金平の党籍剥奪工作をした(結果的には未遂事件に終わった)。
 翌14年春の「ひまわり学生運動」の際、馬英九と王金平の意見が分かれた。馬英九は両岸協議監督条例と両岸サービス貿易協定を推進しようとしたが、王金平は学生の主張にも一ありと耳を傾けた。

 ②台湾の「太子党」(「権貴」)と大陸の「太子党」が結託しているとのイメージを台湾住民が抱いたこと

 ③香港「雨傘革命」の影響
 台湾統一地方選挙当時、香港の「雨傘革命」が進行している状況は民進党にとっては有利だった。また2014年9月、習近平が「一国両制」で台湾と統一と言明した上で、民進党系の人たちが「今日の香港は明日の台湾」と叫び、選挙民に影響を与えた。

 ④国民党による有権者への買収(「買票」)はあまり効果がなかった
 中高年は損得で動くが、若者は必ずしも損得では動かない。どちらかといえば、若者は理想や理念で動く傾向が強い。今後、台湾では従来型の買収選挙から抜け出せるかもしれない。

 ⑤マスメディアの変化
 かつて台湾のマスメディアは国民党に偏っていたが、FacebookなどのSNSの発達によって、選挙が公正さを増した。今回の選挙はある面、「ニューメディア」(Facebook、Twitter、Youtubeなど)と「オールドメディア」(新聞・テレビ・ラジオなど)の戦いだった。中高年層は国民党系メディアに「洗脳」されているが、若者はその「洗脳」から免れている。彼ら若者が政治的覚醒を遂げたかもしれない。

(2)国民党の敗因
 ①馬英九政権の支持率低下
 馬英九の支持率が10%前後と低かったが、これは退陣を求める国民世論の声と見ることもできる。
 かつて、馬英九が台北市長のとき、陳水扁総統の支持率18%に対して退陣要求の声を上げたことがあった。しかし自分がその数字以下の支持率にもかかわらず退陣しないというのは、理屈に合わない。
 そして中国への過度の傾斜で、中国経済の著しい成長減速の影響を受けて、台湾経済が落ち込んだ(経済成長率:12年1%台<修正後2%台>、13年2%台、14年3%台)。

<注>中国経済の減速
・不動産バブルの崩壊:2014年5月から全国70都市のほ とんどが10カ月連続して地価が下落。習近平政権 は「新常態」(ニューノーマル)と称している。
・輸出の鈍化:世界経済、とくにEUの低迷の影響。
・外資がチャイナ・リスクを回避:「キャピタル・フライ ト」と「チャイナ・プラス・ワン」現象。
・高利回りの理財商品(シャドー・バンキング)が償還さ れない:国内のマネーが株投資へ回る(14年秋から現在 まで、連日、上海総合指数が上昇し、2000P前後からい まや3500P前後へ)。
・輸出志向から内需主導への構造転換が困難:社会保障
 (失業保険・疾病保険・年金などの欠如。(底辺層の多 くの)個人は毎月4割を貯蓄に回して消費に回る余裕はな いといわれる。
・(腐敗・汚職撲滅運動に関連して)「贅沢禁止令」:財 政緊縮状態(財政赤字が大きく、財政出動が困難か?)。

 ②台湾不動産の高騰
 中国企業(香港からの迂回も含む)が台湾の不動産を買いあさっている。台北や台中の地価が上昇している。

 ③台湾の若者の失業率が高い
 20-24歳の失業率は13%以上。

 ④食品安全問題
 中国と同じく、「偽油」(「地溝油」=工場の廃液を利用してリサイクルされた油)が台湾でも出回り社会問題化した。

 ⑤習近平が「一国両制」で台湾と統一すると言明したこと(2014年9月)
 台湾住民に、中台統一の疑念を抱かせた。

 ⑥馬英九総統が14年11月の北京APEC参加へ意欲を示したが、習近平主席は馬総統のAPEC参加を拒否。「第3次国共合作」による中台統一が延期されてしまった。

4.まとめ

 台湾と香港は経済的に中国に大きく依存している。だが、政治的には、台湾「ひまわり学生運動」→香港「雨傘革命」→台湾統一地方選挙と、台湾と香港の(反中国的)民主化運動は連動したと考えられる。
 2016年の台湾総統選挙では、民進党の蔡英文主席が(国民党候補を破って)新総統になる可能性はきわめて高いと思われる。その後、蔡英文政権が中国の習近平政権とどのような関係を築くのか注目される。米国は、民進党政権誕生で中台関係が悪化するのを恐れているかもしれない。
 香港は中国共産党一党独裁体制が続く限りにおいては、中国共産党の間接・直接の影響の下、2017年の行政長官選挙は、たとえ一人一票の「普通選挙」が実施されても、結局、「制限選挙」と同じになるだろう。ただし、中国共産党一党独裁体制がいつまで持つかという問題は別のファクターであり、そこが崩れれば将来大きく変わっていくだろう。

(2015年2月6日、「平和学術フォーラム」での発題内容を整理)

政策オピニオン
澁谷 司 拓殖大学海外事情研究所教授
著者プロフィール
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学・亜細亜大学講師などを経て,2004-05年に台湾・明道管理学院(現,明道大学)で教鞭をとり,現在,拓殖大学海外事情研究所教授。この間,同大学海外事情研究所附属華僑研究センター長を務めた。専攻は,現代中国政治,中台関係論,東南アジア国際関係論。主な著書に,『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』『人が死滅する中国汚染大陸』ほか。

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